需給の失敗は、きれいに片付いた瞬間に見えなくなる
今までの反省を踏まえて、今回はまとめてみた。
・需給の失敗は、だいたい「きれいに片付いた瞬間」に見えなくなる。
欠品が解消された。在庫も戻った。関係者への連絡も終わった。会議も終わった。ついでに、心の中のモヤモヤも「まあ仕方ない」で一旦しまえる。
そうやって一件落着した瞬間に、本当は次に活かすべき「揺らぎ」や「違和感」まで、一緒に片付いてしまう。
・ きれいな言葉は、人にやさしい。
振り返りって、基本しない。だって忙しい。次の案件が来る。次の数字が動く。次のトラブルが起きる(おかわり自由、むしろ強制おかわり)。
それを「人が振り返らないのはダメだ」と責めても、たぶん意味がない。責められて振り返るくらいなら、最初からやってる。
だから現場では、きれいな言葉がよく使われる。
「犯人探しやめよう」
「今回は例外だった。あんなの不可抗力だ」
「次から気をつけよう」
これ、言ってること自体は間違ってない。むしろ、その場を前に進めるための“やさしさ”でもある。
でも、そのやさしさは、たまに残酷だ。人にやさしいふりをして、未来の人に何も残さない。
・「説明がついた瞬間」に、学びは消える。
需給って、後からならいくらでも説明できる。天候だった。棚だった。競合だった。SNSだった。製造トラブルだった。物流だった。(たぶん全部、多少は当たってる)
でも、現場が本当に怖いのは、説明がつかない時に感じる“ゾワゾワ”の方で、あれって、たいてい言葉になる前に消える。
「特売予定は普通なのに、出荷の初速だけ異常」
「強いプロモーションをしても出荷量に変化がない(営業は妙に強気)」
「特売やプロモーションをしていないのに、なぜか売れている」
欠品してないのに、現場が妙に落ち着かない。そういう“ロジック前”の違和感は、説明がついた瞬間に、全部「まあそうだよね」に吸収されて終わる。そして次に同じ形の崩れが来たとき、また同じところで迷う。
・私も、都合の悪いことは有耶無耶にしてきた。
偉そうなことを書いてるけど、自分自身も、都合の悪いことは有耶無耶にしてきた自覚がある。
「忙しいから」
「もう解決したから」
「今回はしょうがないよね」
「次は気をつけるから」
この呪文、便利なんだよね。唱えると、とりあえず前に進める。でも、前に進める代わりに、経験値が落ちない。ゲームでいうと、倒したのに経験値ゼロ、みたいな感じ(有耶無耶にするテクニックだけ身に着けて、冒険は続く)。
・ だから「自動的に振り返りが発生する仕組み」が必要になる。
ここで言いたいのは、「みんなもっとちゃんと振り返ろう」みたいなスローガンじゃない。スローガンは続かない。忙しさに負ける。空気に負ける。次の案件に負ける。だからこそ必要なのは、振り返りが自動的に発生する仕組みだと思っている。
人の善意や根性に期待しない。「人が根性でがんばる」形では、異動と一緒に経験が消える。“やらないと次へ進めない”形にする。これが一番現実的。人が自然には振り返れないなら、“振り返らざるを得ない痕跡”を残す必要があると思っている。
・ 需要予測のシステム化は、「当てるため」だけじゃないと思う。
ここで、需要予測の話をする。AIを使って需要予測しようとか、需要予測をシステム化する、と言うと「精度を上げるため」と思われがちだけど、個人的には、価値はそこではないと思っている。
極端な話、精度は人間と同じでもいい。むしろ価値は、外れた時に振り返りに自然と向き合うことになる点にある。システムが予測した値が残る。もし、人がそこに意思入れをすれば、それも残る。その時点での前提も残る(残す運用にすれば)。実績との差も自動で出る。そして、差が出たら次に進む前に、最低限の振り返りが必要になる。「なぜ外れた?」「どの前提が違った?」「次はどこを早めに疑う?」「何を監視項目にする?」ここまでやって初めて、失敗が“学習”に変わる。個人の反省で終わらず、組織知として溜まっていく。
・きれいに片付けないために、残すものを決めておく
振り返りって、全部やろうとすると続かない。だから「最低限これだけ残す」を先に決めておくのが良いと思っている。
たとえば、
→前提:何を信じていたか
→判断日:いつ決めたか
→違和感:どこで迷ったか
→仮説:なぜ外れたと思うか
→監視点:次は何を早めに疑うか
この5つだけでも残っていれば、未来の自分(や未来の担当者)が助かる。「きれいに片付ける」こと自体は悪くない。でも、片付ける前に、メモだけ置く。それができると、同じ失敗の“再放送”が少し減る。
・未来に経験値を残す。
人にやさしく、未来にもやさしく 振り返らないのは、人のせいだけじゃない。忙しいし、現場は回っていく。
だから「人を責めてもしょうがない」。でも、そのやさしさだけだと、未来に何も残らない。自分も、都合の悪いことを有耶無耶にしてきた。
だからこそ思う。需給の失敗は、きれいに片付いた瞬間に見えなくなる。
だったら、見えなくなる前に、自然と「残る形」にしておく。完璧な予測じゃなくていい。完璧な反省じゃなくていい。「次の自分が助かる程度」の経験値が残れば、それで十分だ。
振り返りは、反省じゃなく“次の自分への引き継ぎ”なんだと思う。次に需給が外れたとき、 完璧な反省会をしなくていい。
ただ、仕組みやシステムで最低限の振り返りを残す。それだけで、 次の自分(未来の担当者)が少し助かる。
なお、noteの需要予測はしていない。書きたいことを書いているので、需要無視です。需給担当なのに。
