見出し画像

マキビシ8ビート #6

「ここは冥土か。はたまた地獄か」

──そいつはいきなり現れた。



令和六年 八月三十一日
つくば宇宙開発技術センター
大会場 メインステージ

20:35 とスマートウォッチには表記されている。

J-AXA広報部職員の阿澄あすみことアスミンの案内通り、リョータ・イッシン・アンリ・シンタローのブレイキン四人組は、特設されたメインステージの舞台裏で出番を控えている。

濃厚なネイビーカラーを基調としたステージは客席側の天井からライトを向けられ、よくある海外の受賞シーンのように、優雅で洗練されていた。

「もうそろそろやね」
シンタローがスニーカーの紐を結び直しながら皆に一言確認をとり、それに合わせて他のメンバーがステージのほうに目を向ける。

「アレがブレイキンなんて、本当に出来るもんなのかねェ」
訝しげなアンリが半笑いでこぼした。

リョータも同じ気持ちだった。
"アレ"は確かに、背丈こそ人間と同じくらいだ。
白を基調としたボディは、角張った部分があまりなく、手足の指は人間のそれと同じように、一本の指先に対して三箇所以上の関節を用している。

しかし、頑丈さの代わりにしなやかさを犠牲にしたようなあのゴツい胸板のフレームや、大腿部から不自然に飛び出した黒いチューブ状の配線コード、それに目鼻耳の代わりに取り付けられた映像認識用スキャンレンズや物体認識装置まみれのあの顔。

あまりにもロボットすぎる。

ウィーンウィーンとぎこちなく踊る文字通りのロボットダンスならまだ"アレ"に軍配が挙がるかもしれない。

千葉工業大の古田博士が開発したボディと、頭脳であるAI"ミネルヴァ"。稚拙極まりない落書きだが、紙とペンは電力や通信ネットワークからの影響を受けたり干渉されない。


しかしそうではなく、ブレイキンでのダンスバトルだ。

蝶のように舞い蜂のように刺すブレイキン(ブレイクダンス)。それに対応した俊敏性と柔軟性。
体操選手並の運動神経と芸術家の感性を宿した身体を駆使し、即興で音楽を感じながら、イメージした直感的思考を身体表現としてビジュアライズする。

そんなことが"アレ"に果たして出来るのか、と疑問を抱かずにはいられなかった。

そうこう思っているうちに出番は刻一刻と近づく。

「よっしゃ、ほな行こか」
イッシンが頬をパシンと叩いて気合いを入れた。


「盛り上がれば良いってことか」
ド派手なダンスと、ド派手なロボット。
それだけできっと良いんだ。
リョータは自らにそう言い聞かせて、仲間たちと共に藍色のステージに立つ司会者と、その横でピコピコ動いているロボットに「いつでもどうぞ」と、目で合図を送った。




流暢に喋る女性司会役が今回のイベント概要を述べ、参加企業と研究機関、協賛企業などに簡単なお礼を伝えた後、ウンヌンカンヌンと先のオリンピックなどの話題に触れ、"人間の持つ可能性"について語る。
そしてこう叫ぶのだ「それでは登場していただきましょう!」と。
これらの光景を何度も見てきた。

リョータはあくびを噛み殺し、上手かみて側から司会者に向け手を挙げる。

ほどなくして、会場の照明が薄暗くなり、ステージに分散設置された間接照明や、天井からの赤・青・緑のストロボライトが激しく発光を繰り返す。

スピーカーは重低音を響かせ、表拍のキック音とスネア、茶目っ気たっぷりなサックスが絡み合い、高揚感を誘うブーンバップビートが会場中に響き渡る。
リョータたちは左右の足を交互にステップ・バイ・ステップさせ、全身でアップ・アンド・ダウンを奏でながらステージ中央へと向かっていく。


DJ Flegの『Break Women』
この曲は、イッシンの十八番。

どうせロボットは音楽に合わせて足を動かしたり手拍子をする程度のことなんだろう。
それが"最先端テクノロジー"とやらなんだろう。

生憎、そんな子供騙しじゃブレイキンのバトルとは呼ぶわけにはいかないし、その程度では人類に到底及ばない。
それにイッシンは性格上、相手に手加減などせず自分の踊りを見て欲しいといわんばかりに早速ぶちかます。それで終わりだよ。
あとは予定調和で、大人たちが場の雰囲気やイベントの流れを壊さないように、つまり敗者を傷付けないように、「どちらも素晴らしいダンスをありがとう」とか言って終わるに違いない。

リョータは冷静にそんなことを思って、最新鋭ロボット『シン』を一瞥してやった。

シンが俺たちのブレイキンに勝てるわけがない。


その確固たる自負から来る心の余裕は、いわゆる"油断"だったのかもしれない。




ロボット『シン』はイッシンよりも先にフロアへ飛び出した。

強靭な左脚から一歩踏み込み、右脚で更に斥力を強めて地面を蹴る。
そうして全身を宙まで浮かせ、上肢両腕を体の中心に向け巻きつける。

雑巾を絞った時のような回転軌道で、ボディ全体が横軸をキープしたまま、ひねりを加えて高速回転する。

ゲイナーフルツイスト。
アクロバットトリックのなかでも一際難易度の高い大技。


出鼻を挫かれたイッシンが思わず「マジか」と苦笑し、ロボ相手にフロアを譲る。

これには会場に居合わせた人間が皆、畏怖の念を込め狂乱めいた声をあげる。


シンは、両脚の中足ちゅうそく(五指のつけ根からやや下の足裏部分)から膝のクッションを使って着地し、次いでかかとでしっかり地面を食みながら着地の衝撃を分散し、更に腰や上半身へ伝わる負荷をフワリと肩のあたりを脱力することで、しなやかにボディの外へと逃す。


完璧な着地と、完璧な受け身。
そして受けた反動をそのまま次の動きにブーストさせ、再度ボディが蝶のように舞い、フロア目掛けて蜂の一撃かの如く鋭利性を込めて、着地軌道を定める。


矢継ぎ早、地面に向かってダイナミックエントリーするその様は、間違いなく


イッシンの真骨頂だった。


背部からするりと着地し、同時にコインドロップしながら左肘を内側に捻る。再度、背部で地面をキャッチする。その間、両脚は更なる加速に向け、内から外、外から内へと風車のように開脚状態のまま遠心力の発生を呼び起こす。

高速ウィンドミル。
そこから回転軸を背部より上方に移し替え、平たくなっている側頭部から頭頂部に全身の回転運動を集中させ、Aトラックス、ヘッドスピンへとコンビネーションを展開させるのである。

完璧なパワームーブの応酬を喰らい、いよいよイッシン含めリョータたち、人間サイドのダンサーたちの表情から余裕の笑みが消える。

「これはイッシンのムーブの完全再現だ。先にフロアに飛び出したのも、イッシンが来ることを想定して先にその芽を摘んだ戦略…」

リョータがそう発した刹那、不気味な光を放つシンの眼が赤色に替わり、右の掌でトンッと地面を押し上げ全身がふわりとホバリングする。


エアートラックス。

現在最高難易度のパワームーブ。
しかもその軌道は縦軌道ではなく脚を地面スレスレで回転させる超低空横軌道。

この領域の技を繰り出すブレイクダンサーは、各国に数えられるほどしかいない。

それをいとも容易く、しかも完全に8小節の音楽尺に合わせて繰り出している。

「何ということでしょうか!これがロボットの動きなんでしょうか…」
司会もたまらず思いの丈を叫ぶ。

完全に不意を突かれるかたちで"最新鋭テクノロジー"の奇襲を喰らい、一気にお遊びモードではいられない心境の変化を感じる一同。

「あたしにやらせて」
フロアに飛び出そうとしていたイッシン、リョータ、シンタローらの気配を制し、アンリがシンの無機質な顔面を思わず睨みつける。



アンリのシグネチャームーブである、逆回転。
通常、フロアでフットワークやパワームーブを繰り出す際、人は時計回り、反時計回りなど一方向への円運動に慣性の法則を乗じさせて勢い付ける。
しかし、アンリの場合はその回転方向を急遽逆回転させ、対戦相手や観客を翻弄する。
それは案ずるが易しだが並のことではなく、鍛錬の過程においても人の倍、動きにバリエーションを増やすべく時間を要する努力の結晶なのである。

だが、これもシンにとっては容易いことで、アンリの完璧なムーブを受け、更にその動きよりも疾く、より複雑に自らの動きを再構築させてカウンターを図ってくるのである。

「くそ…何なのアイツ」
普段のバトルでならチャーミングさを忘れないアンリも、執拗なまでにこちらの出方を模倣して、更に高いクオリティで返してくるソレに、並々ならない嫌悪感を抱いた。

「焦るなアンリ、これはエキシビジョンや…」
シンタローの言う通り、これはジャッジもいなければ、国や地域の代表として本来なら背負うであろうプレッシャーを必要としないお遊びだ。

だが、ヤツの動きには、何故だかそんなラフな感情を抱けない。
まるで人間を馬鹿にしているかのような、無感動の更に先にある無機質さしか感じないからだ。
ブレイキンなんて大したことないと言わんばかりの隙の無い完璧さ。

リョータは、この展開にやや困惑するシンタローを右の眼で一瞥し、次は俺にやらせてくれと合図した。

「…いや待てリョータ。ここは俺がいく。多分返されるけど、俺がフリーズした瞬間お前が行け。相手はいうて一匹だけや。いきなり二人相手にするのは、ナンボ頭良くても無理な話やで。そっから四人全員でルーティンコマンドぶち込んで終わりや」

確かにこれには一理ある。
向こうが一体だけなら、こちらは最大四体で挑めば良いのだ。
1on1のバトルではなく四人の連携コンボで、一体では出来ない動きや魅せ方を披露すれば良いのである。

「勝ち負けというよりあくまでも四人のダンスとして魅せれば、ソロの相手がいくら頑張ったところで、そもそもの土俵が違う分、相手も困惑するはずや」
そう言ってシンタローはニコッと笑い、こちらを待ち構えるシンに向かっていった。

キック音に合わせた力強いトップロック、2小節ごとに高さを変え、観客を飽きさせないミュージカリティ。
そして曲調がAメロからサビ部分に変わるタイミングで、勢いのあるパワームーブに移行し、音の緩急を意識して、自由自在に表現されるフットワークの数々。

一拍一回転の超高速スワイプスからの大技1990を三回転。

そのまま、足を落下させることなく片手のみで全身を支え、もう片方の手で被っていたスピンキャップのつばを正面から右にスライドさせ、相手に向かって「やってみろ」と言わんばかりに人差し指を突き出す。

このムーブだけでも恐らく、先のオリンピックや国際的なダンスバトルのイベントでなら"ベストムーブ"として大会の華として報じられるであろう圧倒的完成度。
相手が人間であれば恐らく「参った」と言って勝負を終了させる詰みの一手であるが、今回の相手にはそもそもの闘争心や敗北感というものがない。

ただ相手よりも難しい技を、あり得ないスピードとクオリティで、無尽蔵に繰り返し出力するハードウェアだ。

「リョータ、いったれ」
世界最高峰のフリーズを解除し素早く両脚で着地。
立つ鳥跡を濁さずといった具合で、スピンキャップの鍔を深く被り直しながらリョータが控える舞台上手側にターンし、ゆっくり立ち去る。
シンタローの立ち振る舞いに、ようやく観客たちが歓声を送る。

キャップで表情を隠しながら歩くシンタローが、右の拳を顔よりやや高い位置に掲げガッツポーズをする。

その拳に、空中で拳を合わせるリョータ。
先にシンが繰り出したゲイナーフルツイストの改良技。後方3回転半ひねりの伸身状態、つまり滞空時間を極端に長くした体操選手も真似できない超絶技巧だ。


「調子に乗るなよ、(※)パスファ野郎」

※FPSゲーム『APEX LEGENDS』に登場するロボットキャラにちなんだ皮肉。

超絶アクロバットから足で着地せず、そのまま背中で地面にボムドロップ。

ネコ科のような体幹とバランス能力が無ければ、顔面を床で強打する危険極まりない大技。

この狂気じみた覚悟を決めなければ、人間は人間を超えることが出来ないのだ。

そのまま、リョータはコインドロップするかのように背中で受けた反動を利用して、右の掌を床に叩きつける。

爆ぜるかのように空に向かって全身が弾け飛び、竜巻のような回転軌道を描く。

エアーフレア2.0。
通称"ワープ"と云われるそれは、誰も見たこともなければ実践したこともない。
なぜならそれは、前人未到の領域だから。

1.5

1.6

1.7

1.8

開脚旋回する両脚が空中で弧を描く。
スニーカーに縫い付けられたNIKEの白いロゴが白い流線を描き、輪のように映りはじめる。

1.90

1.93

1.96

1.99

「ギギ…更新シタ ミッションヲ 再更新シマス」
突如、舞台下手側で待機していたシンの眼であるスキャンレンズが赤く発光し、空中で回転するリョータに向かいタックルフォームで突進をしかける。

1.995

1.997

1.999

「…危ない!」

誰もがこの突然のアクシデントに唖然とし、衝突は避けられないと諦めたその時だった。


2.000


──ピシッ ピシピシッ ピシッ!

空中で2.0回転したリョータと、そこに向かって全速力で突進してくる機械の間に、先の皆既月食時に現れたあの禍々しい"眼"が現れたのだ。





まさにその直後

襲い掛かろうとしていたシンのボディが、今度は凄まじい勢いで弾き返され、下手側の舞台袖付近まで吹き飛んだのである。

「うわあああ」
凄まじい衝撃と風圧によってステージに設置されていたモニタースピーカーや、天井に吊るされていた照明機器、そしてマイクを持った司会者も、四方八方に吹き飛ぶ。もちろんリョータも。

前列にいた観客はもちろん、スタッフや関係者たちも一触即発といった様子でステージ上に駆け寄る。

「クッソおもろいけどリョータの新技危なすぎ!」
イッシンが腕で顔を覆いながら叫ぶ。

騒然とする会場。
何がなんだか誰もが理解できていない。
突如スパークして現れた発光球が確かについ先程まで目視出来ていたはずなのに、それももはや幻のように忽然と姿を消している。
その代わりのように見知らぬシルエットが背中を向けて立っているから、いよいよ訳がわからない。


「ここは冥土か。はたまた地獄か」

──そいつはいきなり現れた。



いいなと思ったら応援しよう!