村上RADIOの衝撃とエッセイ講座の謎
『発信する勇気』発動コミュニティに入っている。
その中で、エッセイ講座の入門が開催された。
講座を受けながら、ふと数年前の出来事が頭をよぎった。
小説家の村上春樹さんが
パーソナリティを務めるラジオ番組
「村上RADIO」での一幕である。
あの日、村上さんは愛用するレコードの
メンテナンスについて語り始めた。
特に印象に残ったのは
「レコードに塗るクリーム」の話だ。
「レコードに塗るクリームがあるんだ?」
翌月にレコード好きの友人と会う予定があったことを思い出し、
「これは良い手土産になるかも」
と考えた私は、手元のメモ用紙に
「レコード用クリーム」と書き込み、
村上さんの話に耳を澄ませた。
村上さんはそのクリームの素晴らしさを、
これでもかというほど語り尽くした。
もう私の中ではそのクリームを買うことが確定していた。
しかし、その時だった。
「ただ、このクリーム、絶版になっているんですけどね。」
「はぁ~!?」
思わず声が出た。
頭の中が一瞬真っ白になった。
なんだそれは! ならなぜ今、そんな話をしたのだ?
散々持ち上げておいて、
結局手に入らないものを語るなんて、
こんな不親切な話があるだろうか。
畳み掛けるように村上さんは続けた。
「まぁ、ボクは買いだめしてあるから、
大丈夫なんですけどね。」
もはや何が何だか分からない。
「ラジオで全国放送する内容じゃないだろう!」
と心の中でツッコミを入れた。
この出来事は、私の中に「村上春樹」というモヤモヤを残した。
それから数年後、
エッセイ講座入門を受けながら、
ようやく気づいたのだ。
「あれがエッセイだったのか」と。
私たちは
「発信するからには、誰かの役に立つ情報を提供しなければならない」
と思いがちだ。
YouTube番組なら「クリーム厳選3つ!」といった形でまとめるかもしれない。
確かに、その方が分かりやすく、視聴者も満足するだろう。
しかし、エッセイは違う。
情報の有用性だけが、エッセイの本質ではない。
役に立たなくてもいいのだ。
役立たないどころか、不可解な話の中にこそ、心を揺さぶる何かが潜んでいる。
コミュニティ仲間にこのエピソードを伝えたら
「YouTuberならコスパ最強!とかを紹介するけど、村上春樹は違うよね。」と。
まさに、そう。
私たちは「分かりやすさ」に慣れすぎている。
検索すれば答えが見つかるこの時代に、
「答えのない話」や
「手に入らないものを語る話」は、
どこか無駄なものと感じられてしまう。
私の結論
「クリーム厳選3つ!」を紹介するのは「情報」
「絶版クリーム」を紹介するのが「エッセイ」
『発信する勇気』発動コミュニティは、
そんな「絶版クリーム」も大事にする場所だ。
エッセイ講座で学んだのは、
役に立つ情報を発信するだけがすべてではない、ということ。
村上さんのように
「役に立たないけれど、心が動く話」
を語る力こそ、エッセイの魅力ではないかと思った。
あの日、村上さんの語った「絶版のクリーム」は、いまだに手に入らない。
でも、その話は私の中で鮮やかに生き続けている。
それこそが、エッセイの持つ力なのだろう。
===
最後にお知らせを
「情報」も「エッセイ」も
どっちも気になる人にこそピッタリかもしれない、
『発信るす勇気』発動コミュニティ、あります。
コミュニティメンバーの記事はこちら
明日は、ともちゃんが記事を公開予定です。
参考になれば。
