拝啓、ブレンデル様
初めてあなたを見た時、「サザエさんのような髪型をしているピアニストだなあ」と思った小さい頃の私をどうか、お許しください。
日本には『サザエさん』という国民的なアニメーションがあり、日曜日の6時半という団欒の時間に放映されます。その主人公のサザエさんとあなたは髪型という点でよく似てらっしゃいました。ですから、偉大なピアニストであるあなたですが、私はあなたを「サザエさんのようなピアニスト」「サザエのおじさん」として非常に身近に、親しみを感じておりました。
あなたの訃報を聞き、胸に大きな穴が空いたようです。私も50代になり、このような穴も時と共に埋まることはわかっているのですが、私が今感じている痛み、悲しみはとても大きいものです。
小学生の頃「サザエのおじさん」としてあなたの音楽を聴いていた時には、あなたは私にとって西洋文化そのものでした。歴史があり、伝統があり、この世の主流であり、成熟している……私はあなたに憧れ、あなたのようなピアノを演奏できる日を夢見たものです。もちろん夢は夢で終わったわけですが……私は本当にあなたに憧れたんです。
思春期に入り、ちょうどバブルが弾けた頃でしょうか、私はあなたから少し、距離を置くようになりました。あたかも、ヨーロッパの政治や経済に翳りが見え、日本をはじめとしたアジアの国々が影響力を持ち始めた頃と重なります。ヨーロッパの伝統を軽視するわけではないけれど、もっと違った形のベートーヴェンやシューベルト、リストがあったって良いよね、なんて思ったものです。
その頃、私自身が大きな病気をしたり、結婚や出産といった日々の出来事が重なりました。しばらくは音楽をじっくり聴こう、とか文化について考えてみよう、という気持ちにはなれませんでした。日本は平成の不況の真っ只中でしたし、私自身もとにかく目の前のことに追われ、毎日を必死に生きていました。充実した日々ではありましたが、やはり余裕のない人生というのは味気ないものです。
そんな時に、久しぶりにあなたのベートーヴェンを聴く機会に恵まれました。それはとても偶然で、お友達と待ち合わせのために入った喫茶店で本を読んでいたのですが、ベートーヴェンの『』悲愴が耳に飛び込んできたのです。
『悲愴』という曲は非常に有名で、「悲しい、苦しい、辛い、俺はかわいそうだ」という演奏が多いと思うんです。私はそういう演奏も好みますが、当時は大きな病気から回復したばかりで、そんな演奏だと恐らく耳を塞いで、読んでいた『バートラムホテルにて』に集中していたのではないか、と思います。
でも、あなたの『悲愴』はとても面白かった。とにかく軽いんです。ハッピーターンのように軽く、これでもか!これでもか!と畳み掛けるような『悲愴感』を、剣道の達人が素人の太刀筋をひらりひらりとかわすような、大谷がメジャーリーガーの投げるすげえ球を打ち返すような、そんな面白さがありました。
気がつくと、私は『悲愴』を聞きながら笑っておりました。もちろん、良いおとなですから喫茶店で爆笑なんてしませんでしたが、とても明るくて、軽やかな気持ちになりました。人生には不幸というものがたくさん転がっているけれど、でも頑張ろう!しっかりと生きていこう!そんな気持ちになりました。
友達が来て『何笑ってるのよ?』と聞かれたのですが、私は笑って誤魔化しました。私は性格が悪いのでこんな素晴らしい経験を人と分かち合いたくないな、などと思ったのです。
帰り際に喫茶店の人に「今流れているのはブレンデルのベートーヴェンソナタですよね?」と小声で聞きましたら、そこのレジにいた、1メートルくらいしかないおばあさんが「薬、あるよ。10ドル」みたいな早口で「そう。ブレンデルだよ」と言ってました。「素晴らしい演奏でした」と言うように私は1メートル婆さんに頷きました。1メートル婆さんも「でしょう?だって、ブレンデルだもん」と言うように頷きました。婆さんと私は頷き合い、そして私は喫茶店を後にしました。
あなたがこの世にいないのがまだ、ちょっと信じられません。私の愛するピアニスト、安らかに眠ってください。そして天国でたくさん演奏してください。本当に本当にあなたの演奏を聴けて私は幸せでした。
芸術というのは結局、人間の魂を動かして世の中をより良くするものだ、と私は思っています。そういう意味であなたは真の芸術家でした。
最後になりますが、私はあなたのリストも好きですけど、メフィストワルツはいささか感情的すぎて「え?サザエのおじさん、どうしたの?」と思っておりました。なんでメフィストワルツだけそうなるんだろうな。今度あったら教えてください。
それでは、最後になりますが……長い間、ありがとうございました。あなたがいなくて本当に寂しいです。
サザエのおじさんへ
野間栄子
