見出し画像

【駐在員の本音】人が動くアメリカで、日本品質を保つのは簡単じゃなかった

第109話

ようやく任せられるようになってきた。

そう思った頃に、その人は辞めることになった。

最初は、分からないことも多かった。

社内システムの使い方。
顧客とのやり取り。
日本本社への報告の仕方。
どこまで細かく確認してから返すか。
どのタイミングで上司に共有するか。

一つひとつ、時間をかけて覚えてもらった。

分からないことがあれば横で説明した。
メールの文面を一緒に確認した。
日本側の意図を補足した。
顧客対応の細かいニュアンスも伝えた。

何度も同じような説明をしたこともある。

でも、少しずつ変わっていった。

前は聞かれていたことを、自分で判断できるようになった。
前は抜けていた確認が、自然に入るようになった。
前は僕が補足していた内容を、自分の言葉で説明できるようになった。

最近は、もう任せても大丈夫かもしれない。

そう思っていた。

そんなタイミングだった。

退職の話を聞いたのは。

正直、少し力が抜けた。

アメリカの日系企業で働いていると、人材確保の難しさは「採れないこと」だけではないと感じる。

採った人を育てる。
ようやく任せられるようになる。
そして、その人が次の場所へ移っていく。

そこまで含めて、現地オペレーションを考えないといけなかった。


アメリカでは、転職は特別なことではない

もちろん、辞めること自体が悪いわけではない。

アメリカでは、転職は特別なことではない。

より良い条件の会社に移る。
キャリアアップのために環境を変える。
自分の市場価値を見ながら、次の場所を選ぶ。

それは自然なことだと思う。

会社が人の人生を縛ることはできない。

ローカルメンバーにも、それぞれの生活がある。
家族がいて、キャリアがあって、給与の希望があって、働き方の優先順位がある。

だから、辞める本人を責めたいわけではない。

むしろ、ちゃんと次の機会をつかんでいく姿は、アメリカらしいとも思う。

ただ、現場に残る側としては、そこからが難しい。

人が一人抜ける。

それだけで、現地オペレーションは少し揺れる。


人が抜けると、Job Description に書けないものも抜ける

アメリカの仕事は、本来、人が動く前提で作られている。

担当範囲は比較的はっきりしている。
Job Description もある。
自分の役割と、そうでない仕事の線引きも日本より明確なことが多い。

だから、ある意味では、人が変わっても回るようにできている。

この点は、日本よりもずっと合理的だと思う。

でも、日系企業の現地拠点では、それだけでは拾いきれない仕事が残る。

その人が持っていた業務知識がある。

顧客とのやり取りの履歴。
社内の細かいルールの理解。
日本本社との独特なやり取りの感覚。
この案件は誰に聞けば早いか。
この顧客には、どこまで先に説明しておくべきか。

マニュアルに書けることもある。

でも、全部は書けない。

この顧客には、先に一言入れておいた方がいい。
この案件は、日本側がかなり気にしている。
この報告は、少し細かめに書いた方がいい。
この確認は、後で必ず聞かれるから先に潰しておく。

そういう小さな判断は、Job Description には書きにくい。

でも、日本と同じ品質を求めるなら、現場では必要になる。

人が辞めると、その一部が一緒に抜けていく。

日本でも退職はある。

でも、少なくとも僕が見てきた感覚では、業務が長く同じ人に蓄積されることが多かった。
異動はあっても、同じ会社の中で知識が残ることもある。
周囲に過去を知っている人がいて、何となく引き継がれていくものもある。

アメリカでは、もう少し人が動く。

条件が合わなければ移る。
成長機会が見えなければ移る。
上司や会社に期待できなければ移る。
良いオファーがあれば移る。

それ自体は自然な市場の動きだと思う。

でも、日系企業の現地拠点にとっては、その前提でオペレーションを組む必要がある。

人が長く残る前提で仕事を作ると、どこかで苦しくなる。

あの人だから分かる。
あの人に聞けば回る。
あの人が見ているから大丈夫。

そういう状態は、短期的には助かる。

でも、その人が辞めた瞬間に、現場が不安定になる。


外部採用しても、すぐに日本品質には届かない

外から新しい人を採ればすぐに埋まるかというと、そう簡単ではなかった。

経験者を採ることはできる。

英語もできる。
職務経験もある。
アメリカのビジネスにも慣れている。

それでも、日系企業の中で日本と同じ品質を出すには、また別の難しさがある。

日本本社が求める報告の細かさ。
納期に対する感覚。
ミスを起こさないための確認。
「念のため」に含まれる本当の意味。
顧客対応で大事にするポイント。
資料の粒度。
説明の順番。

日本で働いていると、当たり前のように身についていることがある。

でも、その当たり前は、アメリカでは当たり前ではない。

だから、外部採用のメンバーがすぐに活躍できるとは限らない。

能力がないという話ではない。

むしろ、優秀な人は多い。

ただ、求められている仕事の前提が違う。

アメリカの会社で評価されるスピード感や裁量。
自分の担当範囲を明確にする働き方。
必要以上に細かく確認しない文化。

一方で、日系企業には、日本本社や日本の顧客が求める品質がある。

ミスは少ない方がいい。
報告は細かい方がいい。
事前に確認しておく方がいい。
念のための一手間が、あとで効いてくる。

どちらが正しいという話ではない。

ただ、その間にある差を埋めるには時間がかかる。

そして、その時間をかけて、ようやく一人前になった頃に、また人が辞めていくことがある。

ここが、日本で想像していたよりもずっと難しかった。


人が辞めても、日本と同じ品質は求められる

問題は、人が辞めることだけではなかった。

人が辞めても、日本と同じ品質は求められた。

顧客は待ってくれない。
日本本社の要求水準も、急には下がらない。
納期もある。
報告も必要。
確認も必要。
ミスがあれば、説明も必要。

「人が抜けたので、しばらく品質が落ちます」

とは、なかなか言えない。

その間、駐在員が穴を埋めることも多い。

本社への説明。
新しいメンバーへの教育。
判断に迷う案件の確認。
細かい品質チェック。
場合によっては、実務そのものを一時的に拾う。

気づけば、採用、育成、引き継ぎ、品質維持の間に立っている。

そこで思った。

アメリカで人材を確保するというのは、採用することだけではなかった。

人が動く前提で、日本品質をどう守るか。

そこまで考えないと、現場は安定しなかった。


必要だったのは、アメリカ型の仕組みと日本品質の間を埋めることだった

アメリカ型の仕事の進め方には、良さがある。

役割が明確。
責任範囲が分かりやすい。
担当外の仕事を抱え込みすぎない。
人が動いても、次の人が入りやすい。

これは、日本企業が学ぶべきところでもあると思う。

でも、日系企業の現地拠点では、それだけでは足りないことがある。

日本本社が求める報告の粒度。
顧客対応で大事にする細かい配慮。
「念のため」に含まれる本当の意味。
事前に共有しておくべき相手。
後で聞かれそうなことを先に潰しておく感覚。

こういうものは、役割表だけでは残しにくい。

でも、日本と同じ品質を求めるなら、現場では必要になる。

一方で、日本のやり方をそのまま持ち込めば、暗黙知や属人化が増える。

誰かが分かっている。
誰かが気づいてくれる。
誰かが先回りしてくれる。

そういう前提に頼ると、人が動いた瞬間に現場が揺れる。

だから必要だったのは、単に「人が辞めても回る仕組み」ではなかった。

アメリカ型の明確な役割分担の中に、
日本品質を再現するための判断基準をどう残すか。

ここだったのだと思う。

誰が何を判断するのか。
どこまで確認すれば十分なのか。
どの情報は日本本社に共有すべきなのか。
顧客対応で、どこを外してはいけないのか。

それを、個人の経験や勘に閉じ込めず、現地メンバーにも分かる形にする。

優秀な人を採ることは大事だ。

でも、それだけでは足りない。

人が動く前提のアメリカで、
日本と同じ品質をどう再現するのか。

アメリカの日系企業で人材を確保する難しさは、そこにあった。

採った人を育てること。
育った人が辞める可能性を受け入れること。
それでも現場を止めないこと。
そして、日本品質を個人の頑張りではなく、仕組みとして残すこと。

そこまで含めて、人材確保だった。

本当に必要だったのは、もっと良い採用だけではなかった。

人が変わっても、品質が崩れない仕組みだった。


ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

このnoteでは、海外赴任で感じたことを、本音で書き続けています。

赴任前の不安。
現地での違和感。
慣れてきた頃の揺れ。
そして、帰任が見えたときの気持ち。

初めて来てくださった方には、こちらの記事にまとめています。

ぜひ、フォローしていただけると嬉しいです!


いいなと思ったら応援しよう!

駐在員の本音|戦略企画・海外人事の視点でつづる海外のリアル 読んでくださりありがとうございます。スキ/フォローだけでも励みになっています。無理のない範囲で応援いただけたら嬉しいです。