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歴史推理小説 伝説 第38章 絵巻


大地はまだ震えていた。
ユーラシアの空を支配した源国=モンゴル帝国の蹄音は、ローマをも怯えさせ、ライン川の向こう側にまで恐怖の影を伸ばした。
だがその勢いは、突如として止まる。
一二四一年、偉大なるオゴタイ・ハーンは急逝した。
五十六歳。壮年の覇者の突然の死に、帝国全土は驚愕し、進軍の矛先をヨーロッパ深くへ伸ばすはずの軍団は、草原へと還らざるを得なかった。
――それは運命の歯車であった。
もしオゴタイがなお数年長らえていたならば、ウィーンも、ローマも、あるいはパリ、ロンドンすら、モンゴルの軍旗に覆われていたかもしれぬ。
だが、天は次なる試練を源国に与えた。
 
オゴタイの死後、帝国の支配者を誰とするかをめぐり、諸王家は激しく対立した。
チンギスの血を引くものたちはみな、覇権を握る宿命を己に見ていた。
草原の議場クリルタイには、数万の旗がはためき、砂塵の嵐の中で、熱き血脈の争いが火を吹いた。
オゴタイの子グユクが即位する。
彼は苛烈な軍人であり、ヨーロッパ遠征軍を再び起こそうとしたが、天はその命をわずか二年で奪った。
一二四八年、遠征途上の急死――帝国は再び、揺れ動く。
その混乱の中で頭角を現したのが、チンギスの孫、モンケであった。
彼は沈黙を重んじる男だった。言葉少なく、しかし誰よりも冷徹な戦略眼を持ち、兄弟の中でも「最もハーンにふさわしき者」と噂された。
やがて一二五一年、部族長会議クリルタイにおいて、モンケは第4代モンゴル皇帝に推戴される。
その瞬間、大地はざわめき、騎馬民族の矢羽根は天に向かって鳴り響いた。
 
モンケはただ帝国の守りを固めるだけではなかった。
彼は弟たちを軍団の統帥に任じ、世界を再び震撼させる遠征を命じた。
とりわけ第二の弟フビライは、他の兄弟とは異なっていた。
広い肩幅に、鋭い双眸。
その瞳にはただの武勇ではなく、政治の才覚と文化への関心が宿っていた。
モンケは彼を信じ、大理国(現在の雲南)征服の大任を与える。
南方の密林を駆け抜ける矢の雨、湿った大地を揺らす馬蹄、疫病と飢えをものともせぬ兵士たち。次々と悪条件を跳ね返し、勢力範囲を広げていく。
フビライは初めて大遠征の総督となり、己が才能を帝国に刻み込む。
やがて、南宋と高麗征服の作戦をも担い、彼は次第に「草原の後継者」から「世界の支配者」へと変貌してゆく。
 
オゴタイが果たせなかった夢。
グユクが途上で倒れた夢。
その未完の大望を背負ったモンケとフビライは、異なる形で帝国の未来を描いていた。
――その根源には、源氏・蘇我氏・秦氏、物部氏そして遠き古代ユダヤイスラエルの「失われた十支族」から伝わる血脈の伝承が脈打っていた。
シルクロードと草原を駆け抜けた馬の背には、東西の文化と宗教が交差し、相撲にも似た力比べ格闘技や、天幕の祭祀にはヘブライの影が映る。
それはもはや一国の征服ではない。
世界そのものを繋ぎ合わせる「大いなる絵巻」の始まりだった。
 
帝都カラコラムでは、冬の星空がひときわ鋭く輝いていた。
雪に覆われた大地に、炎の松明が並び、フビライは兄モンケの隣に立っていた。
「兄上、この世界は広すぎます」
フビライの声は静かだが、底知れぬ熱を帯びていた。
「いや、広すぎるゆえに征す価値がある」
モンケは短く応じた。
二人の視線の先には、未だ征服されぬ南宋、遠きインド、そして海を隔てた島国すらあった。
その瞬間、義経テムジン=チンギス・ハーンの幻影が、彼らの背後に立っているかのようであった。
大草原に吹き荒れる風は、かつての祖の蹄音を運び、後継者たちを次なる戦いへと駆り立てていた。
 
大帝国は未だ拡張の途上にある。
しかしその歩みは、単なる破壊と征服ではなく、文化と血脈の融合をも孕んでいた。
――源国、モンゴル帝国。
その物語はなお続く。



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