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【note大掃除】「フォロバ100×稼ぐ」悪いけど掃除させてもらうで。ほんまゴメンやで

まいど!noteの世界を徘徊しとる、ただの関西のおっさんや。

最近な、わしのスマホでnoteを開くたびに、目がシパシパするんや。なんでかっちゅうたら、タイムラインが「月収7桁!」「noteで稼ぐ秘訣を伝授!」「スキをマネタイズ!」みたいな、ギラッギラの広告記事で埋め尽くされてんねん。まるで、心斎橋のど真ん中で、急に札束で顔を叩かれてるような気分や。正直、やかましいわ(笑)

こらアカンと。わしの憩いの場が、いつの間にかマネーの虎だらけになってしもとる。ちゅうわけで、ちょっとタイムラインの大掃除を断行することにしたんや。

「フォロバ100 × noteで稼ぐ」は、だいたい味が薄い

まず、わしが真っ先にサヨナラを告げるんが「フォロバ100!」「noteで稼ぎたい人、集まれ!」の合わせ技で攻めてくるアカウントや。

なんやろな、この組み合わせ。例えるなら、「無添加」を謳ってるのに、裏の成分表示見たらカタカナだらけやった、みたいな香ばしさがあるやろ?

もちろん、全員が全員そうやとは言わん。けどな、経験上、このタイプのアカウントは数を増やすことだけが目的で、肝心の記事がまぁ〜中身ペラッペラなことが多いんや。どっかの誰かが言うてたようなことを、ちょっと言葉変えただけでドヤ顔で語られても、こっちは「知っとるがな」としか言えへんねん。

結果、どうなるか。 わしのタイムラインが、心がこもってない営業トークで埋め尽くされるんや。「いつもありがとうございます!(誰やっけ?)」「素敵な記事ですね!(読んどらんやろ!)」みたいなやり取りが飛び交って、なんや疲れへん? わしはしんどい。心が通わへんキャッチボールほど、虚しいもんはないで。

せやから、この手のアカウントは、すまんな、わしはフォローせぇへん。興味ないし、読む時間ももったいない。それやったら、近所の野良猫の生態観察してる方が、よっぽど心豊かな時間を過ごせるわ。


でもな、「全部ダメ」と決めつけるんは、まだ早い

と、ここまで言うとくと、「ほな、プロフィールに『フォロバ』て書いてるやつは、全員アカンのかいな?」て思うかもしれん。

それが、そうでもないんやな。ここがnoteのオモロイとこや。

ごく、ごく稀にやで。ほんまに宝くじに当たるくらいの確率かもしれんけど、「フォロバ100」て控えめに書いてるのに、読んでみたら「なんやこの人、めちゃくちゃオモロイやんけ!」っていう隠れた逸材がおるんや。

金儲けとか、フォロワー数とか、そんな次元を通り越して、ただただ「文章を書くのが好きで好きでたまらんのや!」ちゅう情熱が、画面の向こうから湯気みたいに立ち上ってくるような人。そういう人は、たとえプロフィールが定型文っぽくても、記事に魂が宿っとる。


判断基準は「プロフィール」やない。「記事」に魂があるかどうかや

じゃあ、どないしてその「ホンモノ」を見分けるんか。

簡単や。プロフィールだけで判断するのをやめるんや。

気になったら、騙されたと思って、たった1本でええから記事を読んでみる。読んでみて、

  • 思わず「ブハッ!」て吹き出すくらい笑えるか?

  • 「わかるわ〜」て、スマホ片手に一人で頷いてまうくらい共感できるか?

  • なんか知らんけど、心がジンワリ温かくなるか?

どれか一つでも当てはまったら、その人はあんたにとって「フォローする価値のある人」や。そこに「魂」があるかないか。それが全ての分かれ目やと、わしは思うとる。


自分のタイムラインは、自分で守る聖域やで

noteは、誰かに強制される場所ちゃう。あんたが心から「おもろいな」「好きやな」と思う文章が流れてくる、居心地のええ場所であるべきや。

そのためには、義理や人情でフォローを続ける必要なんかない。合わんな、と思ったら、そっとフォローを外す。それでええんや。自分のタイムラインは、自分で守る聖域やからな。

わしにとってのnoteは、難しいセミナー会場やない。行きつけの古びた喫茶店や。そこで隣に座ったおっちゃんが、別にオチもないけど味のある話をしてくれる。そんな、人間臭くて、居心地のええ場所であってほしいねん。

ちゅうわけで、あんたも自分のタイムラインを「好き」で満たして、もっとnoteを楽しんでいこうやないか。

偉そうなことばっかり言うてスマンな。ゴメンやで。

ほな、またな!

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