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【小説】昨日よ、もう一度

縁側でレコードを聴いていた。
曲名はYesterday Once More。
青空の中、蝉の声が遠くに聞こえ、舞い来るそよ風が風鈴を優しく鳴らしていた。

ここにいると昔を思い出す。
子供の頃、夏休みでここ、古蓮町こはすちょうに来て遊んでいた日のことを。

たけしくん、聞いてる?」

めぐみの賑やかな声が涼やかな風を伴って押し寄せた。それは縁側まで吹き抜け、風鈴をチリンと鳴らせた。

恵の声は俺にとって風鈴だった。
静かに鳴っても、激しく掻き鳴らしても、どこか爽やかで心に響く優しさがある。

「今夜、花火大会しようって。武くん明日帰っちゃうでしょ?だからみんなでパーッとやろうって」

恵の声は寂しさをはらんでいた。それを無理に明るくしようとしているように聞こえた。
いや、それは俺の気持ちだったのかもしれない。恵はそこまで俺のことを思っていないかもしれない。

「そうなの?花火大会楽しみ!」

俺は努めて明るい声を出した。
今日が終わればこの町ともお別れ。恵とも会えなくなる。明日になれば俺はこの町の存在ではなくなる。

頭をブルッと振った。
そんなことを考えていても仕方がない。
今日一日はこの町にいれるんだ。
恵と一緒にいれるんだ。
それだけを考えて、今日一日楽しく過ごそう。
いつまで経っても忘れないような、大切な時を刻もう。

恵の家は夏休みになると、子供が集まってきて賑やかになる。俺もその一人。
少しずつ集まってくる近所の子供たち。
上級生も下級生も関係なく、大人さえも入り混じって、思い思いの遊びをして過ごす。
子供の楽園のような場所だった。

俺も恵も仲間に入って遊ぶ。
かくれんぼ、鬼ごっこ、縄跳びにベーゴマ。

「ほれぇ!スイカだぞー!みんな集まれぇー」

恵の年の離れた兄、八郎さんが大声で呼びかける。二十歳前後のお兄さんだけど、いつも子供と一緒に真剣になって遊んでいる。
俺は八郎さんも大好きだった。

「はーい!」

一斉に子供たちが集まって、奪い合うようにスイカを取る。
その光景に目を細める八郎さんの顔が心に残った。

日が暮れ始める頃になると、一人、また一人と子供たちは帰っていく。
それを見るたびに、俺の心は寂しさが大きくなっていった。

「武くん。夕飯、私の家で食べなよ。いいでしょ?八郎兄さん」

恵がそう言うと、八郎さんはニヤッと笑った。

「この後花火大会やるしな。恵、名案だ!武、飯食ってげ!お前のおばさんには俺が伝えといてやっから」
「うん!」

少しだけ寂しさが嬉しさに変わった。

花火大会は楽しかった。
打ち上げ花火に子供以上にはしゃぐ八郎さん。
それを見て笑う恵。
俺もおかしくて笑い転げた。

たくさんの蛍が舞う中、俺は恵と向かい合って線香花火をしていた。

「武くん、来年も一緒に遊ぼうね」

うつむく恵の顔を花火の光が淡く照らしていた。

「……来年も来るよ……必ず」

俺の心は寂しさではち切れそうだった。
それを来年の希望へ変えることで、少しでも紛らわそうとしていた。

次の日、両親が迎えに来て、俺は荷物を抱えて歩き出した。
見送ってくれるおじさん、おばさん、八郎さんに近所の子供たち。
みんなに手を振って歩き出した。
そこに、恵の姿はなかった。

——やっぱりそんなもんか……

俺は心で泣きながら笑顔を作っていた。

ブツクサ山を登りはじめた。
この山を越えれば俺の住む町へ続く道がある。

『ブツクサ山って、本当は勿忘山わすれなやまって名前なんだって』

この山に遊びに来たときの恵の言葉が脳裏をよぎる。

『「この町を忘れないで」って意味と「忘れたくない」って意味があるんだって。素敵な名前だよね』

忘れないよ。
絶対忘れない。
俺の大好きな町だから。それに……

夕日で伸びる影が心に迫る。
切なさが込み上げてくる。

最後に一目だけでも恵に会いたかった。

もうすぐ山の頂上に着く。
その時、後ろから声が聞こえた。

「武く〜ん!」

振り返ると、それは恵だった。
赤い自転車を懸命に漕いで、息をハァハァさせて、俺の名前を何回も呼んでいた。

「恵!」

驚きと喜びが心をかき乱す。
俺が立ち止まると、

「頂上で待ってるよ」

両親は微笑んで先へと歩いて行った。

「武くん、これ!」

肩で息をしながら、平べったいものを差し出す恵。
手にとって、中を開けてみる。
そこにあったのは一枚のレコードだった。
曲名はYesterday Once More。

「その曲ね、『昨日よもう一度』って意味なんだって。私……大好きなの!」

——え……

頭が真っ白になった。
大好き。
大好き。
大好き。
鼓動が激しくなる。

「あ〜〜!!あのね、この曲が大好きなの!」

真っ赤な顔で手を振る恵。

——そういうこと?

ガッカリする気持ちを隠して俺は笑った。

「ありがとう。俺も聞くよ」
「来年になったら、また昨日までみたいにいっぱい遊ぼうね!約束!」

恵の笑顔が夕焼けに輝く。

「ああ、もちろん!それと……」
「ん?なに?」

俺の顔を上目遣いで覗き込む恵がたまらなく愛おしかった。

「恵はこの曲が大好きかもしれないけど、俺は恵が……」



「わぁ!わぁ!わぁ!!告ったの?おじさん告ったの??」

息子のガールフレンドが思い切り食いついてきた。

「お父さん、それでお母さんと結婚したの?」

息子も興味深々だ。

「ん?……まぁ、その……」

恥ずかしくなって言い淀んでいると、奥からツカツカと足音が聞こえてきた。

「ちょ……ちょっと!お父さん!!」

恵だった。顔を真っ赤にして手をバタバタさせている。

「お母さん、曲じゃなくてお父さんが大好きだったんでしょ?」

ニヤニヤする息子。
何度もうなずいて目を輝かせるガールフレンド。

「きょ……曲が好きだったに決まってるでしょ!」

少し怒った顔をする恵。

「おばさん、あ・と・はぁ〜?」

「もう!この子たちったら!大人をからかってぇぇ!」

ガールフレンドの問い詰めに恵がキレた。

「やばい!みーちゃん逃げろー!」
「リューチン、待ってぇー」

「こら!二人とも〜!!」

昨日よもう一度。

この二人を見ていると、あの日の俺たちを思い出すよ。

そうだろ?恵。

柔らかな風が吹いて風鈴がチリンと鳴った。
俺の心の声にうなずくように。



こちらに参加させて頂きました!
第44回 3つのお題(昭和へタイムスリップ)
🎈お題①:「赤い自転車と坂道の約束」
🐾お題②:「チャイムがなるまでの時間」
⏳お題③:「風鈴の音と夏の記憶」

こちらのお題①+③で創作しました。

昭和ノスタルジーものをTALESで連載している私にはうってつけの企画!
書かないわけにはいかない!
なんて、一人で燃えていました😆

片桐みかんさん、素敵なお題ありがとうございます!よろしくお願いします🙇

登場人物も舞台も、私が去年書いた『古蓮町の夏物語』及び、最近書きはじめたばかりの『想い出が棲む町の夏物語』のものです。

宣伝のつもりではありませんが、良かったら覗いてみてください(って宣伝してるし😅)


#3つのお題に空想のひらめきを


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