【ちょっと昔の世界一周】 #55.1 おまけ
今回はアンマンでの街歩きとワディ・ムーサの宿での出来事。
※宿の出来事は少しアレなので有料です。
本編はこちら↓
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ラマダン
ヒジュラ暦(イスラム暦)の九月の一ヶ月間、ヒジュラの苦難(詳細が気になる方はお調べください)を追体験する為として行う断食。
日の出から日没までは水も飲まずに過ごす。
※細かい決まりはあるが簡単にいうとこんな感じ
話には聞いていたが、この暑さの中で行うとはなかなかの信仰心である。
その分、日没のアザーンの合図とともに一斉に食事が始まるらしい。
今はすっかり夜も暮れている。
なので外に出ると、道端に腰を下ろし何かを食べている人も見られる。
教えてもらった食堂に入ると、数人のお客さんはいるが席は空いている。
見渡すとみんな、皿に置いてある肉をちぎって食べている。
食事の作法も国によって違う。
なので、私も同じように出てきた肉を手でちぎりながらの食事を楽しみ、宿へと戻った。
翌日、どこかから聞こえるアザーンの響きが聞こえ目を覚ます。
このアザーンの合図と共にラマダンが始まり、日没と共に終わる。
信仰とはいえ大変だなぁ..という気持ちとともに、もう一度目を閉じる。
ヨルダンに来た目的はペトラ遺跡。
なのでアンマンでは特に見たいところも予定もない。
なので、もう少し明るくなったら起きようと決め、しばらくベットでゴロゴロして過ごすことにした。
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アンマンの街歩き。
中東の雰囲気を感じられるものだったのだが、なんとなく物静かな感じだった。
中東に私が緊張しているのか、リョウタ君が言っていた通りラマダンの影響かなんとなくピリついた感じがする。
それと、トルコに比べよりイスラム教への信仰が強いようで〝ヒジャブ〟をつけ髪を隠している女性が多い。中にはより顔も隠す女性もいる。
そんなこともあり、今までよりも軽い感じで声をかけてくる人たちがいない。
旅行者はラマダンは関係ないとはいえ、ゴクゴクと水を飲んだり、涼みがてら食堂に入って何かを食べるというのも何となく気が引ける。
なので宿を中心に動き回り、ペトラは歩くという話を聞いたので、翌日に備え早めに宿に戻りみんなと雑談をしながら過ごした。
とはいえ、アンマンにいる時間はあまりない。
みんなが一斉に食べ始める日没のアザーンの時間に合わせ、夕食を食べに出かけてみた。
日中と比べ、みんなの表情が明るい気がする。
それはそうだろう。
飲んで食べれる!
その気持ちはよく分かる。
やっぱり信仰の力は凄い…
そんなことを考えながら歩いていると、広場にテントが張ってある。
テントといってもキャンプといった小さなものではなく、かなり大きい。
列があり、入口に人が立っている。
所々に窓があり中が見える。
入り口近くの窓からさりげなく覗いてみると、大勢の人が何かを食べている。
何かのイベントだろうか?
そんなことを思っていると、入口に立っている女性が声をかけてきた。
話を聞くと、イスラム教の教えの一つ〝ザカート(施し)〟をしている団体のようだ。
食べてくかい?
まさかのお誘い。
しかもお金はいらないらしい。
これはついている!
断る理由もなく中に入った私は、今までの旅のように周囲の人たちと楽しい夕食の時間を過ごした。
中東、なかなかいいものだ!
そんな考えで、ウキウキしながら宿へと帰っていった。
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マエダさんの教えてくれた宿のドアを開ける。
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