呪いの連鎖【第1章】〜母の不倫⑥〜
部屋に入ってきた医師が
ゆっくりと私たちの向かいの椅子に座る。
「このたび担当させていただきます、〇〇と申します。よろしくお願いします」と
深々と頭を下げた。
「こちらこそ、お願いします…」
病院から一切病名については
明かされることなく、緊急入院ということになった。
これから聞くのか…まさかね、大丈夫でしょ。
私はこの時まで、自分の不安を[ありえない]と思っていた。
先生はゆっくり話し始めた。
「今回、胃痛と言うことで、紹介先の病院でも胃カメラを実施しましたが、、、うまくいかないという事で、こちらでも実施いたしました、、、が、
えー、こちらでも胃までカメラが到達することができませんでした。」
「食道にですね、腫瘍がありまして、食道が狭くなっておりカメラが入らず、苦しい思いをさせてしまうため、途中で取りやめております。また腫瘍が刺激により破裂することも考え、レントゲン撮影をその後行いました。」
先生はレントゲン写真を
あの光るボードに2枚、差し込んだ。
「ここがメインの腫瘍がある場所ですね。あとこの辺りにも何個か所見があります、、、で、鎖骨、脇の下等々ですね、かなりの数、見受けられます」
私も母もただ茫然とレントゲン写真を眺めていた。
、、、え?それは?どういうことなの、、かな?
「えー、、、ハッキリ申し上げます。ご主人は【食道ガン】です。かなり転移してます。リンパにはかなりの腫瘍がありますので、この先どこに転移してもおかしくないですし、既に転移しているかもしれませんが、症状が出ている訳ではないようなので、これ以上はお調べいたしません。」
は?は?どういうこと?調べないってなんで?
ハタチの私は医療は無知だった。
ただガンは怖いもの位の認識だった。
「治療…はですね、化学療法と、放射線治療を考えておりますが、体力や痛みの度合いで変更や中止もあり得ると考えております」
「で、ですね、この治療は根治のためではなく
延命治療とお考え下さい」
延命…?ってどういうことなんだ?
頭の中がぐるぐるする🌀
「ここまでご理解していただけたと言うことで
申し上げますと、長く、長ーく見ていただいて
余命1年…はもたないかな、という状態です」
この時、私が初めて言葉を発した。
「先生、、、延命治療をして、それでも余命は1年ということですか?」
先生はちょっと困った顔をして
「1年もってくれたらな、と私の希望も入っておりますが…」
「それでなんですが、ご本人への告知はいかがなさいますか?」
この時、初めて母の顔を見た。
母も茫然としていて、私よりも動揺しているように見えた。
「告知は…どうしよ、お母さん?」
「告知はしない方がいいかな、いいよね?あんたどう思う?お母さんわからない」
私だってわからない。
妻であるあなたがわからないものを私がわかる訳がない。
「では一旦、告知は、、化学療法や放射線をやりますから、小さな癌が見つかった、と言うことにしましょう。また同じように別室で家族みんなで病状説明という場を設けましょう。明日でいいですか?」
先生が提案してくれたおかげで
「それでお願いします」と母は言った。
先生は部屋から出ていき、母も立ち上がったが
ふらついていたので、看護師さんに支えていただき、病院の自動ドアまで向かう。
看護師さんは「病棟ナースセンターにいますから、この先いつでも声をかけてください」と言われ、病院を後にした。
バス停でバスを待つ間
母も私も言葉を発しなかった。
あまりに頭が働かずタクシーで帰宅するという発想にさえならなかった。
バスも別々に座った。
バスから窓の外を眺めて
何を考えていたかはわからないが
涙がどんどん溢れて声を殺すのに必死だった。
人って、、、辛い時や悲しい時
人前だから、、、と我慢することは出来ないんだなと初めて知る。
母がどんな様子だったかは全然わからない。
なんとか自宅に帰りつき
リビングで電話を始めた母
私はその様子をただ眺めていた。
親戚に報告しているようだった。
報告が終わると今度は不倫相手に電話した。
父がいないので堂々と自宅から電話をする様子を見て、吐き気がした。
この人は一体、どんな気持ちで
不倫相手と父の話をしているのだろう
どんな感情なんだろう…
そう思うと
嫌悪感が湧き、また父への想いも混乱していたため、私は自室に戻り
ただただ、泣くしかできなかった。
