短編『妖艶なトド』
「本当はもっとベテランの殺人ペンギンがやるべき案件なんだけどね」
ママはサムに言った。
「手だれの殺人ペンギンが……何羽も失敗していてね」
「なんで僕に話が来たの?」
「あんたがまだ……そうね、男と女のあれやこれやを知らないからよ」
サムは首を捻った。殺人ペンギン一族の若いペンギンであるサムはこの間、デビューをしたばかりである。まだ、元気一杯の幼いペンギンであった。
「あれやこれやって?」
「いいの、忘れて」ママは咳払いをした。「とにかく、しっかり仕事をして来なさい。一族の名前を汚すんじゃないわよ」
「はーい」サムは答えた。
ターゲットは麻薬組織の一味のボスの愛人、『赤薔薇のルイーザ』と呼ばれるトドだった。麻薬組織は安価だけど、接種すると確実に死へと誘う危険な麻薬を世界中で売り捌いていて、多くの人を苦しめていた。このボスに警告するために、ボスの愛人のルイーザを殺すのだという。
「まあ、コンパクトハンドガンでいいか」
顎髭アザラシのメカニックのニックはそう言って、一丁の拳銃を選んでくれた。
「小型、薄型……でも、とっても頼れるやつだ」
「ありがと」サムは言った。
「しかし、赤薔薇のルイーザか……坊ちゃん気をつけろよ。あいつのフェロモンを浴びたら、男は腑抜けになっちまう」
「赤薔薇のルイーザのことを知ってるの?」
「そりゃ男なら誰でも知ってるさ」
「へえ、有名なんだ」
サムは首を傾げた。そんな有名人なのに知らないなんて。
「まあ、坊ちゃんはまだ知らない方がいい。あんたのような若造が知らない方がいいことも世の中にはたくさんあるんだよ」ニックはそう言って笑った。「お袋さんに怒られちゃうからな、まだ早いって」
「あんた……どこかで会ったことないかしら?」
一匹の妖艶なトドがサムに話しかけた。
「え?」
「……ごめんなさい、変なこと聞いちゃって」
サムは自分の幸運に感謝した。
ターゲットは事前の情報の通り、煌びやかなレストランのバーに現れた。トドの巨体は一際目を引き、毛皮のコートを脱いだその下は体のラインがくっきりとわかる赤いドレスを着ていた。フェロモンとやらを浴びないように警戒していたが、今の所その気配はない。
どうやってターゲットに近づこうか、サムが思案しているうちに向こうから声をかけてきた!サムは頭の中で段取りを組み立て、冷静になれ、と自分に言い聞かせていた。フェロモンとやらは……うん、まだ大丈夫みたいだ。
「昔を思い出す、そんな夜ね」
赤薔薇のルイーザは小さなシャネルのバッグからタバコを取り出してそんなことをつぶやいた。サムはスマートな手つきでルイーザのタバコに火をつけてやった。
「私には昔ね、素敵な恋人がいたのよ」
「素敵な恋人なんて、今もいらっしゃるんでしょう?」
「ふう……」
ルイーザはタバコの煙を天井に吐き出した。トドの長い牙は綺麗に磨かれて、真珠のような光沢を放っていた。その牙にはルイーザの後ろに待機して、彼女を守るボディーガードが映っていた。
「いろんな男と付き合ったけど、あの人が一番だったわね」赤薔薇のルイーズはにっこりと笑った。「若いイワトビペンギンでね……」
「何か飲みますか?」
「そうね、ハリケーンがいいわ。あの人はマッカランが好きだった」
サムはバーテンダーに目配せをした。カクテルが来た。サムはトドにグラスを渡しながら言った。
「初めまして、マダム。お近づきの印にどうぞ」
ルイーザの赤い口紅を塗った唇が一瞬、雷に撃たれたように歪み、そして彼女は震える手でグラスを受け取った。フェロモンとやらは……今のところ問題はなかった。
任務は簡単に終わった。サムは酔っ払ったルイーザを高級ホテルのスイートルームに送って行った。なぜかルイーザはボディーガードを帰らせた。
「あんたたち、野暮ね」ルイーザはボディーガード達に言った。「ちょっとは気を利かせなさいよ」
「でも、マダム!」
「あの人もちょこちょこ羽を伸ばしてるんだから、あたし知ってるのよ」
「……」
ボディーガード達は帰り、ルイーザはなぜか服を脱ぎ始めた。チャンス到来、と思ったサムはルイーザに弾丸を打ち込んだ。トドは信じられない、という顔をして床に倒れた。
「……ケヴィン……あんた、あたしを迎えに来たのね」
「?」
「嬉しいわ……あたしのケヴィン……」
ルイーザの口から出たのは……サムの父親の名前だった!
ルイーザは苦しそうに微笑み、やがてこと切れた。赤薔薇のルイーザはトドらしく堂々と横たわっていたが、その魂は肉体から消え失せていた。父親と赤薔薇のルイーザの間に何があったのか……聞きたくてもルイーザは答えられなかった。
『あんたのような若造が知らない方がいいことも……世の中にはたくさんあるんだよ』
ニックの声が蘇った。
任務は終わったけれど、サムの胸の中には解けない疑問が残されていた。
朝日が昇り、都会の街を歩く若いペンギンの姿を照らしていた。早く大人になりたい、とサムは考えていた。
