もっと強い人間だと思ってた
現実と理想のギャップ
「買い被りすぎた、」と思った。
人材業界で4年半勤務し、退職。
現在は無職の期間を過ごしている。
退職して半年くらいは全然余裕で無職期間謳歌しようと思っていたし、その決意も前々からしていたから焦りとか、将来への不安とか全然感じないと思っていた。
元々とても楽観的な性格なので、お得意の「まあ、いっか」とか「なんとかなる」と言いながら、やるべき時期にちゃんと転職活動もして新しいことを勉強するための時間も割きながら頑張れていると自分を信じ込んでしまっていた。
だけど。
退職してから2ヶ月半が経ったのに、毎日将来のことを考えてるのに、やりたいこともわからず、勉強していることにも迷いが生じて中途半端になっていた。
あれ?こんなはずじゃなかったのにな。
何者でもない私
わたしの大好きなメイクアップアーティスト、小田切ヒロさんは、壮絶な人生を歩んできた。
その経験から培った、人並外れた貪欲さと馬力、信念。これらをすべて仕事に向けここまで上り詰めてこられた。
将来のビジョンも具体的にあって今もそれに対して突き進んでいる。
対して、わたしは親からも愛情をたっぷり受け、守られてきたから、大怪我をすることも人を信じられなくなることもなかった。
平和に人生を歩んできたから、のんびりしているし、基本性善説で関わるので人を見る目もない。良いところしか見えていない。
大人になって、わたしは人への想像力がないんだなと思うこともよくあったが、きっとそれはこれまで周りの人たちが気づかないうちにわたしにたくさんのものを与えてくれていたから。
それを「うわあ、幸せな世界だ〜!」と呑気に人の見えない優しさを享受しているばっかりだったから。
どんなことを考えて、どんなふうに関わったらこの子は笑って暮らせるのか、と考えてくれた人がいたり、わたしのことを自分のことのように喜んでくれる人がいることをどこかで当たり前だと思っていた。
もらってばかりいたから、なにもない自分に、何者でもない自分に向き合ったとき、簡単に心が折れてしまった。
だから、母が放ったなんでもない一言に否定された気分になって母からすると嫌な態度をとってしまったり。
前に進んでいる友人を見て、わたしなにやってるんだろう、と感じてしまったり。
そんな自分に、生きてきて初めて嫌気を感じた。
情けないなあ。
あるものに目をむける
でも、ないものばかりに目を向けるのはもったいない。
思い返してみれば、小学生の頃は偏差値35から30偏差値を上げた第一志望の中学に入るために最後の半年自分を追い込んで合格したり(半年かよという突っ込みは置いといて)、中学校では校則を破って反省文を書き(笑)バスケ部を停部になったけど部員全員に頭を下げて再度機会をもらって最後の試合も初めに出るメンバーで選んでもらえてみんなで乗り切ることができたし、高校ではテニス経験者ばかりの中未経験でも絶対団体戦メンバーに入りたいと全力を尽くして一度だけだったけど入ることができたり、大学では勤務していたインターン先の上司に”あなたは社会不適合者。社会に出たら絶対苦労する”と言われ、そこから絶対自分を変えてやる認めてもらうと行動を起こし続けて今でもたまにお会いして”成長したね〜”と言ってもらえるようになったり、社会人になって所属した先で次々と退職者が出てOJTもころころ変わったり社畜のように働いたけど腐らずに働き抜いた。と思う。
甘いかもしれないけど。
今はそんな自分に「よく頑張ったね」と言葉を掛けてあげるタイミングなのかもしれない。
愛情を受けて育つことは当たり前じゃない。
この能天気な性格も、人を疑わずにいれることもありがたいこと。
わたしがそう思えた最大の理由は。
それは、こんなときに弱音を吐ける友人がいたからこそ。
本当に友人に助けられた。
こういう良いところがあるんだよ、と落ち込むわたしに言葉を掛けてくれて。
そんな友人がいることに本当に本当に感謝でしかない。
この場を借りてありがとう、と伝えます。
(もしかしてわたしかな・・?と思っているあなた、そうあなたです。笑)
ちょっと恥ずかしいけど母にもとっても感謝している。
愛情たっぷり注いでくれて、いつも誰かに何か与えていて、この世で一番尊敬している。本人には直接言えないけど(笑)
素直で、人を信じやすくて、おばかな自分でも人に対して与えられるものはあるだろうか。
でも。
もしかしたら、人に愛されたことがあるから、ただ純粋に自分も人を愛すことができて良いところも悪いところも認めて受け入れられるところが、わたしの良いところかもしれない。
小田切ヒロさんは、ビジネスでの人との繋がりは必要であるけど、それ以外は要らないと言っていた。
だけど、わたしはビジネス以外でも関わり続けたい人がいる。
たくさんいろんな方向から刺激をくれて、いろんな考えや価値観を聞かせてくれる人たちと、これからも一緒に人生を豊かにしていきたい。
わたしと話しているときは、自然体で楽しくて充実した時間を過ごせているなと、思ってもらえたら嬉しいし、みんなが困っているときはそっと手を差し伸べられるそんな人間になりたいな。
上に行きたいとか、仕事で成功したいとか、大金持ちになりたいとか、そんなんじゃなくて、自分の存在が誰かの助けになって、それが回り回って社会に良い影響を与えられて、その成果・対価としてお金がもらえて、両親や友人たちといろんな経験をしたい。
その刺激で「また明日からも頑張ろう」と思えるような。
そんな人生を歩みたい。
人の痛みを知ること
きっと誰もが、
自信を無くしてしまう瞬間や、人の人生が羨ましく感じたり、自分の良いところがわからなくなったりすることがある。
そんなときは人の良いところがたくさんわかるわたしが、いっぱい良いところを見つけて言葉を掛けてあげたい。
この感情を味わえたのも、ひとつ良い経験だった。
人の痛みがわからないと、本当の意味でその人に寄り添えないと思うから。
今度はわたしが与えられる側になる。
わたしと関わる人がみんな幸せでいられますように。
おわり
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