耳障害の青年が銀閣寺へ――沈んだ美の破壊衝動 第5回配信 第四章【破壊の夜】
「第四章:沈んだ美を焼き尽くす衝動」
夜が更(ふ)け、人影(ひとかげ)の消えた苔庭(こけにわ)へガソリン缶を抱えて忍(しの)び込む。
耳障害の私には夜警(やけい)の足音を十分には聴(き)き分けられず、むしろ幸いかもしれない。
柱(はしら)にガソリンを撒(ま)き、マッチを擦(す)れば、一瞬の火が苔から柱へ走り、漆(うるし)の外壁まで燃え移る。
轟音(ごうおん)や叫(さけ)びがあろうと、私の耳にはくぐもった唸(うな)りと激しい閃光(せんこう)だけが迫ってくる。
楼閣(ろうかく)が赤黒い焔(ほのお)を噴(ふ)き上げ、沈んだ美は炎に呑(の)まれていく。
西村が消え、住職が裏切り、父の残した幻想(げんそう)が崩(くず)れ落ちる。
そのすべてを炎に委(ゆだ)ねるかのように、私は恐怖(きょうふ)と陶酔(とうすい)のあいだでもだえ、やがて夜の街へ走り去る。
もう後戻りはできない。
続く。
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