【小説】昨日よ、もう一度
縁側でレコードを聴いていた。
曲名はYesterday Once More。
青空の中、蝉の声が遠くに聞こえ、舞い来るそよ風が風鈴を優しく鳴らしていた。
ここにいると昔を思い出す。
子供の頃、夏休みでここ、古蓮町に来て遊んでいた日のことを。
※
「武くん、聞いてる?」
恵の賑やかな声が涼やかな風を伴って押し寄せた。それは縁側まで吹き抜け、風鈴をチリンと鳴らせた。
恵の声は俺にとって風鈴だった。
静かに鳴っても、激しく掻き鳴らしても、どこか爽やかで心に響く優しさがある。
「今夜、花火大会しようって。武くん明日帰っちゃうでしょ?だからみんなでパーッとやろうって」
恵の声は寂しさをはらんでいた。それを無理に明るくしようとしているように聞こえた。
いや、それは俺の気持ちだったのかもしれない。恵はそこまで俺のことを思っていないかもしれない。
「そうなの?花火大会楽しみ!」
俺は努めて明るい声を出した。
今日が終わればこの町ともお別れ。恵とも会えなくなる。明日になれば俺はこの町の存在ではなくなる。
頭をブルッと振った。
そんなことを考えていても仕方がない。
今日一日はこの町にいれるんだ。
恵と一緒にいれるんだ。
それだけを考えて、今日一日楽しく過ごそう。
いつまで経っても忘れないような、大切な時を刻もう。
恵の家は夏休みになると、子供が集まってきて賑やかになる。俺もその一人。
少しずつ集まってくる近所の子供たち。
上級生も下級生も関係なく、大人さえも入り混じって、思い思いの遊びをして過ごす。
子供の楽園のような場所だった。
俺も恵も仲間に入って遊ぶ。
かくれんぼ、鬼ごっこ、縄跳びにベーゴマ。
「ほれぇ!スイカだぞー!みんな集まれぇー」
恵の年の離れた兄、八郎さんが大声で呼びかける。二十歳前後のお兄さんだけど、いつも子供と一緒に真剣になって遊んでいる。
俺は八郎さんも大好きだった。
「はーい!」
一斉に子供たちが集まって、奪い合うようにスイカを取る。
その光景に目を細める八郎さんの顔が心に残った。
日が暮れ始める頃になると、一人、また一人と子供たちは帰っていく。
それを見るたびに、俺の心は寂しさが大きくなっていった。
「武くん。夕飯、私の家で食べなよ。いいでしょ?八郎兄さん」
恵がそう言うと、八郎さんはニヤッと笑った。
「この後花火大会やるしな。恵、名案だ!武、飯食ってげ!お前のおばさんには俺が伝えといてやっから」
「うん!」
少しだけ寂しさが嬉しさに変わった。
花火大会は楽しかった。
打ち上げ花火に子供以上にはしゃぐ八郎さん。
それを見て笑う恵。
俺もおかしくて笑い転げた。
たくさんの蛍が舞う中、俺は恵と向かい合って線香花火をしていた。
「武くん、来年も一緒に遊ぼうね」
うつむく恵の顔を花火の光が淡く照らしていた。
「……来年も来るよ……必ず」
俺の心は寂しさではち切れそうだった。
それを来年の希望へ変えることで、少しでも紛らわそうとしていた。
次の日、両親が迎えに来て、俺は荷物を抱えて歩き出した。
見送ってくれるおじさん、おばさん、八郎さんに近所の子供たち。
みんなに手を振って歩き出した。
そこに、恵の姿はなかった。
——やっぱりそんなもんか……
俺は心で泣きながら笑顔を作っていた。
ブツクサ山を登りはじめた。
この山を越えれば俺の住む町へ続く道がある。
『ブツクサ山って、本当は勿忘山って名前なんだって』
この山に遊びに来たときの恵の言葉が脳裏をよぎる。
『「この町を忘れないで」って意味と「忘れたくない」って意味があるんだって。素敵な名前だよね』
忘れないよ。
絶対忘れない。
俺の大好きな町だから。それに……
夕日で伸びる影が心に迫る。
切なさが込み上げてくる。
最後に一目だけでも恵に会いたかった。
もうすぐ山の頂上に着く。
その時、後ろから声が聞こえた。
「武く〜ん!」
振り返ると、それは恵だった。
赤い自転車を懸命に漕いで、息をハァハァさせて、俺の名前を何回も呼んでいた。
「恵!」
驚きと喜びが心をかき乱す。
俺が立ち止まると、
「頂上で待ってるよ」
両親は微笑んで先へと歩いて行った。
「武くん、これ!」
肩で息をしながら、平べったいものを差し出す恵。
手にとって、中を開けてみる。
そこにあったのは一枚のレコードだった。
曲名はYesterday Once More。
「その曲ね、『昨日よもう一度』って意味なんだって。私……大好きなの!」
——え……
頭が真っ白になった。
大好き。
大好き。
大好き。
鼓動が激しくなる。
「あ〜〜!!あのね、この曲が大好きなの!」
真っ赤な顔で手を振る恵。
——そういうこと?
ガッカリする気持ちを隠して俺は笑った。
「ありがとう。俺も聞くよ」
「来年になったら、また昨日までみたいにいっぱい遊ぼうね!約束!」
恵の笑顔が夕焼けに輝く。
「ああ、もちろん!それと……」
「ん?なに?」
俺の顔を上目遣いで覗き込む恵がたまらなく愛おしかった。
「恵はこの曲が大好きかもしれないけど、俺は恵が……」
※
「わぁ!わぁ!わぁ!!告ったの?おじさん告ったの??」
息子のガールフレンドが思い切り食いついてきた。
「お父さん、それでお母さんと結婚したの?」
息子も興味深々だ。
「ん?……まぁ、その……」
恥ずかしくなって言い淀んでいると、奥からツカツカと足音が聞こえてきた。
「ちょ……ちょっと!お父さん!!」
恵だった。顔を真っ赤にして手をバタバタさせている。
「お母さん、曲じゃなくてお父さんが大好きだったんでしょ?」
ニヤニヤする息子。
何度もうなずいて目を輝かせるガールフレンド。
「きょ……曲が好きだったに決まってるでしょ!」
少し怒った顔をする恵。
「おばさん、あ・と・はぁ〜?」
「もう!この子たちったら!大人をからかってぇぇ!」
ガールフレンドの問い詰めに恵がキレた。
「やばい!みーちゃん逃げろー!」
「リューチン、待ってぇー」
「こら!二人とも〜!!」
昨日よもう一度。
この二人を見ていると、あの日の俺たちを思い出すよ。
そうだろ?恵。
柔らかな風が吹いて風鈴がチリンと鳴った。
俺の心の声にうなずくように。
終
こちらに参加させて頂きました!
第44回 3つのお題(昭和へタイムスリップ)
🎈お題①:「赤い自転車と坂道の約束」
🐾お題②:「チャイムがなるまでの時間」
⏳お題③:「風鈴の音と夏の記憶」
こちらのお題①+③で創作しました。
昭和ノスタルジーものをTALESで連載している私にはうってつけの企画!
書かないわけにはいかない!
なんて、一人で燃えていました😆
片桐みかんさん、素敵なお題ありがとうございます!よろしくお願いします🙇
登場人物も舞台も、私が去年書いた『古蓮町の夏物語』及び、最近書きはじめたばかりの『想い出が棲む町の夏物語』のものです。
宣伝のつもりではありませんが、良かったら覗いてみてください(って宣伝してるし😅)
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