音読 『感受体のおどり』 第53番
第53番を音読します。
親たちと霧根が言うとき, (以下は略)
第53番: おどり・中期(霧根・その親・錆入・私)
霧根の育ちについては、第18番にも書かれていました。
霧根という人は、踊りとは関係なく、自らがいるべき世界、在り方があるのでしょうか。実の親にすんなり育てられていたら、にごりなく生きられたというのでしょうか。
この章で霧根は、「三かわり目の片親」に「お前(達)とは違う」という苛立ちをぶつけているようです。
踊りの師匠たちについても、このように。
どのみちどちらもふみすてていく霧根
ほかにも、年齢とは関係なく霧根が周囲の環境を「下」だと考えている様子は
ぶざま/にぶさ/あしらわれる/いまいましさ/おごりがたぎる/いらだってやまない/
などの言葉で表されています。
黒田夏子さんは、漢字をあまり使わないことについてこのようにお話ししています。
作品の言葉というのは本来、漢字が多かろうと、一語一語たどっていただくための言葉で、(中略)平仮名が多いと飛ばし読みができないので、いやでも一語一語たどっていただけるだろうと (中略)それだけが目的ではないが
「たまさか(偶さか)」は、「偶然に会うさま。たまたま。まれ。」と古語辞典にも載っていて、源氏物語にも使用例があるそうです。
ほかに漢字は
幾層(いくそう) 別派(べっぱ) 岐路(きろ)
音読では、「そこからさらに才能と才覚とによって(本文より)」の二つ目のと を読み忘れ。
結構こういう細かいところが、あとから録音を聴いてみないと気づかず。そのうち修正するつもり。どのみち個人でやっているだけです。
