姫路旅行(7)姫路城
姫路駅から、姫路城が見えました。

1333年 赤松則村が姫山に砦を築く。
1441年 赤松貞範、姫山に城を築く。
1545年 黒田重隆が姫路城を任される。1546年 黒田官平衛、姫路で生まれる。
1580年 羽柴(豊臣)家秀吉が黒田官平の勧めで入城。
1600年関ヶ原の戦い後、池田輝政が姫路城城主に。
1609年 五重7階の連立式天守が完成
1617年 本多忠政が伊勢桑名から嫡男忠刻、千姫とともに入封。
1618年本多忠政、西の丸を築く。
1639年松平忠明が大和郡山から入封。



天守閣から左側に、化粧櫓から長局(百間廊下)が伸びていました
天守閣と西の丸が残っていて、姫路城はとても大きいお城です。




十字紋瓦はキリシタンだった黒田官兵衛にゆかりがあると言われています。


天守閣の中に入城しました。




天守閣を出て、西の丸櫓群と長局(百間廊下)に向かいました。



長局(百間廊下)を歩きました。
千姫の侍女の部屋が沢山ありました。


千姫は家康の孫です。
千姫7歳の時、大阪城の豊臣秀頼のもとへ輿入しました。しかし大阪夏の陣で夫秀頼は自害し、豊臣家は滅亡します。千姫は燃えさかる炎の中助け出されます。
江戸城に戻る途中、本多忠政の息子忠則と会い、再婚しました。
そして姫路城に住みました。



千姫は勝姫と幸千代の一男一女に恵まれ、姫路城での十年間が生涯で一番幸せだったと言われています。
しかし長男幸千代が3歳の時病気でなくなり、夫忠刻も31歳で病に倒れます。
江戸に帰った千姫は髪を下ろして「天樹院」と号し、70年の生涯を送りました。

つづく
2026.4.21
