侠客鬼瓦興業 2話「鬼瓦興業…?」
アジアチャンピオンのもと、6ミリ4ミリのみごとなパンチパーマ頭に変身させられてしまった僕は、ショックのあまり涙を流すことすら出来ず、ただ呆然と銀二さんの後を歩いていた。
「あっ、あのー銀二さん…、一つだけ聞きたいことが?」
「あん、なんだ?」
銀二さんはタバコに火をつけながら振り返った。
「あ、あのー、僕うっかり面接の時、仕事の内容聞き忘れてしまったんですが、鬼瓦興業の仕事っていったい…」
僕は思い切って銀二さんに聞いてみた。
「うちの仕事?何いてっんのお前……ぶっ!」
「ぷっ、ぷわーははははっははははっはっはっはは!」
銀二さんは僕を見ながら、急に大笑いを始め
「わりいわりい、あんまりにもお前のパンチパーマ姿が面白かったからよー、ぷひゃひゃひゃ、腹いてー腹いてー」
質問に答えられる状態では無くなってしまった。
僕はしかたなく笑いころげる銀二さんのあとをとぼとぼと歩き続け、気が付くと僕たちは会社の入り口に立ってたのだった。
「おせえぞ銀、早く仕事の支度しろよ!」
とつぜん会社の中庭から大きな声が聞こえてきた。
見るとそこには、公園で出会った刺青の岩さん、それに鉄という岩さんにグローブで殴られていた金髪の男、他に数人のガラの悪そうな人たちが恐い顔で立っていた。
「すんません岩さん、親父の言いつけで、この新入りアジアチャンピオンのとこ連れて行ってたんすよ」
銀二さんはそう言いながら僕を見ると、またしてもゲラゲラ笑い始めてしまった。
「新入り?あれー!お前さっきのうんこの兄ちゃんじゃねえか!何だうちの新人だったのか」
「はっ、はい…」
「それにしても、えらい変身したなー、はははは」
刺青の岩さんは僕を指差しうれしそうに笑った。
続いて今度は、鉄という金髪男が不気味な顔で近寄って来ると、鋭い目つきで僕を睨んできた。

「なんだよ…、お、お、お前…、うちの新人だったんかよー」
「あっ、はい、そうです」
僕は恐怖でガチガチに固りながら必死に答えた。
その時、鉄という男の後ろから一人のかっこいい男の人が現われ、鉄の頭をゴンと軽くこずいた。
「こら鉄、なーに新人君にガンくれてやがんだ!ばーか」
まるで映画の二枚目俳優のようなその男の人は、優しい笑顔で僕に近寄ってきてくれた。
「ほー、お前か、求人案内で面接に来たお兄ちゃんてのは?」
「あ…はい!」
「名前は?」
「一条吉宗です!」
その二枚目俳優のような男の人は、たんたんと僕に話しかけてきた。
「ほー、いい名前じゃねえか、俺は高倉だ、よろしくな!仕事はちょっときついけど、これから頑張れよ!」
そういいながら高倉という人は僕の肩をぽんと叩いた。
僕は何となくそのやさしい笑顔に救われて、少しだけ緊張から解かれた思いがした。
「おーいお前ら、これから一緒に働く一条吉宗だ!しっかり面倒見てやれよ!」
「へーい」 「ほーい」 「あーいよろしくー」
岩さんをはじめ恐い顔の人たちは、いっせいに僕に声をかけてくれた。
「あ、ども、ども…」
僕はパンチパーマ頭をぽりぽりかきながら、こわばった顔で軽く会釈した。その時だった今まで優しい笑顔を見せていた高倉さんが、急に赤鬼のような形相に変身して僕を睨みすえてきたのだ。
「この野郎~新入り、なーんだその挨拶のしかたは~!」
「ひ、ひぇー!?」
あまりの急変ぶりと、その恐ろしい形相に僕は、思わず震えあがってしまった。

「すっ、すいません…、すいません…」
「銀~、てめえ新入りに挨拶の仕方も教えなかったのか、この野郎!」
高倉さんはそういいながら銀二を睨みすえた。
「す、すいません頭…」
いままで気さくに笑っていた銀二さんは、その後、急に恐い顔になって、僕のそばにやってきた。
「こら、吉宗、俺のやるとおり見てろ」
そういうと急に足をがばっとガニ股に開き軽く前かがみになると、両膝の上にばんっと手を置いた。そして相手から目をはなざずそのまま頭をさげると
「おはようございやーす」
今までとは打って変わったドスの聞いた声で挨拶をした。そしてその体勢のまま横目で僕を睨むと小声で
「何ぼーっとしてんだ、お前も同じように挨拶しろ!」
「あ!?…はっ、はい!」
僕は一生懸命なれないガニ股になると、見よう見真似で銀二さんと同じ格好で挨拶をした。
「お…おはようございあまさまさまーあす」
僕は恐さからあわてて、思わずこんな挨拶をしてしまったのだった。
「なんだー、そのわけの分からん挨拶は!それに声が小さい声がー!」
高倉さんは僕の顔の間近に、その鬼のような顔を突きつけてきた。」
「お、おはようございまーーーーす!」
僕はありったけの勇気をふりしぼって、大きな声でみんなに挨拶をした。
高倉さんはそんな僕をしばらく腕組みしながら恐い顔で見つめていた。
僕はがにまた姿のまま恐る恐るあたりを見渡し、そして高倉さんの顔をチラッと覗いた。
すると、今まであんなに恐ろしい形相だった高倉さんの顔が、最初にであったときのやさしい顔に戻っていたのだった。
「やればできるじゃねえか、やれば…」
高倉さんはそう言いながら、僕のパンチパーマをぽんと軽くたたくと
「おう、お前ら準備できたら行くぞー」
そう言いながら鉄から白衣を受け取ると、スバっとかっこよく羽織り、さっそうと肩で風を切りながら外にでていった。
「ふー、びっくりしたか吉宗、高倉さんは昔から挨拶だけはうるさいからよー」
銀二さんはその手に、一着の白い服を持って僕の前に笑顔で現れた。
「ほい仕事仕事、そんなスーツ姿じゃ仕事にならねーだろ、早くこいつに着がえな!」
「着がえ?」
「まあ、うちのユニフォームってやつだ、ほれ早く着替えろ、今度は岩さんにどやされるぞ」
僕は銀二さんから白いユニフォームを受け取ると、奥の倉庫でごそごそ着がえを始めた。
しかし、着がえ終わった僕は、思わず自分の姿に悶絶してしまった。
「えーーーーーーーーーー!?」
「銀二さん!銀二さん!な、なんですかこの格好はー!?」
気が付くと僕は、白いよれよれの襟のないダボシャツに白いズボンおまけにお腹には真っ黒い腹巻、それはまるで「男はつらいよ」で同じみ、フウテンの寅さんそのものという格好だったのだ。
「銀二さん、銀二さん、銀二さーん」
僕は自分の姿を指さしながら、銀二さんの周りをピョンピョンと飛び続けた。
「おー、なかなか似合ってんじゃねえか、やっぱパンチパーマにはそのかっこだな」
銀二さんは笑いながらそう言うと、僕に真新しいワラで出来た時代劇でよく見かけるぞうりを差し出した。
「なんですか?そのぞうり?」
「ぞうり?雪駄ってだよ、セッタ…、ダボシャツに皮靴じゃカッコつかねーだろ、ほら…」
僕はしぶしぶそのセッタというゾウリに履き替えると、ちりちりのパンチパーマ頭に手をやりながら、目に涙をいっぱいためて小さな声でつぶやいた。
「な、何なんだー、この頭といい、このユニフォームといい…、いったいこの会社は、なんなんだー!?」
「おおおお!よーく似合っとる、似合っとるぞー若人よー!」
僕の背後から聞き覚えのある大きな声が…。
振りかえるとそこには思った通り、満面の笑顔の社長の姿があった。
「うん、良い!良いぞー若人!やはり男は短髪、パンチパーマが一番いいぞー、似あっとる似あっとる!がーはははははははは!」
社長はまるで僕の頭をぺろっと一飲み出来るくらいの大きな口を開いて、うれしそうに大笑いを続けていた。
僕は思い切ってそんな社長に訪ねた。
「あのー社長さん、一つだけ伺っていいですか?」
「んー?なんじゃ、若人よー」
「あのー、求人案内には、この会社、子供達に夢と希望を与える会社、そう書いてあったんですけど、いったいどんな仕事の会社なんですか?」
「なんじゃー!お前、知らんでうちに入ったのか?若人よー」
「は…はい…」
社長はきょとんとした顔で僕を見たあと
「まあ良い、まあ良い、男なら仕事の中身なんぞ気にしないで面接に来る、そのくらいどーんと構えてないとなー、がはははは…」
高らかに笑い続けた。
「はあ、はははは」
仕方なく僕も、こわばった顔で社長と一緒に笑い続けた、そしてしばらくしてもう一度社長に小声でたずねた。
「で、あの仕事の内容って…?」
「的屋だよ…」
「てきや?…」
「そう的屋…」
「て、てきや?…」
「おう、祭り、縁日で子供達に夢と希望を与え続ける、あの的屋だー、的屋!」
社長は僕の頭をぽんぽんうれしそうにたたきながら、大声でそう叫び続けた。
「的屋…、的屋…、あ、あの的屋!?…」
「そうだ的屋だ、あの的屋、」
「的屋…、的屋…、的屋…、やっぱりあの的屋?…」
僕はショックのあまり、社長と共に、何度も何度もそのテキヤという言葉を繰り返し続けたのだった…。
武州多摩でも名のあるテキヤ一家、侠客鬼瓦興業…
こうして僕は、そんなテキヤ稼業に見事就職…、その後、さらなる恐ろしい出来事を乗り越えながら、この稼業で男を磨いて行く事になろうとは、この時はまだ知るよしもなかったのだった…。
つづく
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