プロレス&マーケティング第126戦 土壇場で「舌出し失神」できなかった進次郎の弱さ。
この記事を読んであなたが得られるかもしれない利益:進次郎は勝てたんだ。決選投票の前のスピーチで勝負に出れば。あの状況はまさに猪木vsホーガンに酷似していた。しかし猪木は土壇場の空気を読んでわざと爆死という大博打を打ったが、進次郎はその勇気がなかった。
猪木になり切れなかった進次郎
猪木を猪木たらしめたのは1983年6月2日、蔵前国技館で行われた第一回IWGP初代王者決定戦で、ハルクホーガンのアックスボンバーを食らい、リング上で舌を出して失神した見るも無残な敗戦でした。
諸説あることをお断りした上での、野呂の見解は「わざと負けた」というものです。
それも「舌出し失神」というおまけつきで。
土壇場で空気を読んで変化を選んだ猪木
いくらハルクホーガンが上り調子といえ、まだまだ世界マットではグリーンボーイ(若手有望株)にすぎず、大方の予想は猪木がホーガンの必殺アックスボンバーに苦しみながらも、延髄切りから卍固めで仕留め、大団円という結末でした。
猪木もそのゲームプランだったのです。
しかし、耳をつんざく猪木コールに迎えられてリングに立ったその時、猪木は気がついたのです。
「あれ、客の望んでいるものはこれじゃない」と、正確にいうと会場のお客さんだけじゃない、テレビ放映のカメラの向こう側にいる数千万のファンも、「それ」つまり猪木の勝利を何やら望んでない、ことに気がついたのです。
ここがプロレスの歴史的転換点でした。
2時間前に会場入りした猪木ファンたちは、猪木の初代IWGPチャンピオンを期待していたのですが、ホーガンが猪木が入場してきたとたんに、あらぬことを考え始めていました。
それは「ホーガンに負ける猪木を見たい」という気持ちの変化でした。
もしかしたら猪木とファン双方に偶然におこった衝動にすぎなかったかもしれません。
アントニオ猪木はその類まれな嗅覚で、ファンの「歴史的変化」を気取ったのです。
敗北後、猪木が勝って新日本プロレスの勢いが戻り、プロレスビジネスも戻ってくることを期待していた、坂口征二は猪木の裏切りに激怒し、姿をくらましたと言われています。
小泉土壇場劇場と酷似
まさにこのIWGP劇は、今回の小泉vs高市に酷似しています。
決選投票の直前に、空気が変わりました。
「右に揺り戻さないと、参政党にやられる」というインスピレーション、いや恐怖でした。
投票者たちは、思わず二人の顔を見比べました。
かたや女だけれど死ぬ気で総理の座を狙っている顔、かたやいかにも育ちのよさそうな、世間知らずが表情にでた相貌。
高市早苗は最終演説で「日本列島改革」を雄たけび、進次郎はこの変化に気づくことなく、当初の計画である「皆さんありがとう」という無難なプランAにしがみついたのです。
進次郎が土壇場の空気の変化を読み、凡庸な守りのスピーチを土壇場で変えて、アドリブで「俺は靖国に行きます!」ともし言ったなら、間違いなく小泉進次郎は歴史的勝利を収めたはずです。
進次郎は、猪木になれなかったのです。
カイジの兵頭和尊のあのセリフがまた浮かんでくるではありませんか。
「大詰めで弱い人間は信用できぬ」と。
野呂一郎
清和大学教授
