創作大賞2024 ホワイトトラッシュ #2
▪️初バイト
「白石くん?あ、こっちへどうぞ」
店長は20代後半と思しき長身痩躯の男で白石を数秒見つめるとがに股で歩き出し、誰もいない客席に案内した。
店内は年季の入った雑居ビルの外観とは似つかず豪勢で大理石とシャンデリアの内装に白石は驚いた。
「店長の長澤です。履歴書持ってきた?」
煙草に火を付けながら男は疲れた様子で質問した。
白石は黙って履歴書を出した。
「頭良いんだねー。俺なんか高卒だけどね。飲食店の経験はある?」
「あ、いや初めてです」
「じゃあ何でウチに?家庭教師とかやればいいじゃん?」
「なんか勉強はもううんざりで、今まで全くやったことの無い仕事なので興味が湧きました。」
「そっか、週何回くらい入れそう?」
「暇なので週7でも多分大丈夫です。」
「OK。じゃあ今日からよろしく、とりあえず掃除から頼むわ。後で教育係から声かけさせるから。」
店内の掃除を一通り済ませた頃、時刻は営業開始間際で、キャストが続々と出勤していた。
ブランド品をこれでもかと身に着けた美しい女達を間近にして心が躍る。ふいに後ろから声がした。
「白石君?こんちわ、教育係の田原です。今日ホール教えるけどやったことある?」
「あ、すいません。未経験です。」
「了解、まあ誰でも出来る仕事だから心配しなくていいよ。とりあえず実践で慣れようか。」
「はい。」
白石は田原の満面の笑みに困惑しながらも少し安堵した。
▪️奇妙な客
高瀬は金払いの良い客だった。
ふらっとやってきてはドリンクをキャストの言うがままに頼み、最近買ったばかりのメルセデスが事故で壊れてしまい買い替えなければならないと両脇の女達に自慢げに話していた。
20代前半頃に見えるが学生ではないようで、かと言って勤め人ではないらしく、収入源は何だろうかとぼんやり疑問を抱いていた。
「てめえ、ぼうっとしてんじゃねえよ。」
客の呼びかけに反応できていなかったようで店長に肩を小突かれた。
出会ったとき田原は温厚な人間だと思ったが、粗暴で他人に厳しく自分の事しか考えない最悪な人間であることを後から知った。
「大変だね。」
高瀬が苦笑いしながらこちらを見ていた。
「いやあ、まあ。」
自分を気にかけてくれた高瀬を優しい人間だと思った。
「頭良いんでしょ?」
高瀬は自分の眼をまっすぐ見つめながら続けた。白石は心を覗かれている気がした。
「良くないですし、大学もほとんど行ってないんで多分最終学歴高卒になります。」
白石の回答を無視して高瀬は続けた。
「月いくら貰ってるの?」
「え、あ20万円ちょいですかね。」
「月100万稼げる仕事あるよ。興味ない?」
普段慎重な白石だがこの時何故か不安よりも好奇心が勝った。人間扱いされず驢馬のように働かされる環境にもうんざりしていたが、辞めるとを言い出す勇気も無く憂鬱な日々を今送っている。
「え、あ興味あります。どんな仕事ですか?」
「OK。決まりね。今この番号に電話してくれない?」
高瀬は白石の着信を確認すると卓に戻りドンペリを注文してまたバカ騒ぎを始めた。
▪️初仕事
高瀬に指示された場所に向かうとハイエースが停車していた。
「とりあえず乗って。」
「あ、分かりました。」
「履歴書と運転免許証持ってきた?」
「あ、あります。」
「ありがとう。貸してくれる?」
高瀬は白石から書類と免許証を受け取ると慣れた手つきで撮影した。
「よっしゃ決まりな。祝い金として5万円払うから少しお使い頼めるかな?」
「ありがとうございます、何ですかね。」
「今から言う住所にいって爺さんから書類を回収してきて欲しいんだ。」
「あ、分かりました。書類ってなんですか。」
「行けば分かるから、名前名乗って書類を頂きにまいりました、とだけ言えばいいから。」
「え、それだけでいいんですか?」
「そうだよ」
「ヤバい仕事じゃないですよね?」
「だったら何」
「いや別に」
質問を重ねるたびに機嫌を悪くする高瀬に白石も口を噤んだ。
「じゃあ書類受け取ったら近くにいるから電話して」
最寄り駅で下ろされると白石は行き先を検索した。住宅地の中の一軒家らしかった。
静かな細い道を通り抜け辿り着いたのは年季の入った瓦葺の平屋で庭は手入れがされておらず草木が伸び放題になっていて異様な感じがした。
チャイムを押すと、70歳後半と思しき痩せた老人が不審な表情で姿を見せた。
「どなたですか。」
「私山川さんの友人の白石というものです。山川さんから伝言があったかと思いますが、書類を受け取りにまいりました。」
「あ、山川さんの友人さんね、ちょっと待っててね。」
老人は人懐っこい笑顔を見せ右手の居間のほうへ消えていった。
玄関には孫と思しき子供の写真が並べ慣れており老婆の幸福な暮らしを想像させた。
「お待たせしました。」
「ありがとうございます。」
白石が受け取ったのは細長い茶封筒で中を確認すると札束が入っていた。書類ではなく現金が渡されたことに違和感を感じたが、なんとなく受け取った。
「た、確かにお預かりしました。」
白石は一言告げると玄関を締めた。次第に悪い想像が頭に浮かんで速足でその場を離れた。
駅に到着してすぐ高瀬に電話をかけた。すぐにやってきたハイエースに乗り込む。
「終わりました。」
「お疲れ、どうだった」
「書類じゃなくて金でしたけど」
「ありがとうね、いくら入ってた?」
「30万円入ってました。何のお金ですか?」
「ん、まあわかるでしょ。いつも質問多いんだよお前。」
「…」
高瀬は取り合う様子もなく、電話を切った。
