経済はぶん回せないけど、感謝はぶん回せるぞ!
ぴろん、と通知がきた。
私は運営している、自己理解講座のサポート生さんからだ。
「ずっと自分に自信がなかったけど、最近は、今のままでも大丈夫だ、と思えるようになりました☺️いつもありがとうございます!」
う、嬉しい。
すごく、嬉しかった。
なんでこんなに嬉しい気持ちになるのだろうか。
自分に良いことがあったわけじゃない。
道を歩いていたら1,000円を拾ったわけでもない。
急に彼氏に「今日の晩御飯は焼肉だ!」と言われたわけでもない。
私の日常は、変化していない。
でも、嬉しい。
2年ほど前まで、会社員だった。
当時の仕事内容は、
事務職とカスタマーサポート。
メールでお問い合わせがくると、
マニュアルから解決策を引っ張り出して、それを送る。
基本的には、返信が来ない。
返事がないのは解決できた、ということだろう。
たまに「ありがとうございます!」と言ってくれる人もいる。でも「私自身」に感謝をしてくれているのではなく、形式的に言ってくれているだけ。
道でぶつかったら、反射的にすみませんというように。飲食店で食事が運ばれてきたら、ありがとうございますというように。
形式的なものだった。
同僚や上司からも、形式的なありがとう以外、
もらうことはなかった。
感謝より、指摘をされる日々だった。
会社では、人を喜ばせることより、
人をがっかりさせる方が圧倒的に多かった。
そんな私が、唯一、形式的なありがとうではない
本物のありがとうをもらった日がある。
それは上司に、Instagram用の動画を編集して欲しいと言われた日のこと。
動画を編集するはずだったクリエイティブ部署は、大忙しだった。
その結果、なぜか私が召喚された。
なぜ私が召喚されたのか?というと
私の所属していた部署は、人が余っていた。
暇だった。
余っていた部署で、いちばん事務職が向いていない私が召喚された、というわけでございます。
「最初から上手にできなくても、大丈夫だよ」
「少しずつできるようになっていこうね、とにかく楽しんで編集の勉強してね!」
ここはキッザニアか?と思うほど、
やさしく、低いハードルを設定してくれた上司。
多分、こいつにデータをまとめさせると、めちゃくちゃ時間がかかるから、キッザニアモードで他のことをさせた方が、マシだと判断したのだろう。
ナイス判断よ、上司。
実は、上司に秘密にしていたことがある。
私はこの時、隠れて副業をしていた。
それも、動画編集である。
これから勉強しようね、と言われていることは
すでに本業以外の時間に習得済み。
だからキッザニアレベルで設定してくれた最初のハードルは、飛び越えるのがイージーすぎた。お茶の子さいさい、朝飯前だった。
上司、たまげる。
普段やっていることだから、できるのは当たり前なんだけど、副業をしていることを上司は知らないので、たまげまくっている。
普段大した仕事をしていない部下が、たった3日で、動画編集を習得し、まあまあのクオリティの動画を完成までさせた。
もはや恐怖だっただろう。
出来上がった動画を見て、
「え?これ〇〇さん(私)が作ったの?」と10回ほど聞いてきた。
この時も、副業をやっているとは言えなかった。
その後、大人たちのチェックを経て、一発で合格した。
上司と動画を担当するはずだった部署の皆さんから「本当にありがとう」と言われた。
これが私が唯一の、形式的じゃない感謝である。
この時は素直に嬉しかった。
自分がしたことで、喜んでもらえた。
心からの感謝をもらった。
自分がしたことで、
喜んでもらうってすごく嬉しいのかも。
相手が喜んでくれると
結果、自分も嬉しい。
嬉しいが循環している。
最高の循環だね。
道徳の授業でも、先生が言っていたっけ。
「人が喜ぶことをしましょう」って。
先生、あの時は道徳の授業って意味わからないっていうか、暇っていうか、これってなんの時間?ってずっと思ってたんですけど、
すごい大事なことを、教えてくれていたんですね。
人が喜ぶことをすることが、
結局、自分の幸せになるんだね。
今では講座生さんが、感謝のメッセージを送ってくれることがある。
zoom中に、嬉しい報告をしてくれる。
そうすると、私も嬉しいんだ。
だから誰かに喜んでもらえることを
これから沢山していきたい。
そうしたら、結果、私も嬉しいから。
まだ派手に経済はぶん回せないけど、
嬉しいの循環を、たくさんぶん回していきましょう。
