侠客鬼瓦興業 第10話 恐怖の影
「私、応援してます…吉宗くんのこと…」

憧れのめぐみちゃんの、その言葉は、単純な僕にとって最高の活力剤だった。そして僕は誰もいない鬼瓦興業の玄関で小さく拳を握りしめて、つぶやいた
「がんばろう!うん、がんばるよー、よし、がんばるぞー」
「何をがんばるの?」
「えー?!あーーーー銀二さん!」
気がつくと後ろには、僕のボストンバックをもった銀二さんの姿があった。
「部屋案内してやるから、ほらこれ」
銀二さんはボストンバックを僕に差し出した。
「あ、すいません」
僕はバックを受け取ると、銀二さんの後ろをついて、寮と思われる場所へ向かう長い廊下を歩きだした。
「まず、親父さんの挨拶が先だからな、親父さんは高倉の若頭よりも挨拶はうるさいから、しっかりやれよ。」
「は、はい!」
「それから、ここじゃみんな、社長じゃなくて、親父さんって呼んでっから、今からお前もそう呼べよ、」
「おやっさん…、ですか?」
「そう、それから奥さんは、姐さん」
「あねさん…、は、はい」
僕と銀二さんはさっそく、社長あらため親父さんの元へ、顔を出した。
「失礼しまーす」
銀二さんはそう言って挨拶すると、後ろでぼーっとしている僕をぎろっとにらんだ。
「あ、失礼しまーす」
「おーう」
親父さんは、別室の居間で鉄に肩をもませながらテレビを見ていた。
「おい銀二、見ろこのニュース、動物園で、ゴリラが逃げちまったんだとよ、みんな大騒ぎだ」
親父さんはそう言いながら、テーブルの木箱からタバコを取り出し口にくわえた。すると小気味よいテンポで銀二さんが、持っていたライターで親父さんがくわえていたたばこに火をつけた。
「親父さんそれじゃお先、休ませていただきます。」
銀二さんはそう言いながら、股を開き気味に正座すると、両手をついて礼儀正しく挨拶をかわした。
僕もその様子を見よう見まねで、親父さんに挨拶をした。
「お、親父さん…、僕もお先に休ませていただきます」
「おう、ごくろうさん、明日も早いから、しっかり寝ておけよ!」
親父さんはたばこをふかしながら、しぶーい目をして、僕に微笑んでくれた。
「ところで、親父さん、こいつどこの部屋住まわせれば良いんすかね?」
銀二さんが尋ねると、
「お前らのとこじゃ狭いしな、とりあえず、オイの部屋でいいだろ」
「え?!、お、オイさんの所ですか?」
「おう、この間ひとり居なくなったばかりだし、奴も喜ぶだろ」
「は、はあ…」
銀二さんは返事をしながら、青ざめた顔を僕に向けた。
何となく僕は不安になったが、親父さんの言いつけに従って、そのオイさんという人の部屋に銀二さんと向かった。
「あ、あの銀二さん、さっきお話していたオイさんっていったい?」
「ん?、ああ、俺達の先輩でな、今日は新潟の方で露店(バイ)が入ってたから、おそいんだ」
「はあ…」
僕は何となく嫌ーな予感がしたが、しぶしぶ銀二さんの後ろをついて、部屋にむかって歩き続けた。
「おう、ここだ」
銀二さんはそう言うと、古びたふすまを、ばっと開け放った
むわーーーーーーー!
ふすまの中からは、まるで獣のような異臭が廊下に向って噴き出してきた。

「ぶわーーーー!くせーーー」
銀二さんは、鼻をつまみながら、部屋の中に入ると、あわてて窓を開け、暗い部屋の電気をパッとつけた。
「うわーー!!」
僕たちはその部屋の凄まじさに、一瞬氷のように固まってしまった。
敷きっぱなしの蒲団には、所々に薄茶色のしみがこびりついており、あちら、こちらにゴミが散乱して、まさに足の踏み場もない散らかりようだった。
テーブルの上には読み散らされたエロ本数十冊と、巨乳のお姉さんがナース姿で胸に茄子をはさんでいるパッケージのビデオが転がっていた。
銀二さんはそのビデオをつまみながら
「ナースでなーす、だと・・・、あいかわらず、信じらんねえの見てんな、このおっさんは、とりあえず入ってこいよ吉宗」
僕はしかたなく、そのすさまじい部屋に足を踏み入れた。
ぐにゃ~!!
「!?」
僕の足元で、嫌な感触がした。
まさか、またしてもウンチ?
僕はおそるおそる足元を見た、するとそれは一枚のコンニャクだった。
「なんだー、コンニャクか、よかったー」
僕はそう言いながら、そのコンニャクを拾い上げたが、よく見るとそのコンニャクには、横に大きな穴が開いていた。
「なんだろう、この穴?」
僕はコンニャクを上に持ち上げて、穴の中を覗き込んだ。
「あー、馬鹿やめろー!!」

銀二さんの大きな声が聞こえるのと同時に、コンニャクの中からどろっとした白い液体が流れ出し、覗いていた僕の顔に見事命中した。
「ぐわぁー、な、何だこの液体はー?」
「あーあ、馬鹿ー、だからやめろって言ったのに」
僕は顔の液体を手でぬぐい、その匂いを嗅いでみた、するとそれは、僕にも嗅ぎ覚えのある、一瞬漂白剤のような香りのする液体だった。
「ま、まさか、これって…」
「そのまさかだよ、お前も時々出すだろ、同じの…」
「…………」
僕はその一言でお地蔵さんのように固まってしまった。
「お前って、信じられねえくらい面白すぎるなー、いきなり顔面シャワーかよ、くーくくくく」
銀二さんはそう言いながら、お腹をかかえて笑いころげていた。
「ちょっとー、何でこんなものが落ちてるんですかー!!」
僕はそのコンニャクを片手に銀二さんに近づいて行った。
「知るかよそんなのー、わー汚ねー、来るなバカー!」
銀二さんはそう言いながら、あわてて部屋の外に逃げて行ってしまった。
「あー銀二さん!!」
僕は手にしていたコンニャクに気づき、あわててそれを投げ捨てると、一人半ベソをかきながら、ぶざまな顔面シャワー姿でたたずんでいた。
少しして銀二さんが布団をかかえてもどってきた。
「ほれ布団、それから便所と洗面所は廊下出て左」
そう言い残すと、銀二さんは、笑いながら一目散に出て行ってしまった。
「あーーー銀二さーん!!」
それから僕は、洗面所でぶざまな顔を洗い流し、これから暮らす部屋を少しだけかたずけると、部屋の隅っこに、銀二さんからもらった布団を敷いて床についた。
僕はしばらく落ち着かず、あたりをきょろきょろしていたが、今日一日の疲れのせいか、いつの間にかぐっすりと眠りについていた。
どれくらいたったか、僕は廊下で聞こえる、猛獣のような声と巨大な足音に目をさました。
「ぐうーーーーー、ぐうーーーーーー」
ドスン、ドスン、ドスン、ドスン
「!?」
猛獣の唸り声と足音は、だんだん僕の部屋の方へと近ずいてきた。
「な、何だー、こ、この鳴き声は…」
僕は布団を頭からかぶり、恐怖で震えながら、ふっと親父さんが居間で話していたニュースを思い出した。
(おい銀二、見ろこのニュース、動物園で、ゴリラが逃げちまったんだとよ、みんな大騒ぎだ)
「そ、そう言えば親父さん、さっきあんなことを、それにここって、確か近くに大きな動物園があったよなー」
ドスン、ドスン、ドスン!!
猛獣の足音が部屋の前で止まった。
そして猛獣は、いきなり入口のふすまを、がばっと開け放つと、
「ぐうおおおおおおおおおおお」
大声をあげながら部屋の中に入ってきた。
「…あわ、あわ、あわ…」
僕は、布団の隙間からそーっと外を覗き見た。
「あっ!?」
瞬間、恐怖に呼吸が出来なくなってしまった。
そう、僕の目の前には、ニュースで話していた、巨大なマウンテンゴリラが、さまじい形相で、僕を睨み据えていたのだった…。

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