前の席のきみ
前の席に、きみは座っていた。
4月4日、土曜日。
今日は息子の保育園の進級式と水泳教室の初日。
いつものように朝の家事をした後、起きてくる息子を迎える。
何を食べたいか確認をした後、朝食をテーブルに置く。
息子はスプーンを手に取り、小さな器にいっぱいになっている牛乳をこぼさないように、ゆっくりとスプーンを入れ、シリアルを掬い、口の中へ頬張った。
ボリボリと音を立てながら、視線はテレビへと吸い込まれていった。
朝食を食べる息子の横にぼくは座る。
ぼくの右腕に絡みつくように息子の左腕が巻きつき、顔をゆっくり倒して、ぼくの腕に密着させた。
息子の視線はテレビへ向けられたまま、ぼくの視線もテレビへと移る。
ぼくはこの瞬間がたまらなく好きだ。
お互い目を見ることなく、ただ体を寄せ合う。
2人の温度が2人の朝の形を作っているような、そんな気がした。
形は揺れるように時間と共に変化していく。
妻が起きてきた。
「その服で行くの?」
ぼくはいつもの休日と変わらない
チェックのシャツにコーディロイパンツだった。
「ジャケットぐらい羽織って行きなよ」
そう妻に言われ、それもそうだと思い。
押入れの中を開けた。
カジュアルなジャケットを1着持っていたような記憶があったのだが、何度ハンガーをスライドさせても、ジャケットの姿は見当たらなかった。
あのジャケットはどこへ行ってしまったのか、ぼくは息子のお宮参り以来のスーツを着ることになった。
息子を着替えさせ、家を出る。
帽子にスモッグ。
スモッグから脚が出ている。
転んだら血が出るなという危惧と季節の変わり目を同時に感じた。
保育園に到着すると、家族の人だかりができていた。
友達を見かける度に、駆け寄る息子を見て、自然と笑みがこぼれた。
教室に入ると、去年見た、そのままの景色があるかのようだった。
舞台の後ろにある緞帳には、先生たちが厚紙で作ったと思われる
おめでとうと書かれた文字と電車に乗った動物たちのイラストが貼ってあった。
前からパイプ椅子が2列並び、その後ろに4人掛けの長椅子が3列並んでいる。
去年は、抱っこと言ってぼくから離れようとせず、ぼくに抱っこされたまま
長椅子に2人で座って、進級式が終わるまでの時間を過ごした。
今日のぼくは、長椅子の後ろにある親族の席に座っている。
息子は一番前のパイプ椅子に座っている。
1年という時間が、そこにあった。
