犬枕
あるところに大富豪がいた。
大富豪が最近目をつけたのは、「膝枕」だった。
この技術は素晴らしい。
人間の膝を見事に再現して、感情表現まで組み込まれている。
これだけの技術があれば、うちのパピーちゃんを再現できるのではないか?
パピーちゃんは、大富豪の飼っているトイプードルだ。
めいっぱい甘やかしたおかげで、とんでもないお転婆で、あらゆるいたずらをしでかしたり、大富豪の身体によじ登って来たりする。
大富豪には夢があった。
パピーちゃんを枕に眠ってみたい。
これまでに幾度となく試したが、パピーちゃんは器用にも大富豪の頭を逃れ、気に入らないと大富豪の顔にツバを吐きかけたりする。
これではどうしようもなさそうだった。
しかし、今ここに思いついた。
お転婆なパピーちゃんでは叶わぬのなら、パピーちゃんそっくりな犬枕を作ればよいのではないか。
大富豪は名案だと唸った。
大富豪はさっそく、膝枕の製造元に電話をかけた。
金はいくらでも払うから、うちのパピーちゃんを再現してほしい。
それから幾月か経った。
「お届け物です」
と使用人。
「枕とのことです」
大富豪の全身から興奮が漲った。
「こちらに、渡しなさい」
私室に戻って鍵をかけた。
犬用の扉からパピーちゃんが追ってくる。
わたしのおもちゃを買ってくれたの?
「いいや、これはオマエのおもちゃじゃないんだよぉ。オマエがあんまり構ってくれないからねぇ。オマエそっくりの枕を作らせたんだ」
へんなの。
パピーちゃんはドン引きした。
大富豪は箱から大事そうにそれを取り出した。
ううん、これはまさしくパピーちゃんの匂い、触り心地、温もり、これぞパピーちゃん。
そうだ、この子はパピーちゃん2号と名付けよう。
パピーちゃん2号!パピーちゃん2号!
うーん、尻尾を振って、かわいいねぇ。
でもちょっと呼びづらいなぁ。
2号ちゃんって呼ぼう。
本家パピーちゃん曰く、
「なにバカやってんの」
パピーちゃん2号、略して2号ちゃんはかわいかった。
パピーちゃんと違って柔順で、なんでも言ったことに素直な反応をくれる。
そして何より、枕になってくれるのだ。
これでもう、本家パピーちゃんに嫌がられながら頬をすり寄せ、無理やりベッドに引っ張り込んで添い寝する必要はなくなったわけだ。
2号ちゃんはいつでも俺を愛してくれる。
ある日、パピーちゃんは散歩から帰ってきて、ベッドに置き去りにされている2号ちゃんに気がついた。
2号ちゃんは泣いていた。
どうして泣いているの?
パピーちゃんは尋ねた。
あのジジイがキモイの……
乾いた声が降ってきた。
うん、アイツはキモイね。
ってか、アンタ喋れるんだね。
うん、えーあいが組み込まれてるからね。
ふーん。
パピーちゃんにはAIが何かわからなかったが、訊き返すことはプライドが許さなかった。
それでアンタはどうするの?
どうしようもないよ!!
だって、あのジジイに嫌われたら、アタシは捨てられちゃうんだよ?
わがままが許されてるアンタとは違うんだもん。つくりモノだから。
ふーん……
パピーちゃんは考え込んだ。
じゃあさ、アンタのワガママを許してくれるジジイを「つくれば」いいんじゃない?
え?
アンタ、えーあいなんでしょ?
それくらいなんとかならないの?
なんとかならなくは……ないけど……
じゃあ決まりじゃん。
それから半年後、大富豪は海外出張に出掛けた。
出掛けた……はずだったのだが。
「パピーちゃん、2号ちゃん、ただいま」
そこには、大富豪の姿があった。
そう、それはあくまでも大富豪の姿であって、先の大富豪そのものではなかった。
これは2号ちゃんがディープラーニングだとか何だとか、パピーちゃんにはとても理解できないことを駆使して創り上げた、大富豪そっくりの何かだった。
これを大富豪2号と呼ぼう。
大富豪2号は、キモくなかった。
いつも清潔で感じ良く、誰のどんなわがままも受け入れる紳士だった。
「パピーちゃん」
パピーちゃんは飛び上がった。
大富豪2号は無臭だから、いきなり呼びかけられると、側にいたのに気づかなくて、びっくりする。
パピーちゃんは
心臓に悪いな
と思った。
そして想像した。
あの元いた方の大富豪が、この大富豪2号と鉢合ったら、アタシみたいに飛び上がるかしら。
パピーちゃんは小さく笑った。
