【短編小説】⑪(終)ブラッドオレンジに染まるマンションの給水塔の前で
(終)風化させないということ
「二十代の頃だ。
このマンションの設計を
描いたのは。」
父は塔の支柱に手を添えた。
「最初の仕事だった。
寝る暇もなくて……
でも完成したときは
嬉しかったよ。
こんな夕景が映える建物は
ここだけだ。
“人の居場所を作れた”って、本気で思えた。」
沈黙が続く。
夕陽はゆっくり傾き、
塔の影を長く伸ばす。
「……でも、守れなかった。」
父の声はかすかに震えた。
「金に目がくらんで……居場所を壊してしまった。」
その声が風に混じって
遠くへ溶けていく。
「お前が1歳の頃だ。
あの日、俺は捕まった。」

蓮は言葉を失い、
ただ塔を見上げた。
錆ににじんだ色は、
父の過去の重さ
そのものだった。
「……でも、まだ立ってる。」
父がぽつりとつぶやく。
蓮「え?」
父「壊れていないだろ、
ここだけ。
きっと誰かの
居場所であり続けたんだ。」
父は目を伏せ、
そして小さく笑った。
「そうか……
そうかもしれないな。」
その光景を、
上段から
海斗と凪が見つめていた。

海斗「……あれ、
日向の父さん?」
凪「静かに。」
凪の声は風に紛れた。
海斗はカメラを構えかけて、そしてそっと下ろした。
凪「撮らないの?」
海斗「……これは、
風が覚えてるから。」
塔の影が、
四人の間をつなぐように
静かに伸びていった。
父は帽子を脱ぎ、
塔に再び触れる。
「俺はもう建てられない。
でも語ることはできる。」
蓮「語る……?」
父「二度と同じことを
起こさないために。
――風化させないように。」
その言葉に、
塔がかすかに鳴いた。
***
それから長い時間が流れた。
町は変わり、
塔は姿を消した。
だが“風”だけは
そこに残り続けた。
かつて屋上に通った
若者たちの声が集まり、
「新しい施設の屋上にも給水塔を再現してほしい」と
町長への嘆願書が
提出された。
記事の見出しには
こうあった。
『給水塔の下で、わたしたちは風を覚えた』
人々は語った。
「放課後、泣きに行く場所だった。」
「風が話を聞いてくれた気がした。」
「ひとりだと思ってたけど……
あそこにいたみんな、同じ風を感じてたんだ。」
父は今、
地方の講演会を巡っている。
「沈黙の設計図」というブログは月に一度更新される。
「建てることより、伝えることの方がずっと難しい。
語らなければ、誰かがまた同じ過ちを繰り返す。
――風化させないということ。
それが、俺の最後の仕事だ。」
***
ある日。
スーツがやっと似合うようになった三人
——海斗、凪、蓮は、
オープンしたばかりの
複合施設の屋上で
再び落ち合った。

街の輪郭は変わっても、
あの日の風の匂いだけは
変わらなかった。
海斗は国内線パイロットに、
凪は広告デザインの仕事に、
蓮は町の建設課に
勤めている。
「……ここ、
やっぱり落ち着くね。」
凪が微笑む。
「まあ、俺たちの原点だからな。」海斗が肩をすくめる。
蓮は新しく設置された
白い風見塔を見上げた。
「親父が見たら、
きっと喜ぶだろうな。」
風見塔の羽根が、
ゆっくりと回る。
夕陽は再びブラッドオレンジに町を染め始める。
「風、ちょっと大人になったね。」
凪の言葉に、海斗は笑った。
「俺たちもな。」
三人は並んで立ち、
その光を浴びた。
手すり越しの空は、
やがて静かな群青へと
変わっていく。
風が吹く。
塔の羽根がやさしく鳴る。
まるで、あの頃の塔が——
もう一度だけ、
彼らを見送っている
かのように。
――風化させない
ということ。
それは、
思い出を“生き続けさせる”
ということ。

完
10話へ もどる
【連載中】短編小説『天空の鏡』
【完結済】短編小説『沈む七色の海〜町に希望が灯る』
#note小説 #青春小説 #詩のような文章 #居場所を探して #贖罪 #居場所は誰にでも必要 #内省的 #風化させてはいけない
