『よう』でせえへん!
わたしの母は
幼い頃に大好きな父親を亡くし
妹と 父を見ずに生まれた弟の
長姉として苦労多く育った。
「五黄の寅年で気が強いおかあさんやってな、怒ると箒持って追いかけて来はるさかい ものすご怖かった」と
同じく五黄の寅の姉と、私に話してくれた。姉は苦笑いだった。
明治生まれの母親に
「頼むから早くおおきなってくれ」
「後家の子やと馬鹿にされんように賢うなり」
と上にも下にも引き伸ばされるように育った
私のお母ちゃんだ。
先生にするんだ!との父親の思いがあったようだが女学校に入れる余裕もないまま 器用な母は習った裁縫の技量を
発揮していく。
教えてもらう受け身なやり方を嫌い
上手なひとのやり方をじっと観察する。
職人さんに有りがちな 技を盗んで自分のものにしながら上達していくタイプだった。
コツをつかむのは天性のものかもしれないが努力と根気には頭がさがる。
「こんなんようせん💦」
私が言うと
「よう でせえへん。手 でするんや!」
やりもしないで出来ないと決めつけるなということだ。
上手くできる出来ないよりもまずやれ!の精神が私自身に浸透していくまでに
どれだけ年月掛かったかはわからない。
しかし何かする時に無理かどうかの
一歩手前で 方法を探ってみる癖は少しばかり付いたようには思う。
母は古代裂の復元などに携わる大きな織り物会社の 帯の仕立てを長年内職としてやっていた。
無理難題の客注に何とか力を貸してして欲しい と会社から言って来られても断ることなく
頭を回転させ手を動かしていた。
そして、喜ばれた。
お手は長者の何とか、と言う諺があるらしいが
母は「お手は長者の孫の子」と言ってた気がする。祖母からの言い伝えだから
正確な諺かはわからない。
母の手は素晴らしかったということだけは分かっている、だな。
私はどれだけ受け継いでいるかは別だが
ミニチュアをお届けした先の方から
喜びのメッセージを頂ける度に
幸せになる。
母は料理も糠漬けも上手だった。
時々糠床を混ぜるのを私にだけは手伝わせた。
「あんたの手はお母ちゃんと一緒で
糠が嫌わへん手ぇしてるさかい
大丈夫やから」と言われた。
(これを書きながら涙が出る)
手に感謝している。
ようでせえへん。手でするんや。
母に感謝している。
ありがとう。
おしまい
お読みくださいまして
ありがとうございます♪
くりすたるるさんの「手」の記事募集を知りました。
私の書き溜め少ないストックの中に
たまたま「手」に纏わるものが居てくれたので
何かのご縁かなと投稿しました。
ありがとうございます♪
本日no+e丸5ヶ月、164記事目となりました。
