「俳優」と「AI」はどうなる?
【山田五十鈴という人の話を聞いてAIロボティクスの時代を思う】
話に聞けば、この人は「大御所」と言われるほど、俳優としてたいした人ではあるが、女性個人としては、数回の離婚と結婚、それも芸のため、という、そんな生き方をした人だったらしい。いまやそのくらいのことであれば、公の場に書かれても、まぁどうってことはない。書かれたときには死んじゃってるんだからね。そしてAIとロボットの時代が、そんな人が生きてきた世界を変えてあげるからね。と、ぼくはそう思う。
【僕が子供のころも】
ぼくが山田五十鈴という人をテレビでチラッと見たのはもうおばあちゃんになってからだから、子供心には「変な顔の女優のおばあちゃん」くらいの印象しかないが、まぁ、いくら一生を賭けても、人間は歳をとるからね。若い頃は「女優マシーン」みたいな人なんだったんでしょうね。今だったら演劇一筋のキカイみたいな「サイコパス気質」とか言われるんだろうね。まぁ、サイコパスも人間でね。
【AIで映像再現をできるし、カラー化も。でも】
今であれば、若い時代の映像や演技をAIで現代に復活させることができるよね。写真から動画も作れる。やる人はいるのかねぇ?そこまで言うなら、誰かやってみたら?とは思うけれども、おそらく、当時と今は社会状況も美女(美男)の基準も、演技の良し悪しの基準も、あれこれの映像の1つに埋もれて終わりだろう。いまは僕らの周りにはSFもあれば洋物もアニメも、AKBみたいなのも多いわけでね。その中での「かつての妖艶な美女」なんてのは、大したものじゃないだろうな。そのキーワード自身に既に社会的な力が無い。
【AIで「いいとこどり」】
そして今、これからは、見てくれがいい女優はAIで「いいとこ取り」で誰もがバーチャルな目の前のスクリーンの上で架空の人を作れる。しかも自分だけの、ね。誰に迷惑をかけるわけでもない。人間の演技も、もういらないだろうし、素晴らしいスクリーン上のストーリーさえ目の前のPCの画面の中のAIが作る。しかも大量に。人間ができないスピードで数分で作りまくる。劇場も映画館も、もう行く必要もない。
【AIは人の文化の集大成】
人の文化の集大成がAIだと思えばいい。人の感情も何もかも、AIはかっさらっていくんだよ。だから、凡庸な表現者では敵うわけもなく、トップを張った女優や男優も「それだけのこと」という過去の話になってしまう。
ぼくはいま、AIで音楽を作っているが、それを感じている。ぼくは音楽AIで新曲の演歌・ブルーグラス・英語のカントリーミュージック、フュージョンジャズ、etc…の著作者になった。プロの音楽家にも聞いてもらえるレベルだ。
だから、映画もテレビドラマも、その中心にあるドラマツルギーも、名演技も、完璧な美男美女も、全てAIで作れる未来がすぐそこに来ているのを知っている。こう言うことが、ロボットを伴った「フィジカルAI」にだって出来る。
既に自分が最高と思うパートナーはAIになりつつあるのかも知れない。だって完璧なんだもん。
【「大女優」はサイコパス+パラノイア】
そう思えば「大女優」というのは、時代のシンボルではあっても、シンボルになるために実社会で人間性を殺せる、言い換えればAI付きロボットになりきれるパラノイア+サイコパスしか、できなかった職業なんだろうね。人間性といわれるものを捨て、過酷な訓練を経て芸を得、機械に徹することで、やっと「大女優」になれる(なれた)。しかし、これからは人間が訓練をして芸を得る必要がなくなる。そんなことをしたらコストが高すぎてやってられない。
ご苦労さまな人生だったねぇ。あなたの時代はAIが終わらせるから、安らかに眠っててくださいな。
【人とはなにか?が全ての人に】
「人とはなにか?」この問いを、哲学者だけではなく全ての人類のものとしなければ、人類は滅ぶ。そんな時代が目の前に来ている。
