【家族になって初めてわかった介護①】祖母が急死した日
祖母は82歳、
祖父は91歳でした。
私は看護師9年目。
病棟を離れ、
地域のクリニックで外来と訪問看護を兼任していた頃のお話です。
祖母は昔から、
よく働き、
じっとしていない人でした。
私が大人になってからも、
遊びに行くととても喜んでくれて、
「アイス半分こしよう」
と、
いつまでも子ども扱いしてくれるような人でした。
祖父に隠れて、
こっそりお小遣いを渡してくれることもありました。
私は祖母の病気を、
正直あまり把握していませんでした。
昔に乳がんの手術をしたこと。
骨粗鬆症で背中が曲がり、
転倒も増えていたこと。
高血圧とうつ病で、
近所のクリニックに通っていたこと。
その程度しか知らなかったのです。
フォローは叔母がしてくれていたので、
私はどこか「大丈夫だろう」と思っていました。
そんな祖母が、
ある日私に言いました。
「頭を洗ってほしい」
「最近、自分で洗うのがしんどいの」
腕を骨折したこともあり、
肩も痛そうだったので、
「腕が上がりにくいんだろうな」
私はその程度に考えていました。
訪問看護でも使う入浴用エプロンを購入し、
祖母をお風呂に入れ、
洗髪しました。
今思えば、
祖母は苦しそうでした。
お湯をかけるたび、
息を止めるのがしんどそうだった。
でも当時の私は、
「私の洗い方が下手だったかな」
その程度にしか思わなかったのです。
洗髪が終わると、
祖母は本当に嬉しそうでした。
「気持ちよかった」
「看護師になってくれて誇らしい」
そう言ってくれたことを、
今でも覚えています。
その後、
夜ご飯をご馳走になりました。
いつもなら、
食べ終わるとすぐ片付けを始める祖母が、
その日は座椅子にもたれ、
「ちょっと休む」と動かなかったのです。
「洗い物、私がするよ」
そう言っても、
祖母は強く断りました。
帰宅後、
私は母に電話しました。
「ちょっと動くのもしんどそう」
「そろそろ泊まり込みとか考えたほうがいいかも」
そう伝えたのを覚えています。
でも私は、
そこで止まってしまいました。
「次の休みにまた来よう」
「今度はもっと楽に洗髪できるよう工夫しよう」
そう思いながら、
行動しなかったのです。
そして次の休みが来る前に、
祖母が急死したという連絡が入りました。
朝、
布団から起きてこなかったそうです。
死因は、
心不全でした。
思い返せば、
祖母はたくさんサインを出していました。
息苦しさ。
お風呂のしんどさ。
動くと疲れる。
横になれず、
座椅子で休むこと。
全部、
心不全悪化の兆候でした。
看護師なのに。
どうして気づけなかったんだろう。
あの時、
翌日にでも受診させていたら。
夜間救急へ連れて行っていたら。
後悔をたくさんしました。
「ポンコツの孫でごめん」
本気でそう思いました。
でも今は、
少しだけ考え方が変わりました。
祖母は、
義理の両親と自分の親の介護で苦労した人でした。
人に頼るのが苦手で、
最後まで“自分でやりたい”人でもありました。
だから、
ピンピンコロリに近い最期は、
祖母らしかったのかもしれません。
私は忙しいながらも、
時々顔を見せて、
甘えることができました。
そして祖母は最後に、
「看護師になってくれて誇らしい」
そう言葉を残してくれました。
その言葉が私を救ってくれたのです。
祖母の死をきっかけに、
私は心不全の小さなサインに敏感になりました。
次の患者さんで、
同じ後悔をしないように。
それも、
祖母が最後に私へ残してくれたものだったのかもしれません。
高齢者に、
「また今度」はないことがあります。
だからこそ、
一緒に過ごせる“今”を、
大事にしてほしいのです。
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