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CMモデル時代の思い出話しましょう(前編)

 もう~!一昔前のお話で恐縮です。

 やまのぼ には、CMモデルの経験があります。テレビCFや、カタログや、通販雑誌への露出経験者なのです。

 と、言っても、いきなりCMモデルになったのではなく、流れ流れて辿り着いたワケです。遅まきながら、五十路の半ば頃。東京は、日本橋浜町のM座で、シニア向けの舞台俳優養成に参加したのが、その世界に入るきっかけでした。

 そもそも、私は子どもの頃から、舞台俳優になりたかったのです。

 それも時代劇のヤクザものなんか演じてみたかった。特に「一本刀土俵入り」の駒形茂兵衛役を演じたかったのです。

「お行きなさんせ、早いところで、・・・仲よく丈夫でおくらしなさんせ。・・・お蔦さん、棒切れを振り廻してする茂兵衛のこれが、十年前に、櫛かんざし、巾着(きんちゃく)ぐるみ、意見をもらった姐さんに、せめて見て貰う駒形の、しがねえ姿の、土俵入りでござんす。」

長谷川伸 作「一本刀土俵入り」駒形茂兵衛の名台詞

を演じてみたかったのです。

 ところが、M座さんの目指すベクトルとの埋めがたい乖離を感じて、途中で脱線転覆。そのM座時代、某大学の映研制作シネマの夫婦役で知り合った方に誘われ、映画のトラエキストラの世界へ入り込みました。

 当時、大人気だった沢尻エリカさんが、通う自動車教習所で、机を並べて受講するシーンでのエキストラ出演など、映像の方へ進むことに。

 そうこうしているうち、五反田にある某モデル事務所の仲間に入れていただき、数多のオーディションに落ちまっくりショボくれていました。

 あるオーディションでは、いきなり盆栽を手入れしている老人役をさせられました。もちろん小道具も何もない。空間でそれらしき演技を要求されたのです。ママゴトでもしている手付きの私は、まず一番に落とされました。

 あるオーディションでは、怒る演技力を試されました。とりあえず、腕組みして、怒り散らしてみたら、違うパターンで怒ってみて、それを何度か繰り返し要求されるのですが。種つきた私はもちろん不合格でした。

 あるオーディションでは、女性面接員に顔を見るなり、いきなり大笑いされたこともありました。いまだに、そのわけがわからない。結構、傷ついた苦い経験でした。

 かように、不合格の経験を話せば、夜が明けそうです。

 後編では、めでたく!オーディションにパスしたお話をしましょう!

トップ画像は、当時D社の新発売・フォトパネルのカタログです。祖父役で参加しています。

docomo デジタルフォトフレーム・フォトパネル02カタログより


後編も読んでみよう!👉


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