創作大賞2024 ホワイトトラッシュ #6
▪️土橋
パリーン
気づくと手元のグラスが壁を伝って粉々になっていた。昔から感情がどうしても抑えられない時がある。
学生時代も度々怒りを爆発させてしまい、その度に友人を失った。社会に出てからも叱られたり命令されたりすることに我慢が出来ず何度も解雇され職を転々とした。
些細な事で何度も何度も繰り返し叱責されるのが常で、最後の職場では先輩に殴りかかってしまい警察沙汰になりそのまま退職した。
会社で働くことは自分には困難だとはっきり分かったので配達員をはじめたが収入は激減した。
人間関係は無くなったが稼ぎが少ないので長時間働かなければならなくなり、苛立ちは募った。
怒りで気絶しそうな中、どうにか気分を変えたいとふらっと入ったキャバクラでミチは俺の話を聞いてくれ笑ってくれた。
馬鹿ばっかりのこの世界で優しく微笑む彼女は自分の人生の全てになった。
彼女を支えたいと願い、楽しいことなんて何一つない仕事をひとつづつこなしミチへ捧げる資金を稼いだ。
最終的には一緒に暮らすつもりでいるからミチへの支払いは投資だし、彼女が退勤するまで待ち伏せして西新宿のタワーマンションに住んでいることも特定した。
ミチの為だと思い、危ない橋を渡ってまでして資金を作っている。そんな中彼女は配信で自分を狂人扱いし厄介者だと繰り返し中傷した。
一体いくら払ったと思っているのか。収入のほとんどを彼女に注ぎ込んでいるのに店外はおろか体に触れさせてくれることもない。
もう少し頑張って店に来れば認めて貰えるのではないか、なんて考えていた自分はとんだ大馬鹿野郎だった。あいつは自分の事なんて微塵も考えていないどころか復讐のつもりで自分に散財させている。
そう考えると今まで理解出来なかった彼女の言動が全て腑に落ちた。俺を騙したことを絶対に後悔させてやると思った。
怒りで全く寝付けなかった。
▪️日常
矢のように時は流れ俺は立派な詐欺師に成長していた。大学には殆ど行かなかったが刺激的な毎日と文字通り法外な報酬を得て人生の春を謳歌した。
キャッシュ一括で港区のマンションを購入し、とりあえず高級車もいくつか買ってみた。
事務所に到着するとリストの上から順に機械的に電話していく。もはやストーリーの事前準備は不要になっていて即興で対応するようになっていた。
相手の呼吸に合わせ最適な返答を積み重ねてつかぬ間の信頼関係を紡ぐ。
心地よい緊張感の中で会話を進めるうちに自分自身が設定した役に入り込み騙しているという自覚すらなくなる程ゾーンに入ることが出来る。
毎日食事もとらずに熱中し気が付けば日が暮れていて、数百万円・時には数千万を一日で手にするようになった。
「はい~」
電話口は高齢の女性のようだった。
「あ、初めてのご連絡で失礼いたします。私日本年金機構年金給付事業部門年金給付部佐々木と申します。お電話口は山田トミ子様のお宅でよろしかったでしょうか。」
「そうですが~」
「今回お電話させて頂きましたのは、当機構から山田様への年金支給が一部未払いとなっておりまして今回お支払い手続きのご連絡をさせていただいております。」
「はあ、お世話様です~」
「ご確認となりますが、以前山田様ご自宅宛てに緑色の封筒をご郵送させていただいたのですがお手元に保管されていらっしゃらないでしょうか。」
「緑色の封筒、記憶にないですが、」
「もしご家族の方等がご在宅でしたら今ご確認をしてもらえれば有難く存じますが、そういったご対応いただくことは可能でしょうか。」
「いや、夫は亡くなっておりましてこの家には私以外いませんが、」
「左様ですか、承知いたしました。」
騙されている自覚もなさそうで、一人暮らしとのこと、心配要素はないが落ち着いて決めていきたい。
「実は年金払い戻しの期限が本日となっておりまして、現在までお手続完了の確認が取れませんで、念のためお電話を差し上げました。」
「今日まで、それは急がないと。どうすればいいんですか?」
「はい、山田様がご利用されてる金融機関によって対応が異なるのですが、どちらの銀行をご利用されておりますでしょうか。」
「埼玉りそな銀行です」
「ありがとうございます。確認させていただきますので少々お時間頂戴いたします。」
♪(能天気な待機音が流れる)
「大変お待たせいたしました。銀行さんの方の窓口は既に閉まっているかと思いますが、お近くのコンビニエンスストアに設置されております現金自動預け払い機で手続きが可能となっております。」
「そうですか、お調べくださってありがとうございます。預け払い機でどうやって手続きすればいいんでしょうか。」
「もしお邪魔でなければこのままお電話でお手伝いさせていただくことが可能ですがいかがいたしましょうか。」
「是非お願いいたします。それではコンビニに到着したら連絡させてもらいますね。」
「承知しました。スムーズに手続き頂けるよう携帯電話の番号を事前に教えていただくことは出来ますでしょうか。」
「分かりました。090-XXXX-XXXXです。」
「承知いたしました。後ほどお電話いたします。」
「はい。よろしく~」
♪(すぐに電話が鳴る)
「はい」
「私先ほどお電話させていただいた日本年金機構の佐々木で御座います。急ぎお伝えしたいことが御座いましてご連絡いたしました。」
「何ですか。」
「実はお手続か納期限が本日18;00までとなっております為早急なご対応が必要となっております。」
「後30分しかないですね。」
「そうでございます。時間内の確実なお手続の為、お電話切らずにコンビニエンスストアまで早急にご訪問いただけないでしょうか。」
「分かりました。電話料は大丈夫ですか。」
「心配には及びません。山田様を最優先して対応いたします。」
「ありがとうございます。そうしたらこのまま家を出ますね。」
「ありがとうございます。」
「コンビニつきましたけど、どうすればいいでしょうか。」
「まずキャッシュカードを入れてください。」
「いれました。」
「それでは確認の為に残高照会してもらえますか。」
「はい」
「我々のデータと照らし合わせる為表示された数字を読み上げていただけますか」
「はい」
「23235689 です」
「ありがとうございます。確認がとれました。」
「それでは次にお振込みというボタンを押してください。」
「え?どうしてですか?私は払い戻しされる側ですよね?」
「ご存じないでしょうか。役所から山田様の口座に払戻金を振り込み手続きをする為にこの手続きは必ず実施する決まりとなっております。」
「ああ、そうなの」
「はい、押しました。」
「次に暗証番号をお願いします。」
「はい。」
「お振込み先の金融機関名が出てきましたけど、」
「はい、この口座からあなたに振込ますので言う通りに押してもらえますでしょうか。」
「次に手続き番号を入力していただきます。」
「手続き番号は6ケタになります。999525と入力してください。」
「これって振込金額の画面ですよね?私が振り込むんですか?私はもらう側ですよね?」
「役所から山田様の口座に払い戻しをする為に必要な手続きとなっているんですよ。」
「そうなの」
「そうしましたら手続き番号のご入力を一緒にお願いします。」
「999525と入力した後確認ボタンを押してください。」
「はい、押しました。」
「ありがとうございます。明細書は個人情報となりますので破ってゴミ箱に破棄をお願いいたします。」
電話を切ると周囲の視界が戻り、遠い宇宙から帰還したような感覚になった。心地よい疲労で満たされて事務所を後にした。
