新成功理論「ピクルスの法則」とは何か
この記事を読んであなたが得られるかもしれない利益:偶然の試行錯誤で、誰もがなしえなかった(笑)、「開かずのピクルス瓶」を開けることに成功。何気ない試みで、何か大切なことを気付かされた。これもnoteを続ける功徳なのだろうか。
偶然がもたらした気づき
先日、友人の「お部屋のリニューアル」の手伝いに行ってきたんですよ。
気が利かないし、部屋の模様替えみたいなセンスがまるでないので、あまりヘルプにはならなかったのですが、一つ感謝されたことがあったんです。
それは「ピクルスの入った瓶の蓋を見事(笑)開けた」ことだったんです。

友人曰く、「どうやっても、誰がやっても開かなかったんだ、お前よくやったすげぇよ」。
僕は今回のピクルス瓶のフタを開けた”事件”で、ある成功理論を発見するに至ったんです、それを皆様と共有したい、これが今日のテーマです。
というと「ビンのフタを開けるぅ?そんなの力任せにやれば、開くだろうよ」と読者の皆様はおっしゃるかもしれません。
それでもダメならば、ラバー製の蓋開けを使えば一発だろう、と。
いずれも友人曰く試みたのですが、徒労に終わっていました。
ピクルスの法則 概論編
さて、それでは、ピクルス瓶の蓋を開ける方法、「ピクルスの法則」と大げさに名付けてみましたが、これをご説明しますね。
法則1:今までの失敗を検証する
法則2:戦略の全体像を決める
法則3:戦略の方向性を決める
法則4:刺激を与える
法則5:戦略の方向性を疑い、逆を試みる
法則6:集中する
法則7:継続する
法則8:手元にあるものだけを使う
これは順不同です。
ピクルスの法則 具体編
法則1:今までの失敗を検証する
友人から「開けて!」と差し出された、ピクルスの瓶には、蓋開け用のラバーが巻き付いていました。

多くのチャレンジャーが、これを瓶にマフラーのように巻き付け、時計の反対周りに回したことがうかがえます。
正しい考え方といえるでしょう。
しかし、僕の拙い仮説は、ラバーのギザギザがフタによく噛んでなかったのだ、と結論付けました。
ラバーはうまくフタに巻き付いておらず、これも失敗の原因と考え、少し改造をくわえ、巻き付きをよくしてみました。
結果、ビンのフタとラバーの摩擦係数が上がりました。
法則2:戦略の全体像を決める
摩擦係数を高めて、力の方向を一定にし、辛抱強く、継続する。
しかし、力の方向が違っている可能性もあるので、一度逆を試みる。
集中して力を加えながらも、時々フタに熱を加えるなどの刺激を与え、さらに「開けるまで力を弱めないぞ」との覚悟で、力を加え続ける。
使えるもののみ、使う。
以上が戦略の全体像である。
法則3:戦略の方向性を決める
力を時計回りの逆方向に加える、ということである。
法則4:刺激を与える
同じ方向にラバーを巻き付けて引っ張るだけでは、刺激が足りないかもしれない。
そこで友人にライターを借りて、これまでにない刺激を与えてみた。
瓶の金具のフタが熱で膨張し、緩むことを期待した。
幼稚な考えが少し功を奏したのか、ギィという何かが動いた音がした、でも錯覚だろう、おそらく。
効いたとしたら、ボクサーが敵にジャブをくわえて少しよろめかせた、ということかもしれない。
法則5:戦略の方向性を疑い、逆を試みる
ひょっとして、時計回りの逆方向という、力の方向が間違っているのかもしれない。
時計回りに、試しに回してみたが、やはりダメで、元の方向性つまり時計回りの逆に戻した。
法則6:集中する
力をいれる時は、集中することだ。
そのためには、集中の反対概念である「弛緩(しかん)」が大事である。
集中して回した後には、力を緩め、そのゆるめることが、また集中に力をもたらす。
法則7:継続する
要するに成功するまでやる、ということだ。
途中でやめてはならない。
やめたら、これまでの努力、力の継続が途切れてしまう。
これは、今回ピクルスの瓶と格闘しながら、身体感覚ではっきりわかった「真実」である。

法則8:手元にあるものだけを使う
一見、フタを開けるために、DIYセンターに行って最新の機器を導入したほうがいいように思える。
しかし、解決策やヒントが多ければよい、というわけではない。
持っているもので考え、ヒントを得てトライ&エラーを続けたほうが、いい結果が出ることもある。
手持ちの具材だけでシチューを作ったほうが、上等な材料で作ったものより、おいしいことがままある。
「ピクルスの法則」教訓
一番、今回の「成功」で身にしみたのは、「継続」ということの大事さ、です。
申し上げたように、続けないとそれまで力を加えてきたものが、雲散霧消してしまうのです。
いや、それは理屈ではありません。
身体感覚で、はっきりそれがわかったのです。
note界隈で、noteを続ける派と、たまに休むことを認める派に、意見が分かれる、ということがあると思うんです。
僕は今回、このことを痛感したんです。
今、僕は1400回位連続して書いていると思います。(意識してないですが)
それは、僕みたいなだらしのないのは、一度も休むなという足かせをかけないと、ズルズル行ってしまうからです。
ただ、今回別の方面から、継続することへの意味を見つけました。
継続することで、これまで溜まっているエネルギーを持ち続けることができ、それが何らかのカタチで、爆発するのです。
それは、何かいいことが起こる、とか、
何か大切なものをつかむ、とか
何か自分の中に眠っていた能力が覚醒する、とか、
必ずそういうことが起こるのです。
「ピクルスの法則」なんて、極めて笑っちゃう幼稚なリクツ、いや理屈以下の代物なんですが、僕としては「えっ、お前、ちょっと賢くなったんじゃないの?」と言いたいところもあるんです。
大げさに言えば、これまでの自分になかった「思考の深まり、思考の変容」みたいなものを得たんです。
いや、これは単なる錯覚でしょう。
決して、「noteは続けてこそなんぼ」などというつもりは、ありません。
それは大谷翔平に、「休まずに出たほうがいい」というようなものです。
でも、もっと大事なことは、「信じる者は救われる」ということかもしれません。
どれ、僕も「note継続すると救われる」教に、あらためて入信してみようと思っております。
野呂 一郎
清和大学教授
