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プロレス&マーケティング第115戦後藤洋央紀に足りないのは"上田馬之助”。

この記事を読んであなたが得られるかもしれない利益:ザックに敗れ再び無冠になった後藤。プロレスが弱いのではない。後藤が真の王者になるためには、もう一皮むける必要がある。

後藤に足りないもの

それは決め台詞が全然ダメなことだ。

「IWGPのGは後藤のG!」これが後藤の、試合後の決め台詞である。

いま、ちょうどBSで後藤洋央紀の防衛戦を見たところだが、タイトルマッチの終章というべき、決まり文句が武智倫太郎先生風に言うと、全く構造ができてないのだ。

試合後の観客への雄叫びは構造が必要だ。

猪木の「ダーッ」を思い出すがよい。

1.観客にイベント参加の準備をさせる

「いくぞー」がそれである。

2.クライマックスまでのカウントダウンを入れる

「いち、に、さん」がそれである

3.クライマックスの仕掛け

「ダー!」だけではない。観客全員に拳を上げさせて、絶叫させる仕組みがそこにある。

それも短い言葉で、母音で終わっている。

短くて言いやすく、ダーという強い語勢に母音が続くと、カタルシス効果もある。

そして何より、観客との一体感を生み出す構造がそこにある。

内藤哲也がスターになった理由

おわかりだろう。

もちろん、「デ、ハ、ポン」だ。

内藤のビッグマッチの観客の半分は、この「デ・ハポン」をやりたいために来ている、と言って過言ではない。

これは決して、試合後のシメなどというルーティンな役割などではない。

試合の内容、勝敗以上に重要な演目なのだ。

何らかの理由でこれができないと、観客は暴動をおこしかねない。

いや、おこす。

それが証明されたのが、KENTAが乱入し、この大合唱イベントができなくなったあの一件だ。

演出陣よ、しっかりしろ

後藤の「IWGPのGは後藤のG」を改めて検証してみる。

いや、検証するまでもない。

さっき、この決め台詞のシーンを見たけれど、後藤のセリフに観客がついていってないのだ。

もっと言うと、当惑している感じだ。

「せっかく勝って、俺達も私達も後藤と一体となりたいのに、なんだこのしょぼい独白は。センスねぇ!」。

いや、素直な後藤ファンたちがそんなことを思っているわけはないが、一歩引いて俯瞰で物事を醒めた目で見ている、良識あるプロレスファンの多くはそう思っているはずだ。

もったいない。

裏方の演出陣は、なんのアドバイスもしないのだろうか。

ザックに敗れ、また後藤はIWGPを手放すことになった。

IWGPのGの後藤はどうなるんだよ、と突っ込みたくもなる。

あの決め台詞は、確かに後藤洋央紀のアイデンティティはIWGPだとわかる。

しかし、プロレスラーたるもの、あらゆる既成概念を超えて行くべきではないのか。

後藤革命って、いままでのプロレスの枠にとらわれない、概念じゃないのか。

もちろん、後藤の真面目さ、無骨さがいいのであって、変にマーケティング的な知恵をつけるべきではなく、あれでいいんだ、との声もあろう。

何がノーリミットの明暗を分けたのか

ノーリミット、知る人ぞ知る内藤哲也の出自である。

高橋裕二郎と組んでイキの良いファイトを繰り広げていたあの頃。

しかし、あの頃から実力は高橋裕二郎がずっと上だ。

新潟のプロレスバーで、高橋裕二郎をよく知る関係者から聞いたことがある。

「彼は強いよ」、と。

彼はいまでも早朝3時間ランニングを欠かさないそうだ。

日体大でグレコ84キロ級学生王者にもなったことを考えれば、今頃IWGP王者になってもおかしくない。

怪我もあったが、何が両者を分けたのか。

それは、内藤哲也のプロレスセンスである。

それは、自己プロデュース能力と言い換えてもよく、特にあの「デ・ハポン」に集約される。

後藤よ、上田馬之助になれ!

ザックに敗れたことをきっかけに、後藤洋央紀よ、アピールの仕方をもっと考え、本当の後藤革命を見せてくれ。

うーん、そうは言ったものの、やっぱり無骨なままで、下手な演出は墓穴を掘るかもしれない。

僕は「上田馬之助」が答えだと思うのだ。

それは、真実を生きているからだ。

上田馬之助については、また稿を改めたい。

野呂一郎

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