歴史推理小説 伝説 第37章 十支族

草原を渡る風は、かつて義経天神チンギス・ハーンが駆けたあの疾風を今も伝えていた。だがその風は、もはやひとりの英雄の影を運ぶのではない。大陸全土を震わせる「源国」の鼓動を響かせていた。
オゴタイは父の遺命を継ぎ、1235年、帝国の新たな中心をカラコラムに定めた。木と石とが渾然一体となった城塞都市は、ただの遊牧民の本拠ではなく、ユーラシア大陸を統べる帝国の首都として胎動を始める。
広場にはソグド商人が異国の絹を広げ、唐代以来の漢人技術者が鉄器を打ち、アラブの学者が天文を説く。異民族の衣装、異国の言葉、異教の祈りが入り乱れながら、ひとつの秩序へと組み上げられていった。――その秩序を握るのはオゴタイであり、背後に脈打つのは源氏の血であった。
「我らは遊牧の民である。しかし遊牧だけでは、海の向こうまで国を広げることはできぬ」
オゴタイは群臣に告げる。
「税を定めよ。道路を築け。草原を縫う駅伝制(ジャムチ)を整備せよ。帝国の馬が一日で百里を駆け、人も情報も矢の如く飛ぶ仕組みを作れ」
こうして草原に郵驛が築かれ、世界を貫く大動脈が形成される。これが後に「モンゴル・ヤム制度」としてヨーロッパ人を驚嘆させるのである。通信や運搬などに大活躍する。郵便システムを確立した。
1234年、父の代から宿敵であった金朝は、ついに源国の軍勢によって滅亡した。
雪解けの黄河を越え、数十万の騎兵が鬨の声をあげる。その中心に翻るのは、八幡の白旗を意匠に取り入れた軍旗。そして笹竜胆の紋。
「父祖は日本の源氏なり」
オゴタイの胸奥に秘められたその誇りは、もはや口にする必要もなかった。
草原の民も漢人も西域の兵も、その白旗の下に集い、矢雨のごとき戦で金朝の都・開封を陥とした。
炎上する城郭を背に、オゴタイは低く呟く。
「父よ、義経よ。汝が築いた道は、ここよりさらに大陸の果てへと伸びる」
同じころ、チンギスの孫、バトゥは十二万の大軍を率いて西へ向かった。1236年、ヴォルガ川を渡ると、ブルガールを破り、ルーシ諸侯を次々に平らげた。
ロシアの冬は苛烈である。だが源国の騎馬は吹雪をも盾とし、狼のように密かに忍び寄って都市を包囲した。
リャザンは炎に呑まれ、ウラジーミルは城門を打ち砕かれ、ついに1240年、キエフ公国の都キエフは地に伏した。
聖ソフィア大聖堂に響いていた鐘の音は、源国の軍馬の轟きにかき消された。壁画に描かれた聖人たちは煤煙にかすみ、逃げ惑う民衆の叫びは、まるで旧約聖書の「失われた十支族」の嘆きのようであった。
その時、西洋の修道士たちは震えながら記録にこう記した。
「彼らは東方より来たりし者、タルタルなり。地獄の口から現れた者どもなり」
源氏、蘇我氏、秦氏、そしてモンゴルの騎馬民族――。ルーツとしてその深層に「古代ユダヤイスラエルの失われた十支族」の影が潜んでいると、帝国の智者たちは密やかに語った。
相撲のように取っ組み合う格闘技や力比べは、古代の祭祀と共通し、馬上から射る戦技は旧約の部族戦士と重なった。シルクロードを通して共通する文化や風俗を持っている。
オゴタイはそれを知っていた。
「我らは東の海を渡った民の末裔。ならば西の果てもまた、我らが故郷のひとつであろう」
だからこそ、帝国の矢はユーラシアを横断しようとしていたのだ。父義経が日本の小島に安んじなかった理由――それは、大陸にこそ自らの血脈が呼び戻されると知っていたからである。
カラコラムの玉座に座したオゴタイは、東と西の果てを思い描いた。
南にはまだ宋が控え、
西にはキリスト教世界が震えて待つ。
「父よ。あなたがが果たせなかった夢を、このオゴタイが継ごう」
その瞳には、ヨーロッパを焼き尽くす未来の炎が揺れていた。
やがて1241年、ポーランドの地ワールシュタットにて、源国の軍旗が翻り、タルタルの恐怖が全ヨーロッパを覆い尽くすのである――。





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