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この子のままで、あなたのままで

その言葉を聞いた瞬間、
胸が締めつけられた。
それは
ただの願いじゃなかった。
誰よりも想い、
誰よりも自分に問い続けてきた人の
揺るがぬ覚悟と
静かな祈りだった。

時に周囲に理解されず、
不安や戸惑いの中にいることもある。
でも私は信じている。
まだ誰も気づいていない
大きな力があることを。
そして、
その力を信じてそばにいる存在こそ
なによりの光になるということを。

「子どもに誇れるパパでいたい」

その言葉がふと届いたとき
私は一瞬、息が止まった。

それは、まるで
誰にも聞こえないような
小さな祈りみたいだった。

強くあろうとする人ほど、
声は小さくなる。
傷を見せずに踏ん張ろうとする人ほど、
目の奥が静かに揺れている。

その人の子は、
いわゆる「普通」とはちょっと違う。
感覚の過敏さだったり、
切り替えの難しさだったり、
ときには
言葉や行動が
周囲にうまく伝わらなかったり。
まだ診断名がついているわけじゃない。
だけど、確かに「違い」はあった。

そして、その「違い」に
大人たちは戸惑っている。
子どもを思えば思うほど
「普通に育ってほしい」
「社会で困らないように」と
願ってしまう。
その願いが
時に子どもを苦しめるとわかっていても。

私には
何もわからないと思っていた。
同じ立場じゃないから
本当の苦しさは分からないって。

でも、そのパパの姿を見たとき
私は初めて少しだけ、
どれほどの葛藤と愛情が交差してるのかを
見た気がした。


その人は
堂々としていたわけじゃない。
「子どもを信じています!」なんて
きれいごとを言ったわけでもない。

むしろ、その逆だった。
「この子にとって、何が正解なんだろう」
「自分はちゃんと親として向き合えているんだろうか」
そんな不安や迷いを
正直に吐き出してくれたように
私は感じた。

その上で言ったんだと思う。

「自分は子どもに誇れるパパでいたい」

なんて強い人なんだろうと思った。
不安を抱えたまま
それでも
前を向こうとする姿ほど、
子どもにとって
希望になるものはない。


間違えたっていい。
上手く言葉にできなくたっていい。
大切なのは
この子と一緒に
生きていく覚悟があるかなんだよ。

そしてその覚悟は
もうその人の言葉ににじみ出てた。
泣いて、笑って、傷ついて、
それでも愛して。
何があっても
「君は君のままでいい」と背中で伝える
そんなパパだ。


子どもはきっと
敏感に感じ取っている。

自分が手がかかる存在と思われてるのか、
それとも
かけがえのない存在」思われてるのか。
言葉じゃなくて、
空気で、眼差しで、肌で。

そのパパの子は
きっとまだ言葉で
感謝なんて言えないだろう。
でも、心のどこかで感じている。
「自分は、守られている」って。
「信じてもらえている」って。

私はそのことが、
たまらなく愛おしくて、
そして誇らしかった。

そうやって
子どもと向き合おうとするパパが
いることが
どれだけ社会をあたたかくしてくれるか、
どれだけ他の親たちの希望になるか、
誰かが声を上げなくたって
もうその姿が
全てを物語っていた。



個性は
いつも最初は「違和感」として現れる。
でもそれは
まだ名前がついていない
才能の芽なんだと私は思う。

育てづらさの裏には
育て甲斐が詰まってる。

この子だけの未来
この子だけの景色
それを
一緒に見に行こうとしてくれる大人が
そばにいるなら、
この子は絶対、可能性の塊として、
世界を変えていける。

私は願ってる。
どうかその子が
いつか大人になったとき
こう言えますように。

「うちのパパ、すごいんだよ。
いつも自信なさそうなのに、
でも、絶対に逃げなかった。
ずっと一緒にいてくれた。
おまえのそのままが好きだって
言ってくれたんだよ」

そんな言葉を、
未来のどこかで、
その子が誇らしげに笑って言ってくれる。
その未来のために
パパは今日も、
ぶつかりながら、迷いながら、
でも一歩を踏み出していくんだろう。


だから私は思う。
この子と向き合うときも、
自分の言葉を発信するときも、
本当に大切なのは
うまくやることじゃない。

誰かの正解に合わせることでもない。

ただ
この子を信じたい
この想いを伝えたいって、
迷いながらも
一歩を出してみること。

それはきっと
同じなんだよね。
子どもと生きていくことも、
何かを発信するっていうことも。


それで、いいんだ。
それが、最高なんだ。


パパ、一緒に頑張ろう💪

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