【エッセイ】心の接着剤になりたいのかもしれない。
『今勉強していることが実を結ぶには三ヶ月はかかる』
私が受験生のときに、よく聞いた言葉。
一つを覚えたことで様々な経験が可能となり、それらが結合して初めて一つの知識として成立する。
人間の脳もパン生地のようなものなのかもしれない。
人は様々な記憶を持っている。
しかしそれを適切なときに思い出せなかったり、一度覚えたものを忘れてしまって何回も同じものを調べたり。
そんな経験は誰しもあるだろう。
私は小さな学習塾を経営しているが、そんな苦労をしている生徒たちを毎日のように目の当たりにしている。
生徒一人ひとりと向き合っていると、よく思うことがある。
こんなに方法も知っていて考え方も合っているのに、なぜ問題が解けないのだろう?……と。
つまずくところは千差万別だ。
基本知識の部分的欠落の場合もあるし、個々のこだわりの場合もある。
しかし『イメージの欠落』である場合が多いように感じる。
生徒が知っている知識を確認する。
それぞれの考え方を整理する。
つなぎ合わせてみる。
それがイメージできたとき、生徒たちは爆発的に解けるようになる。
そんな『知識の接着剤』になれたとき、私はこの上ないやりがいを感じる。
先月から今月にかけて、教室には喜びの声が飛び交った。
懸命に努力をして勝ち得た『合格』という称号を手に入れた生徒たち。
その顔はどれもキラキラ輝いていた。
ふと、以前の塾生のことを思い出した。
勉強が嫌いで、成績もそれに見合うような生徒だった。
志望校判定も合格ラインギリギリで、それでもあまりやる気を感じなかった。
彼は陽気な生徒で、いつも授業を脱線させて雑談しようとしていた。話好きの私もそれに乗って雑談をしてしまう。
もちろん分からないところは教えていたが、教えるよりも雑談の方が多かった気がする。
入試の数ヶ月前、その生徒が突然真面目な顔をして訊いてきた。
「どうすれば覚えられるの?」
これは人間の永遠のテーマかもしれない。
私は私なりの方法を話して聞かせた。
自分がやっていた勉強方法、問題に対する考え方。
それはどれも特別なものではなかったが、彼は彼なりに真面目に聞いていた。
「ふーん」
そっけなくうなずく生徒。
その後も特に変わった兆しもなく、志望校にも何とか合格して、私の任務は終了した。
それから数年後のことである。
「先生」
街角で一人の男性から声をかけられた。
それは、その生徒の父親だった。
「先生に会ったら言おうと思っていたことがあるんです」
真剣な顔の父親。
何か文句を言われるのだろうか?
ビクビクしながら、言葉を待った。
「息子はあの後、高校で一番になって、進学した大学でも成績優秀者になって。今は海外の大学から勧誘されて、そちらに行っているんです」
驚きだった。
中学時代の彼からは、全く想像のつかない未来。
そして、父親はこう言った。
「先生のせいで、息子は勉強が好きになってしまったんです。どうしてくれるんですか」
そして父親は私に対して深々と礼をした。「ありがとうございます」と。
何も言えず、去る父親を目で追いかけた。
努力をしたのは彼自身。
私は何もしていない。
ただほんの少しでも、彼の何かを繋ぐ接着剤になれたのだとしたら……。
その思いで、胸がいっぱいになった。
今まで学習指導という場で交流をしてきた生徒たち。
彼らの中で埋もれていた欠片が、ほんの些細な会話の中で繋がって大切なピースとなる。
必死に教えているときではなく、取り留めもない雑談などの後で繋がる場合もあるから不思議なものだ。
それはどうであれ、そんなきっかけが与えられれば、指導者としてではなく、関わりを持った一人の人間としてこの上ない喜びを感じる。
私が『書くこと』を始めたきっかけは、著した文章が誰かの心の接着剤になってくれれば、と願う気持ちからだった。
しかし書いていくうちに、面白いもの、人気が出そうなもの、そんなものを追い求めるようになっていった。
そして心との乖離が生まれ、書くことが面白くなくなってきた。
『書く』という作業は、自分の内面と向き合うことが多くなる。
内面に向かえば向かうほど、周りが見えなくなって崩壊が始まる。
誰もがそうではないかもしれない。
しかし、少なくとも私はそうである。
もし同じように思えている方がいれば思い出してほしい。
あなたは一人ではないということを。
誰もいない部屋で一人考えて、書いて、投稿して、反応が気になって。
コメントもない。スキの数も少ない。
誰も読んでくれていないのではないか?
そんな感情に蝕まれて、孤独を感じるかもしれない。
それでもあなたは一人ではない。
もし孤独を感じ、心が壊れかけ、何もしたくなくなったとしたら……
『文章』という誰かの心を読んで欲しい。
『絵』という魂を見て欲しい。
『創作』という世界を感じて欲しい。
そして、視線を上げて欲しい。
空を見て、景色を感じて、誰かと笑い合って。
内面と向き合った時間を解放して欲しい。
その中に必ず、壊れかけた心を繋ぎ止めてくれる接着剤があるはずだから。
知識を繋げる接着剤。
誰かの心を救う接着剤。
壊れた自分を癒やしてくれる接着剤。
それは最先端の技術でもなければ、便利な端末機器にあるのでもない。
いつも血の通った心の中にあるのだから。
久しぶりの投稿です!
最近、入試に引越しにその他諸々&精神的問題などでまったく更新していませんでした。
なんか、世の中いろいろありますよね~。
再開の記事は何にしよう?と考えたとき、真っ先に灯火さんの企画が脳裏をよぎりました。
今回も参加させていただきます。宜しくお願いします。
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