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音読 『感受体のおどり』 第53番

 第53番を音読します。

  親たちと霧根きりねが言うとき, (以下は略)

単行本『感受体のおどり』061ページより

第53番: おどり・中期(霧根きりね・その親・錆入さびーり・私)

 霧根の育ちについては、第18番にも書かれていました。

 霧根という人は、踊りとは関係なく、自らがいるべき世界、在り方があるのでしょうか。実の親にすんなり育てられていたら、にごりなく生きられたというのでしょうか。
 この章で霧根は、「三かわり目の片親」に「お前(達)とは違う」という苛立ちをぶつけているようです。

 踊りの師匠たちについても、このように。

どのみちどちらもふみすてていく霧根きりね

本文より

 ほかにも、年齢とは関係なく霧根が周囲の環境を「下」だと考えている様子は
  ぶざま/にぶさ/あしらわれる/いまいましさ/おごりがたぎる/いらだってやまない/
などの言葉で表されています。


 黒田夏子さんは、漢字をあまり使わないことについてこのようにお話ししています。

作品の言葉というのは本来、漢字が多かろうと、一語一語たどっていただくための言葉で、(中略)平仮名が多いと飛ばし読みができないので、いやでも一語一語たどっていただけるだろうと (中略)それだけが目的ではないが

jnpc「abさんご」芥川賞受賞記念会見 youtubeより


 「たまさか(偶さか)」は、「偶然に会うさま。たまたま。まれ。」と古語辞典にも載っていて、源氏物語にも使用例があるそうです。

 ほかに漢字は
  幾層(いくそう)  別派(べっぱ)  岐路(きろ)  

 音読では、「そこからさらに才能と才覚によって(本文より)」の二つ目のと を読み忘れ。
 結構こういう細かいところが、あとから録音を聴いてみないと気づかず。そのうち修正するつもり。どのみち個人でやっているだけです。

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