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お風呂掃除靴の最期

結婚生活も長くなると、新婚当初から使い続けている物が一つ一つ、別れも惜別の言葉も言わずに去って行く。

お茶碗、箸置き、グラス、ティーカップ……新婚さんだった私はまさに胸を弾ませて、あーでもないこーでもないと選んだものだった。ああ、あの食器達は全て、迷い多い私の人生の何処かの地点で、粉々に割れてしまったり、古びたので捨ててしまったり……そんなことを考えると、ほろ苦い気持ちになるのである。

我が家のお風呂掃除靴。
新婚の私は風呂掃除など素足でやってやる!というとんでもなく間違った考えを持っていた。ゆえに、風呂掃除をするたびに、足の皮が剥ける……あらやだ、水虫?夫にバレたら恥ずかしいわーキャッ!馬鹿丸出しである。

「ひろゆき(夫の仮名)さんに水虫がうつったらどうしましょう」私は悩んだ。丁度お姑さんから電話がかかってきたので私は言った。
「実は水虫になってしまって」
うちのお姑さんは天使のように優しいので、私の体を気遣って、早く皮膚科に行くように、とアドバイスしてくれた。

皮膚科で診察していただくと、それは洗剤のかぶれであることが分かった。土井たか子に似た看護師さんが私に言った。

「私もお風呂でカビキラーを使うとそうなるのよ。ブーツを履いていても、カビキラーって強力だからかぶれるのよね……お風呂掃除をする時はブーツの上にビニールをかぶせて……」

「ブーツって何ですか?」私は聞いた。
「お風呂掃除の時に靴履くでしょう?」
「靴?」

土井たか子は根気強く私に説明した。最後には図まで書いてくれた。愚かな私も理解できた。看護師さんというのは実に偉大である。

帰宅して私はお姑さんに電話した。水虫ではなく、お風呂掃除を素足でしたからだ、という私の言葉にお姑さんはしばらく何を言ったら良いのか分からなかったみたいだった。

「え、栄子さん、すぐにお風呂掃除の靴を送るわね」

お姑さんは優しくそう言ってくれて、翌日にはお風呂掃除靴が我が家に届いた。私は新しい靴を履いて掃除をした。実に具合がよかった。

それが1997年のことだ。そして28年目の6月、そのお風呂掃除靴に穴が空いていることが発覚し、私はつくづくとお風呂掃除靴を眺めた。

28年も……その間私の人生は色々な事があり、多くの幸せな出来事や、忘れられない悲しいこと、驚いたことがあった。走馬灯のように、思い出がぐるぐると回っていたのだが、その間、お風呂掃除靴はひっそりと私に寄り添ってくれたと思うと、実に感慨深いのであった。

ちなみに、その穴は私が風呂掃除の時に靴の踵を変に踏んでしまって開けたもので、もう少し注意深くお風呂掃除靴を扱っていれば、彼の(彼女の、かもしれないけど)寿命はもっと長かったかもしれない。

私はプラスチックゴミを入れるゴミ箱にお風呂掃除靴を入れた。また一つ、昔から使っていたものが私の人生から姿を消したと思うと、私の心はセンチメンタルな気持ちでいっぱいになるのだった。

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