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論理の軍師:「進撃の巨人」諫山先生という諸葛亮をあなたが劉備ならどうしたか?


1.序章 俺には分かる、(ヾノ・∀・`)ナイナイ

貴様、いい目をしているな。いずれ俺の前に立ちはだかるだろうな…

人の目を見れば分かるといった三国志における「白眉」こと馬良。
現代でも人を見る目があると自負する人はたくさんいる。

なわけねーだろ!分かるか!
だったら世の中、騙されるやつも、金の卵も逃すやつなどいないだろうが!
ヴィンセントファン・ゴッホもそんな目がいいのが沢山いるなら、生前から評価されてたはずだろ!

2.発見 奴は金の卵を見逃すことはなかった、その巨人の名は「編集の巨人」

今では、世界が知る「進撃の巨人」
諌山先生の仕込んだ数々のトリックや、迫力は世界を未だ魅了している、ライナァァァァ!

当初週刊少年ジャンプに持って行った際には画力から、はねのけられてしまったのは有名な話だ。

一方でマガジンの「編集の巨人」はというと、「なんか線がいっぱいあるし、こいつもしかしたら伸びるんじゃね?」
とまぁ実際、それだけで判断したとは思えませんが、
この「言葉に出来ない違和感」について私たちは多くの可能性を潰しているかもしれない。

3.解釈 私たちがしているのは理解ではない。

章題にある通り、私たちは「ヒューリスティック」だのなんだの専門用語は存在するが、ショートカットとか、それ以上に興味が無いものに関心を寄せない。

ヘミングウェイの小説に登場する闘牛観戦の記者が好例だ、言葉巧みに記事にする。だけど見てなどいない、こんなのやめて酒場に行こう。
あとから他の記事見て書けば、そいつらよりも俺はいい記事を書ける。

この記者がいうように、実際精査しなくても「あぁ、あれのことね」「また、この話か」「こいつは大したことをどうせ言ってない」

実際これをすべて己の中ではねのけることが出来るものがいるだろうか?私にはできそうにない。

4.行動 ならば訓練しなければならない、具体的な行動を

問題はこれなのだ、「意識しましょう」「ほかにこういう考えがあるから断定しないようにしましょう」
これを出来るというものもいるが、人間は生活状態の変化や体調、関係性に影響される以上は機械のように安定させられない。

できると思う人も具体的な訓練や、実際取り戻すトリガーが確立されなければ「出来ていると思い込む。」状態に陥っているかもしれない。

ならば、どうするか。
私は言語的な理解が得意なので図や絵を軽視してしまう傾向にある。だから美術館などでは特に立ち止まってこれは何を描いているかなどを考えます。
その後さらに知りたくなったら併設図書館で作家を調べるたとき、多くの発見や驚きに出会えています。

「なんだよ、あれ」で立ちどまったから、私にとっての「進撃の巨人」に出会えたのかもしれない。
出会うためには移動だけではなく、立ち止まって相手を見なければならないのだ。
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