【書評】 『イランと日本』
現在、イランの外務大臣を務めるアッバス・アラグチが自ら綴る、駐日大使時代の回想録
アラグチが日本語にも通じる名前と知って、新たな久しき大地との意味を込めて「新久地」との当て字を刷った名刺をつくったり、信任状捧呈式で天皇陛下にお辞儀するのは勘弁願いたいと宮内庁に申し出た話は微笑ましくも感じられる(イスラム教徒が深く頭を下げるのはアッラーに対して行う絶対の服従のみ。他方、天皇陛下は外国の賓客などにはお辞儀ではなく握手を交わされることも多い)が、練達の外交官らしく、幅広い事柄についての洞察が眼を惹く
日本国民の独自の宗教は、何千年も前から綿々と受け継がれている神道である。神道は、聖典から得られる仰・倍条や宗教的義務が成文化された宗教ではない。創始者や聖典は存在せず、日本人の生活と不可分な品行や振る舞い、世界観や教えの複合体である。神道の者たちは神々を信仰している(中略)。日本人は森羅万象に神を創り出し、神々に頼った。山、海、風、それぞれに神が宿っており、神々の数は八百万とも言われる。
驚かれるかもしれないが、一般の日本人のイラン理解で最初に払拭しなければならなかった一番目の誤解に、「イランはアラブの国で、イラン人はアラビア語を話す国民である」という誤認識があった!
また、平成23年(2011)の東日本大震災では、他国の大使や館員たちが脱出する中東京にとどまり、過去のイランでの地震における日本の支援への恩返しとして岩手県まで自ら支援物資と食料を持って出向いたことが述べられているほか、大使離任後の後日譚として安倍晋三総理についても言及する
世界の他の地域のアメリカの同盟国は、イランにとって友好国とは思えません。だからこそ日本は、イランとアメリカの間を取り持つことができるのです(中略)。特に思い出すのは、故安倍首相の取り組みです。安倍氏はアメリカとイランの関係を改善するために、日本がその役割を果たそうと多くの工夫と努力をしてくれました。イランとアメリカに具体的な対応案を提示し、アメリカによる経済制裁の一部が解除されるように貢献してくれました。詳しくは申せませんが、非常に革新的な、まさに日本発のアイディアでした。日本人は創造性と革新性の達人です。安倍氏が2019年にイランを訪問した時、イランのハメネイ最高指導者やローハニ大統領に会い、大統領を日本に招待しました(中略)。私自身も本当に安倍氏に感謝していますし、常に彼を尊敬し、平和と彼の冥福を祈ってきました。彼が不幸な暗殺によって亡くなった時、テヘランの日本大使館に記帳台が設置されました。私はローハニ前大統領に、「どうか日本大使館に行って記帳をしていただきたい」とお願いをしました。前大統領は私の願いを聞き入れてくれ、日本大使館は当初の記帳受付期間を一日延長し、ローハニ前大統領の弔問を受けてくれました。
宗教指導者が権力を握り、大統領でさえ行政責任者でしかないという独特な政治体制の中、そしてその指導者が真っ先に殺害されてしまった現在、アラグチ外相の立場はどのようなものなのか、報道される内容や彼自身のXの投稿からは推し量ることが難しい。
浪花節で語ることができないのが現実の政治の世界ではあるのだが、ふたたび平和な世の中になった時には、また日本にいらしていただきたいと願わずにいられない
