〈かんたん版〉どうしてオタワにはたくさんのチューリップが咲いているの?オタワで生まれたお姫様の物語【カナダとオランダ王室の深い関係】
それは80年以上前のことです。
ヨーロッパで戦争が起きて、オランダも敵国に占領されてしまいました。
当時のオランダの女王と娘たちは共にイギリスに逃げました。
ところがイギリスも戦禍に巻き込まれてしまいます。
「もっと安全な所はないかしら?爆弾の落ちてこない静かなところ。」
「それならカナダはどうかしら?オタワにはイギリス人の総督(イギリス国王の代理の人)が住んでいるの。そこに移動したらいいわ。」
オランダの女王はそのままイギリスに残ります。
王位を継ぐ娘・ユリアナ王女と夫、そして2人の娘たちは大西洋を渡ってオタワにたどり着きました。
4人は小さなおうちに住み、2人の娘たちは地元の公立の学校に通いました。
オタワの人たちは彼らを特別扱いすることなく温かく迎え入れたのです。
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それからしばらくしてユリアナ王女は身ごもりました。
3人目の子どもを授かったのです。
家族みんなで大喜び。
しかし、ひとつだけ大きな問題がありました。
それは「オランダの王位継承権を得る者は、オランダ国籍だけを持つ者に限る」という決まりです。
ただ、カナダは出生地主義(しゅっしょうちしゅぎ)という制度を取り入れています。
これは親の国籍を問わず、出生地がその国であれば自動的に国籍が付与されることを意味します。
「この子を無事に産めたとしても、このままだとカナダ国籍になってしまって王位継承権を得られない。どうしたらいいのかしら。」
ユリアナ王女は困ってしまいました。
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その話を聞きつけたのがカナダ政府です。
「どうやらユリアナ王女がお困りらしい。」
彼らは考えました。
「そうだ、一時的に病院の一部を治外法権にしましょう。そうすれば産まれてきた子どもはオランダ国籍を得られるでしょう。」
カナダ議会はすぐに法律を整え、赤ちゃんが生まれる病院の一部を「カナダの領土ではない(一時的な国際領土)」と宣言したのです。
*外国にある大使館が治外法権下にある状態を「病院の一部に作り出した」と思ってください。
そして1943年1月19日、オタワ市民病院で無事に女の子が誕生しました。
カナダの空の下で、彼女は正真正銘の「オランダ王女」として産声をあげたのです。
マルフリートと名付けられた王女様は、世界でたった1人の「カナダ生まれのお姫様」として、カナダとオランダの歴史に刻まれました。
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やがて戦争が終わり、オランダに平和が戻ると、王室一家は感謝の気持ちを抱いて帰国しました。
「私たちの家族を守り、娘の誕生を助けてくれたカナダのみなさん、本当にありがとう」
その翌年、オランダからカナダへ感謝のしるしとして、10万個のチューリップの球根が贈られました。
それから80年以上が経った今でも、オタワには毎年球根が届けられています。
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チューリップと言えばオランダ。
キューケンホフ公園は 「世界で最も美しい春の庭園」と呼ばれ、約700万株以上の球根が植えられる圧倒的な規模を誇ります。
それに対して、カナダ・チューリップ・フェスティバルはオタワ市内に点在する複数の庭園で合計100万株以上(メインのコミッショナーズ・パークだけで30万株以上)が咲き、「公共の場で無料で見られるものとしては世界最大級」とも言われます。
これが今や世界第2位の規模を誇る、オランダ以外で最大級のチューリップ祭りです。
5月になるとオタワの街を彩る100万本のチューリップは、オランダからの「ありがとう」が形になった、2国をつなぐとても重要なお花なのです。
カナダ生まれのオランダのお姫様と
チューリップのお話は
これでおしまい。
*一部創作を含みます。
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今年2026年は5月8日から18日まで開催されます。
そしてまた、お姫様がオタワに来てくれました。
パンデミック以降2回目です。
83歳になられたマルフリート様、カナダに、おかえりなさい🌷

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