旅は道連れロカマドゥール【世界多分一周旅 ルピュイの道2023⑦】
睡眠を諦めて、カトリックのものすごい聖地ロカマドゥールの夜を味わった翌朝。
カンさんから大量の茹でたジャガイモをバックパックに詰め込んで歩き旅を続けようと、外に出てみると、しとしとと雨が降っていた。
レインジャケットを着て、バックパックにカバーをかけて午前7時前に出発。泊まる予定の次の町まで、大きめの山を越えて28~29㎞ほど歩かなければならない。
今日も長い一日になりそうである。
2022年12月~2023年11月に世界をぐるりと旅した「世界多分一周旅」の途中の、歩き旅「ルピュイの道」の記録。
2019年の春に、フランスの「ルピュイの道」を歩く旅をして、コンクという町でその年は終了。
2020年の春に、コンクから続きを歩く予定だったが、コロナ禍で行けず、4年の年月が流れ、2023年にようやくコンクに戻って来られたので、その旅の続きを。
時々はちゃんと説明を書いておこうと思ったので、「ルピュイの道」「カミーノ」についての説明を少し書く。
私が「歩き旅」「カミーノ」「巡礼」と呼んでいるものについてだが、それは「カミーノ・デ・サンディアゴ(サンティアゴ巡礼路)」のことで、スペイン北西の端の方にある部のサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂を目指す巡礼路のこと。この大聖堂には、キリスト教の聖人である聖ヤコブの遺骸が安置されているとされている。そこへ繋がる巡礼路は複数あって、最も有名なのはフランスののサン・ジャン・ピエ・ド・ポーから始まる「フランス人の道」というルートで、私はそこを3年かけて800㎞歩き通した経験がある。その旅の素晴らしさ(語り尽くせないので逆に素晴らしさという一語でまとめちゃう)にとりつかれてしまって、それ以外のルートをまた歩くことにしたのがコロナ禍前の2019年。
「ポルトガルの道」「北の道」などいろいろとルートがある中で、「フランス人の道」の次に私が選んだのが「ルピュイの道」(マガジンでまとめています)
「フランス人の道」の出発地点サン・ジャン・ピエ・ド・ポーから750㎞手前のルピュイ・アン・ヴレという町からスタートしてサン・ジャンに向けて歩くルートで、それを歩けば、私はフランスからスペインの果てまで1550㎞ほど歩き通したことになるから、おもしろそうだなと思ったのがきっかけ。
巡礼の目的は宗教的なものだけでなく、自己探求や冒険、文化体験など様々あると言われていて、私は、初日に巡礼事務所で巡礼の目的を聞かれたとき、たった一言で答えた「Adventure」が目的。日々、14〜15kgのバックパックを背負って毎日毎日25㎞~35㎞を8~10時間くらい歩き続けるという修行のようだけど、美しい景色の中でいろんな人と出会って、共に笑って過ごして、おいしいものを食べて、洗濯して眠る、楽しくて仕方ない旅。それが私の「歩き旅」「カミーノ」である。(前置きに加えて、今日は長すぎる説明をしてみた次第)


私は赤いルートGR6と46を寄り道して、
4日後に緑のCahors(カオール)で仲間と再会する計画。
ルピュイの道の続きをコンクから再び歩き始めているが、歩き始めて2日で道中に出会った楽しい仲間たち(パパとハビエル)は、まっすぐ西に進む道GR65を選び、私は少し北の聖地ロカマドゥールに寄り道して、また南西にGR46を歩いて本線に戻り、カオールという町でパパとハビエルと再会する予定。
寄り道したGR46もまた「ロカマドゥールの道」と呼ばれてフランス人の間では有名なトレイルコースになっているらしい。綺麗な森を抜け山を越え、今日はLabastide-Muratという村まで進む。
カオールで無事にパパたちと再会するために、今日も頑張って歩こう。
その気持ちで雨の中、一歩一歩進み始めた。
毎日毎日歩いて旅をしていると、とても心に残る道や町、景色が続く日と、あまり記憶に残らない日とある。割とこの日は後者で、似たような緑の森や牧場、山を進むから、あれはどこだったか記憶に残っていない場所も多い。
だからといって、同じ日は一日もなくて、人生と同じで、ほとんどが特別なことが起こらない日でできているんだけど、どれも大切で二度と同じ日は過ごせない貴重な一日であることは間違いない。
この日は雨が降っていたから、小雨になったり、一時的に止んだ時のチャンスを見逃さずに朝ごはんを食べた。
カンさんがくれたじゃがいもがありがたかったが、疲れてくると、ずっしりと重いバックパックが食い込んできて、足取りが重くなって、じゃがいもすら憎くなってくる。
重いよじゃがいも。
そう思ってしまう自分の性格が嫌になるが、疲れてくると人のせいにしたり、イライラしてきたりする、それも私なのだ。じゃがいもに罪はないし、私の本心でもない。
山道がほとんどで、今日歩く距離が長いわりに、何か食糧を買える店というのも全然出てこない道。
じゃがいもに救われたな、と歩きながらかじり、カンさんへの感謝を思ったり。持っていたなけなしの塩を落としてしまい、バターもなく、じゃがいもの味付けができなくなって「なんでじゃがいもなの」とイライラしてきたり。
揺れ動く私の心、ずっしり重いじゃがいも。
そんな自分自身との戦いを経て、9時間半後にLabastine-Muratの村にようやく到着。29km歩いた。






チェンマイのまな板がいい仕事をする。




不快。
今思えば、今回の歩き旅で1番辛かったことがこれ。




この日の宿は、前夜ロカマドゥールで出会って同じ宿に泊まったナタリーとパトリックに、フランス語で電話予約をしてもらった。
ナタリーとパトリック、それとロカマドゥールにもいたフランス人のおばさま2人組もまた同じ宿であった。
カンさんは別のルートを歩くと言って別れたので、おそらくだけど、ここの宿にいる5人しかこのルートを歩いてないのではないかと思う。現にこの4人にしか道中会わなかった。言い換えるとこの4人に後ろから抜かれて、ほぼ道中ずっと私1人。誰にも会わなかった。
おばさま2人は夕食は何かをテイクアウトしてくると言っていて、ナタリーとパトリックに「一緒にピザを買ってピザパーティーにしない?」と誘われたので、それに乗った。
3人でピザをテイクアウトして宿のダイニングで食べながら、ナタリーとパトリックの出会いについて話を聞いた。
ナタリーは30歳前半の女性で、パトリックは60歳前半の男性。
なんと親子でもなければ恋人でもない。
このルピュイの道で1年前に出会ったらしい。

あ、ちなみに私もナタリーと同じく、黒いピチピチレギンスをズボンと捉えて、それだけで外を歩ける女になりました。



お互いアウトドアが好きで、ルピュイの道を1人旅で歩きに来ていた時に出会って、意気投合して10日間ほど一緒に過ごしていたらしい。そして、最後の日に、「1年後にこの場所に戻って来て、また一緒に歩いて旅をしよう」と約束して別れたという。ナタリーはブルゴーニュ地方、パトリックはブルターニュ地方に住んでいて、地名は似ているが場所が全然違っていて、遠くからはるばるそれぞれがルピュイの道にやって来て、再会する約束を叶えたという2人。再会できるまでの1年間は、メッセージのやり取りは頻繁にしていて、アウトドア好きの2人がお互いに「週末にここに行ったよ」と報告し合ってきたらしい。今もすっごく仲が良い。最初は仲の良い親子かなと思ったが、まさか1年前に1度しか会っていない他人とは思わなかった。
ナタリーには父親がいないらしいが、「父親のような年齢の他人と、こんなに仲良くなれるなんて思わなかった」と言っていた。「でも、父親代わりというよりも、本当に付き合いの長い同世代の友達みたいな感じだけどね」と言って笑っていた。
パトリックは全く英語が話せないが、静かでニコニコしていてジェスチャーだけで私とも意思疎通できるような、器の大きさと温かさがある気がした。
年の離れた異性が同じ部屋で毎晩ぺちゃくちゃおしゃべりをして、眠くなった方から自由に眠りにつくのもおもしろい。ロカマドゥールから3日間、結局すべてナタリーとパトリックが同じ宿を予約してくれて、3人で一緒の部屋で泊まらせてもらった。
ユニークな歳の離れた2人組に外国人が混ざり、ユニークな3人組として仲間に入れてもらえた気がして楽しかった。
ルピュイの道での初日にパパとハビエルと出会って、楽しい時間を過ごし、彼らと別れて別の道を選んでみたら、カンさんから山のようにじゃがいもをもらって、お手紙をもらって、ナタリーとパトリックに会えた。
どの道を選んでも、何か素敵な出来事や人々に出会える。
そう思わせてくれるのが、この道、カミーノの魅力なのであった。

人んちの小屋でテントで寝ていた。
追記:
ナタリーとパトリックは、この一年後の今年の春、私が昨年旅したポルトガルで待ち合わせて再会し、共に歩いて旅して、私にたくさん写真を送ってくれた。
いいなと思ったら応援しよう!
いいなと思ったら、よろしければサポートをお願いします。いただいたサポートは、世界2周目の旅の費用に使わせていただきます!いつか1周目で残した宿題をしにいきます。