こっちの日本昔ばなし #9 鶴の恩返し
ある日、貧しい男が罠にかかった鶴を助けた。
その夜、見知らぬ娘が訪ねてきた。
「どうか、私を泊めてください」
「構わないが……どこから来たんだい?」
「それは……言えません」
男は不思議に思ったが、家に入れた。
翌朝、娘は言った。
「恩返しに、布を織らせてください。
ただし、決して覗かないでください」
男は頷いた。
しかし、外には監視ドローンが飛んでいた
《未登録女性の滞在を検知。
プライバシー監査庁が介入します》
男は青ざめた。
数時間後、役人がやってきた。
胸には「プライバシー監査庁」のバッジ。
「あなたの家に“出自不明の女性”が滞在していますね」
「いや、ただの恩返しで……」
「恩返しは最も危険です。
動機が不透明で、監査が困難ですので」
男はため息をついた。
役人は扉の前に立ち、 タブレットを操作しながら言った。
「その部屋で何が行われているのか、
監査のため確認させてください」
「覗くなと言われているんだ!」
「覗かないと監査できません。
監査できない行為は“違法の可能性”があります」
男は抵抗したが、役人は淡々と扉を開けた。
中には、羽をむしりながら布を織る鶴の姿があった。
鶴は悲しげに言った。
「どうして……覗いたのですか」
男は叫んだ。
「覗いたんじゃない! 監査が……!」
役人はメモを取りながら言った。
「動物が自傷行為を伴う労働をしているため、
“動物労働基準法違反”の疑いがあります」
鶴は震えた。
役人は事務的に告げた。
「あなたは“違法労働の黙認”として処分対象です。
鶴さんは“危険労働従事動物”として保護します」
「保護……?」
「はい。あなたと接触すると再び労働する可能性があるため、
二度と会えません」
鶴は男を見つめた。
「あなたに恩返しをしたかっただけなのに……」
男は涙をこぼした。
「俺も……ただ助けたかっただけなんだ」
役人は書類を閉じた。
「善意は制度外です。
制度外の行為は、すべてリスクになります」
鶴は空へ飛び立った。
だが、その足には監査庁の追跡タグがつけられていた。
男は空を見上げた。
「……恩返しって、誰のためにあるんだろうな」
風が吹き、織りかけの布が揺れた。
そこには、かつての“美しい物語”の影はなかった。
