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「ここはどこ?」に、言葉だけで答えようとしていた私へ ― 認知症の方との意思疎通で学んだこと

看護師として、地方の個人病院の病棟で26年間勤務してきました。高齢の患者様が多く、認知症の方との関わりも日常的でした。その中で一番苦労し、そして一番多くのことを学んだのが、「意思疎通」でした。今日はそのことについて書いてみたいと思います。

「今、何時ですか?」「ここはどこですか?」

認知症の症状が進むと、時間や場所の感覚が分からなくなってしまう方が少なくありません。「今、何時?」「ここはどこ?」と、何度も同じことを聞かれる。あるいは、自分がどこにいるのか分からず、不安そうな表情を浮かべている患者様に、何度も出会ってきました。

最初の頃の私は、言葉だけで説明しようとしていました。「今は午前10時ですよ」「ここは病院ですよ」と、正しい情報を丁寧に、何度も繰り返し伝える。けれど、それだけではなかなか伝わりません。数分後にはまた同じ質問をされ、こちらの説明も、患者様の不安も、堂々巡りになってしまうことが何度もありました。

言葉以外の工夫を重ねる

そこで私は、言葉だけに頼らない方法を模索するようになりました。

たとえば、病室に大きな時計を置くこと。数字が大きく見やすい時計を置くだけで、ふと視線を向けたときに「今が何時か」を感じ取ってもらいやすくなります。

また、場所が分からなくなってしまう方には、紙に「ここは〇〇病院です」「今日は〇月〇日です」と大きく書いて、目につく場所に貼っておくようにしました。言葉で説明するよりも、いつでも目で確認できる情報があることで、少し安心される方が多かったように思います。

視覚的な手がかりを増やすことで、言葉だけでは伝わらなかったことが、少しずつ伝わるようになっていきました。時計を見て「ああ、もうこんな時間なのね」とつぶやかれたり、紙に書いた案内を指差しながら、ご自身で場所を確認されたりする患者様の姿を見るたびに、工夫が実を結んだようで嬉しく感じたものです。

それでも伝わらないとき、相手の世界観に合わせる

けれど、どれだけ工夫を重ねても、正しい情報がどうしても伝わらないときもあります。「家に帰りたい」「あの人を探さないと」と、患者様の中では確かな現実として、それが存在していることがあるからです。

そうしたとき、私はあえて訂正しないという選択をするようになりました。「そうですね、もう少ししたら帰りましょうね」「今、探していますからね」と、患者様の世界観に寄り添う形で言葉を返す。正しさを押し付けるのではなく、その方が今感じている不安や気持ちそのものを受け止めることを優先するようになったのです。

最初はこの対応に迷いもありました。「事実と違うことを言ってもいいのだろうか」と。けれど、正しい情報を繰り返し伝えることが、必ずしもその方の安心につながるわけではないと、現場で何度も実感しました。大切なのは、正確な情報を伝えることそのものよりも、その方が今、安心して穏やかに過ごせることなのだと、少しずつ気づいていきました。

26年かけて学んだこと

意思疎通というと、つい「正しく伝える」ことばかりを考えてしまいがちです。けれど認知症の方との関わりを通して私が学んだのは、言葉だけがコミュニケーションではないということ、そして時には「正しさ」よりも「その方の心が今どこにあるか」に寄り添うことの方が大切な場合があるということでした。

時計を置く、紙に書く、そして時には相手の世界観に合わせる。どれも特別なことではありませんが、一つひとつの小さな工夫の積み重ねが、患者様との信頼関係につながっていったのだと思います。

26年という長い年月をかけて、少しずつ体で覚えてきたこの感覚を、これからも大切にしていきたいと思います。

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