人は成長したいのではない。本当は安心したい。
私はこれまで、多くの人の挑戦を見てきた。
新しい仕事に手を挙げる人。
未経験の分野に飛び込む人。
苦手なことに向き合う人。
その姿を見るたびに、人は本当に健気だと思う。
誰だって不安はある。
失敗も怖い。
できれば傷つきたくない。
それでも人は、一歩前へ進もうとする。
だから私は長い間、
「人は成長したい生き物なのだ」
と思っていた。
でも、いろいろな人と働き、いろいろな人の話を聞いてきて、少し考えが変わった。
人は成長したいのではない。
本当は安心したいのだと思う。
挑戦したいのに動けなくなる
以前、ある人がこんなことを言った。
「もっと難しい仕事に挑戦したいです」
その言葉に嘘はなかった。
能力も十分にあった。
意欲もあった。
だから新しい役割を任せた。
ところがしばらくすると、その人は少しずつ元気をなくしていった。
発言が減った。
表情が曇った。
足が止まり始めた。
最初は仕事が難しかったのだと思った。
でも違った。
話を聞いてみると、その人は失敗が怖かったのだ。
期待に応えられなかったらどうしよう。
周りに迷惑をかけたらどうしよう。
自分には無理だったと証明されてしまったらどうしよう。
そんな不安を、一人で抱えていた。
その時に改めて思った。
人は能力の限界より先に、不安の限界にぶつかるのだと。
人は弱いからではなく、人間だから不安になる
不安になるのは弱いからではない。
人間だからだ。
大切な挑戦であればあるほど怖くなる。
失いたくないものがあるほど慎重になる。
それは自然なことだと思う。
私自身もそうだった。
新しい仕事を引き受ける時。
初めて人前で話す時。
責任の大きな決断をする時。
振り返れば、いつも不安だった。
だから、人が立ち止まっている姿を見ると、怠けているとは思わない。
怖いのだろうな、と思う。
そして、その怖さは能力とは別のところにあるのだと思う。
人を前に進ませるもの
その人と話をした時、私は特別なアドバイスをしたわけではない。
ただ、こんなことを伝えた。
困ったら相談してください。
途中で軌道修正しても大丈夫です。
失敗しても一緒に考えましょう。
もし無理だと思ったら、その時はその時です。
すると不思議なことが起きた。
その人は少しずつ前に進み始めた。
能力が急に伸びたわけではない。
不安が少し軽くなったのだと思う。
そして、不安が軽くなると、人は本来持っている力を使えるようになる。
私はそんな場面を何度も見てきた。
私たちは順番を勘違いしている
私たちはよく、
成長したら自信がつく。
成功したら安心できる。
と思っている。
もちろん、それも間違いではない。
でも実際には、その前にあるものがある。
安心である。
安心できるから挑戦できる。
挑戦できるから経験が増える。
経験が増えるから成長する。
成長するから自信がつく。
本当はそういう順番なのではないかと思う。
だから人を育てる時も、子どもと向き合う時も、自分自身を励ます時も、
「もっと頑張れ」
より先に、
「大丈夫だよ」
が必要なのかもしれない。
安心は甘やかしではない
安心という言葉を使うと、甘やかしだと思う人もいる。
私はそうは思わない。
安心とは、何をしても許されることではない。
失敗しても見捨てられないことである。
安心とは、負荷がないことではない。
負荷をかけても支えてくれる人がいることである。
崖の縁に立つ時、人は下を見ている。
でも、後ろに支えてくれる人がいると分かると、一歩を踏み出せる。
安心とは、そういうものなのだと思う。
人は安心できた時に遠くまで行ける
振り返ってみると、私自身もそうだった。
失敗しても大丈夫だと言ってくれた人がいた。
迷った時に話を聞いてくれた人がいた。
うまくいかなくても見放さなかった人がいた。
だから前へ進めた。
もし人が成長するとしたら、それは誰かに追い立てられたからではなく、安心して歩ける場所があったからなのだと思う。
人は成長したいのではない。
本当は安心したい。
そして安心できた時、人は自分でも気づかないほど遠くまで歩いていく。
私はそういう人たちを、これまで何人も見てきた。
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