叱られても、へこたれない方法は?(後編)
アルバイトをしているイタリアンレストランで叱られることが増え、シェフと険悪な雰囲気になってしまった医療記者の私。
言葉を使う仕事をし、読書が趣味であるため、困った時はたいてい関連する本を読んで何か解決につながるヒントはないか探る。
その時、たまたまTwitterで流れてきた本を読み、気持ちが変化してきたのはラッキーだった(まだまだ現在進行形の悩みではあるが…)。
そして私が変わると、シェフもなんとなく変わってきたような気がするのである。
爆発する3つ星シェフ
「怒鳴る指導はやめてくれ」と激しい口論をしてシェフを泣かせた翌週、偶然Twitterで流れてきたのがその本だった。
『なぜ星付きシェフの僕がサイゼリヤでバイトするのか? 偏差値37の僕が見つけた必勝法』(村山太一著、飛鳥新社)だ。「シェフ」「バイト」と、その時、気になっていたキーワードが盛り込まれたタイトルが引っかかり、Kindle Unlimitedで無料レンタルした。1時間ほどで一気読みした。
ミシュランで一つ星を得ていたイタリアンレストラン「ラッセ」(2022年8月閉店)のオーナーシェフ、村山太一さんが経営に行き詰まり、経営の効率化を学びに、いちアルバイトとしてサイゼリヤで働いた体験記だ。
そのアルバイト部分ももちろん面白かったのだが、私はむしろ村山さんの修行時代、師匠との関係を描いた部分に興味を引かれた。
特にイタリアの3つ星レストラン「ダル・ペスカトーレ」で修行した時のシェフ、ナディア・サンティーニの有様は凄まじい。
村山さん初出勤の日、全てのスタッフを壁際に立たせたシェフは、「あなたたちがまた失敗したら、あたしは首をかき切るわ!」と自分の喉元に包丁を突き立てながら怒りを爆発させたそうだ。怖い。怒鳴るどころの騒ぎではない。
だけどこのシェフは見込みのない人に対しては怒りもしない。
ナディアはたまに爆発しますが、ほとんどの場合、怒ってもくれません。自分のレベルに達しない人は無視され、自分から辞めるように追い込まれていきます。
「怒ってもくれない」つらさもあるのだ。「叱られる」「怒られる」というのは成長のきっかけを与えてくれる苦い薬のようなもので、修行中の身にとってみればある意味、恩恵なのかもしれない。
もちろん叱らず、怒らずに素晴らしい指導ができる師匠もいるのだろうけれど。
まずは言われた通りやることの大事さ
さらに村山さんがパン粉を挽いても、デザートを作っても、シェフは全くOKと言ってくれない。どこが悪かったのか指導もしてくれず、ただ無言で作り直すだけだった。これもはたから見るとつらそうだ。
困り果てた村山さんはシェフの動きを詳細に観察し、完全コピーを目指していく。
ナディアと一体化する。これが求められているんだなと思いました。僕はもう変態かってくらいに徹底的にナディアを観察しました。
手や指の動き、フライパンを振る角度などはもちろんですが、まばたきや呼吸する回数までを見ていました。そうすると、盛り付けをする瞬間に息を止めたり、呼吸回数が上がる瞬間などがわかり、その後ろにある感情も推察ができるようになっていきました。
完コピに徹した村山さんは3ヶ月ほどで「やっとわかったわね」とシェフに認められ、最終的にはシェフの出張中、1週間店を任されるほどまで信頼を得る。スタッフに店を任せることはそれまでなかったそうだ。
この完コピについて、村山さんが説明した文章にハッとさせられた。まさに私がシェフに何度も言われた言葉が書かれていたからだ。
ゴールまでを超速で走り抜けるためにも、やはり完コピはすぐれた方法です。(中略)
皆さんも、上司から「なぜ言われた通りにやらないんだ」と言われたことがあるんじゃないでしょうか?
これは上司の指示の出し方が悪い場合もあるでしょうが、たいていは「これぐらいやらなくてもいいよね」「こうやるほうがいい」という感じで、自分なりの解釈を加えてしまっているのが原因です。ある程度経験を積むと、陥りやすい落とし穴です。
まずは言われたことを、言われた通りにやってみる。それが間違っているように見えても、です。その素直さや謙虚さが、劇的な成長を約束してくれます。
「素直さ」「謙虚さ」と言えば思い浮かぶのは、バイト仲間だったコイズミ君のことだ。まさに素直に、謙虚な姿勢でシェフの指示をそのまま受け止め、その通りにやる努力をしていた。だからシェフの呼吸に合った仕事ができていたのだろう。
私は記者としては25年選手のベテランだ。なまじ他の業界での実績があるから、飲食業界ではただの新人アルバイトに過ぎないのに「一から学ぶ」という素直さや謙虚さに欠けていたのではないか。だからいつまでもシェフの満足いく働きができなかったのではないか。
村山さんは1ツ星レストランのオーナーシェフながら、サイゼリヤでアルバイトをする時はいち新人として先輩である高校生アルバイトらの指導に謙虚に従っていた。だからこそ、自分の店の経営に活かせる効率的な作業方法などをぐんぐん吸収し、生産性を3.7倍にアップさせることができたのだ。
フレンチの巨匠も怒鳴られて成長した
なんだか色々と気づくものがあって、私はその他の一流シェフたちの修行本も次々に読んでいった。
フレンチの巨匠、三國清三さんの『三流シェフ』(幻冬舎)の修行時代の話も面白い。
三國さんも、スイスで「天才」として注目され始めていたフレディ・ジラルデの店で働いていた時のことを、「ジラルデは確かに天才で、店は天国だったかもしれない。そのかわり、厨房は地獄だった」と振り返る。
決まったレシピがあるわけではなく、その日の食材を見て即興で料理を作るジラルデは、部下に「あれを持ってこい」「これをブイヨンで茹でろ」などの簡単な指示しか出さない。
三國さんたちはその曖昧な指示の下、自分の判断で下拵えしたその食材をシェフのもとに持っていくわけだが、その間、ずっと怒りっぱなしなのだという。
「こんなもの使えるか!」
「なんでいつも俺のほしいものがないんだ!」
「早くしろのろま、もっと早くだ、早く、早く!」
ジラルデは誰よりも自分に怒っていた。顔を真っ赤にしてわめき、攻撃し、怒鳴りつけ、歯噛みしたり、うんうん唸りながら、苦しんで、苦しみ抜きながら、料理を完成させる。料理というより苦行だ。
こっちはその怒りを全身で浴びながら、朝から地獄の中を全力疾走しているようなものだから、夕方になる頃には疲れ果てているのだけれど、それと反比例するようにジラルデの感情は和らいでいく。
ジラルデは仕事の合間にホールに出るのが好きだった。「人生でいちばん感激した」とか「あなたは天才だ」とかお客さんに絶賛されるわけだ。それは全然お世辞ではなくて、「フランス中回ったけどこんな美味しい料理を食べたことがない」といろんな人が言うのをぼくは何度も聞いている。(中略)
翌朝にはまた不機嫌に戻っているのは言うまでもない。そしてまた地獄の一日が始まる。戦場のような厨房で、ジラルデという天才の料理に対する執念が、ぼくの能力をぐいぐいと引きずり出すのを、まるで他人事のように面白がっていた。昨日はできなかったことが、今日はできるようになっている。ジラルデの無茶苦茶な要求に、苦もなく対応している自分をある日発見する。そういうことを何度も経験した。自分が料理人として成長するのを毎日感じた。
かっこいい。こんな風になりたい。
もちろん、これは一流の料理人同士の果し合いのようなもので、私のアルバイトの仕事をそのまま当てはめるのはおこがましいことはわかっている。
でもどんな職種で、どんなレベルであっても、「自分が納得できる仕事をしたい」「自分の仕事で誰かを喜ばせたい」という気持ちがあるならば、仕事に対する姿勢は共通するはずだ。
シェフの怒鳴りつけるという表現の裏にある料理に対するひたむきな姿勢、お客さんを喜ばせたいという純粋な気持ちが響くから、きっと修行中の料理人たちはそこに惹かれて食らいついていくのだろう。そして自身もありったけの自分を捧げるからこそ、昨日の自分から成長している喜びをつかみ取ることができるのではないか。
そんな料理人の世界は理解した
そして、数々のシェフの修行物語を読んでいると、どうも昔ながらの料理人の世界では言葉で優しく丁寧に教える方法ではなく、怒鳴りつけるやり方が一般的だったようだ。
幼い頃、明治生まれの料理人だった亡き祖父が修行した時の苦労話をよく聞かせてくれたものだが、まさにこんな感じだったのを思い出した。
料理長や先輩たちは何も教えてくれず、「目で見て盗め」と言われるばかり。失敗するとガツンとゲンコツが飛んできて、時にはフライパンで頭を殴られたと悔しそうな顔をしていたものだ。しかしその悔しさをバネに技術をぐんぐん身につけていったとも話していた。
うちのシェフからも修行時代、先輩たちからよく蹴られた、先輩にいじめられたと聞いたことがある。
もちろんこれは今では時代にそぐわない指導法だ。村山シェフも三國シェフも、自分たちが受けたような厳しい指導をして、スタッフが大量に辞める苦い経験をしたことを本の中で書いている。
私は今もシェフの怒鳴りつける指導がいいとは思っていない。でもそういう世界で生きてきた人なのだという事実は数々のシェフ本を読んで理解できた。
そして、私は、うちのシェフの料理に対する真摯さ、お客さんに喜んでもらいたいという真っ直ぐな気持ちはよく知っている。シェフが誰よりも自分に厳しく、命を削るように仕事に身を捧げるのもずっと見てきた。
きっとシェフは、自分の料理人としての真剣勝負をお客さんと一番近いところにいる接客担当にも分かち合ってほしいと期待しているのだろう。でも、その伝え方が不器用で、料理人の世界で身につけてきたコミュニケーション方法でしか表せないだけなのではないか。
もうここまで来たら仕方ない。私も覚悟を決めよう。私もシェフの思いに食らいついていくことで、もっと高みを目指そうと腹をくくった。
互いに少しずつ変わって
次のバイトの日、出勤するとまず私はシェフに謝った。
「一流シェフたちの修行時代を書いた本を読んで、自分が色々と甘かったと反省しました。料理人の世界では怒鳴りつけるのが当たり前のコミュニケーション方法だったということも(納得はしていないけど)理解しました。お客さんに聞こえるようには怒鳴らないでほしいとは思いますが、今後、気持ちを切り替えて働きますので、これまで通りご指導ください」
急に私の言うことが変わったからか、シェフは驚いたような顔をしてなんとなくうろたえていた。
「まぁ、それは古い時代のやり方だからな…」「俺は姐さんが歳上だからか、つい甘えているところがあるんだよな」
その日もやはり注意はされたが、怒鳴られる回数は減った。私もシェフの動きを丁寧に観察しながら、以前より素早く対応できるようになったと思う。驚くことにシェフから「成長著しいじゃん」と褒め言葉までもらった。
自分が変わると相手も変わる。それ以来、ごくごくたまにではあるが、シェフは今までにない言葉をかけてくれるようにもなった。
叱りつけた後、昔の歌謡曲にひっかけてか、おどけた感じで「いつも甘えてばかりでごめんね」と46歳のおじさんなのに可愛らしく小首をかしげる。それで笑ってしまう私の負けだ。
「姐御がいてくれて本当に助かってるよ」「姐さんが今この店を辞めたらもう閉めるしかないと思ってるよ。いつもありがたく思ってる」
私は照れて「今日はずいぶん素直じゃないですか」と軽口を叩く。
シェフとは今も時折、激しく衝突する。でも次に出勤した時は仲直りしてまた一緒に働けるとわかっている。この店に来てくれるお客さんに美味しい料理と気持ちの良い接客で満足してもらいたい。そんな思いは共通するからだ。
そこでつながっている限り、私の心は離れない。少々怒鳴られようが、厳しく突き放されようが、しぶとく食らいついていこうと思っている。
(終わり)
