見出し画像

”デジタル思考”の、ゼロかイチか、では足りないこと。

先日、残念なことがありました。とあるデジタルマーケティング系のイベントに申込をしたのですが、都合で途中抜けしなくてはならなくなり、心ならずもキャンセルを申し出たところ、「キャンセル料15万円」(!)を要求されました。事情をお伝えして情報酌量を求めたのですが、「ルールだから」の一点張りで...
読み返してみると、”規約”に「いかなる理由があろうとも」という一文が。これを曲げてしまうと収拾つかなくなる、イレギュラーは避けたい、という意図もわからなくはないのですが、少なからずそのイベントで過去に”貢献”した実績がある身として、やるせない思いでいっぱい。
そして、その残念な感情が収まった後に思ったことは、
「ゼロかイチか、そういう意味での”デジタル(化)”って、イヤだなあ」という不快感でした。この件は特殊だとしても、ゼロorイチの「デジタル思考」が、ハナにつくケースが増えているような気がして、この点を考えてみました。


私は「デジタル」なのか「アナログ」か?

長く、”EC”という、デジタル世界に身を置いてきたので、ある程度は「デジタル人間」であると思っていました。そんなときに出会ったnoteの中で、

を読んで、試してみたのですが、なんと!
「右脳・右脳」タイプ、ピュアな「右脳人間」ということが判明。
いろいろと調べてみると、

右脳タイプ=ゼロイチ、中間なし、無感情、管理得意、デジタル思考
左脳タイプ=曖昧、人付き合い、感情的、販売得意、アナログ思考

...ということで、晴れて「純アナログ人間」に認定されたわけです。

確かに、「曖昧」は嫌いでないし、「人付き合い」はテクノロジーを上回ると思っているし、「感情的」でもある。そもそも50代のオヤジだし。あ、でもアナログ認定は、イヤな気にはなりません。むしろ、納得の結果です。


右脳から左脳へ

また別のところで、こんな記事も見つけました。

...右脳というのは、記憶力や想像力、イメージ力などを担う脳で、主に人間の感情を司っている脳の部分です。
...
一方、左脳は、主にロジカルな思考を司っています。言語や計算のように論理的な思考が求められるものは、すべてこの左脳において処理されます。
基本的に右脳の働きは3歳ごろが最も活発であるといわれており、年齢を重ねるにつれて徐々に左脳の働きの方が上回るようになっていくと考えられています。幼い子供が気持ちをコントロールできずに感情的になりやすいのに対し、大人の方が気持ちを抑えて行動しやすい...

んん?ということは、「オトナになり切れていない」ということか?「いつまでも少年のような」というポジティブに解釈しよう。


中間、曖昧さは、「人間らしさ」だと思う

右脳・左脳、デジタル・アナログは、どちらのほうがよい、という話ではありません。要は「バランス」ということです。一人の人間の中でのバランスでもあるし、組織・チーム内でのバランスでもある。「どちらにもなれる」「どちらも存在する」ことが肝要、ということ。

冒頭の「イベント事件」に戻りますが、「ルール」であることは理解しつつも、デジタル思考によって困ってしまう人たちを助けられるのは、アナログ思考=曖昧さ、中間なんだと思います。特に日本という国、日本語というコトバは、「曖昧」さが溢れていますよね。「すみません」「大丈夫です」肯定否定、どちらともとれる表現も少なくない。これを「もどかしいので使わない」という考えも間違ってはいませんが、根底に「なるべく相手に強要しない」というオクユカシサも行間にあることも事実なんです。
これから先、ますます「デジタル」社会になることは避けられない。その社会の中で「曖昧」がネックになってしまうこともわかる。でも、『イチじゃなければゼロ』、という考えは、ちょっと寂しいなあ、って思う50代。それが「優しさ」に繋がったり、「相手を想う」ことだったりすると思っています。そこから生まれる「感性」も、デジタルの及ばないところ=人間が人間である理由、になるんではないかなあ、と思ったり。


「古い」考えであることは自覚がありますし、「デジタル」の恩恵もありがたく思っています。「デジタル化」を否定するつもりは毛頭ないのですが、それは「使いどころ」をうまくセットしてほしいと思います。多くの企業が「オンライン」でのコミュニケーションにシフトしていますが、(事情はわかるけど)「対面」「オフライン」のほうが”気持ちがよい”こともたくさんあります。少なくとも「デジタルかアナログか」という選択ではなく、「デジタルもアナログも」という二刀流でお願いしたいです。ピークの3歳を大きく過ぎた後も「右脳優先」であるタイプは私だけはないと思うので...

私自信は、「デジタルも使いこなせる”アナログ人間”」になりたいなあ、って思います。「論理的なひと」と言われたい気持ちはあるけれど...「人の気持ちを汲み取れる」アナログな部分はずーっと持っていたい。

いいなと思ったら応援しよう!