【小説】ねぇ、フリーザ
「菜々、朝よ。起きなさい。遅刻するよ。」
階下から、母の声が聞こえる。
いま、何時だろう?
え、もう7時?
家を出るまで30分しかない。
菜々は、ベッドから飛び降りて、慌てて着替える。
でも、来週からはあと30分遅く起きられるようになるな、と思うと笑みがこぼれる。
来週から、菜々は職場近くのアパートで一人暮らしを始める。
菜々が、ねぎ納豆ごはんとみそ汁をかきこむのを、母は呆れた様子で眺めている。
「こんな調子で、本当に来週から一人暮らしができると思っているの?」
こんな小言を聞かされるのもあと一週間。
そう思えば、我慢できる。
菜々は、どうせマスクでほとんど見えないし、と簡単に化粧をして、歯を磨き、家を出た。
家から駅までは自転車で10分くらい。
電車には、なんとか間に合った。
30分ほど電車に揺られる。
電車の中では、ひとねむりしていくことが多かったが、最近は一人暮らしで使うものをネットで見るのが日課となっている。
今日は、洗濯機と冷蔵庫を物色する。
ドラム式の7kgの洗濯機と、130ℓの冷蔵庫、オーブンレンジがセットで10万円となっていた。
少し安すぎるような気がしたので、レビューを確かめる。
「冷蔵庫が少しうるさい」と書いている人がいたが、5つ星の評価をつけているから、それほど問題ないのだろう。
菜々は、購入ボタンを押す。
届くのは、ちょうど菜々が引っ越す日、来週の土曜日だ。
菜々は、市役所で働いている。
働き始めて5年が経つ。
働きはじめて2~3年は、仕事が好きになれなかった。
毎日のように残業して、休みの日は起き上がる気力もなく、何のために生きているのかわからなくなってしまうこともあった。
でも、近頃は、前よりもつらいと思うことはなくなった。
肩の力の抜き方を覚えたのだ。
以前は、力を抜くなんて、ずるいことだと思っていた。
でも、いつからだろう、すこしずつ自分の声を聞けるようになっていた。
自分の声を聞くことが悪いことではないのだと、教えてくれるひともいた。
たとえば、となりの課にいる花さんがそうだ。
花さんに公印を押してもらいに行くたびに、菜々に声をかけてくれた。
菜々の体調がすぐれないときにすぐに見破って休むように促してくれたり、新しい服を着ていると似合うねと笑いかけてくれたりした。
「結局、仕事ってのは、ひとで決まるんだよ」
と入庁してすぐに上司から言われてもピンとこなかったけれど、いまではよくわかる。
職場で関わる人が増えていくにしたがって、灰色だった職場に色がついていくような感覚があった。
仕事にも慣れ、お金も貯まってきたので、菜々は今年の春から一人暮らしをすることに決めたのだった。
実家にいると両親が家事をやってくれるというのはありがたいが、ちゃんと自立したかった。
そして、最近、家にいるのが窮屈に感じるようになっていた。
両親と仲が悪いわけではない。
ただ一人の時間がほしいと思うようになっていた。
菜々が、家を出る日、両親は引っ越しを手伝ってくれた。
菜々の荷物のほとんどが、本だった。
服はごくわずかしかない。
家具はすきなものを少しずつ買い集める予定だから、家具もほとんどない。
両親が帰ると、菜々は広い空間に、ひとりきりだった。
さすがに、ちょっと寂しい。
玄関のチャイムが鳴る。
洗濯機と冷蔵庫とレンジが届いたのだろう。
菜々が玄関の戸を開けると、菜々の予想通り、配送業者の人たちがいた。
配送業者の人たちは、30分ほどですべての家電を設置し終えた。
菜々は、冷蔵庫も届いたので、スーパーまで食材を買いに行く。
料理は好きだったが、両親がいつも食事を用意してくれるので、菜々が料理を作る機会はほとんどなかった。
自分の好きな食材を買い込む。
エコバッグに入った好きな食材を眺めているだけで、胸が躍る。
帰宅し、冷蔵庫の扉を開けようと、手をかけると、冷蔵庫の扉が白くぼおっと光った。
「ねぇ、フリーザ」とよびかけてみてください。
と冷蔵庫の扉に、紫色の字で表記されている。
最近の家電は、なんでも音声で反応するようになっているのだろうか。
ためしに、菜々は「ねえ、フリーザ」と呼びかけてみる。
こんにちはノシ。名前は?
と文字で表記されながら、今度は音声でも読み上げる。
こういう家電の声は、てっきり女性の声が定番だと思っていたが、この冷蔵庫は低い男性の声だ。
「菜々です。」
と答えながら、冷蔵庫に向かって話しかけている自分がなんだかおかしい。
ナナちゃんね、よろしく。
と冷蔵庫は言うと、画面は消えた。
「ねえ、フリーザ」と呼びかけても反応しない。
寂しくて、変な夢でも見たのだろうか。
とりあえず冷蔵庫に食材をしまう。
冷蔵庫の説明書を読むが、とくに音声に反応するとはどこにも書いてなかった。
冷蔵庫を購入したネットショップのページにも書いていない。
レビューにも特にそれらしい情報は書いてなかった。
だが、購入するときにも見たレビューには、「冷蔵庫が少しうるさい」ではなく、「冷蔵庫が少し口うるさい」と書いてあることに気づく。
これが単なるミスではないとしたら、冷蔵庫がしゃべることを暗示しているようにも思える。
いや、考えすぎかもしれない。
はじめての一人暮らしで、気が動転しているのかもしれないなと思った菜々は、早めに夕食をすませ、風呂に入った。
風呂あがりはのどが渇く。
一人だから、だれにも気兼ねせず、バスタオルを巻いたまま、冷蔵庫からぶどうジュースを取り出す。
冷蔵庫にジュースをしまおうとすると、冷蔵庫の扉が光る。
風邪ひくなよノシ
と声がして、字も表記されるが、さっと文字は消えてしまう。
空目?空耳?
しかも、「ねえ、フリーザ」って話しかけてないけど。
「ねえ、フリーザ。カメラとかついてるの?盗撮されているみたいで怖いんだけど。個人情報とかどうなっているの。」
とダメもとで話しかけてみる。
あー、それは心配しなくて大丈夫。このモニターでは、表面温度しか感知できないようになっているから。その人の体調に合わせてレシピ考案できるような設定になっているらしい。俺は設定しているんじゃなくて、されている側だけどな。てか、ナナちゃんは、今どんな格好してるのか、ちょっと(文字数)
またすぐに画面が消えてしまう。
なんなの、この冷蔵庫は。
いや、フリーザか。
「ちょっと気になる」なのか、「ちょっと見たい」なのか。
いや、「ちょっと心配なんだけど」とか、優男説もあるな。
…さっきから、冷蔵庫に振り回されているなんてどうかしてる。
はやく服を着て、寝よう。
翌朝、菜々は昼前に目覚めた。
そのままベッドで本を読んでいると、「冷たいとりにくを挟んだサンドイッチ」が物語の中に出てきた。
「冷たいとりにく」って、サラダチキンみたいな感じかな。
おいしそう。
昨日ムネ肉を買ったし、つくってみようかな。
昨日、フリーザはレシピも考案できるって言っていたような…。
iPhoneで検索すれば済むけれど、ちょっとフリーザと話してみたい。
「ねぇ、フリーザ。サラダチキンつくりたい。」
サラダチキンって、コンビニで買うものじゃないんだ( ゚Д゚)?!つくるとかスゲーわ。ナナちゃんって、結構女子力高い?
今日はすぐに反応する。
「いや、そんなことはどうでもいいから。レシピ教えてよ。」
了解。すぐに消えちゃうから、メモとってね。
準備できた?
「うん、できたよ。」
①ムネ肉の余計な脂を落とす
②ムネ肉に砂糖を小さじ1/2をムネ肉の表裏にすり込む。
③小さじ1の塩と、黒コショウ適量を同様にまぶす。
④ムネ肉をラップで包み、半日おく。
「え、半日おくんだ。お昼ご飯にはできないね。」
ドン( ゚д゚)マイ
「とりあえず、つづきを教えて」
⑤ラップを取って、鍋で5分ゆで、20分鍋の中にそのまま置く。
お昼用のレシピも探そうか?
「いや、テキトーに何か作るからいいよ。そういえば、反応してくれるときと、してくれないときがあるのはどうして?」
気分かなw
…ごめん、反応できてないときあった?できるだけ、ナナちゃんの声には反応するようにするよ。
なんなんだろう。
また今日も冷蔵庫に振り回されている気がする。
とりあえず、お昼は袋麺をつくることにした。
今日は、担々麺。

午後は、本のつづきを読む。
本を読み終えても、夕食までは、まだ時間があったので、散歩にでかけることにした。
この近くに花屋さんがある。部屋に飾る花でも買ってこよう。
花屋に着くと、見知った顔が。
となりの課の花さんだ。
「花さんが、花屋さんにいる♪」
と後ろから話しかけると、花さんは振り返って、驚いた顔をした。
「わぁ、菜々ちゃん。そういえば、このあたりに引っ越すって言ってたね。もう引っ越しは終わったの?」
「はい、昨日完了しました。」
「菜々ちゃんも、お花を買いに来たの?お花って癒されるよね。」
「花さんと、お花って、とても似合いますね。お花よりも、花さんに癒されました。」
「ふふ、ありがとう。せっかくだから、引っ越し祝いに、菜々ちゃんにお花をプレゼントしようかな。」
「いや、それは申し訳ないです。…あ、でも、それならお礼に、このあと私の家に遊びに来ませんか?片付けも終わったし、サンドイッチの用意ができてるんです。」
「いいのかな?かえって気を遣わせちゃったんじゃない?でも、行ってみたいな。菜々ちゃんのインスタグラムいつも見てるよ。お料理上手なんだよね。実は、いつか菜々ちゃんのお料理いただいてみたいな、って思っていたの。お邪魔させてもらおうかな。明日はお仕事だから、ちょっとだけね。」
と言うと、花さんは菜々に贈る花を、真剣な顔で選び始めた。
家に帰り、菜々はいただいたお花と、花さんがご自身のために買ったお花をとりあえず水を張ったバケツにいれて、サンドイッチの用意をする。
花さんは、菜々の本棚を楽しそうに眺めていた。
サラダチキンをゆでている間に、パンを切り、レタスを洗い、トマトを切ってベーコンを焼く。
菜々特性のBLTCサンドだ。
※C=Chicken

花さんが歓声をあげる。
「わぁ~おいしそう!Nana's cafeだね。食器もすてき。」
菜々は、花さんが部屋にいるだけで、とても部屋が華やかになるな、と思った。
サンドイッチを食べ始める。
ちょっと分厚すぎてボロボロ崩れる。
でも、花さんは器用に食べて、おいしい、と言って笑ってくれた。
「菜々ちゃんは、一人暮らし初めてだって言ってたよね?寂しくなってない?」
「昨日両親が帰ったあとは、ちょっと寂しかったです。でも…」
と言いかけて、菜々はやめた。
冷蔵庫が話しかけてくれるから、寂しさが紛れたなんて、花さんに言うわけにはいかない。
菜々が冷蔵庫の方を見ていると、花さんも冷蔵庫に目をやる。
「あ、菜々ちゃんの冷蔵庫、うちにあるのと同じだ!」
しゃべりますか?とは聞けない。
花さんは、すこし考えるような表情を浮かべ、
「菜々ちゃんの冷蔵庫もうるさいの?」
と聞いてくる。
いま冷蔵庫は、まったく音を立てていない。
菜々は、「ええ、かなり。」と答えると、花さんは笑った。
「そっか、フリーザがいるのね?」
「はい。」
「それなら、寂しさは少し紛れるね。でも、菜々ちゃん、部屋に男の子を呼ぶときは、気をつけて。このまえ、いつもの調子でフリーザに話しかけていたら、彼にすごく不審な顔されちゃった。」
菜々には、恋人はいない。
だが、恋人ができたときには気をつけようと思った。
菜々は、花さんを見送り、花を活けた。
花さんが選んでくれたピンクのガーベラはとてもかわいい。

「ねぇ、フリーザ。今日、職場の先輩にガーベラをもらったよ。」
と話しかけてみる。
フリーザは、料理や冷蔵庫に関係ないことでも、対応してくれるのかな。
へぇ、素敵な先輩じゃん。
ガーベラの花言葉は、「希望」「前進」らしいよ。これからの生活が希望に溢れて、職場でも前進できますようにって願いを込めてくれたのかもね。
花さんが、花言葉を知っていたのかは、わからない。
でも、そんな願いが込められているのかもと思うだけで、あたたかな気持ちになった。
「フリーザ、ありがとう」
どういたしまして(`・ω・´)
菜々とフリーザの同居生活は、まだ始まったばかり。
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今回は、この企画のために書きました。
冷蔵庫をテーマにしたものならなんでもOK。
審査員3人がそれぞれ好きな記事に対して、表彰してくれるのだとか。
豪華賞品もあります。
誰を狙うか考えるだけでも面白いですね。
私の記事は、タイトルからしてフリーザさん狙いっぽいですが、ちづこさんや凛さんの好きそうなハートフルな物語に仕立てたり、ちづこさんの料理写真を参考にサンドイッチにフルーツを盛り合せたりしてみました。
我ながらずる賢いぞ(`・ω・´)✨
私も、菜々ちゃんのようにフリーザさんに相談したいので、フリーザ賞ならC賞希望かな。
そして、この物語は、前に書いたお話の続きにもなっています。数年後くらいの設定かな。
物語中に出てくる、サンドイッチの出てくる本はこれ。私の好きが詰まった、私のバイブルみたいな本。
あとは、勝手に優しい先輩として、ohanaちゃんに出演してもらっちゃった。
職場に、こんな先輩いたら最高だよね。
みなさんもGWに、このコンテストに応募してみませんか?
