宇宙巡光艦ノースロード 第1章 プロローグ
■宇宙巡光艦ノースロード
第1章 プロローグ
【あらすじ】
ある日、会社から出された出張の指示。しかも、目的地は真冬の北海道。小杉浩之さんは、何か疑問を感じつつも、新千歳空港に降り立ちました。
しかし。
やはり、疑問の晴れない小杉さんは、単独で目的地を偵察することにしたのです。
えっ、てことは、私、すっぽかされちゃうんですか~? 折角、バスをチャーターしてお迎えに来たのに。
実は、私たちの取り組んでいるプロジェクトで優秀な人材を集めていて、小杉さんはそのおひとりなのです。
果たして、小杉さんに、私たちのプロジェクトに参加してもらえるのか。
それでは、物語を始めたいと思います。
みなさまと、星の海へ。
はとばみなと
■宇宙巡光艦ノースロード
第1章 プロローグ
第1節 北の縁
西暦2054年2月15日。
午前8時30分。
北海道。
新千歳空港。
「あーー、よく寝た。」
そう呟きながら、まだ眠そうな顔付きの男性が到着ロビーに出て来ました。
小杉浩之さん。東京生まれの東京育ち。ちゃきちゃきの江戸っ子、ですね。もっと歳上の江戸っ子の方と比べると、かなり、現代っ子っぽい性格も見せますが、それでも、お祭りは大好きで自宅のあるアーケード街のお祭りには、小さい頃から参加していて、大きくなってからは毎年、御神輿を担いでいます。
小杉さん、ケータイを出しました。今の時間と、この後乗る新幹線の時刻を確認しています。
「少し、時間あるな。」
小杉さん、周りを見渡しました。少し先に、東京でもお馴染みのコーヒーショップが見えました。
「確か、新幹線のホームもあっちの方だったよな。」
小杉さん、迷うことなく、その店に入りました。レジに行くとバッグから出したマイボトルを店員さんに手渡しました。
「ホットコーヒーお願いします。」
ご参考情報となりますが、西暦2054年の現在でも、店内で飲むのなら、飲物をマグカップで受け取ることも出来ます。ですが、テイクアウトする場合はマイボトルに入れてもらうのが一般的になっているのです。
テイクアウト用の使い捨ての紙のカップを使わないようにするためですね。小杉さんは、ひとまず、店内で休憩して、コーヒーを飲むつもりですが、そのあと、新幹線の中でも飲もうとしているようですね。
小杉さん、店内を回って席を探します。店の通路側のガラスの壁に面したカウンター席が、ひとつ空いていました。そばまで行くと、右隣は海外からの女性のようです。観光でしょうか。ちょっと大きめのスーツケースが、その、空いている席にも近い場所に置かれています。
「Sorry, sir.」
おっと、小杉さん、英語で声を掛けながらゆっくりと席に座りました。それを聞いた女性が、すぐに答えました。
「あ、ごめんなさい。少しこちらに寄せるわね。
」
ははは。ありがちと言うか、その外国人の女性、日本語で答えてくれました。ちょっと、外国人的な訛りがありますが、かなり流暢な日本語です。
「あ、日本語話せるんですね。ごめんなさい。」
「ふふふ、気にしないでね。」
女性はそう言うと、開いていた地図に向き直りました。今日の予定を確認しているのでしょうか。
小杉さん、コーヒーを入れてもらったボトルを取り出すと一口飲みました。先ほどまで感じていた眠気が、だいぶ収まって、気持ちも落ちついてきました。
「それにしてもなあ、」
そうなんです。
実は、小杉さん、勤務先の警備会社の出張で、ここ、北海道まで来たのですが、どうも腑に落ちないのです。何かこう、もやもやしたものがあって、気持ちがソワソワしているのです。
もちろん、出張の指示は会社からもらってますし、今回は遠方への出張なので、交通費も前払いでもらうことが出来ました。
でも、どうも、納得がいかないのです。
「ふー。」
おや、右隣の女性が立ち上がりました。上着を着て店を出る準備を始めました。
「それじゃ、お先に。」
「いってらっしゃい。良い旅を。」
小杉さん、今度は日本語で答えました。
「えーっと、おれもそろそろ時間なんだよな。」
そう言いながら腕時計を見ます。
「よし。行こう。」
小杉さんも立ち上がると、先ほど脱いだ上着を着ました。テーブルの上に出ているマイボトルをバッグの中にしまいました。
店を出た小杉さん、新幹線の改札口に向かいました。すぐの場所です。
って、
『新幹線なんかないよね?』
と言っているあなた。お忘れのようですね。ここは西暦2054年の世界。みなさんのいる時代からは、おそらく、30年後の未来です。
おそらく、みなさんのいる時代には、新幹線は、やっと、函館まで伸びたところだと思います。その後、西暦2033年に、新幹線は札幌まで延長されたのです。そして、その後すぐに、2つの新幹線の路線の工事が始まったのです。ひとつは、札幌から旭川を通って、稚内まで到達する、北北海道新幹線。そして、もう一つが、札幌から新千歳空港を経由して、根室まで結ぶ、東北海道新幹線です。
『そんなの無駄だ、必要ない。』
という声も大きかったのですが、
『九州は長崎と鹿児島まで新幹線が走っている。北海道も、東と北の端まで新幹線を作るべきだ』
という、北海道民からの意見も大きく、建設されたものです。
ちなみに、道民の意見だけでなく、他のいくつかの要因も新幹線の建設を後押ししました。ひとつは、サラリーマンの在宅勤務がじわじわと拡大して、そして、地方に移り住んで、リモートで仕事をする人も増えたのです。人口が増えれば、インフラの整備も行いやすくなります。
そして、2つ目の理由。ちょうど、みなさんの時代から始まった問題なのですが、トラックやバスのドライバーの数が激減してしまったのです。そのため、長距離の路線バスも運行が出来なくなり、次々に廃止されていったのです。そのため、地方の交通網の主役として、鉄道の利用が増えているのです。そんな理由から新幹線の建設も行いやすくなったんですね。
閑話休題。
小杉さんは、新千歳空港駅の地下にある新幹線ホームに来ました。
「まもなく、9時20分発、おおぞら215号、根室行きが入ります。」
新幹線はすぐに来ました。降りるお客さんがいなくなるのを待って、ホームで待っていた乗るお客さんが新幹線の中に入ります。
小杉さん、座席番号を確認すると、シートに座りました。隣の席は、まだ空席でした。
「もしかして、ラッキーかも。」
小杉さん、隣の人が来ないことを期待しているようです。まあまあ、そう言わずに。隣の人が来た方が、楽しいこともあるのではないでしょうか。
新幹線が動き出しました。最初はゆっくりと、そして、すぐに加速を始めます。しばらく地下を走っていましたが、すぐに、地上に出ました。
小杉さん、乗っている車輌に女性が入って来たのに気が付きました。
「さっきの人だ。」
先ほど、新千歳空港のコーヒーショップで右隣の席に座っていた外国人女性です。席を探しているようですね。荷物棚に書かれている番号を見ながら歩いてきてます。
「あ、ここ。」
女性が立ち止まったのは、小杉さんの座る席の列でした。
「やあ。」
小杉さん、ややぎこちなく挨拶しました。
「あら、コーヒーショップにいた方ね。」
「席、ここなの?」
「うん、そうみたい。」
女性はケータイの画面を見せました。
「うん。ここだよ。どうぞ。」
小杉さん、立ち上がりました。
「そのボストンバッグ、上に載せようか?」
「ありがとう、頼めるかしら?」
バッグを受け取ると、荷物棚の、小杉さんのバッグの隣に置きました。
「スーツケースは、あそこに置くんだ。」
小杉さん、女性が車輌に入って来たドアの横を指差しました。スーツケースのように大きな荷物を置くためのスペースがあります。小杉さんも付いていって、スーツケースをそのスペースに収めました。
2人は席に戻りました。
小杉さん、ボトルに入ったコーヒーを一口飲むと尋ねました。
「どこまで乗るの?」
「オビヒロっていうところ。」
「あ、僕と同じだ。」
そう、実は、小杉さんの降りる駅も帯広なんです。駅で担当の人と待ち合わせをしていて、それで、出張の目的であるセミナー会場まで案内してもらうんです。
「あら、私も待ち合わせなんだけど、違う人よね?」
「僕のはこれなんだけどね。」
会社で渡されたパンフレットを見せました。そこには、『最新警備技術セミナー』と書かれていました。
「ごめんなさい、私、漢字が苦手で。」
「あ、えっとね、」
小杉さん、あわてて説明しました。日本語で流暢に話すことができても、漢字は確かに難しいですよね。それ、わかります、私、日本人ですが。
「僕、警備会社に勤めていて、その最新の警備方法のセミナーがあるから聞いてきてくれって言われてさ。だから、一応、会社の出張なんだ。」
「そうなんだ。大変よね真冬なのに・・・、あれ、でも、このセミナー会場って、私が呼ばれている場所と同じみたいだけど。」
「えっ?」
小杉さん、女性が取り出した紙を見せてもらいました。
「ああ、確かに同じ場所だね。」
「なんか、変よね。」
2人とも、少し黙り込みました。同じ日、同じ時間に、同じ場所に招かれた、互いに見知らぬ2人。ちょっと、ミステリー的でもあります。
・・・、って、私がそんなことを言ってる場合ではありません。まずいです。やばいです。まさか、お呼びだてしたお2人が、事前に出会ってしまうというのは、想定外なのです。
「そういえばさ、まだ名前言ってなかったよね。」
突然、小杉さんが話題を変えました。そういえば、2人とも境遇が似ているのに、まだ自己紹介をしていないのでした。
「僕は小杉浩之、コスギって呼んでね。東京に住んでるよ。」
その女性も笑顔に戻って話し始めました。
「あたしは、ライラ・バーンスタイン。ライラって呼んでね。家は、今はサンディエゴの実家にいるの。それで、今朝、成田に着いて、それで、ここまで来たのよね。」
「ふーん。日本語上手だけど、日本に住んだことあるの?」
「ええ、大学の時に1年間日本に留学したの。日本語は、その少し前からアメリカで勉強して、それで、日本に来てからも勉強したの。」
「へー、そうだったんだ。」
「コスギは日本語以外の言葉は話せるの?」
「うん、一応、英語は話せるよ。かなり下手だと思うけど。」
「ふーん。」
「それでさ、どうする? と言っても、同じ場所に行くのかどうかもわからないけど。」
「そうよねー。」
「とりあえず、あたしは、一度逆らってみようと思うの。やっぱり、ちょっと怪しいわよね。コスギはどうする?」
「僕も、ちょっと逆らってみようと思ってるよ。ここに来る前から、なんか納得のいかない出張だったし、ライラの話を聞いてたら、やっぱり変だって感じてきたし。」
そ、それは、お2人とも、困ります。とっっっても困ります。せめて、待ち合わせに来てもらえないでしょうか。
などと言っている間に、もう間もなく、帯広です。速いですよね、新幹線。
「待ち合わせって、改札口を出た辺りだよね?」
「そうよ。私の名前を書いた紙を持って、待ってるって。」
「僕も同じだ。よし、僕は、他のお客さんに紛れて出ていくよ。ライラはどうする? んー、目立っちゃうかな、ライラの場合。」
「そしたら、髪をまとめて、コートのフードを被ったらどうかしら? あと、マスクもしようかな。」
「あ、それならいいかもね。よし、それで、行こうよ。で、外に出たら落ち合おう。」
小杉さん、そう言うと、ケータイを見せました。
ということで、作戦開始です。
って、その作戦を受けて立つのは私なんですよね。えーー、どうしよう、困ります。何でこんなことになってしまったのでしょうか。
新幹線は静かに帯広駅のホームに停止しました。ドアが開くと、降りるお客さんが出て来ました。
小杉さんもライラさんも、他のお客さんに混じってエスカレータでホームから下の階に降りていきます。そして、改札口。他の人に混ざってケータイを改札機に当てて出ていきます。それで、改札口を出たすぐの所に、本物の私が立ってお2人を待っていたのでした。って、なんのこっちゃ。
小杉さんとライラさんの名前を大きく書いたスケッチブックを持っているのですが、って、あー、何やってるのーー! 電話で話してるし。改札口から出て来る人の方を見ていないし。あーあーあー、だめですね、これは。小杉さんもライラさんも、何の苦労もなく、どこかに行ってしまいました。
「ふーー、どうやら無事に出れたみたいだな。」
小杉さん、人の波に紛れて改札口を出ると、周りの人達の流れに乗って、右に進んできたのです。少し行ったところで柱の影に入ってため息をつきました。
「よく見なかったけど、いたねー。おれの名前書いて持ってた人。」
小杉さん、そ、それが私なんです。お願いです。今からでも良いので来てもらえないのでしょうか。はーー。
「ライラはどうしたかな。」
と、通る人を見ていると、ライラさんが歩いて通り過ぎそうになりました。
「あっ、ライラっ。」
少し控えめの声でライラさんを呼びました。ライラさんもそれに気付いたようです。
「良かった、コスギも無事に脱出できたのね。」
「うん。でも、いたよね、待ってる人。」
「あたしも見たわ。なんか、女性だったけれど。
」
「てことは、やっぱり、僕もライラも、同じところから呼ばれて、同じ場所に行こうとしてたのかな。」
そうなんです、なので、お2人とも待ち合わせに戻ってもらうことはできないでしょうか。
「で、このあとどうする?」
ライラさんが尋ねました。小杉さん、なんか、正面を見つめています。
「・・・なんか、いま、あれがすごい気になっててさ。」
ライラさん、小杉さんが指差した方向を見ました。
あ、お店があって、のぼりが3本たってます。ここは、『豚丼』のお店ですね。帯広名物だと聞きました。小杉さんとライラさん、お店の前まで行きました。
「ライラって、豚肉は大丈夫?」
「豚肉、ポークかしら?」
「そう。ポーク。たぶんねー、絶対美味しいと思うんだ、これ。」
「ポークをバーベキューして、ソースをかけてあるのかしら?」
「うん、そうだね。どう、入ってみる?」
「いいわ。行きましょ。」
2人で豚丼のお店に入りました。実は2人とも朝食を食べていないのでした。
「カウンターでいいかな?」
「いいわよ。」
中はカウンターの席だけで、テーブル席だけでした。まだ、ランチ時間には早く、店内は半分ほどの席が埋まってる感じでした。
「はい、豚丼大盛り2つ。」
小杉さんはともかく、ライラさんも大盛りを注文したのでした。おお、お2人揃ってガッツリ系なんですね。
食べ歩き系の雑誌に載っているような有名店ではなさそうでしたが、出て来た豚丼は、期待を裏切らない、食欲を刺激する見栄えです。
「これは、絶対当たりだよ。」
「焼具合がグッジョブね。」
さっそく、お2人とも食べ始めました。
無言です。
無言です。
お店の上の方から、ゴトゴトという音が聞こえました。このお店、エキナカのお店で、真上に線路とホームがあるんですね。
そして、他のお客さんも無言で黙々と腹を満たしています。いわゆる高級店ではなくて、主にサラリーマンの方が、ササッと食事を済ます、そんなお店のようです。
そして。
「あーー、美味しかった!」
「うん、あたしも。」
お2人とも大満足の表情です。小杉さんもライラさんも暖かいお茶を飲みます。
「ライラって、緑茶飲めるんだ。」
「うん、日本に留学してた時に友達に勧められて。」
そうなんですね、日本の文化や習慣にもバッチリ慣れてるようです。私のもらった資料にも書いてあるんですけどね。
え? 何の資料かって?
実は私、現在、ここ北海道で進められている大きなプロジェクトに参加してるんです。その名も『日高プロジェクト』。活動内容は、また、ご説明する機会があるので割愛します。要するに、私達のプロジェクトでは、現在、プロジェクトに参加してもらえる、優秀な人材を探しているのです。それで、今、小杉さんとライラさんにオファーを出させてもらっているのです。
「じゃあ、行こうか。」
小杉さんが立ち上がりました。
「で、どこに行くのかしら?」
「えっ、決まってるじゃん。僕等はいったいどこに連れて行かれる予定だったのか、その答えを見に行こうかと思ってさ。ライラ、どうする? ここで帰る?」
「帰るという選択肢はなしね。あたしも、その、連れて行かれる予定だった場所を知りたいわ。」
「決まりだね。よし、行こう。」
小杉さんとライラさん、バス乗り場へとやって来ました。時刻表を見ていると、
「あっ、これか。」
小杉さんが叫びました。そして、左手の方を見つめました。
「えっと・・・、あ、あれか。」
小杉さん、左手少し先の乗り場に止まっていたバスに向かってダッシュしました。
しかし、
「うわぁーっ・・・。」
ものすごい派手な音を立てて、大声で叫びながらひっくり返ったのでした。
「コ、コスギっ!」
周りに居合わせた人達も集まってきました。
「コスギ、大丈夫?」
「イタっ、ていうか、バ、バスを・・・。」
「えっ、バス?」
と、周りにいたギャラリーの中の1人が声を掛けてきました。
「バスなら大丈夫だ。運転手がここにいるからな。」
なんと、小杉さんの転倒を、ミラーの中で目撃した運転手さんも、駆けつけてくれたのでした。さいわい、小杉さんは大丈夫そうでした。数分ほど休むと、ゆっくりと立ち上がりました。
「わー、びっくりした。油断したよ。」
季節は真冬です。駅前広場なので除雪はしてありましたが、路面は凍り付いていたのです。
「だめだよ、走っちゃ。」
バスの運転手さんが笑いながら教えてくれました。結局、小杉さん、大丈夫そうだということで、ライラさんと2人でバスに乗り込んだのでした。襟裳岬行きの特急バスです。『お客様』の転倒の影響で、帯広駅を15分遅れで出発したのでした。
バスは帯広市街を抜けて一路南へと向かいます。小杉さんとライラさん、ひとまず、ボトルに入れてきたコーヒーで喉を潤します。
「ところで、ライラは何で一人でここまで来たの?」
小杉さんがそれとなく尋ねました。確かに、海外からの旅行者の姿もすっかり当たり前となった昨今ですが、真冬のこの時期に帯広まで来るというのは珍しい気もします。
ライラさん、窓の外を流れる雪景色を眺めたまま答えました。
「変な手紙が届いたのよ。」
「変な手紙?」
メールではなくて、郵便なのだそうです。ライラさんが腰に付けたポシェットから封筒を取り出すと小杉さんに手渡しました。
「えっと、『あなたのパイロットの才能を寝かしておくのはもったいない。ぜひ、我々のプロジェクトであなたの才能を発揮してもらえないだろうか?』か。ライラって空軍のパイロットだったりするの?」
小杉さんはライラさんを米空軍の戦闘機乗りと思ったようです。
「ううん。」
ライラさん、首を横に振りました。ちなみに、後に聞いたところでは、ライラさんのお兄さんは海軍の空母艦載機のパイロットなのだそうです。
「で、ライラは何のパイロットなの? もしかして、ジャンボジェットとか?」
「それも面白そうね。でも違うの。観光シャトルのパイロットだったのよ。」
「シャトル・・・、えっ?!」
少し考えると小杉さんの表情が変わりました。
「もしかして、宇宙船のパイロット、だったりするの?」
「そう、『だった』、だけどね。」
「辞めちゃったの?」
ライラさんにとっては大災難だったのです。ちょっと不機嫌そうな顔をしながら教えてくれました。
「えっとね、私の操縦していたシャトルがトラブルを起こして操縦不能になっちゃったの。」
小杉さんの中に、ある記憶が蘇りました。
「それって、ニュースで聞いたような。」
「たぶんそれね。」
確か日本では、どのニュース番組もトップ扱いだったはずです。ライラさんは、アメリカのあるベンチャー企業が地球の周回軌道上に建設した宇宙ホテルと地上を結ぶシャトルのパイロットだったのです。宿泊するお客様の送迎用のシャトルですね。しかし、ある時、ホテルから離脱して地上に戻る途中でシャトルがトラブルを起こしたのです。
「あの事故って、でも、みんな助かったんだよね? 不時着に成功して。ニュースでも『奇跡だ』って言ってた気がする。」
「まあね。」
ライラさん、ちょっとだけ誇らしそうに答えました。でも、次の瞬間には苦虫を噛みつぶしたような表情に戻っていました。
「でも、結局、機体は『おしゃか』。会社は修理費を出せなくて大損害で、そのまま倒産。社員はみんな失業。もちろん、私もね。退職金も出なくて、もう最低よ。」
「なるほどね。そうだったんだ。」
小杉さんはそれ以上質問しませんでした。いくらニュースで奇跡と称えられても、世の中の流れがその称賛に値する報酬を用意してくれるわけではないのです。
ライラさんはじっと窓の外を見つめていました。外の景色は、雪に覆われた平原に変わっていました。
「それで、コスギは何してるの?」
突然、気を取り直したように、今度はライラさんが尋ねました。
「うんとねえ、今は警備会社の社員。」
小杉さん、なんか歯切れの悪い返事です。ライラさんがそれに気が付かないはずありません。
「『今は』なのね。その前は?」
ナイス突っ込みです、ライラさん。
「・・・陸自、んーと、陸上自衛隊の隊員。」
「へー。そうよね、日本だって自衛隊があるんだから、軍人というか、隊員?はいるわよね。もちらん、アメリカでは軍人や元軍人は珍しくないんだけど。」
「うん、そうなんだけどね。」
小杉さん、相変わらず歯切れの悪い話し方です。まあ、正直に言うと私は、その、歯切れが悪くなる事情を知ってたりします。今回、小杉さんをお呼びするにあたって、調べさせてもらってたりするので。決して、小杉さんに非があったわけではないのです。
「それで、なんで辞めちゃったの?」
ライラさん、それほど強い調子ではありませんが興味津々な感じです。まあ、ライラさん自身も話しにくい思い出を話したのですから、ここはひとつ、小杉さんも、というところでしょうか。
「うん、ちょっとさ、問題起こしちゃって。て言うか巻き込まれちゃって。あえて、責任を被ったんだけどね。」
はい、先ほども言ったとおり、小杉さんは悪くないのです。
「ふうん。いろいろあるものよね。」
小杉さんもライラさんも個人的な事情を抱えていました。でも、実際はお2人とも、とても優秀な能力と知識、才能を持っているのです。それを買って、私達のプロジェクトがオファーを出したんです。
小杉さん、言葉を続けました。
「事情は上官も分かってくれていて、今いる警備会社もその上官が紹介してくれたんだ。」
そうそう、それも聞きました。小杉さんの当時の上官を含めて、周囲の人達はみんな真実を知ってくれていたようです。
ライラさんが笑顔で言いました。
「なら大丈夫じゃない。もっと毅然としてても良いんじゃないのかしら。」
「はははっ。そうだね。ありがとう。だいぶ気持ちが楽になったよ。」
いいですよねえ、こうして打ち解けて話せる間柄って。お2人とも思っていた以上に相性がいいようです。それを、なんとかして、私達のプロジェクトで活かしてもらえないのでしょうか。
それからしばらく、お2人とも何も話しませんでした。今朝も早かったし、お疲れなのでしょうか。遠いところに呼び出してしまってすみません。
「あっ、海だ。」
「あ、ほんと。冬って感じの海ね。」
小杉さんとライラさんが目を覚ましました。
お2人とも眠ってしまってたんですね。互いに寄り添うようにして。フフフッ! 良い光景を拝ませてもらっちゃいました。でも、いいのかな? お2人、今日出会ったばかりなんですけど。
「あっ、次のバス停だ。」
小杉さんが降りるボタンを押しました。
バスは信号を過ぎてすぐの停留所に止まりました。2人とも荷物を持ってバスから降りました。バスは軽くクラクションを鳴らして発車していきました。
「なんか、すごいところだね。」
「お店って、この1件だけなのかしら。」
海岸沿いを走る国道に、山の方から延びてきた道が合流する交差点です。信号があってT字路になっています。そのT字路の海側に木造の素朴な感じの建物があって、居酒屋になっています。
さすがに、お2人供に呆然としています。
「とりあえず、行ってみようよ。その、僕等が連れて行かれたかもしれないところ。」
「そうね。行ってみましょう。」
2人は歩き始めました。横断歩道を渡って、山の方へと続く道を進みます。
「この辺りは街になってるね。」
「そうね。そんなに大きな街じゃないけど。でも、人の気配があるって安心するわね。」
郵便局もあります。神社もあります。この辺りの氏神様でしょうか。少ないですが店もあります。
「そんなに急な坂ではないけど、」
「上り坂よね。山の中へ入っていく感じね。」
道は途中でほぼ直角に、西に向きを変えます。その途端に、人の住む気配が感じられなくなります。
「だいぶ上ってきたね。」
「あ、何かあるわよ。」
2人はその施設の玄関と思われるスペースに来ました。『さけ・ます孵化場』と書かれてあります。
「ぼくら、ここに呼ばれたのかな?」
「さあ。あたしは魚のことを勉強した覚えはないわね。」
「うーん、でも、ここから、建物がだいぶ続いてるよね。すごい大きな建物も見えるけど、魚の孵化場ってこんなに大規模なものなのかな。」
え、え、小杉さん、ちょっと勘違いです。お2人が案内される予定の場所は孵化場とは別の施設なんです。もともと孵化場しかなかったところに私達のプロジェクトの施設を作ったんですね。もう少し奥に進むと、正門があると思うのですが。
「あ、ここが入口じゃない?」
ライラさんが嬉しそうに指差しました。
「そうか、こっちが本当の目的地なのかな。えっと、『東京総合科学大学宇宙技術開発センター日高基地』、か。すっごい長い名前だね。」
はい、そこなんです。お2人を、そこにご案内する予定だったのです。その、待ち合わせを無視して、自分達自身でやってくるとは。その行動力はさすがです。プロジェクトメンバの候補になるだけのことはあります。
「あれっ? でもさあ、」
「どうしたの?」
小杉さん、何を思ったのか、急に警戒心をあらわにしました。
「だってさあ、僕達、今朝の待ち合わせを無視しちゃったんだよね。」
はい、もう、ショックです。でも、ここまで来てもらえたということは、もしかしたら・・・。
「ということはさあ、ここの組織としては、僕達に対して、組織に従わない反乱者だと思ってるんじゃないかな。」
「それって、どういうこと?」
ライラさん、半分真面目な、でも、半分笑った表情です。
「どこからともなく、ここの組織の部下達が大勢出て来て、僕等は捕まっちゃうとか。」
「えーー、そんなことあるのかしら。でも、秘密の軍事組織みたいな所だったら、特殊部隊みたいな人達がぞろぞろと出て来て、」
「それそれ。それがちょっと心配でさ。」
ププププッ、もう小杉さんもライラさんも考えすぎです。それじゃあ何かのマンガかアニメですよ。私達のプロジェクトは、そんな非合法組織ではないのです。あの、もしかして、小杉さん、仮面ライダーとか、スーパー戦隊とかのマニアなのでしょうか。その辺りをきちんと説明するためにお2人をお呼びしたのに。
えっと、本物の私は何をしてるんだ。おーい、小杉さんとライラさんが来てますよーー。
あちゃー、お2人、日高基地の前から、もと来た方に戻って行ってしまいました。もうーー。ちゃんと説明する、絶好のチャンスだったのに。
「結局、戻って来ちゃったね。」
2人は、最初にバスを降りた信号の所まで戻って来ました。
「どうしようか。」
「それそろ、夕方よね。今夜どうするの?」
「そう。それなんだけどさ、何か失敗の予感がしていて。」
小杉さん、一体何を心配してるのでしょうか。あ、バス停の看板の所に来ました。バスの時間を調べてるんですね? なるほど、実は・・・。
「あーー、やっちゃったな・・・。」
小杉さんが、申し訳なさそうな表情で、ライラさんを見つめました。
「え? どうしたの?」
「・・・、えっとね、帰りのバスが、もうないんだ。」
「あー、そういうこと?」
ライラさんもバス停に書かれている時刻表をのぞき込みました。
「ほんとね。あたしも、うっかりしてたわ。」
「で、どうしようか?」
2人は辺りを見回しました。もう日は西の空に傾いて、日高山脈の向こうに沈みそうです。冬は昼間が短いですよね。
「あそこの店、電気が点いてるわよ。」
来る時にも見た、交差点の海側に立つ居酒屋の看板に電気が点いてます。店先にぶら下げられた赤提灯も赤く照明が灯っています。
「行って、聞いてみようか?」
「そうね。」
2人は暖簾を左右に避けるようにして、引き戸を開けました。店の中には店員さんもお客さんもいませんでした。でも、店の中は暖房が効いています。もちろん、照明も点いてます。厨房のコンロの上の寸胴からは微かに湯気も上がっていて、お客さんが来るのを待ちかねているようです。
小杉さんとライラさんは店の中に入ると、入口の引き戸を閉めました。
「ごめんくださーい。」
小杉さんが大きめの声で言いました。
「ごめんくださーい。」
もう一度言いました。
「はーい、いま行くよ。」
やっと返事が返ってきたかと思うと、階段を降りる足音が聞こえて、そして、店の奥から、男性が現れました。この店の店主でしょうか。小杉さんとライラさんを見つめながら言いました。
「いらっしゃい。空いてる席にどこでも座ってね。」
お客さんだと思われてるのでしょう。
「えっと、あのー、ちょっとお聞きしてもいいですか?」
「んー、なんだい?」
「この辺にホテルとか旅館とかありませんか?」
お店の方、途端に申し訳なさそうな、しかし、状況を察したような表情になりました。
「いやー、実はないんだ。どうしたの? バスに乗り損ねたのかね?」
「はい、そうなんです。」
「そりゃー、大変だ。この辺は、この時間だとバスもないし、タクシーも来てくれないんだな。遠すぎて。」
小杉さんとライラさん、顔を見合わせました。
「ちなみに、こんな所まで何しに来たの? この辺は観光する場所もない田舎なんだけど。」
「えっとですね、ちょっと呼び出されてですねー、それで、えーっと。」
小杉さん、かなり言いづらかったのですが、もう、どうしようもないので、正直に事情を説明しました。待ち合わせをすっぽかされた身ではあるんですが、申し訳ないです。でも、小杉さん、ライラさん、もう一度日高基地に来て頂ければ、ちゃんと、お2人の個室も用意してあるんです。どうでしょうか、今からでも来て頂けないのでしょうか。
「そういうことかい。大変なんだねー。」
「そうなんです。」
「でも、あそこの基地は、あんた達が思ってるようなおかしな場所ではなくて、ごく普通の研究施設なんだよ。」
「えっ?! ご存じなんですか?」
「当たり前だよ。あそこの基地も、うちの町会の会員さんだからねえ。ちゃんと、町会費も払ってくれてるし。秋祭りでは出店も出してくれたし。」
「えっ、えー?」
小杉さん、お店の方の思わぬ言葉に、不意打ちを食らったようにビックリしました。
「町内会の会員て、お、おじさん、何者なんですか?」
小杉さん、いくら驚いてるとはいえ、もう少し丁寧な聞き方をした方がいいのではないでしょうか。
「はははは。おれはここの町内の会長をやらせてもらってるんだ。町内のことなら、一応、何でも知ってるつもりだよ。ははははは。」
小杉さんとライラさん、呆気にとられて、言葉を失っています。
「でも、いま聞かせてもらった事情なら、たぶん、もう少し待ってれば、何とかなるんじゃないのかな。うん、今日あたり、きっと来るよ。」
「もう少し待つって、」
「そう。この店でね。うん。そうと決まれば、早く座って。美味しいお酒を飲んで、美味しいもの食べながら待つといい。」
小杉さんとライラさん、さらに呆気にとられています。
「もう、どうしようもないから、言われたとおりにしてみる?」
なんか、小杉さん、ちょっと破れかぶれという感じでしょうか。
「そうね。どのみち動きが取れないし。」
ライラさんも乗ることにしたようです。
「そうそう、楽しまなくちゃね。そうだ。席はそこの小上がりの上のテーブルがいいかもな。それで、2人にはビールを一杯ずつおごろう。刺身は、よし、刺身も三点盛りをプレゼントだ。」
とまあ、気前のいい町会長さんの計らいで、小杉さんとライラさんは乾杯して食事を始めたのでした。
そして、30分後。
「もう、外はすっかり暗いのね。」
「うん、冬だから日が短いよね。」
2人は窓から外を見ていました。
と、その時。
外で賑やかな声が聞こえたかと思うと、お店の戸を開けて誰か入ってきたのです。
「こんばんわ。」
「あー、いらっしゃい。そろそろ来ると思ってたよ。中へどうぞ。」
「こんばんは、ごちそうになります。」
「こんばんは。」
最初に入って来たのは背の高い男性。それに続いて男性1人と女性が2人、入って・・・、あっ! まずいっ。本物の私だ!
「おや?」
先頭の男性が小上がりに上がろうとして、先客がいるのに気付きました。そうそう。その小上がりが指定席だったりするのです。
「こちらの、お客さんは?」
男性が町会長さんに聞きました。
「あーー、その2人は、川崎さん達のお客さんだそうだよ。」
「私達の?」
『川崎さん』と呼ばれた男性、状況が飲み込めていないようです。その先客の2人、小杉さんとライラさんは、その、入ってきたグループを見つめています。
と、その時。
「あ゛ーーーーっ!」
本物の私が叫びました。
「もしかして、小杉さんと、ライラさんですか?」
そう聞かれた小杉さんとライラさん。
「あ、はい、小杉です。今日はすみませんでした。」
「ライラです。ご心配をおかけしてすみません。」
とっても恐縮している様子です。まあ、お呼びしたこちらも、2人いっぺんにキャンセルかと、対策会議も開いていたのでした。
「とすると、この2人が午後の会議の?」
「はい、そうなんです。」
『川崎さん』と呼ばれている男性、鋭い笑顔を浮かべると尋ねました。
「で、2人はなぜここにいるんだ? 待ち合わせはキャンセルしたと聞いたが。」
「えっと、すみません。実はですねー、」
小杉さん、まだ恐縮しています。でもなんか、状況はそれに構わず進んでいると感じたのか、今日一日の行動を説明しました。
「なるほど。そういうことか。まあ、世間にはまだ非公開で活動している組織だからな。犯罪組織か何かと誤解されるのもやむを得ないな。」
「だから、もうちょっと考えた方がいいですよって言ってるんですよ。」
背の高い女性が、半ば文句のように言いました。
「でも、ほんとに心配したんですよ。道に迷って来れないでいるのかなって。」
ははは、本物の私も随分困っていたようですね。でも、プロジェクト内でいろいろ報告したり緊急に打合せを招集したり、だいぶ大変だったようです。実はお2人には、プロジェクトとしては、非常に有望な、かつ、優秀なメンバ候補として、期待を持ってオファーを出したのです。その2人が待ち合わせに来なかったと言うことで、結構大騒ぎになったのでした。
というわけなのですが、どうします? 小杉さん、ライラさん。
「そうそう、それでさ、とりあえず、今晩さ、基地に泊めてやってもらえないかい? 帰るバスにも乗りそびれて、泊まる場所がないらしいんだ。事情はともかく、あんた達が呼んだお客さんなんだろ?」
お、町会長さんが、強力な助け船を出してくれました。
「確かに、私達にも2人をここへ呼んだ責任はあるな。」
「一晩くらいいいんじゃないんですか? 部屋も用意してあるのよね?」
「はい。そのまま確保してあります。」
「わかった。今夜泊まるのは構わないよ。だが、できれば明日、本当は今日話す予定だった説明を聞いてもらえないだろうか。もちろん、話を聞いて私達の希望に了解してもらえるのか、それとも、やはりNGなのかの判断は任せるよ。もしNGなら、責任を持って、東京まで戻る帰りのキップを用意するよ。」
小杉さんとライラさん、顔を見合わせました。そして。
「わかりました。明日、説明を聞かせて下さい。何か僕等が判断しなければならないなら、説明の内容で判断します。」
「わたしも、同じで構いません。」
やった! お2人に説明を聞いてもらえるんです。良かったです。ほんと、どうなることかと思っていたのです。最悪、物語が第1章の第1節で終わりになってしまうのか・・・、いやいやいや、間違えました。最悪、また、他の方を探さなければならないのかと思ってましたから。
小杉さん、ライラさん、明日、よろしくお願いします。
「うん。まあ、明日の結果待ちだが、ひとまず、乾杯しようか。こうして会えたのも何かの縁だ。頼みます、町会長。」
「はいよ。じゃあ、飲物から出すよー。」
こうして、私達は、小杉さん、ライラさんと出会ったのでした。北海道、えりも町の夜は更けていきました。
(つづく)
はとばみなと
■宇宙巡光艦ノースロード
第1章 プロローグ
第2節 過去のわたしへ
スペイン、
カタルーニャ地方。
「よし、このケースも入れよう。マレイン、すまんが、台車を取ってきてもらえるか?」
ここは、ニック・カウペル博士の研究所です。オランダ出身で、現在はスペインのカタルーニャ地方、ピレネー山脈山中に設けた研究所で物理学の研究活動を行っています。
博士の前に2週間前に届いた頑丈なケースが置かれていました。
「ええ、いいわ。このケースも3年前のあなたに送るのね?」
「そうだよ。ちょうど3年前、私は、この、時空間跳越システムの建造を始めたのだ。その時の私ならば、未来の私からのメッセージを必ず信じてくれるだろう。」
時空間跳越システム。現在から、過去や未来に、荷物を送ることができるシステムなのです。要するに、タイムマシンと同じ機能を持っているんですね。ただし、まだ完成間もないシステムなので過去の3年前から、未来の3年後の範囲でしか送信できないのです。
「もう、それしか、希望はないのね。」
「そうだ。」
「じゃあ、台車を取ってくるわ。」
「頼む。私は、ビデオメッセージを撮っておくよ。」
実は、現在、世界は、有史以来最悪の危機に見舞われているのです。そして、博士は、その危機から脱するために、一縷の期待のもとに、準備を進めているのです。
「あなた!」
「パパ、大変!」
台車を取りに行った奥さんのマレインさんと、一人娘のタチアナさんが慌てて戻ってきました。
「どうした?」
「奴らが近づいてるわ。」
「まさか、ここも攻撃されるのか?」
先週月曜日の午前、突然、西の空から巨大な物体が降下しながら、ニューヨークに近づいて来たのです。そして、ニューヨークの摩天楼に対して攻撃を開始したのです。
それ以来、世界各地の都市をはじめとして、工業地帯や発電所の他、空港や大きな駅などの交通の要衝が次々と攻撃されて破壊されているのです。
今や、電気や通信網などの生活インフラも麻痺。人々は水や食料を得ることができなくなったばかりか、住んでいる場所から離れることも出来なくなり、他の街や地域、国がどんな状態になっているのかも分からない状況に陥ったのです。
「早くケースを。」
「マレイン、そっちを持ってくれ。」
「いいわ。」
「よし、乗せよう。よいしょ・・・。」
2人は、その、非常に頑丈なケースを台車に載せました。このケースには、現在、世界が晒されている史上最悪の危機を覆すことができるかもしれない、重要なアイテムが保存されているのです。
「乗ったな。」
博士は慎重に台車を押しました。ずしりと重いので向きを変える時はマレインさんが横から押して手伝います。
「よし、コンテナに移すぞ、マレイン。」
「よいしょ・・・、入ったぞ。あと、これだ、メモリカード。よし。これで全部だ。」
そのメモリカードには、先ほど、博士がビデオメッセージを保存しています。また、博士が行ってきた様々な研究内容も保存されているのです。
博士は部屋の手前側にあるコンソール端末を操作しました。コンテナの載っている台座が、横にスライドして、さらに5mほどの高さまで持ち上げられました。
部屋の奥側半分には、博士が開発に成功したばかりの新しいシステムが置かれているのです。縦に設置された、細いドーナツ型のリングが目を引きます。高さは10mほどでしょうか。
「システム起動。」
「エネルギーキャパシタ、正常。空間維持コイル、正常。」
「伝送設定確認、マイナス3年、西暦2347年。」
そう。博士は3年前の自分宛に荷物を送ろうとしているのです。現在、人類が晒されている危機の情報と、その危機を覆すことが出来るかもしれない重要なアイテムを。
ということは、博士がいる現在は・・・。
西暦2350年。
「確認完りょ、わ、うわぁっ、何だ?」
「奴らよ、奴らが来てるわ。」
博士は窓から外を見ました。巨大な3つの物体が、こちらに近づいて来てるのが見えました。奴らは、最初、北米大陸の空高くから現れたのです。地上からの観測によれば、同じタイプの物体が10,000隻以上確認されたのです。しかも、その数はどんどん増えていたのです。そして、その背後には我々の想像を絶する巨大な物体も確認されたのです。
もう、明らかでした。彼らは宇宙の果てからやって来た、異星人なのです。異星人の宇宙艦隊なのです。地球上を攻撃しているのは彼らの戦闘艦、『宇宙戦艦』なのです。
「この大事な時に。間に合うのか? 起動するぞ、マレイン!」
「こっちは大丈夫よ。」
「よし、システム起動、エネルギー充填開始・・・、20、40、・・・、80、うわっ、ち、近いぞ!」
「きゃっ、」
「マレイン!」
「ママーー。」
強い振動にマレインさんが転倒しました。
「大丈夫、大丈夫よっ!」
マレインさん、コンサールに掴まって立ち上がりました。
「エネルギー充填完了。よし、時空間開削・・・、わーーっ、な、何だ?」
博士のいる研究室が大きく揺れました。まさに、時間を越えて情報を送ろうとしている大事な時なのに。
「エネルギー供給棟が攻撃されたわ。エネルギー制御システム大破。」
「まずいぞ。システムへのエネルギー流入を制御できない! エネルギー充填率、急激に上昇! 現在180、250、370・・・、」
「あなた、奴ら、まだ、攻撃を、」
「う、これまでか・・・。」
博士が、握りしめた拳をコンソールの上に叩きつけるように降ろしました。
「あなた、伝送しましょう! 私達の、人類の最後の希望なんでしょ?」
「し、しかし、・・・、いや、そうだな。伝送するぞ。時空間開削、伝送コマンド送信! 行ってくれっ・・・、」
博士が一縷の望みを込めて、実行キーを叩きました。
システムが大きな唸り声を上げて稼働を開始しました。実験で起動した時よりも遥かに低く大きな音です。何しろ、現在、システムには想定よりも数倍も大きなエネルギーが供給されているのです。ドーナッツ型の内側の空間が何か大きく渦巻き始めました。その大きな、深い渦の中に、自動的に、大事なコンテナが射出されました。
「い、行ったのか・・・。」
そう。確かに、コンテナは時空の流れの中に送り込まれたのです。しかし、システムの設定画面には、-3を設定したはずが、いつの間にか、-300に書き換わっていたのです。システムに異常なエネルギーが流れ込んだため、想定外の動作をしてしまったのでしょうか。
博士は、その設定値の異常に気付きませんでした。いえ、気付くことは出来なかったのです。
突然。
「うわっ、わーーー、」
「きゃーーっ!」
「パパ、ママー、」
「マレイン、タチアナ・・・」
研究室が大きく揺れたかと思うと、天井が崩れ落ちてきたのです。博士と家族の上に落ちる天井のコンクリート。そして、時空間跳越システムの上にも。システムに流れ込んでいたおびただしいエネルギーが漏れ出しました。そして。損傷したシステムが巨大な爆発を起こしたのです。
博士の研究室のある一帯を巻き込んで、巨大な雲と、巨大な炎が立ち上りました。
そして、
西暦2050年、2月22日。
午後10時。
北海道、大雪山系。
「わっ、な、なんだ?」
「じ、地震?」
「大きいぞ!」
「みんな隠れろーーっ!」
東京総合科学大学のコテージは、突如、大きな震動に襲われました。建物がミシミシと悲鳴を上げるように揺れ続けました。電気も消え、振動は数分間にわたって続きました。
「一体何が起きたんだ、」
やっと、揺れが収まって落ちついてきました。
コテージに宿泊していた、柴崎研究室のメンバの1人が窓を開けて外の様子を見ました。
「お、おい、あそこ。」
「どうした?」
「双子尾根の辺りが、明るいぞ。」
「いや、燃えてるんじゃないのか?」
しかし、それはただの地震ではなかったのです。
そして、ここは、
西暦2054年2月15日。
北海道えりも町。
居酒屋の亭主、町会長の導きもあり、ここ東京総合科学大学宇宙開発センター日高基地、通称『日高基地』で、無事に一夜を過ごした小杉さんとライラさん。朝食を済ませると、早速、会議室に案内されて、本来なら昨日聞く予定だった説明を受けることになりました。
小杉さんとライラさん、案内されて会議室に入りました。ごく普通の10人ほど入れる会議室です。一方の壁が外に面していて、窓からは基地内の施設が見えています。でも、なんか、お2人とも落ち着かない様子です。
「どうかしたのかな?」
「いえ、その、本当に普通の施設だなと思って。」
「ははははっ。まだ、信じてもらえないようだな。世間には非公開とはいえ、我々は、至極真っ当な組織だと思っているのだが。」
私達のプロジェクトって、だいぶ疑われているようですね。これから説明をさせてもらうのですが、十分にまともな集団だとは思っているのですが。
「すみません、変なこと言っちゃって。」
小杉さん、昨日に引き続き、恐縮しています。
「まあ、ひとまず、自己紹介をしようか。夕べ、町会長の店で、ほとんど、名乗ったようなものだがな。」
まずは、川崎さんです。
「私の名は、川崎重信。一応、ここの基地の司令官だ。そして、君たち2人を呼び寄せた張本人だ。まあ、司令官とは言われているものの、何も気にすることなく話をしてもらいたい。私もできるだけ、各メンバーと直接話す機会を持っているつもりだ。よろしくお願いしたい。」
確かに、川崎さんは、私とかが普段詰めていることが多い研究室に、ふらりと現れたりするんですよね。最初はみんな、とっても驚いて気をつかっていたのですが、最近はみんな慣れたもので、川崎さんが入ってきても、そのまま作業を続けたりしているのでした。
「それで、ここ、日高基地で行われているのが『日高プロジェクト』。そのプロジェクトのメンバとして参加してもらうべく、君たち2人にオファーを出したのだ。」
小杉さんとライラさん、ちょっと納得してくれたようです。まだ、説明としてはいろいろあるんですけどね。
「それで、こちらにいる2人だが、技術担当であり、プロジェクトに一番最初から関わっているメンバでもある。技術的な話はもちろん、ここのプロジェクト関連の話も詳しいので、わからないことがあったら何でもこの2人に聞いてくれ。」
「えっ、川崎さん、それはないですよ。ただでさえ忙しいのに。」
「そうですよ。せめて、技術関係以外のことは事務部門にお願いしたいです。」
川崎さん、どさくさに紛れて、とんでもない無茶振りです。まあ、半分冗談だと信じたいところですが。
「というわけで、じゃあ、私から。鵜の木新也と言います。ここ日高基地の技術部門の責任者をやってます。まあ、事務手続とかは勘弁してほしいのですが、技術的な話なら、質問でも何でも聞いて下さい。よろしくお願いします。」
鵜の木さん、ほんとに凄いんです。技術的な知識については、本当に何でも知ってるんですよね。海外から来た有名な学者の方の質問にも適確に答えて、技術や知識のレベル的にも決して引けを取らない、というか、むしろ、鵜の木さんの優秀さに、学者さんの方が目を丸くしてしまうんです。
「では、次、不動君。」
「あ、はい、えっと、」
えっと、あのー、とっても言いにくいのですが、
私なんです。
不動由美といいます。
自己紹介が遅れてしまって、申し訳ありませんでした。
ここ、日高基地で、技術部門の仕事をしています。一応、鵜の木さんに次いで、副リーダーの役目を申し使っております。それと。
この物語、『宇宙巡光艦ノースロード』のナレーション担当を仰せつかっています。
えっと、他のみんなには内緒なんですけどね。
既に書いてしまったりしていますが、『本物の私』が、物語中の私です。えっ、ナレーションしている私の呼び方ですか? えっと、『ナレーション担当の私』、では長いので『語り部の私』とかでしょうか?
「というわけで、鵜の木さん同様、私も、基地で扱っている技術的な話には、一通り噛んでいますので、何でも聞いてもらえればと思います。」
えー、『本物の私』としての挨拶でした。
「なんかさ、実は、僕よりも不動さんの方が、いろいろと詳しかったりしない?」
えっ? 鵜の木さん、なんか、とんでもないことを仰っていませんか?
「それはご謙遜ですよ。鵜の木さんあっての日高プロジェクト技術チームですから。」
川崎さん、私達をなだめるように割り込みました。
「まあまあ、2人とも、そんなに謙遜しなくてもいいのではないか? 要するに、我々のプロジェクトが、これまで世界中の科学者が信じていた物理学の世界をひっくり返そうとしているのだ。」
そうなんですよね。後々お話しすることになると思うのですが、鵜の木さんと私で、あの、『相対性理論』を思い切り覆してしまったのです。今、世界中の物理学者の方達が悲鳴を上げているのです。なんか、すごい、罪悪感でいっぱいです。
アインシュタインさん、本当にごめんなさい!
というわけで、いよいよ本題に入りました。鵜の木さんが、正面のディスプレイをバックに説明を始めました。
「まず、私達の取り組んでいるプロジェクトですが、プロジェクト名を『日高プロジェクト』といいます。偶然手に入れた『未来の技術』を利用して、これまでのロケットとは全く違う原理で、宇宙を自由に飛び回ることのできる宇宙船を建造するプロジェクトです。」
ここまで黙って聞いていた小杉さんが口を開きました。
「いま、『未来の技術』って聞こえましたけど、どういうことなんですか?」
鵜の木さんが、余りにもさりげなく言ったので、小杉さん、ちょっと笑いながら、突っ込み気味に質問しました。
「聞いたままです。偶然ではあるのですけど、現代ではまだ発明されていない、未来で発明された技術を、私達は知ることができたんです。詳しくは、追って説明していきますが、『VMリアクタ』とか『ドライブパネル』などが未来の技術にあたります。」
そう。私達の置かれている状況には、『未来』が関係しているのです。
「ひとまず、あれを見てもらった方がわかりやすいのかもしれないな。」
川崎さんが呟きました。
見てもらう。
そうなんです。私達が『日高プロジェクト』を立ち上げるきっかけとなったビデオメッセージがあるのです。ちょっと、俄には信じ難く、荒唐無稽な内容なのですが、これがすべての始まりで、きっかけなのです。
「では、これから、その動画を再生します。不明な点、疑問な点が、いろいろ出てくると思いますが、ひとまず、最後まで見てもらえればと思います。」
正面のディスプレイで再生が始まりました。
「ニック・カウペル君。
突然驚かせてしまい、申し訳ない。しかし、異常事態なのだ。もう、君しか頼れる者がいないのだ。
私の名は、ニック・カウペル。
ただし、現在の君から、3年後の君自身だ。
このメッセージは、君に、ある重大な頼みをするために作成して、送り出した。ぜひ、一度、最後まで見てほしい。地球と人類の存亡に関わる重大な頼みなのだ。
さて、まず始めに君に伝えなくてはならないことがある。私がこうして話している今日の日付は、
西暦2350年11月17日。
今の時刻は、それほど大きな意味は持たないが、午後3時45分だ。先ほど、妻が用意してくれた紅茶と焼き菓子で、娘も一緒にティータイムを過ごしたところだ。そう言えば君のいる頃はタチアナはまだ小さかった。ようやく友達と遊ぶことが出来るようになった頃だろうか。私がいる今ではタチアナも7歳だ。身長もかなり伸びた。私やマレインの手伝いも出来るようになった。
すまない、前置きはこのくらいさせてもらいたい。まずは、この映像を見てもらえないだろうか。
ニューヨークだ。CBSのクルーが撮影した映像だ。ご覧の通り、激しく攻撃を受けている。上空を遊弋している、数機の巨大な物体が、ニューヨークの摩天楼を攻撃して破壊しているのだ。
ちなみに、現在はもう世界中のエネルギー供給が停止しているのでマスコミからの情報提供も機能していない。この映像は、この、戦闘行為の始まった直後に撮影されたものだ。
もとより、アメリカがこの攻撃を指をくわえて見ているはずがなかった。数回にわたり、軍を出動させて迎撃を試みたのだ。空軍の航空戦力と、ニューヨーク沖に展開させた海軍艦船からのミサイル攻撃だ。
しかし、残念ながら、敵の戦闘艦を1隻たりとも撃沈することはできなかった。そのため、アメリカ軍は、その、切り札である核兵器の使用を決意した。それほど追い詰められていたのだ。自らの被害を考えている余裕は、もう、なかったのだ。
ホワイトハウスとペンタゴンは、ニューヨークが犠牲になることを承知の上で、瓦礫と化した摩天楼の上空を遊弋する敵に対して3発の核ミサイルを使用したのだ。
だがしかし、敵に僅かでも損害を与えることはできなかった。
実は、この、ニューヨークを攻撃した巨大な物体は、宇宙船なのだ。いや、戦闘を行う宇宙船なのだから、『宇宙戦艦』と呼んだ方が良いのかもしれない。残念な話だが、こんなにも巨大な物体を宙に浮かべるなど、我々の西暦2350年でもあり得ない話だ。
地上から、および、人工衛星で観測した結果によれば、地球を巡る周回軌道上には、同じタイプの宇宙戦艦が2万隻以上待機していて、その数はさらに増えているのだ。そしてそれらの宇宙戦艦を操っていると思われる、想像を絶する大きさの母艦が存在していることも分かっている。全長20,000m、全幅7,000m、最大高5,000m。まるで、都市ひとつが丸ごと浮かんでいるような、あり得ないサイズの宇宙船だ。
現在、地球は、その異星人による侵略を受けているのだ。
攻撃を受けているのはニューヨークだけではない。世界中の都市が攻撃を受けているのだ。
ロンドンも、パリも、ローマ、ベルリン、モスクワも。ヨーロッパだけでなく、東京やホンコンなど、アジアの諸都市でも壊滅的な被害が発生している状況だ。見てほしい。ビッグベンも、凱旋門もエッフェル塔も破壊されて原形を留めていないのだ。
都市だけではない。世界各地の工業地帯や、発電所、飛行場、港湾設備など、人々の暮らしに直結するインフラにも甚大な被害が出ているのだ。当然、世界中で電力の供給が停止して、交通網も完全に麻痺、よって、流通網も停止しているため、世界中の商業施設も営業を停止しているのだ。
異星人による侵略は、もう、ほとんど完了していると思われるのだ。次に待っているのは、異星人による、地球の、人類の支配だろう。しかも、その時に我々人類の生存が許されるかどうかさえ分からないのだ。
まさに、絶望的な状況である。
電力の供給が絶たれているので、テレビもラジオも放送されていない。ネットワーク網もほぼ全面的に停止しているので、メールやメッセージングアプリも使用できない。従って、現在、世界の人々や街がどうなっているのかも不明だ。
我々人類は、このまま何も抵抗できないまま、その歴史を終えてしまうのかもしれないのだ。
ただ、私は、1つだけ可能性を見いだした。
この、メッセージだ。
もう、私の生きている西暦2350年においては、敵に反撃の狼煙を上げることはできないだろう。しかし、3年前の過去にいる君に情報を送ったらどうだろうか。
幸いなことに、おそらく、ちょうど君が建造を開始したシステムは、無事に完成したのだ。テストも問題なく完了して、あとは、実際に時を越えてメッセージを送ってみるだけとなっていたのだ。
しかし、彼らが来てしまったのだ。
私は急いで必要な資料をまとめてコンテナの中に保管し、そして完成したシステムで、君に向けて送り出したのだ。
そして、もうひとつ。
君に届けたコンテナの中に、鉱石を保管したケースがあるはずだ。この鉱石は実は地球の物ではないのだ。しかし、地球の危機を救う重要な鍵となるかもしれないのだ。
送った鉱石は、地球のひとつ内側を巡る惑星、金星から、サンプルリターン・ミッションで地球に持ち帰られた金星の鉱石なのだ。まだ、3カ月前に、探査機が地球に帰還したばかりなのだ。しかし、まず先に行われた予備検査によって、この金星の鉱石が莫大なエネルギーを放出することが分かったのだ。実は、その予備検査を行った施設は、その莫大なエネルギー放出に巻き込まれて全壊してしまったという経緯もある。
ニック君。
まずは、この鉱石を分析してほしいのだ。そして、その、膨大なエネルギーをコントロールする方法を見つけてほしいのだ。それができれば、今、2350年に地球を侵略している異星人にも人類は対抗できる手段を、武器を得ることができるかもしれないのだ。
もちろん、リスクもある。
何しろ、私は、私から見て、過ぎ去った、過去の歴史を書き換えようとしているのだ。果たして、何が起こるのか想像もつかない。最悪、私が時間を越えて諸君にメッセージを送った瞬間に、時間空間が破綻してこの宇宙全体が消滅してしまう危険もあるのだ。
だが、それでも、私は実行しようと思う。少なくとも、このまま人類の歴史を終わらせてしまうことなどできないのだ。なんとしても、我々人類はこの宇宙で、この悠久の時間の流れの中で生きぬいてゆくべきなのだ。これまでにも人類は、大きな戦争や、強力な感染症などの危険と戦って、そして、それらの壁を乗り越えて生きてきたのだ。人類ならば、必ずや、今回の危機も乗り越えることができると思うのだ。そして、私は、その、僅かな期待と一縷の望みを、諸君に託したいのだ。
わかってもらえただろうか。
未来にいる我々には、おそらく、もう、時間はほとんど残されていない。だが、君なら、あと3年ほどは時間的余裕があると思われるのだ。
ぜひ、頼みたい。
君にできる範囲で良い。理解できる範囲で良い。私の送った鉱石と、その分析レポートに書かれた情報をもとにして、未曾有の新型エネルギーについて研究してほしいのだ。
3年後に起きる、悲劇を防ぐために。
人類と、この地球の未来のために。
お願いできないだろうか。
以上だ。
ニック・カウペルより
」
動画の再生が終了しました。小杉さんもライラさんも黙り込んでしまっています。鵜の木さん、ゆっくりとした足取りで正面の教壇に戻りました。
「何か質問はありますか?」
お2人とも黙ってしまったままです。
「何でもいい。些細な質問でも構わないぞ。」
川崎さんも、2人に伝えました。
「・・・、あの、」
だいぶ長い沈黙の後、やっと、小杉さんが口を開きました。
「ほんとに、基本的な質問なんですが。」
「うん。何でも聞いてくれていいぞ。」
川崎さんが身を乗り出すようにして、小杉さんを促しました。
「ニック・カウペルさんて、どなたなんですか?」
「そうだな。当然、感じる疑問だ。」
「今の動画って、ニック・カウペルさんに宛てたものなんですよね? ただ、3年前の自分に宛てたとか言ってて、何言ってるのか良くわからなくなったんですね。」
んーー、その辺りは、プロジェクト内でも何度も議論されたんですよね。でも、結局結論は出ていないんです。決定的な証拠がないんてすよね。
「とりあえず、経緯を説明させてもらえませんか?」
鵜の木さんが話し始めました。
「今から4年前の出来事です。僕と不動さんは、まだ、東京総合科学大学、柴崎研究室の学生でした。そして、その日、僕達研究室のメンバーは、冬の合宿で、大雪山系にある大学のコテージにいたんです。」
その日、夕食も終えて、コテージの1階のホールでみんなと話していたんです。物理学のこと、宇宙の星のこと、未来の宇宙旅行のこと。本当に楽しい、充実した時間でした。
しかし。
「突然、外で、ものすごい音がして、コテージが激しく揺れ始めたんです。電気も消えました。」
地震だって思いました。揺れはものすごく激しくて5分くらいは続きました。正直なところ、もうダメかもって思いました。
やっと揺れが収まったので、誰かが窓を開けて外の様子を見たんです。そしたら。
「僕等が『双子尾根』と呼んでいる辺りの山が明るく輝いていたんです。ていうか、尾根と尾根の間の谷の部分で山火事が起きていたようなんです。まあ、とてつもなく大きな地震だったから、山火事が起きたんだ、くらいに思っていたんですね。」
ですが、実際は違ったんです。翌日、合宿に来ていたメンバーの中の数人で、双子尾根の様子を確認に行ったんです。幸い、というか、それも不思議な話なのですが、余震はありませんでした。そして空は晴れ渡っていました。冬山ではありますが、かなり清々しい、気持ちの良い天気でした。
「先生、見て下さい。」
「どうしたね?」
研究室の主任教授で、今回の合宿の引率をしてくれている布田先生です。
「これが、これは本当に山火事の跡なのか?」
尾根と尾根の間の谷間には雪渓があったのですが、雪はほとんどなくなっていて、地面が剥き出しになっています。
「山火事にしては燃え方がおかしいな。」
先生が考え込んでいます。
「なんか、丸く跡になってますよね? これって、隕石が落ちた跡に似てませんか?」
「うーん、確かに似ているが、それにしては、妙だな。」
「先生、焼け跡の中心に何かあります。」
谷間の焼け跡を双眼鏡で観察していた先輩が、先生に伝えました。
「ちょっと見せてもらえるかね?」
先生は双眼鏡を借りると先輩が指差す方向を観察しました。
「なんだ、あれは? 何かのケースかコンテナのように見えるが。」
確かに、何かの箱状の物体です。なぜそんなものが焼け跡の中心にあるのでしょうか。私達は、その箱を確認するために、谷に降りて行きました。
「これかー。」
大きさは、長さが2m、幅1m、高さも1mほどです。金属製のかなり頑丈そうな箱です。みんなで遠巻きに観察していましたが、先生が歩み寄りました。そして。
「これは、箱なのか、何かの装置なのか。」
「箱じゃないんですかね。何かの機械ならコネクタとか、スイッチとか、液晶の画面がありそうですけど、全然なさそうです。」
「うんそうだな。だが、箱だとすると、中には何か入っているのか? どうやって開けるのか?」
結局、私達は、その箱を回収しました。コテージのある丘の麓の農家さんで軽トラを借りて、それでコテージまで運んだのです。
日高基地の会議室は暖房が効いてポカポカしていました。でも、小杉さんもライラさんも眠くなるどころか、前のめりになるように、鵜の木さんの説明を聞いています。
「これが、その、箱です。」
会議室正面のモニターに写真が映し出されました。
「あー、この写真、いいですね。大きさが良くわかります。」
小杉さん、ちょっと楽しそうな感じです。画面に映された箱の左に私が立っていたのです。
『ちょっとさ、不動さんそこに立ってみて。』
とか言われて、何も考えずに立ったら撮影されちゃったんですね。その後、この写真はいろいろな人への説明に使われていて、個人的には、ちょっと恥ずかしいかも、という感じです。
「ちなみに、この箱は、日高基地で保管しているので、後ほど実物をお見せします。」
鵜の木さんが補足してくれました。
「それで、中には何が入っていたんですか?」
ライラさんが尋ねました。ライラさんもちょっと笑みを浮かべてますね。
「これが中身です。」
モニターにいくつか表示されました。比較的大きなケース。そして、様々な論文を印刷した紙の束。さらに、メモリカード。黒い小型のケースに入っていました。
「そのケースには何か入ってたんですか?」
小杉さんが画面を指差しています。
鵜の木さん、一旦席に戻ると、カバンの中を探って何かを取り出しました。そして、それを持って正面の席に戻りました。
「これです。これが、ケースの中身の中のひとつです。」
そう言うと、右手の親指と人差し指で摘まんでいるものを、小杉さんとライラさんに見せました。
「石、小石に見えますけど。」
小杉さんもライラさんも、不思議そうな顔をしています。
「私達は、『ビーナスメタル』と呼んでいます。」
「ビーナスメタル?」
小杉さんとライラさんが、ハモるように言いました。
「2人に聞きたいのだが。」
川崎さん、腕を組んだまま、鵜の木さんの説明を聞いていましたが、突然、お2人に質問しました。
「ここまでの説明で、何か気付いたことはないか?」
「気付いたこと?」
小杉さん、少し考えると、話し始めました。
「そういえば、先ほどの動画の中で、何かの鉱石を送ったとか言ってませんでしたか?」
「うん、私も聞いたわ。金星のサンプルリターンて言ってたわね。」
「そうそう。なんか、すごいエネルギーを出す鉱石だって。」
私、ちょっとドヤ顔でお伝えしました。
「はい。今も出ているはずですよ。」
「えっ?! どこからですか?」
「この、石からです。」
鵜の木さんが、摘まんでいる石を2人の目の前に出しました。
『えーーーっ?!』
小杉さんはその場に立ち上がると後に後ずさりしました。座っていた椅子が引きずられて倒れてしまいました。ライラさんは両方の手の平を石の方に思い切り突きだして、顔を横に背けました。
「ははははははっ!」
2人の反応を見た川崎さんが、珍しく、大声で笑いました。
「2人とも、そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。」
お2人とも、まだ、防御態勢をとったままです。私はひとまず説明しました。
「えっとですね、エネルギーが出ているっていっても、ほんの僅かですから大丈夫です。しかも、この、ビーナスメタルが出しているVMエネルギーは人畜無害なんです。放射線みたいな危険は全然ありません。」
「えっ?」
「そ、そうなんですか?」
お2人とも、ようやく、普通の姿勢に戻りました。小杉さんは、倒れてしまった椅子を元に戻しすと、ゆっくりと座りました。
「しかし、そこまで怖がられるとは思わなかったな。」
川崎さん、まだ笑みを浮かべています。お2人の反応がそんなに意外だったのでしょうか。
「あの、」
小杉さん、ちょっとまだ、ビクビクしてるっぽいのですが、何か話し始めました。
「もしかして、その石は、さっきの動画の中でニック・カウペルさんが説明していた鉱石なんですか? だとすると、大雪山系の谷間で見つかった箱って、ニック・カウペルさんが未来から送った箱なんですか?」
「でも、動画の中では、3年前の自分に送ろうとしてたはずよ。」
「動画の中でカウペルさんが話している時が、西暦2350年て言ってたよね?」
「うん。それを3年前の自分に送ろうとしてたわ。」
「てことは、西暦2347年か。箱が見つかったのが2050年だよね。300年だよ。計算合わないな。ていうか、時間を越えて荷物を送るっていうのが、そもそも、怪しすぎるけど。」
小杉さんとライラさん、考え込んでしまいました。それを見て、鵜の木さんが話し始めました。
「その、計算が合わないという点は、僕達も何度も議論しました。一時期は、研究室のメンバが顔を合わせると、その議論ばかりをしてました。それでも、結論は出ませんでした。ただ、箱の中には、鉱石の入ったケースがあって、そして、実はメモリカードの中に、先ほどの動画が入っていたんです。あと、紙に印刷された論文ですが、中身を見ましたが、間違いなく、僕等の今の時代にはない、未来の技術に関するものでした。」
「ていうことは、この箱は、西暦2350年のニック・カウペルさんが送ったもの、の可能性が限りなく高い、ということですか?」
「そうです。断定は出来ないんです。」
小杉さん、また黙り込んでしまいました。
「どうした、小杉君。何か疑問でもあるのか?」
「その箱が未来のニック・カウペルさんが送ったものだとすると、動画の中で説明されているように、これから300年後に、地球が異星人の侵略を受ける、という説明も本当だということになってしまいますよね。」
そう、そこなんです。
「しかも、いま現在我々がいる『今』は本来の『今』から、明らかに変更されてしまっているからな。」
「それは、どういうことなんですか?」
「本来なら、我々はビーナスメタルを持っていないはずだと思うのだ。だが、現実は、こうして手元にあるのだ。」
「で、でも、そんなこと言ったら。」
「そうだ。もしかしたら、明日にでも地球は異星人による侵略を受けるかもしれないのだ。」
全員黙り込んでしまいました。
特に、今日初めて説明を聞いた小杉さんとライラさんは、何か混乱しているような、不安を感じているような、苛立っているような複雑な表情です。
だいぶ長い時間が経ちました。
「それで、」
やっと、小杉さんが口を開きました。
「僕とライラは、何をすればいいんですか?」
川崎さん、静かな声で伝えました。
「現在建造中の新型宇宙船に乗り込んで、それぞれ責任者として、船の運航に携わってほしいのだ。」
「新型宇宙船?」
小杉さんが聞き返しました。ライラさんも顔を上げました。
鵜の木さんが、お2人に、やはり静かに、しかし自信溢れる声で教えました。
「『ノースロード』、と言います。」
「ノースロード?」
「はい。」
そうです。
『宇宙巡光艦ノースロード』
ここ、日高基地の第1ドックで、もう間もなく、産声を上げようとしていたのでした。
(つづく)
はとばみなと
■宇宙巡光艦ノースロード
第1章 プロローグ
第3節 気持ちが追いつく時
お昼です。
ランチです。
朝一で始まった、小杉さんとライラさんへの説明は、少し長引いてしまって、やっと休憩になりました。いま、13時ちょっと前です。
私、お2人に聞いてみました。
「食事は朝と同じメインダイニングでお願いできますか?」
「あ、いいですよ。」
小杉さんが、緊張から解放された感じの表情で答えてくれました。
「場所、わかります、よね?」
「ええ、大丈夫です。」
「あ、じゃあ、お願いします。」
小杉さんとライラさん、日高基地のメインダイニングに来ました。
「ここ、メニュー多いよね。朝食べた鮭の塩焼きも美味しかったし。」
「そうね、それに、内装も落ちついていて良い感じよね。」
2人は、食べるものを決めると、カウンターの前の列に並びました。ここのダイニングはセルフサービスなんです。
「はい、次の人は?」
小杉さんの番ですよ。
「えっと、カツカレー大盛でお願いします。」
「あいよっ! カツ大盛り。」
女将さんが威勢良く厨房の中に伝えます。
「はい、そっちのあなたは?」
「えー、本日のパスタセット大盛りで。」
「はい、パスタ大盛り!」
おお、小杉さんだけかと思ったら、ライラさんも食べる方なんですね。そう言えば、昨日も帯広駅で、小杉さんと一緒に豚丼の大盛りを食べていました。
と、女将さんが小杉さんとライラさんに尋ねました。
「ちなみに、お2人は新人さんかい?」
小杉さん、ちょっと驚いた感満載です。
「え、え、えっとですね、今日、説明を聞いて食事の後ドックを見学して、そのあと、たぶん。」
「あ、そうなんだね。じゃあ、たぶん明日からも来てもらえるのかな。」
凄いです。ナイスプッシュです、女将さん。
日高基地のメインダイニング『日高亭』のフロア長、新田恵子さんです。旦那さんの新田茂樹さんは、ここ『日高亭』のシェフで、銀座や赤坂の有名レストランでも働いていた有名な方なんです。今も、厨房の奥でフライパンを煽ってるのが見えますね。それで、有名店を渡り歩いた後、ご夫婦で都内で小料理店を開いていたのですが再開発に伴って店を閉じるタイミングで、川崎さんがお2人まとめてスカウトしたのです。なんと、ノースロードの艦内に設けられる乗組員用のレストランは、このご夫婦にお願いすることになっているのです。もちろん、いま働いているスタッフの方も一緒にです。今から、ノースロードでの食事が楽しみです。
そるで、小杉さん、女将さんに押されっぱなしのようです。
「え、あ、はははっ、まあ、午後の見学次第ってことで。」
「なら、大丈夫だ。みんなで頑張って、とっても立派な物を作ってるからね。」
「そ、そうなんですね。」
「もちろんだよ。みんな、すごく頑張ってるんだよ。」
はい、がんばってます。みんなもがんばってます。勤務時間数だけ見たらブラック企業かと思われるかもしれないくらいにがんばって働いているのです。
あっ、
誤解されると困るのですが、あくまで、例え話で、日高プロジェクトがブラック企業だなんて思っている人はひとりもいません。みんな、未来の技術を取り入れた最新宇宙船の建造に夢中なのです。みんな、自分の好奇心を満たすべく、日々、新しい技術に挑戦しているのです。
小杉さん、女将さんの言葉にタジタジです。
「さ、参考になります。」
「あ、はいよ、カツカレー大盛と、本日のパスタセットも大盛りだね。はい、ありがとさん。」
というわけで、注文したメニューが出て来て、小杉さん、やっと開放されました。
「ちょっと油断してたよ。」
「ん?」
「まさか、あそこで、あんなに猛プッシュされるなんてさ、思わないじゃん。」
ふふふっ。女将さん、接客のプロですから。
小杉さんとライラさんは、2人掛けのテーブル席に座りました。片側のシートは、お隣の席同士がつながったソファー席になっています。
「でも、小杉、嬉しそうだったわよ。」
「えーー、いや、まさかさ、あのタイミングで。」
「でも、本当のところ、小杉はどうなの?」
小杉さん、ライラさんの問いに、考え込む表情に変わりました。
ライラさん、さらに言葉を続けました。
「たぶん、今日の夕方くらいには、結論を伝えないといけないんじゃないかしら。」
そうですね、たぶん。確かに、私達の方から急かして答えを求めることはありませんが、プロジェクトの進め具合のことも考えると、今夜一晩考えてもらって、明日の朝一くらいに回答をもらえるとありがたいと思います。お2人にはあえて伝えてありませんが、小杉さんもライラさんも、非常に優秀なメンバ候補で、もしも、プロジェクトに参加いただけない場合は、次の人選がとても難しくなると思うのです。私としては、良い答えをもらえることを祈りつつ、その時を待っている状況なのです。
小杉さん、ライラさんの問いに、ゆっくりと、言葉を選ぶように答えました。
「んー、まあ、頭では分かってるつもりだよ。まだ、怪しげに思っているところとか、漠然とした不安もあるんだけど。」
頭では分かっている、というのは、もう少し具体的に言ってもらうとどういうことなのでしょうか。
「気持ちが、まだ、追いつけてないって言うのかなあ。」
「それ、分かるわ。」
確かに、その感覚、分かるような気がします。背中を押してもらえる何かがあればとも思うのですが、何かあるかなあ・・・。
「まあ、今日この後、その、新型の宇宙船を見て、どのくらい心に響くか、だよね。」
「私も、そう思う。」
それなら、自信があります。大丈夫です。ノースロードは、日高プロジェクトのすべてのメンバーの思いがギュッと詰まった自信作なのです。技術的に難しい部分もありました。何しろ、現代にはない、未来の技術を使っているパーツも数多くあるのです。なかなか理論が分からない、分かって作ってみても予想通りに動作しない。そんなことの繰り返しでした。でも、それを一つずつ解決して、そして、自分達のものにしていったのです。ノースロードのすべてのパーツが、私達プロジェクトメンバーの努力と熱意の結晶なのです。
「それとさ、」
「それと?」
て、あれ?、折角熱く語ってみたのですが、小杉さん、何か特別な問題でもあるのでしょうか。なんか、もじもじして言い出しにくそうな顔をしてますが。
「えっと・・・、ライラ、と、さ、一緒ならやっていけるかなって思っててさ。」
「え?」
えっ?
「だって、午前中に説明してもらった話、全部ほんとなんだろうけど、だとするとさ、僕等、とんでもなくすごい仕事をするんだよ。今までに誰も経験してないような。だったら、その難しい仕事を達成するためにも、心が通じ合える、優秀な仲間と組みたいんだ。で・・・、えっとさ、ライラ・・・となら、それが出来る、かなって、思ってたりするんだけど・・・。」
なんか、とっても真面目な話にも聞こえますが、えっと、要約すると、小杉さんは、ライラさんと心が通じ合える仲になりたい、ということなのでしょうか? まさか、これは、ひょっとして・・・!
「ちょっとおーー?」
あ、ライラさんも、ピンときたようです。
ライラさん、ちょっと意地悪そうな強気な口調です。でも、とっても嬉しそうな表情をしています。少し前のめりな感じで小杉さんを見つめました。
「それって、もしかして、告白だったりするのかしら?」
ライラさんのその言葉を聞いて、小杉さんが一気に慌てたような顔付きに変わりました。なんか、赤くなってるようです。
「えっ、そ、そういうのじゃなくてさ、その、純粋に仕事としてさ・・・、」
もう、小杉さんてば完全に動揺しています。でも、そういうところ、素直な感じで良いと思いますよ。
「わかってるわよ。」
ライラさん、そう言うと、笑顔ながら少しだけ真面目な表情で小杉さんを見つめました。
「私も、小杉と一緒なら出来るかなって思ってたところよ。」
「えっ? そ、そうなの?」
「ふふっ。」
やったじゃないですか、小杉さん! 絶対、OKってことですよ。きゃーーー、凄いシーンを見せてもらっちゃいました。ふふふふっ!
さて、同じ頃、本物の私はというと。
結局、ランチは食べそびれてしまったんです。席に戻ったら、プロジェクトメンバーからの技術的な質問やら、外部の企業からの問合せやら、事務手続の確認の連絡やらのメールが山ほど届いててですね。
「えーっ、もう、こんな時間。これじゃお昼食べる余裕ないよーー。」
という状況なのでした。
「どうしよう、お腹鳴っちゃうよーー。」
でも、小杉さんとライラさんに、プロジェクトに参加してもらえるかどうかの瀬戸際なんです。
「よおし! がんばれー、私。がんばれー、私のお腹!」
そして、小杉さんとライラさん。食事を終えると、集合場所である第1ドックの前まで来ました。
「ここだね、第1ドック。」
「そうみたいね。」
ちゃんと、『第1ドック』と書かれた看板もあります。
「お、早いな。食事はちゃんととったのか?」
そう言いながら、川崎さんが現れました。鵜の木さんも一緒です。
「不動君も来るはずだな。」
「はい、オフィスにはいました。」
ちょっと待ってると、少し離れたところから声がします。
「あー、みなさん、すみませーん。遅れましたーー。」
私、第1ドックの入口に集まっていたみんなに手を振りながら叫びました。
「ゆっくりでいいぞ、不動君。」
川崎さんが、落ちついた声で注意してくれました。でも、既に、私の気持ちは焦りまくってたみたいなんです。
「あ、だめだめ、走っちゃ!」
鵜の木さんが必死の形相で叫んでくれたのですが。
「きゃーーー。」
すってんころりん。
私、見事なくらい華麗なフォームで転倒してしまったんです。これが競技なら、間違いなく、最高得点だと思います。
不思議なんです。
私、滑って転ぶ瞬間が見えたんです。
まるで、スローモーションを見るように。
まず、踏み出した右足が滑り出して、続けて左足を前に出そうとしたのですが、体全体が腰の辺りを軸にして仰向けに斜めになり始めて、そして、蹴り上げた左足が上に上がっていくのと同時に、宙に浮いた状態の体全体が下に落ち始めて、まず、お尻が地面に激突、そして、直後に背中と両腕、そして後頭部も地面に打ったのでした。
「いったーーい・・・。」
私、凍り付いた地面の上に仰向けに転がっていました。
「大丈夫か?」
「不動さん!」
川崎さん、鵜の木さん達が駆け寄ってきてくれました。近くに居合わせた、基地のスタッフの人達も集まってきました。
「どこが痛いんだ、腰か?」
川崎さん、私の横に片膝を付いています。
「えって、腰と、背中が。」
「頭は痛いか?」
「はい、少し・・・。」
「鵜の木君、荏原君を呼んでくれ。」
「はい。」
鵜の木さん、ケータイを取り出すと、医療室に電話しました。
「このままだと体が冷えると思うが、動かして良いものかどうか。」
体を打った場合は、余り動かさない方が良い場合もあるようですね。特に、頭を打っている場合は。
「すまない、通してくれ。」
連絡を受けた荏原さんと高津さんがやって来ました。
「意識はあるんですね。」
「うん、大丈夫そうだ。」
荏原さん、私の左肩に手を当てました。
「起きれそうかな? 不動さん。」
「あ、だいぶ落ちついた感じなので。」
「よし、支えてるから、上半身をゆっくり起こしてみて。川崎さん、そちらを支えてもらえますか?」
「うん、いいぞ。」
「はい、ゆっくり起きて。」
私、川崎さんと荏原さんにつかまって、ゆっくりと体を起こしました。
「うん、起きれたね。」
周りのスタッフの人達からため息が漏れました。
「気分はどうかな?」
「たぶん、大丈夫です。」
「うん、じゃあ、立ち上がってみようか。」
私、再び、荏原さんと、川崎さんにつかまってゆっくりと立ち上がりました。
「おーー。」
周りのスタッフさん達から歓声が上がりました。
「うん、立ち上がれたね。歩けそうかな?」
「はい。」
「よし、一応、医療室に行こうか。」
というわけで、医療室に行くと念のため、全身のCTスキャンを撮ったのでした。
一緒に診察室に来ていた小杉さんとライラさん。
「そういえば、昨日、小杉も転んだわよね。」
「うん、そういえば。」
「あまり、心配しなかったけれど、大丈夫だったの?」
「いや、別に何とも。」
その会話を聞いていた荏原さんが驚いたように尋ねました。
「君も転んだのかい? 大丈夫か?」
「はい、特に何ともないですが。」
川崎さん、ちょっと不敵な笑みを浮かべて荏原さんに教えました。
「何しろ、小杉君は、柔道も空手も師範だからな。」
「えーっ、小杉ってそんなスキル持ってたの?」
荏原さんよりも先にライラさんが叫びました。そりゃあ、驚きますよねーー。
「はははっ、なるほど、ちゃんと受け身をとったということなのかな?」
「ま、まあ、一応。」
「その才能を是非・・・、うん、その先はまだ言うのは早いか。」
いえ、もう、どんどんプッシュしても良いと思うんです。小杉さん、ライラさん、お願いします。
「おっ、スキャンは終わったのかな?」
「はい。診察室に戻って下さいということだったので。」
「うん、データは・・・、お、来たな。」
荏原さんが画面にタッチしました。
きゃー、なんか恥ずかしいですーー。私の全身の骨格が表示されてるんです。なんかちょっと恥ずかしいです。
「あんま見ないでね」
っていう感じです。まあ、骨格だけなのですが。
「んー、腰から背中は大丈夫だね。きれいな並びの背骨だ。」
えっ、褒めてもらったようですが、喜んだ方が良いのかどうか、悩むところです。
「頭も・・・、大丈夫だね。うん、異常なしと。」
良かったですー。いえ、私の不注意とはいえ、みんなに心配かけてしまったみたいで、どうも、すみませんでした。
というわけで、だいぶ遅れてしまいましたが、私達はやっと、第1格納庫の中に来ました。今いるのは10階の通路です。格納庫の中は、基本的に、1階から最上階まで空洞なのです。そして、各フロアの位置に、格納庫の中を壁沿いに周回する形で通路が設けられているんです。そして、格納庫の中の大空間で建造されているのが。
「これが、『宇宙巡光艦ノースロード』です。」
そうです。ノースロードなのです。
私は、自信満々で右手の手の平を広げて指し示すように紹介しました。
「これが、ノースロード。」
「新型の宇宙船。」
小杉さんもライラさんも、その大きさに圧倒されているようです。
全長が・・・m、全幅が・・・m、最大高が・・・m。未来から伝えられたビーナスメタルのエネルギーをVMリアクタで取り出して、ドライブパネルで発生させた推進力により飛行するのです。艦内は、人工的に重力を発生していて、食事や入浴も地球上で生活している時と全く同じに行うことが出来ます。乗組員数は・・・人。全員、個室が与えられて、日常生活上のプライバシーの配慮もバッチリなのです。
「こんなに、こんなに大きい物が、本当に飛ぶんですか?」
小杉さん、思いっきり本気で質問しました。
「はい。可能です。もちろん、ノースロード自体の試験はまだですが、ノースロードと同じ、VMリアクタとドライブパネルを使用した小型の宇宙艇『ノース・ホーク』が、既に浮上試験に成功しています。ですから、ノースロードも飛行可能だと信じています。」
「へー、技術自体のウラは取れてるんですね。」
小杉さんは通路を艦首の方向に歩きました。今いる通路はノースロードのブリッジよりもやや低い高さの通路なのです。
船体の色は白。漆黒の宇宙空間でも、はっきりと姿を視認できるように選ばれました。
小杉さん、ノースロードを前側から見ることの出来る位置まで来ました。この位置、小杉さん、かなり気に入ったようです。このあと、この場所からノースロードを眺めたり、眺めながら、ケータイやケーパッドで作業をする小杉さんの姿を、よく見かけるようになるのです。
再び、小杉さんが質問しました。
「要するに、ノースロードって、宇宙戦艦なんですね?」
その質問から間髪をおかずに、川崎さんが答えました。
「いや、ノースロードは宇宙戦艦ではない。宇宙巡光艦なのだ。」
「『宇宙巡光艦』?」
小杉さん、川崎さんの答えに首を傾げました。初めて聞く言葉だったからでしょう。その小杉さんに、鵜の木さんが説明しました。
「無限の宇宙空間を、『光』を超える速度で、自由に『巡』ることのできる『艦(ふね)』なんです。」
「宇宙巡光艦ノースロード・・・、へーー。」
小杉さん、なんか妙に納得したような表情です。
「うれしそうですね。気に入ってもらえた、っていうことなんですか?」
私、思い切って尋ねてみました。
「・・・、いや、まだ、ちょっと。でも、なんか、もしかしたら良い友達になれるかもしれないっていう気持ちが出て来たかなって思って。」
その、小杉さんの表現に、私もなんか嬉しくなってしまいました。
「友達、ですかー。やさしいんですね?」
あっ、小杉さんが少し照れたような顔付きになりました。
「えっ、えっ、そんなわけじゃないですけど。」
でも、小杉さんの、そんな優しさって必要だと思うんです。力強さと、心の優しさは、常に一緒にないとダメだと思うのです。どちらが欠けても人として不十分で、両方揃って初めて人として機能するようになると思うのです。そうやって考えると小杉さんは、私達のプロジェクトに是非とも加わってほしい人材だと思うのです。というか、たぶん大丈夫。小杉さん、必ず加わってくれます。
「えっと、そしたら、そろそろ中に入ってみませんか?」
鵜の木さんが、小杉さんとライラさんを誘いました。
「えっ、入れるんですか?」
「ぜひ、見たいです。」
というわけで、私達は、ノースロードのメインブリッジへとやって来ました。
「わー、すごいや。」
「なんか、現実世界とは思えないわね。」
私も、実際に中に入ったのは久し振りです。前回来た時は、まだ、設置されていない機器もありましたが、もう、設置はすべて終わっています。ふむふむ、進捗報告通りですね。
「でも、これは本物なんですよ。映画の撮影用の大道具ではないんです。」
「もちろん、分かっているし、信用してるつもりなんだけどね。」
ライラさん、まだ、驚きの気持ちが収まらないようです。確かに、ノースロードのブリッジは、SF小説で描かれるような風景が、まさに、具現化したような場所なのです。
「眺めがすごいな。」
小杉さん、ブリッジの一番前面まで行くと、外の風景を眺めました。ノースロードの前部甲板がまっすぐ伸びているのが見えます。正面と左右両サイドに壁があって、もちろん、上には天井もあります。ノースロードは、今はまだ、格納庫の中にいるのです。
小杉さん、視線を手前に落としました。
「あれ? あれ何?」
小杉さんは鵜の木さんを呼びました。
「あの、」
「どうしましたか?」
小杉さんは、ブリッジの全面ガラスから下の方を指さして質問しました。
「下に見える、あの、丸いのは何なんですか?」
「あ、ああ、あれはノースロードの主砲ですね。」
「主砲?」
「はい。ビーナスメタルの出すVMエネルギーを利用したVMキャノン砲です。」
そうなんです。ノースロードの武装でもある主砲です。
「へー。いま、下に見える2つと・・・?」
「はい。後の甲板にも2機、それと、艦底部にも2機で合計6機搭載しています。」
それを聞いた小杉さんが呟きました。
「装備だけ見ると、やっぱり、戦艦ぽいよな。」
小杉さん、何かしっくりこない様子です。その小杉さんを見て、川崎さんが話し始めました。
「確かにその通りだ。ノースロードには、宇宙を行く戦艦としても十分な武装が装備されている。その事実を元にして『宇宙戦艦』と呼ばれたとしても、否定することは出来ない。しかし、それでも、ノースロードは『宇宙戦艦』ではなく『宇宙巡光艦』なのだ。」
そう、それが、日高プロジェクトに参加するすべてのメンバーの意思であり、プロジェクトとしての正式な方針でもあるのです。
「もちろん、『戦争を否定して平和を望む』という考え方こそが、多くの人々の望む希望であることは承知している。私だって、戦場で敵襲の恐怖に怯えて銃を抱えながら仮眠するよりは、たとえ粗末でも、危険のない平和な家で、ゆっくりと休むことを望んでいる。しかし、人類の歴史を見ても、『平和を望み、戦争を否定する』という考え方が、必ず成り立ってきたわけではないのだ。平和を望んでも、一方的に攻撃されて占領されたり、中立という立場を逆に戦争の道具として使われたり。結局、戦争を望む、力を持つ独裁者の野望によって押しつぶされてしまうことも多いのだ。」
そうなのです。単に戦争の否定する、単に戦争を放棄するだけでは、戦争を望む者の野望を止めることは出来ないのです。
「で、我々日高プロジェクトの考え方なのだが、もちろん、平和を望むことに変わりはない。平和的な交渉、コミュニケーションで解決できるのならば、我々は戦うことはない。」
そうです。そして、重要なのは、その、次に来る思想なのです。
「だが、だからと言って、我々は、戦いを捨てるわけではない。戦うことを否定するわけではないのだ。地球上と同じように、この宇宙に、戦いを好む独裁者がいないとは限らないからな。」
この宇宙に、地球人以外にも生命体が存在したとして、そのすべての異星人が、平和的なコミュニケーションを望んでいれば何も心配する必要はありません。しかし、そうではない、戦いによって、自らの意思を相手に強要するような異星人が存在したら。
「今朝見てもらったビデオメッセージの通り、『未来の異星人』は、平和的なコミュニケーションを行うことなく、突然、戦闘を開始したと思われるのだ。もしも、我々が、戦いを否定していたとしたらどうなるだろうか。だから、我々も、戦う準備を怠るわけにはいかないのだ。」
『未来の異星人』。果たして、本当に、戦いを好む独裁者的な民族なのでしょうか。
「繰り返しになるが、我々の基本的な考え方として、まず優先すべきは、平和的なコミュニケーションだ。平和的な解決だ。しかし、相手がそれを望まなかったり、平和的な交流を行う意思を示さない場合には、戦闘によって解決しなければならない場合も起きうるのだ。」
この点は、日高プロジェクトに参加するメンバには、必ず伝えて、そして、了解してもらわなければならないことになっているのです。
「非常に重要なポイントだと思うので、もしも、小杉君とライラ君が、プロジェクトとは異なる考え方を持つようなら、今回のオファーを辞退してもらって構わないし、我々も君たちの意思を無視して、引き止めることはしない。その点は理解してほしい。」
そうです。なので、小杉さんとライラさんが、この考え方に賛同できずに、プロジェクトへの参加と辞退することもあるのです。
お2人の考えはどうなのでしょうか。
「あと、もう一つ、知っておいてもらいたいことがある。今も話したように我々は戦闘を行わなければならない可能性もあるのだが、しかし、その戦闘になった場合にも1人の犠牲者も出したくないのだ。」
おそらく、これを、単なる都合の良い考え方だと思われる方もいるでしょう。現実離れした絵空事だと思われる方もいるでしょう。でも、考えても見て下さい。宇宙船の乗組員になることが出来るような、高度な知識や技術を持つ人材を失うことの損失はどの程度の物なのでしょうか。もしも失ったとして、その代わりとなる人材は常にいるのでしょうか。また、そのさらに次に代わりになるような人材も、すぐに確保できるのでしょうか。
かつては、前線に派遣する兵士は、徴兵制により、いとも簡単に集めることが出来るなどという幻想を抱いた、軍の首脳もいたそうです。しかし、その結果は明らかで、軍の能力は瞬く間に低下して、敗戦へと続く下り坂を転げ落ちていったのでした。
「ですから、その目標を実現するために、ノースロードには強力なバリアシステムを搭載しているんです。」
鵜の木さんが、拳を握って。自信溢れる表情で話し始めました。
「バリアシステム?」
小杉さんとライラさんは、まるで、狐につままれたかのような表情です。
私も、気合を込めた声で、その『バリアシステム』について話し始めました。鵜の木さんと私の自信作であり、ノースロードを守る重要な装備なのです。
「はい。文字通り『バリア』です。ノースロード自身と、ノースロードのすべての乗組員を守る最強の盾なんです。もちろん、ノースロードの船体の全体を覆うことが出来ます。そして、物理的、光学的、あるいは、エネルギー的なすべての手段での、バリアフィールドの外側から内側への侵入を防ぐことが出来るんです。」
「それは、すごいや。」
小杉さんとライラさん、目をまん丸くしています。夢のような装備の話に驚いているに違いありません。でも、こんなのはまだ序の口。ノースロードには、まだまだ多くの、未来の技術が使われているのです。
でも、自信満々の私と鵜の木さんに、小杉さんが挑戦してきたのです。
「バリアシステムがあるのはわかりましたけど、真空の宇宙空間を飛ぶ宇宙船に、こんなに広いガラス面があっても大丈夫なんですか?」
小杉さん、ブリッジの最前面のガラスを指し示しています。
ノースロードのメインブリッジは天井の高い、広々とした空間なのです。2フロア分の空間を使っているとお伝えすれば、イメージして頂けるでしょうか。そして、ご指摘の通り、その天井の高い空間の、前面と、左右の、3つの方向は、天井から床まである大きなガラス面になっているのです。ブリッジ内からは、外の様子がはっきり分かるし、ブリッジの外からは、ブリッジ内が丸見えなのです。
「ははははっ、やっぱりそう思いますよね。その質問、いつ来るかと思ってましたけど、いま来ましたか。」
小杉さんには失礼ですが、鵜の木さん、満面の笑みを浮かべていて、とても楽しそうです。そして、自信ありげな声で説明を始めました。
「大丈夫です。このガラスはチタン合金をトランスペアレント化して作った、超硬質チタニウムガラスなんです。ガラスというと、とても脆いと思うかもしれませんが、この超硬質チタニウムガラスは、ノースロードの他の船体部分と同程度の耐久力があるんです。もちろん、万が一攻撃を受けた場合でも、他の船体部分と同じ防御性能があるんです。」
「それはすごい。」
しかも、この、超硬質チタニウムガラスですが、ガラスとしての透明度を自由に変えることが出来るんです。例えば、太陽のような恒星に接近した時には、透明度を下げることで、強烈な光や熱、電磁波から、乗組員を守ることが出来るのです。
小杉さん、ブリッジのガラスの説明に納得してもらえたのでしょうか。ちょうど斜め後ろに席を見つけるとシートを引いて座りました。
設置は完了しているのですが、シートにも、そして、シートの前のデスクに設置されているコンソール機器にもビニールカバーがかけられています。
小杉さん、そのビニールカバー越しに、設置してある端末を観察しているようです。その様子に気が付いた川崎さんが、小杉さんに呼びかけました。
「小杉君、」
「はい。」
川崎さん、鋭い笑顔で小杉さんを見つめながら伝えました。
「ビニールカバーを外してもいいぞ。それでは見にくいだろう。」
「えっ、いいんですか?」
「うん、構わないよ。」
小杉さん、腰を少し浮かすと、腕を伸ばして、端末の後ろ側にある、ビニールシートの端を掴みました。そして、そっと、持ち上げるようにして手前側まで持ってくると、シートはきれいに外れました。そしてさらに、シートを覆っていたカバーも同じように外したのでした。
ふふふっ! 小杉さんに全く説明はしていませんが、なんとなく、小杉さん、既に自分の席的な感じです。
やったー。
そえ、そうなんです。この光景が現実になってくれると良いのですが。
「えっと、画面はこんな風になる予定です。」
鵜の木さんが、自分のケーパッドに資料を表示させて説明しています。
「へー、なんかわかりやすいですね。艦内配置図に、各システムのステータス画面。ああ、そうですよね。火器管制画面も必要ですよね。これは、覚えがいがありそうだ。」
この画面て、鵜の木さんが設計して、作り込んだんです。小杉さんは小杉さんで、熱心に質問を続けています。うーん、なんか、その様子だけ見てると、既に、プロジェクトメンバーになったかのようにも思えてきます。川崎さんも、嬉しそうです。
ふと、視線を移すと、ライラさんも、いつの間にか席に座っていました。その席は、少し離れていますが、小杉さんの座る席の右隣に位置しています。
ノースロードの操縦席なんです。ライラさん、操縦桿を握ってますね。ちゃんと、シートの位置も調整したようで、いつでも発進できそうな態勢です。
「ライラさん、操縦席はどんな感じですか?」
「そうね、前に乗っていたシャトルは、コクピットが狭くて計器も無理矢理配置しましたって感じだったけど、この船はスペースが広いからその点は良さそうね。」
「ありがとうございます。で、ほとんどの操作は、この、操縦桿と一体化したサブコンソールからタッチ操作で出来るんです。」
操縦桿の軸の部分に小型のコンソールがあるのです。ここに、タッチ操作の可能なディスプレイがあって、表示内容を見ながら操作が可能なのです。
「でも、操縦桿が重くならないのかしら?」
「えっと、操縦桿は今の状態でも動かすことが出来ます。ノースロードは大型艦なので、操縦桿の操作の伝達は電子制御にならざるを得ません。ということは、今の操作感は、実際に飛行してる時と同じなんですね。」
「なるほど、そういうことね。」
ライラさんが、再び操縦桿を操作し始めました。
「どうですか?」
「んー、これがそのまま、実際に操作している感触なのね。だとしたら、良い感じだわ。重くもなく軽すぎもなく。私好みだと思う。」
「それは良かったです。」
ちょっと、ドキドキです。お目いっきりダメ出しされたらどうしようとか考えていたのです。この操縦桿の設計には私も関わっているのですが、私はもちろん、同じチームのメンバーも飛行機の操縦桿を触ったことがないのです。その状態で想像しながら作ったものなのです。
「あとは、操縦桿の操作を電子的に検知する時の反応速度とか、検知する感度とかのチューニングが問題になるのかしら。」
そこは、設計する時にも話題になりました。操縦桿の運動量を電子化して伝送するのですが、その過程で遅延が発生するのは困るわけです。しかも、物理的なメカには必ず『あそび』も存在するのです。要するに、ある一定の操作は検知されないのです。これは操縦桿には必要なのか?
やはり、そこは、実際に操縦する人の好みもあるはずだということで、出来る限りの設定値をパラメータ化して後から楽にチューニングができるようにしました。
果たして、その設計は、ライラさんの注文を反映させることが出来るでしょうか。
いまからドキドキです。
「いろいろ注文するかもしれないけど大丈夫かしら?」
「もちろんです。使いにくいところがあったら、遠慮なく教えて下さい。」
やー、言い切ってしまいました。頑張るぞー。
しばらくして、川崎さんが、小杉さんとライラさん、そして、鵜の木さんと私も呼びました。そして、小杉さんとライラさんに向かって話し始めました。
「私は、驚いているのだ。君たち2人を、ここに案内した後、私達が何も説明していないにも関わらず、君たちは今いるその席に座ってくれたのだ。実は、その席こそ、我々が、君たちそれぞれに任せたい、お願いしたい席なのだ。ライラ君の座っている操縦席、そして、小杉君の座っている統括席。どうだろうか。私は不器用なので単刀直入なお願いしか出来なくて申し訳ないのだが、我々のプロジェクト、日高プロジェクトに参加してもらえないだろうか。そして、今座っているそれぞれの席で、ノースロードの航海に参加してもらえないだろうか。」
なんとも、単刀直入なシンプルな言葉です。もっと、いろいろと話題を取り混ぜて話しても良いような来はしますが。でも、私、思うんです。実はもう、小杉さんもライラさんも、この艦ノースロードに乗り込むことを、つまり、日高プロジェクトに参加することを決めているのではないかと。何しろ、小杉さんは、先ほどからずっと、鵜の木さんから統括席のコンソールの操作方法を教わっているのです。ライラさんも、私に、操縦桿のサイズや可動範囲、そして、シートの調整方法について要望を言ってくれているのです。ちなみに、シートの調整方法というのは、聞いてから初めてなるほどと思いました。つまり、同じシートに複数の人が座ることを考えると、各人ごとのシートの調整がワンタッチで素早く出来ると良い、という内容です。要するに、緊急事態の最中に、パイロットの交代が必要になる場合があるかも、ということなのです。その場合は、シートの調整がワンタッチで出来れば、交代した新しい人が、迅速に操縦を引き継ぐことが出来るのです。この指摘はチームに持ち帰って検討したいと思ってます。
そして、川崎さんの率直なお願いに対して、小杉さんが話し始めました。
「もちろん、まだ、不安や疑問点は山ほどあります。その、統括席に座って具体的に何をすればいいのかも分からないし。でも、このプロジェクトと、この宇宙船、ノースロードに、大きな興味が沸いてきています。まだ、期待に応えます、とはとても言えませんが、このプロジェクトに加えてもらえないでしょうか。」
おっ! 小杉さん、小杉さん、OKのようです。えっと、ライラさんはどうなのでしょうか。
「私は、私の天職は宇宙船のパイロットだと思っています。でも、今の私は、その天職から外れてしまっています。その私が、新しく挑戦する仕事として、この宇宙船、ノースロードの操縦にはとても興味を持っています。この新しい宇宙船に相応しいパイロットになれるかどうか、今はまだわかりませんが、ぜひ、私も、このプロジェクトのメンバに加えてもらえないでしょうか。」
やりました! お2人からOKを頂くことが出来ました。帯広駅での待ち合わせをすっぽかされた時にはひどく落ち込みましたが、やっと、やっと、お2人にプロジェクトに参加してもらえることになったんです。
あ、すみません。なんか、ライラさんが私のところに来て、ハンカチを差し出しました。私、嬉しくて泣いてしまってたんですね。
その私を見て、川崎さんが、一瞬、笑みを浮かべました。そして、小杉さんとライラさんに、少し畏まって伝えました。
「ありがとう、小杉君、ライラ君。君たち2人を日高プロジェクトのメンバとして正式に迎え入れたい。ようこそ、日高プロジェクトへ。そして、ようこそ、宇宙巡光艦ノースロードへ。これから、よろしく頼むよ。」
川崎さんが、小杉さんとライラさんに向かって右手を差し出しました。その右手を、まず小杉さんが、次にライラさんが、そして、鵜の木さんと私も右手を乗せました。
私、思いました。
きっと、これから、すごいことが起きるんです。
いままで誰も経験したことのない、すばらしいことがおきるのです。
きっと。
(つづく)
はとばみなと
■宇宙巡光艦ノースロード
第1章 プロローグ
第4節 光の向こう側
西暦2054年5月6日。
日高基地。第2会議室。
「光速の約2倍、秒速60万Kmで10分間航行したいと思ってます。」
不動さんが明るい声で打合せの参加者全員に伝えました。
あの、あくまで個人的な感想なんですが、不動さんていつも明るくて、話していても楽しいのですが、打合せや講義で説明する時も同じ感じで話すんですね。本当はとても難しいことだったりするんですが、不動さんが話すと、なんか簡単に出来てしまいそうな気がしてしまうんですね。で、実際にやってみると、本当に出来てしまったりするんです。魔法をかけられたような、なんか不思議な感覚です。
光速の2倍のスピードで飛ぶ、というのも、実はとんでもないことだと思うのですが、不動さんに言われると何か出来てしまいそうな気も
さて、今回の不動さんの意見に、他の人はどんな反応を示すのでしょうか。
「光速の・・・、」
「2倍・・・。」
会議室正面のディスプレイの中で、布田教授とドミトリー博士が顔を見合わせました。
「まだまだ本来の目標にはほど遠いが、」
「しかし、それでも私達人類にとっては全く未知の領域ですよ。常識から完全に外れている。」
この2人は打合せには東京からリモートで参加しているのです。普段は高田馬場にある東京総合科学大学の柴崎研究室に勤務していて、プロジェクトで必要になるいろいろな事務手続や関係方面との窓口としての仕事を一手に引き受けてくれているんです。古淵首相や稲田防衛大臣と同じように裏方役を担当してくれていて、日高基地でのプロジェクトの運営は基地司令の川崎さんに任せているのです。
ただし、ノースロード・プロジェクトの正式な責任者は布田教授なので、重要な作業の前にはこうして説明をしているのです。もっとも、鵜の木さんや不動さんの説明に対して、布田教授とドミトリー博士が反対したことはないそうです。信頼されているし、そもそも、鵜の木さんと不動さんが優秀だからなのだそうです。すごいですよね、鵜の木さんも不動さんも。
しばらくの沈黙の後、布田教授がゆっくりと一言ずつ言葉を選ぶかのように話し始めました。
「うん、準備も検討も十分過ぎるほどにしたんだ。あとは実際に試して、その結果を示すしかないだろう。やろう。うん、やるしかないよ。」
ドミトリー博士も非常に慎重な面持ちで話し始めました。
「私も賛成だよ。余りにも重大で画期的すぎる理論だが、頭の中で何回検討し直しても、内容は完璧に正しいんだ。世界中にいる知り合いの研究者にも検討を依頼したが、皆、認めているのだ。君たちの示した理論は正しいと。誤りはないと。もうあとは実際に実験して、そして、その結果を胸を張って発表するだけだよ。」
鵜の木さんと不動さんが研究して、取り纏めた論文『VMエネルギー理論』。正直なところ、僕はほとんど理解できていませんが、鵜の木さんと不動さんが3年間、毎日、朝から夜中まで研究室に詰めて完成させた論文なのだそうです。そして、その示している回答は、あの、アインシュタインの示した相対性理論を越える、いや、覆してしまう、世紀の大理論なのだそうです。僕らってすごい現場に立ち会ってるんですね。
そして。
西暦2054年8月21日。
午前5時45分。
日高基地。
ピピピピッ、ピピピピッ、・・・
目覚まし時計のアラームが鳴り始めました。ここは、日高基地居住棟にある、僕、小杉の個室です。
「う、うーん・・・、」
ベッドに寝ている僕が、寝言のような声をあげました。今日、僕達は、人類の歴史上初めて、宇宙空間の超光速での飛行に挑戦するのです。つまり、僕達は初めて、宇宙に行くのです。ただし、まだノースロードは使用しません。『ノースホーク』という、ノースロードに搭載する艦載艇を使用します。言われると当たり前なのですが、いきなり、全長300mの大型宇宙船で前人未踏の超光速に挑戦するというのは、確かにリスクが高すぎます。なので、ノースロードよりもかなり小型で、かつ、ノースロードと同じように、VMリアクタからのエネルギーを使って、ドライブパネルで推進力を発生させて飛行する、ノースホークを使用することになったのです。ノースホークのブリッジ要員は5人です。川崎さんと鵜の木さん、不動さん、そして、ライラと僕で乗り込みます。日高基地からノースホークが発進するのは午前9時の予定です。なので、僕達5人は8時にノースホークに乗り込むことにしたのです。
ピピピピッ、ピピピピッ、
あ、あれっ? まだ、アラームが鳴り続けています。
なかなか起きねえなー、俺。
こらっっ、そろそろ起きろ!
「うーん、」
あ、やっと、目を開きました。
気が付いたようです。
体を捻りながら右手を伸ばすと、枕元に置いた目覚まし時計のボタンを押しました。
アラーム音が止んで、静かになりました。
いよいよ、今日の歴史的な試験の1日が始ま・・・、って、こらーーーーっ、また寝てるしっ! 早く起きろーーっ!
「うー、うーん、あ、あれ? もう朝か。」
そう呟きながら、やっとベッドの上で体を起こしました。
「なーんか、すげーうるさい奴に怒られた夢を見たけど、まあ、いいか。」
そう言いながら、伸びをします。
っていうか、アラーム付けたなら、ちゃんと起きないと!
ちなみに、もうすぐ完成するノースロードでは乗組員全員にそれぞれ個室が用意されることになっています。一人だけの専用の部屋です。ノースロード・プロジェクトは、乗組員やメンバーそれぞれの生活や仕事の環境に、とても気を遣ってくれているので、生活も仕事も、とても快適です。
「よし、起きるぞ。」
ぼくはベッドから起き上がると、いつものように着替えて部屋を出ました。
朝食を済ませると、早速、第2ドックへ向かいます。第1ドックはノースロードの建造用の大変大きな建物です。それに比べると第2ドックは小さいのですが、近づくとかなり大きいです。先週まで、僕もライラも、ここ、第2ドックでノースホークの試験に参加していました。1階の受付に詰めている警備員さんとも顔馴染みです。
「おはようございまーす。」
「おはようございます。ごくろうさまです。」
僕は搭乗口からノースホークの艦内に入ると、ブリッジに向かいました。ブリッジはノースホークで言うと3階のスペースにあります。僕は朝の挨拶をしながら入りました。
「おはようございまーす。」
「おはよう。さすが、早いわね。」
ライラがもう来ていて端末から設定確認をしているようです。
「どう、眠れた?」
ライラが尋ねてきました。
「うーん、結構寝たかな。僕って結構眠れる方みたいなんだよね。受験の前の晩とかも普通に寝てたし。」
まあ、神経は太いかもしれないですね。あんなにアラームが鳴っていたのに、なかなか起きなかったですから。
「おはよう。」
川崎さんもブリッジに来ました。
「2人とも早いな。ちゃんと眠れたのか?」
ははっ、川崎さんも同じことを心配してくれています。川崎さんは艇長席に腰掛けました。
『艇長』、って?
あまり聞かない言葉かもしれません。僕達が乗り組んで、これから宇宙に向けて飛び立とうとしているノースホークですが、正式名称は
『宇宙巡光艇ノースホーク』
なのです。ちなみに、みなさん、もうご存じかと思いますが、ノースロードの正式名称は、
『宇宙巡光艦ノースロード』
なんですね。理由は簡単で、ノースロードは、全長が約300mの大型の宇宙船。これに対して、ノースホークは全長が約65mと、ノースロードに比べるとかなり小型なのです。なので、『宇宙巡光艦』と『宇宙巡光艇』という、異なる種別になったのです。
そらで、今回、川崎さんは、ノースホークの責任者役を務めるので『艇長』なのです。
「まあ、艇長でも、船長でも何でも良いのだがな。」
とは、川崎さんの弁。でも、一応、けじめなので、よろしくお願いします、川崎さん。
「おはようございまーす。」
鵜の木さんも来ました。なんか眠そうです。あくびをしながらの登場です。
「眠そうだが大丈夫か? 1日頼むよ。」
「了解です。」
さて、ノースホークについて、もう少し、ご紹介しましょう。
既に書きましたが、全長は65mで、建造中のノースロードに比べるとかなりの小型艦です。船体は、ノースロードと同じく全体が白い色の四角い柱状の構造で、その甲板上に、ブリッジとその付随するスペースが乗っています。
ノースホークの前半分は、ブリッジや乗組員用の寝室、食堂、作業スペースになっています。寝室は残念ながら2人部屋です。船体が小さいので、ノースロードのような個室には出来ませんでした。
そして、後ろ半分は、カーゴルームと、最後部にVMリアクタを収めた機関ブロックがあります。
ブリッジでは、発進前の確認作業が行われています。
「ん?」
川崎さん、どうしたのでしょうか?
「そういえば、不動君が来ていないようだが。」
「あれ、そうですね、もう、こんな時間か。」
ノースホークのブリッジは定員5人です。
一番前の右側が操縦席です。今回はライラが座っています。そして、左側が統括席で、いまは僕が座ってます。
その後ろの左右の席は、厳密には汎用の、その時々によって使い分けの出来る席になっています。今回は、右側に鵜の木さんが、そして、左側に不動さんが座る予定だったのですが。誰も座っておらず、ぽっかりと空いています。
あ、ちなみに、川崎さんの座っている艇長席は前から3列目、ブリッジの最後部の左側にあります。その艇長席の右側にはブリッジから後方に出る出入口があります。
「すぐ連絡してみます。」
鵜の木さんが不動さんのケータイに電話しています。
「んー、時間もあまりないからな。」
川崎さん、自分で通信システムを起動して、日高基地の管制ルームを呼び出しました。
「ニコラです。どうしましたか?」
「不動君がまだこちらに来てないんだが、何か聞いてないか?」
「いえ、聞いてませんが。」
「すまないが、探してもらえないか?」
「わかりました。すぐに対応します。」
「頼む。それと、ノースホークの準備は予定通り進める。」
「はい、了解しました。」
ニコラさんは日高基地の副司令です。フランス陸軍出身で、日本とNATO軍の交流会の際に川崎さんと知り合いになったのだそうです。
それにしても、不動さん、どうしてしまったのでしょうか。
「川崎さん、」
「なんだ?」
「艦内の最終巡視を始めます。」
「そうだな。よろしく頼む。」
僕は、ブリッジを出ました。最終巡視というのは、発進前に、船内に異常がないことを実際に見廻りして確認する作業です。ノースロードのような大型艦では無理ですが、ノースホークは小型なので実際に見て回る運用になったのです。
僕は、機関室、カーゴルーム、居住ブロックの順で点検を済ませました。
「よし、次はオペレーションルームと。」
オペレーションルーム。ブリッジと同じフロアの、後ろ側にある部屋です。カーゴルームへの積み下ろしなどの際に目視で確認しながら作業の出来る部屋です。
「あ、あれ?」
ちょっと、驚きました。人はいないはずなのに、誰かいるんです。
「ふ、不動さん・・・?」
「う、うーー・・・、」
あ、不動さん、何か、唸るような声を上げると、目を開きました。目覚めたのでしょうか。
「はーー・・・。」
大きくため息をつきました。
「ふ、不動さん?」
僕は、もう一度、呼びかけてみました。
「あ、あーーー!」
不動さん、むくりと体を起こすと、思い切り体を伸ばしています。そして。目をこすりながら僕に言いました。
「あちゃー、あたし、寝ちゃったんですね。」
「そ、そうみたいですね。どうしちゃったんですか? こんな場所で。」
「ここって、個室なので落ちつくんですよ。それに、机も広いし。」
不動さん、まだ目が覚めたばかりで、いまの時間とかまで気が回っていないようです。
「ま、まあ、そうですね。で、不動さん・・・、」
僕は、一応、話を合わせつつ、不動さんに尋ねました。
「えっと・・・、あ! もしかして? もう、今日ですかっ!?」
なんか、支離滅裂な質問ですが、不動さん、やっと気付いたみたいです。はははは・・・、ちょっとすごいことになってるんですよね・・・。
「きゃー、どうしよう! あたし、シャワーも浴びてないし、食事もしてないし、あーー、もう間に合わないですねーーー、がっかりーー。」
そうなんです。昨日ランチした後でこの部屋に入って、それで、超光速航行試験の確認を始めたんです。でも、その途中で、眠ってしまったんですよね。だから、昨日の夕食も食べていないし、今朝の朝食もまだなんですーー。どうしよう。
・・・あれっ?!
・・・って、
・・・もしかして、
はっっ!
私って、語り部のお仕事も、ブッチしちゃいましたー? えーーっ、大変。大丈夫だったんでしょうか・・・。あ、小杉さんがサムズアップしてくれてますけど・・・。ということは、もしかして小杉さんが代わりにやってくれたんですか?
す、すみませんですーーー!
というわけで、私は小杉さんに連れられるようにして、ブリッジに行ったのでした。
「おはようございますーー。すみません、遅くなりましたーー。」
「不動君!? どこにいたんだ?」
川崎さん、目をまん丸にして私を見つめています。すみません、すみません、すみませんの10000乗です。
小杉さんが、まず、報告してくれました。
「えっと、艦内巡視中に、オペレーションルームで見つけました。」
「オペレーションルーム? なぜそんな場所で?」
川崎さん、引き続き、驚愕の様子です。
「えっと、個室なので仕事しやすいなーと思って、昨日のランチの後から、超光速航行試験の確認作業をしてたんです。」
「それで?」
もう、そのままを報告するしかありません。
「そしたら、時間は分からないんですが、途中で眠ってしまったらしくて。気付いたら横から小杉さんがのぞき込んでいました。」
「なるほど。そういうことか。」
やっと、状況を分かってもらえたようです。いえ、もう、何も言い返せません。私ってば、どうしてしまったんでしょうか。
「不動ちゃん、食事とか大丈夫?」
ライラさんにも、心配をかけてしまったみたいです。もう、本当に申し訳ありませんでした。
「それが、昨日のランチ食べてから、何も食べてなくて。」
「2食抜きね。」
はい。でも、空腹感はほとんど感じてなかったりします。お腹が空きすぎてしまったのと、この事態の恥ずかしさで・・・。
「で、シャワーも浴びてなくて、着替えもしてなくて。」
「あー、それは辛いわよね。」
はい。もう、何ともならない感じですね。
「小杉、」
川崎さんが、突然、小杉さんを呼びました。
「私の名前で、女将さんに弁当を頼んでくれ。10分以内に届けてくれと。」
「了解しました。」
「さすがに、2食抜きではダメだ。重要な試験だからな。」
あちゃー、申し訳ありません、川崎さん。私のためにお弁当を手配してくれるなんて。女将さんにも、あとでお礼しとかないと。
「よし、とりあえず、試験は予定通り開始しよう。発進15分前だ。不動君も席についてくれ。」
「は、はい。」
そうなんです。いよいよ、今回の試験航海で一番難しい試験をするんです。
超光速航行試験、です。
航行ルートは簡単です。ノースホークは日高基地を発進後、一旦、地球の周囲巡る周回軌道に入ります。そこで、VMリアクタなど主要なシステムの最終点検を行います。問題がなければ周回軌道を離脱。ノースホークは加速しながら、地球が太陽の周りを回る公転軌道を、地球を追い越してひた走るのです。途中、光速の2倍の速度に達したら、その速度を維持しながら10分間飛行します。その時間が過ぎたら光速の半分ほどの速度に減速。地球に追いついたら試験終了です。所要時間はおよそ1時間半を予定しています。
ちなみに、歴史上で初めて、地球と月から離れて、その外側の太陽系の空間を有人飛行するんです。地球を出発してまた地球に戻ってくるのですが、一応、惑星間飛行と呼んで良いのではないでしょうか。
そうか、順調にいけば、今日のランチは日高基地のレストランで食べられるんですね。
「この試験が成功したら、本当に宇宙の時代が来るのかしら。」
ライラさんが操縦席で航行システムのチェックをしながら言いました。
「うん。来るよ、絶対に。」
統括席で船内システムの確認を終えた小杉さんが、力強い声で答えました。
嬉しいです。信じてくれていて。うん、絶対に成功させないと。
ごめんなさい、アインシュタインさん!!
あなたの創り出した物理学の世界、
私が書き換えさせてもらいます!
・・・、
あちゃー、言っちゃった・・・。
もう、引き下がれないなあ・・・。
・・・、
あ、小杉さんのケータイが鳴ってます。ひと言ふた言話すとすぐに切って報告しました。
「女将さんがお弁当を持って来てくれたそうなので取ってきます。」
「うん、頼むよ。」
間違いないです。私のお弁当です。女将さん、川崎さん、小杉さん、ありがとうございます。
小杉さんはすぐに戻ってきました。
「はい、不動さん。」
「わー、ありがとうございますーー。迷惑をかけてしまってすみません。」
「ははっ、大丈夫だよ。」
小杉さんが席に戻ると、川崎さんが私に指示しました。
「管制センターにつないでくれるか。」
「はい。」
「ニコラです。」
「うん。時間だ。格納庫を開いてもらえるか?」
「もちろんです。」
マイクの向こうで、ニコラさんの出す指示が聞こえました。
「格納庫を開いてくれ。」
ノースホークが格納されている第2格納庫の屋根が、縦に、左右に割れるように開き始めました。その、開き始めた屋根の間から青空が見え始めました。暖かい日差しも差し込んでいます。
「格納庫の展開完了。」
「よし。」
ニコラさんがメインディスプレイの中でこちらに向き直りました。
「川崎さん、格納庫の展開完了しました。」
「では、ノースホーク、浮上する。」
「了解です。こちらでもモニタします。」
川崎さん、マイクをミュートにするとライラさんに指示しました。
「ノースホーク浮上。慎重に頼む。」
「了解。浮上を開始します。」
ライラさん、足下のペダルを、わずかに踏み込みました。
ノースホークはゆっくりと浮上を開始しました。
「高度、10。」
既に、ブリッジは格納庫の上に出ていました。北海道日高山地の山並みが見えます。そして、その切れ目、ノースホークの進行方向に、わずかに水面が見えます。
太平洋です。
「高度、20。」
ノースホークは静かに、音も振動もなく上昇します。
VMリアクタで発生させたエネルギーをドライブパネルに投入すると、推進力が発生するのです。この推進力で、ノースホークは飛行するのです。
ですから、ノースホークには、エンジンの噴射ノズルや、プロペラのようなものは、一切装備されていません。この艦、ノースホークも、間もなく完成するノースロードも、これまでの航空機やロケットとは、根本的に異なる、全く違う原理で飛行するのです。もちろん、大気圏内でも、宇宙空間でも、同じように飛行が可能なのです。
「高度、40。」
「姿勢良好。艦内各システムに異常ありません。」
小杉さんが報告しました。ノースホークの姿勢は、操縦席でも分かるのですが、必要に応じて、統括席でも監視する態勢になっているのです。
「高度50。浮上停止しました。」
「ノースホーク、全艦正常。」
「よし。」
川崎さん、頷きながら立ち上がりました。マイクのミュートを解除すると管制室に伝えました。
「では、行ってくる。留守を頼むよ。」
「了解です・・・、と言うか、あなたの口調からすると、ちょっと買い物に行くくらいの口ぶりでしたが。」
「ん? そんな風に聞こえたのか?」
「はい。」
「なるほど。私としてはそう言うつもりはなかったのだがな。しかし、今日のテストに成功すれば、宇宙は、指摘の通りの気楽に行くことの出来る場所になるだろう。」
「そうですな。」
「そういうことだ。」
「了解しました。無事の帰還をお待ちしています。」
再び通信をミュートにするとライラさんに指示しました。
「よし、発進しよう、ライラ。」
「了解。」
ノースホークは、谷間に沿って水平飛行を開始しました。右に緩くカーブして飛びます。
「港を越えます。」
眼下に見える目黒漁港を飛び越えました。
「ライラ、上昇を開始してくれ。」
「上昇を開始します。」
ノースホークは艦首を上げて上昇を開始しました。白い船体のノースホークが、青空の中を、高く、さらに高く、宇宙を目指して駆け上っていきます。
「現在、高度80。」
少しずつ、少しずつ、空の色が変わっていきます。いままでは真っ青だった空が段々と暗くなっていくのです。
「高度90。」
辺りは静まりかえっています。その、静けさの中を昇っていくノースホーク。鵜の木さんも私も、そして、みんなも、空の色の変化を見つめています。
「高度100。」
ライラさんが、小杉さんを見つめました。
そして。
「ようこそ、宇宙へ。」
そうなんです。国際航空連盟という組織が定義しているのです。
『高度100kmから上を宇宙とする』
と。なので、ノースホークと私達は、ついに、宇宙に足を踏み入れたのです。いえ、踏み出したのです。
小杉さん、一瞬の沈黙の後、少々興奮気味に言いました。
「すごい、すごいよ。宇宙に来たんだ!」
ノースホークは、さらに高い空へと、宇宙へと昇っていきました。これまで使われていたロケットとは全く異なる力で飛ぶノースホーク。未来の技術を使って建造されたノースホークが、私達の生きる現在の空を駆け上っているのです。ロケットのような激しい振動もなく、ロケットのような強烈なGもなく、ロケットのように、膨大なエネルギーと、ロケット自身のパーツを使い捨てることなく、地球の表面から大気圏を脱出して、宇宙空間へと向けて、既にまっ暗になった空を上昇していきました。
「高度400。上昇を停止、周回軌道に入ります。」
川崎さんが立ち上がりました。
「周回軌道に入ったことを確認しました。高度406メートルで、地球の周囲を回る軌道にいます。」
川崎さん、大きく頷くと、全員に向かって話しました。
「みんな、良くやった。我々はついに宇宙に出たのだ。これまで宇宙で活躍したどの宇宙飛行士よりも楽にな。しかし、それは、我々が手を抜いたとかインチキをしたわけではないのだ。ついに、宇宙は、誰にでも、君たちのような一般人でも、簡単に来ることの出来る場所になったのだ。我々人類は、初めて月面に降り立った時に、大きな一歩を記したが、君たちは、さらに大きな二歩目を記したのだ。胸を張るんだ。一生、誇っていい。そして、君たちは、この後、さらに大きな三歩目も記すのだ。言うまでもないが、超光速航行試験だ。まずは、各自担当システムの最終確認を行ってもらいたい。そして、しばし、休憩を取り、英気を養った後に、三歩目の挑戦を行いたいと思う。うん。つたない言葉だが、私からは以上だ。」
みんな、大きく頷きながら、互いに顔を見合わせました。そう、もちろん、ノースホークで宇宙に出ることが出来たことも、大きな一歩なのですが、やはり、本命は、超光速航行試験なのです。光の速度を超えることが出来なければ、日高プロジェクト自身、前に進むことが出来なくなるのです。
全員、早速、担当システムの点検を始めました。
ちなみに、作業を始めた私の横に川崎さんが来て、小声で言いました。
「この軌道上での確認作業は、時間に余裕を取ってあるからな。君は食事とシャワーを済ませた方が良い。」
隣で聞いていた鵜の木さんにも言われました。
「うん、不動さんの分の点検は僕がやっておくよ。」
あちゃーー、ごめんなさいですーー。
でも、空腹のせいで、どうも、頭の回転が鈍いような気がしますし、髪の毛がベタベタなのも気になってたんです。川崎さんと鵜の木さんにはお礼を言って、私は先に休憩を取らせてもらいました。
あ、そうそう。ノースホークは単独で1ヶ月程度は宇宙空間で活動できる想定で作られています。なので、今回使う予定はありませんでしたが、シャワールームもあるのです。
まさか、地球を巡る周回軌道上でシャワーを浴びて、お風呂にも入ることが出来るとは。
なお、ISS、国際宇宙ステーションにはシャワーはありました。それはそうです。長くなると何ヶ月間かISSの中で生活するのです。シャワーぐらいは使えないと、ですよね。なお、ISSにも、お湯に浸かることの出来る浴室はありませんでした。
無重力なので、水を溜めることが出来ないのです。
でも、ノースホークは違います。人工重力システムが搭載されているので、地球上と同じようにお湯に浸かって入浴することも出来るのです。
まさに、隔世の感です。
ノースホークは地球の周回軌道上にいました。
私達5人とも、宇宙服に着替えていました。もちろん、絶対に成功するはずですが、やはり万が一の事故に対する備えは必要です。ヘルメットも着用して万全の体勢です。
「現状報告。」
川崎さんが落ち着いた声で指示しました。
「VMリアクタ、正常。ドライブパネル、異常なし。」
「重力システム、正常。艦内環境システム、異常なし。レーダー及び各種センサーも異常なし。」
「航海システム、異常なし。姿勢制御システム、異常なし。」
「火器管制システム、異常なし。バリアシステム、正常。」
最後に小杉さんが一言、まるで宣言するかのように報告しました。
「ノースホーク、全艦異常なし。」
いよいよ、超光速航行試験の開始時刻なのです。
川崎さんが、ややあらたまった低くて力強い声で指示しました。
「よし。ノースホーク、発進。」
「ノースホーク、発進します。」
ライラさんは復唱すると操縦桿のサブコンソールのキーを軽く叩き、足下のペダルを強く踏み込みました。
ノースホークは右手に月を見ながら、地球の周回軌道を離脱しました。ぐんぐん加速します。
「地球の周回軌道からの離脱を確認しました。ノースホーク、地球の前に出ます。」
これからノースホークは地球の公転する軌道をひた走るのです。ですから、まずは、地球の前に出なければなりません。
「現在の速度、光速の3%。加速します。」
光速は秒速約30万Kmです。その3%ですから秒速約9,000Kmですね。地球の周囲の長さが約4万Kmなので、おおよそ、1秒間に地球を4分の1くらい回れそうかな、というスピードです。ちなみに、秒速です。1秒間に進む距離です。光速のたった3%とは言え、猛烈なスピードなのです。
しかし、ノースホークはさらに加速していきます。後ろにいたはずの地球の姿はとっくに見えなくなっています。
「光速の10%。」
さらに加速してゆきます。他の人は何もしゃべりません。じっと各自の目の前の端末を睨んでいます。
「20%。」
私、思わず、額の汗を拭おうとしましたが、もちろん出来ません。宇宙服のヘルメットを被っているんです。宇宙服の左手の袖口にあるコントロールパネルで宇宙服の中の空調を少しだけ強くしました。
「速度、光速の30%・・・。」
順調です。順調に加速しています。
ご参考になりますが、光速の30%は、秒速約9万Kmです。地球の公転軌道から、火星の公転軌道までの距離は、約7800万Kmですので光速の30%の秒速9万Kmで飛ぶと、所要時間は15分ほどなのです。もっとも、地球も火星も円形の公転軌道上を異なる速度で公転してますから、必ず15分で地球から火星に着くことができるわけではありませんが。
「光速の50%・・・。」
ついに、光速の半分です。それにしても、本当にスムーズです。騒音も振動も全くありません。コンソールを見つめていなければ、今私達が猛烈なスピードで宇宙空間を突き進んでいることさえ気が付かないでしょう。
「60%・・・。」
ライラさんがそう報告した直後。
「ハーッ、ハーッ。」
突然小杉さんが大きく呼吸しました。
「大丈夫? 苦しいの?」
隣にいるライラさんも心配そうです。もしかして、宇宙服の空気の供給量の設定が間違っていたのでしょうか。そうだとしたら大変です。設定を直さないと命にも関わります。でも、小杉さん、少し笑いながら答えました。
「いや、大丈夫。なんか、端末を見つめてたら呼吸するのを忘れちゃったような、そんな感じ。本当に苦しいわけじゃないから。」
「えーっ、本当に大丈夫なのー?」
ライラさん、半分笑いながら聞き返しました。
「小杉、それと他の者もだが、」
川崎さんが話し始めました。
「ちょっと緊張しすぎだ。もう少しリラックスしても良いくらいだ。」
そうです。緊張した状態が長く続くと健康にも影響します。
「はい、気を付けます。」
小杉さん、ちょっと反省した表情で答えました。
「あっ、」
ライラさん、サブコンソールを見て叫びました。今度は一体なんでしょうか。
「速度が光速の90%に達しています。現在、加速を停止して、今の速度を維持して航行しています。」
すごいです。私たち、もう、光速の一歩手前まで来ているのです。もう一歩進めば光の速度です。さらにもう一歩進めば、私たちは光の速度を超えるんです。
「よし。」
川崎さんが立ち上がりました。
「諸君、我々はいよいよ光速の突破に挑戦する。未だかつて人類が経験したことのない世界に、我々は足を踏み入れるのだ。全員、油断しないよう十分気を付けてくれ。」
「はい。」
川崎さん、軽く呼吸すると指示を出しました。
「ライラ、加速を再開してくれ。」
「了解。」
ライラさん、サブコンソールに軽くタッチしました。
「加速を再開しました。」
いよいよです。ノースホークは光の壁を越えるんです。
「速度、光速の96%、97%、98%、99%・・・、」
あっ、外が真っ暗です。
「光速を越えました。現在の速度、光速の102%、103%・・・、105%。」
やりました。
私達は、光の速度を超えたのです。
ついに、光の壁の向こう側に来たのです。
鵜の木さんが端末を睨んでいた顔を上げました。
「やったね、不動さん!」
「はい! ありがとうございます。」
ごめんなさい、アインシュタインさん。
私、とうとう、あなたの時代に幕を下ろしてしまったんです。
あれっ、誰か私の肩を叩きました。
振り向くと、川崎さんです。
「私からも、お祝いを言わせてくれ。君たち2人の長い間の苦労がやっと実ったのだからな。」
ヘルメットの中で川崎さんが満面の笑みを浮かべました。そして。
「おめでとう。」
小杉さんとライラさんがこちらを向いて笑顔で拍手してくれています。
「よし。」
川崎さん、気合いの入った声で言うと席に戻ってシートに腰掛けました。
「よし、現在の速度は?」
「間もなく光速の190%です。」
もう少し、もう少しで目標の速度、光速の200%です。
「・・・、いま、光速の200%です。加速停止しました。現在の速度を維持。」
やりました。ついに目標の速度です。最初に予定していた、光速の約2倍、秒速60万Kmに達したのです。
「よし。このまま10分間、現状を維持しろ。」
そうです。それが完了すれば、実験成功なのです。超光速航行の実用化の道が開けるのです。
「全員担当のシステムをチェックしてくれ。感覚的には異常はないように思えるが、今我々は未知の世界にいるのだ。慎重にチェックを頼む。」
「はい。」
「了解です。」
全員作業を始めました。
「VMリアクタ、正常。ドライブパネル、異常なし。」
「重力システム、正常。艦内環境システム、異常なし。レーダー及び各種センサーも異常なし。」
「航海システム、異常なし。姿勢制御システム、異常なし。」
「火器管制システム、異常なし。バリアシステム、正常。」
小杉さん、不安も感じさせない落ち着いた声で宣言します。
「ノースホーク、全艦異常なし。」
川崎さん、満足そうな表情で頷きました。
「光速の2倍かあ。」
「どう、小杉、感想は?」
小杉さんもライラさんも余裕の雰囲気です。
「そうだなあ、でも、外もまっ暗だし、感想を出すのも難しい感じだよね。」
「小杉さん。」
私、小杉さんの会話に割り込みました。
「その、いま、ブリッジの窓から見える外の様子がまっ暗というのは、あくまで、人間の目で見た場合の話なんです。」
実は、私の席で起動しているエネルギーモニターを見ると、ノースホークの周囲にエネルギーの場が出来ているのが分かるんです。
私は、同じ画面を、ブリッジのメインディスプレイに表示しました。
「これが、ノースホークのセンサーで見た、ノースホークの周囲の様子です。」
ノースホークのドライブパネルから発生している推進エネルギーを包むように、右巻きと左巻きの2つのエネルギーがエネルギーのチューブを形作っています。
「実は、このエネルギーは、光速以上の速度で運動しているのです。なので、人間の目では見えなくて、まっ暗に見えるんです。」
人間の目や耳は、感じることの出来る光や音の範囲が決まっているのです。例えば、紫外線や赤外線は、私達の身の回りに存在しているにも関わらず、人の目では見ることが出来ません。
同じように、人の耳では20Hzから20kHzくらいの音しか聞くことが出来ません。20Hzより低い『超低周波』や20kHzよりも高い『超音波』を聞くことはできません。コウモリは超音波を出すことが出来ますが、人間はそれを聞くことが出来ません。
「でも、人の目にはまっ暗に見える空間に、このようにエネルギーが存在しているんです。」
小杉さんが、何かわからなさそうな表情で、質問しました。
「なんで、人間には見えないんですかね?」
なんで? と聞かれても困るんですが、でも、地球上に存在する生物でも、どれだけの光や音を感じることが出来るのかは、異なっている場合があるのです。
「もしかしたら、地球上にも、ノースホークの周りに存在しているエネルギーを見ることの出来る生物がいるんですかね?」
小杉さんが、踏みとどまる感じで質問しました。さすがに好奇心旺盛です。
「すべての生物を調べたことはないですけど、もしかしたら、いるのかもしれないですね。」
と、そこまで話したところで、小杉さんの席でアラートが鳴りました。
「光速の2倍での航行時間、現在9分10秒。まもなく、予定の10分に達します。」
川崎さんが指示を出しました。
「ライラ、減速の準備だ。」
「了解。」
ライラさん、サブコンソールに表示させている、ノースホークの航行状況画面を確認しました。
再び、小杉さんが報告を始めました。
「減速、15秒前・・・。」
ブリッジ内に張り詰めた空気が漂っています。まあ、減速で問題が起きることはないはずなのですが。
「10、9、8、」
しかし、万が一の事態には備えなければなりません。
「5、4、3、2、1、」
「減速開始!」
ライラさん、左のペダルを踏み込みました。
「速度、高速の160%、120、光速を・・・、いま切りました。」
光速より遅くなったせいか、周囲の景色が少しずつ見えるようになっていきます。
「あ、地球です。前方に地球を確認しました。」
ブリッジ内にため息があふれました。
私達、地球が太陽の周りを巡る公転軌道を一周して、地球に追いついたのです。
川崎さん、満足そうな表情で指示しました。
「よし。帰ろう、地球へ。」
こうして、ノースホークの超光速航行試験は無事に終了しました。私達は充実した満足感を抱きながら、前方で青く輝いている地球を見つめました。
(つづく)
はとばみなと
■宇宙巡光艦ノースロード
第1章 プロローグ
第5節 [補足] 突然来る人々
西暦2054年9月6日。
午前10時35分。
日高基地、第1ドック。
ノースホークによる超光速航行試験に成功して、日高基地では、次なる目標、ノースロードの出向に向けた準備が進められていました。
「ぶつぶつぶつ・・・」
小杉さんはドック内の周囲の壁に沿って作られている通路にいました。ここは10階フロア。ノースロードを艦首の左舷前方から眺めることのできる位置です。小杉さん曰く、
「この位置から見るノースロードが一番格好良い。」
のだそうです。というわけで、小杉さん、暇さえあればこの場所に来ているようです。
小杉さん、通路の内側の柵に両腕をついて、何か考えことでもしているようです。時々手元のケーパッドを見ながら何か呟いています。
あっ、小杉さん、ライラさんが来ましたよ。
「小杉、」
「・・・。」
小杉さん、返事をしません。全く気が付いてないようです。
「ぶつぶつぶつ・・・」
小杉さん、ライラさんが来てますけど、いいんですか?
「小杉!」
ライラさん、もう一度、先ほどよりもはっきりとした口調で呼びかけました。
「ぶつぶつぶつ・・・」
あちゃ、本当に気付きません。小杉さん、一体何に、そんなに夢中になっているのでしょうか。
「ぶつぶつぶつ・・・」
ケーボードの画面の上で指を滑らせながら、何かを呟いてます。
「こ・す・ぎっ!」
ライラさん、小杉君の耳元で思いっきり叫びました。
「わぁー、あ、ライラ、ごめん。ちょっと集中してたもんだから。」
やっと気付きました。何をしていたのか知りませんが、良くないと思いますよ、小杉さん。
「もぉー。で、何やってたの? 勉強?」
ライラさん、ちょっとむくれ気味です。
「うん、川崎さんからノースロードの乗組員リストを渡されてさ。統括部長なんだから、乗組員全員の顔と名前は覚えておけって言われて。」
あー、そうだったんですね。ノースロードもほぼ完成していますし、乗組員の方もかなり決まってきているようです。小杉さんは統括部長、すなわち、副長的なポジションですから、確かに、そろそろ、乗組員全員の顔と名前を覚えた方が良いかもしれないですね。
「へー、確かに、そうかもしれないわね。それで、どんな人が入ってくるの?」
そうですよね。これから大きな仕事をいっしょにやっていく仲間な訳ですから、どんなメンバーが来るのかは誰もが関心を持っているはずです。しかも、ライラさんは航海部の部長さんですから。
「うーん、実は、まだ口外しないでくれって言われててさ。実際、まだ全員分揃ってないし、載ってる人の中にも『打診中』の人もいるし。」
そうなんです。何しろ、一般の人の理解を超えた、『非』の字が10個くらいは付きそうな、非日常の権化とも言える内容ですから。
突然、
『宇宙に行きませんか?』
なんて尋ねられても二の足を踏むというか、ドン引きしてしまう方が圧倒的に多いのです。
「そうなんだ。」
事情を教えられたライラさん、ちょっと残念そうです。
「でも、人数くらいなら言って良いのかも。ライラも航海部長だし。えっとね、航海部のパイロット候補は3人入ってくるね。結構すごい、というか濃い感じのメンツだと思うよ。」
そうそう、すごい人達に来てもらえることになったんです。パイロットとして。
「へー、濃いんだ。楽しみね。」
ライラさん、全く怖じ気づいているようには見えません。むむむ、果たして、どんなチームになるのでしょうか。
「そうだよね。本格的に航海に出るならパイロットもシフト組まないといけないもんね。」
「一人ではちょっと無理ね。」
そうです。チームプレーなんです。一人だけでスタンドプレーをしていてはダメなのです。全員でぶつかる、全員で立ち向かう、そんな精神でなければダメなのです。
小杉さん、格納庫内のエレベータが下から上がってくるのに気が付きました。見ていると、小杉さんのいる10階のフロアで止まって、男性が2人出て来ました。
布田教授とドミトリー博士です。
なんか、小杉さんとライラさんの方を見ながら歩いてきました。
「失礼させてもらうよ。」
「何かご用ですか? 呼んでもらえれば席まで行きますが。」
小杉さん、恐縮気味に尋ねました。そうですよね。実は、布田教授こそ、日高プロジェクトの総責任者、プロジェクトマネージャなのです。そして、ドミトリー博士は、テクニカルアドバイザで、プロジェクトに対して技術面からの、様々な助言を行ってくれるのです。ちなみに、川崎さんは日高基地の責任者、司令官なのです。そして、間もなく、ノースロードが完成したら、艦長に就く予定なのです。
「いや、その必要はないよ。」
「私達だって席にいたくない時はあるのさ。」
お2人とも気さくです。何か込み入った用事でもあるのでしょうか。でも、小杉さんは、事情が分かったという表情で尋ねました。
「もしかして、席にいると、他の人に仕事を邪魔されるとか?」
「はっはっはっ。まあそんなところだな。」
「みんなには内緒にしてもらえるとありがたいんだがね。」
「もちろんです。」
なーるほど! 良い話を聞きました。さっそく打合せの予定を入れさせてもらいます。布田さんとドミトリーさんに確認してもらいたい案件がたくさんあるのです。
実は、日高プロジェクトは、東京総合科学大学の柴崎研究室が中心となって立ち上げたプロジェクトなのです。そして、布田教授は、現在の柴崎研究室の主任教授。ちなみに、鵜の木さんと私、そして、他にも何人かいるプロジェクトのメンバーは、柴崎研究室の出身者なのです。いろいろな事情や巡り合わせもあって、このプロジェクトに関わり始めて現在に至っているのです。
「それで、2人ともどうかな、プロジェクトでの仕事にはもう慣れたかな?」
布田さん、小杉さんと同じように、通路の手摺りに両腕をついて、完成間近のノースロードを見つめながら尋ねました。
「はい。ノースホークで宇宙にも行くことが出来て、しかも、光の速度を超える速度も体験出来て、とても充実しています。」
「私は、パイロットとして機体を操縦している時が一番充実していて、ノースホークのテスト飛行もとてもエキサイティングな経験でした。」
答えを聞いて、布田さんも安心したようです。
「そうか、2人ともそれぞれ充実していたようだね。最初、オファーを出した直後に、もしかしたらドタキャンされたかもしれないと聞いて、少し心配してたんだ。」
「いえ、あの、その、あの時はですね・・・。」
あの、私がすっぽかされた件ですね。あのときは、本当に凹みました。
「ハハハハッ。気にすることはないよ。何しろ、前代未聞のプロジェクトだからね。私としても、そう簡単に進むとは思っていないのだ。」
まあ、確かにそうなのかもしれませんが、プロジェクトメンバーのオファーを出す時には、かなり細かなチェックも行って満を持してオファーを出しているのです。ですから、辞退されるというのは、プロジェクト的にも、かなり、損害が大きいんです。だからと言って、無理強いできないのももちろんですが。
「あの、ドミトリー博士。」
小杉さんがドミトリー博士に呼びかけました。
「なんだね? いや、呼び捨てで構わないよ。」
「それじゃ、ちょっとあれなんで、えっと、ドミトリーさん。」
はははっ、そうですね。みんな、そう呼んでいます。
「うん。どうしたのかね?」
「もしかしたら、失礼な質問かもしれませんが、聞いていいですか?」
小杉さん、何か真剣な質問のようです。個人的な悩みなのでしょうか、それとも。
「ドミトリーさんは、故郷を捨てて、それで、日本に来たと聞いたんですが。」
「うん、そうだ。正確に言うと、故郷を脱出して、世界を転々として、それで、縁あって日本に来たんだ。」
えーっと、東欧から西欧へと転々と移り住んでいる間に、ご結婚もされて、お子さんも2人生まれています。その後、国際宇宙物理学会のメンバー経由で知り合った布田さんからの誘いを受けて、日本に渡ってきたのです。現在は柴崎研究室のテクニカルアドバイザという肩書きを持っています。
小杉さん、慎重な口調で質問しました。
「それで、故郷を捨てるって、どんな気持ちなのかなと思って。」
ドミトリーさん、明確に答えました。
「もちろん、いろいろ悩んで、自分で導いた結論だからね。後悔はしていないよ。」
「どんな理由で、故郷を捨てる決心をしたんですか?」
小杉さん、だいぶ関心があるようです。冷静な口調ながら、深掘りしているようです。
「祖国の振る舞いに耐えられなかったんだ。」
「振る舞い、ですか?」
小杉さん、思い当たる節はありました。
「そうだ。君も知っていると思うが、今から30年ほど前に、祖国ロシアが、隣国であるウクライナに対して軍事侵攻を開始したのだ。私はその時に祖国のその行いを認めることが出来ず、それで祖国を捨てて国外に脱出したのだ。だってそうだろう。国の大きさや経済力、そして、軍事力から言っても、ロシアの方が上なのだ。実際かつては、経済面や技術面でアメリカとも競争を繰り広げて、軍事面では、核兵器の開発と配備の競争まで行っていたのだ。冷戦というやつだな。そんな超大国が隣国ウクライナに軍事侵攻したのだ。これはどう考えても、大国による、自身のわがままを実現するための、力による、小国いじめでしかないのだ。」
「そうですよね。すみません、つまらない質問をしてしまって。」
「いや、構わないよ。私が祖国を捨てて海外に出たのは、私自身による判断だから。」
小杉さん、やや、申し訳なさそうな表情です。こういう内容の質問て難しいですよね。
「小杉って、国際情勢なんかもチェックしてるんだ。」
ライラさんが感心したように言いました。私もそう思いました。失礼なのですが、ちょっと意外です。
「いや、そういうんじゃなくてさ、」
小杉さん、何か他の意図があるようです。何なのでしょう。ちょっと興味があります。
「将来、どのくらい先なのかは分からないけれど、もしかしたら、僕等も、故郷である地球から逃げ出さなければならなくなる可能性もあるんですよね? だから、故郷を捨てるというのがどういうことなのかなと思って。」
「なるほど。そういうことか・・・。」
布田さん、通路の柵に付いていた両手を離して体を起こすと、小杉さんを見つめました。
「やはり、不安なのかね?」
「不安がないと言えば噓になりますね。まだまだ漠然とした不安ではあるんですけれど、可能性としてゼロではないんですよね。」
全人類の地球からの脱出。確かに、可能性として、ゼロではありません。
「確かに漠然とはしてるよね。確かに、未来からの情報というのが、一般的には信じ難いことだがな。それに加えて、異星人による侵略だからな。世間的には、大笑いされた挙げ句、無視されても文句は言えないような内容だからな。ただ、君が言うように、私達地球人が、異星人からの侵略を避けるために地球を捨てて脱出しなければならない可能性もゼロではないのも事実だ。もちろん、可能性の話だがね。」
布田さん、真剣な表情です。まだ、細かな検討などは行われていませんが、当然、日高プロジェクトで取り上げられなければならない課題です。
「もしも、地球に向かう異星人の艦隊を、事前に見つけることが出来たとして、しかも、平和的なコミュニケーションも出来なかった場合には、選択肢として突き付けられるのだろうな。」
ドミトリーさんも、深刻そうな表情です。
「選択肢、ですか?」
「そうだ。君も聞いたと思うが、地球に迫っていると思われる異星人は想像を絶する規模なのだ。戦うことを選択した場合には莫大な戦力が必要になるだろう。もちろん、多くの尊い犠牲も出るに違いない。」
何しろ、300年後の未来の地球にやって来た異星人の宇宙艦隊は、2万隻とか3万隻の規模なのです。しかも、大都市を丸ごと宇宙船にしたような、超大型の母艦までいるのです。
「では、逃げれば良いかというと、地球に住むすべての人を収容するだけの宇宙船が必要になる。何しろ全世界の人口が80億人だ。とんでもない数の宇宙船が必要になるだろう。これも、大変な話だ。」
小杉さんや布田さんの目の前に佇む、ノースロードには、250人ほどが乗り組む予定です。とすると、地球の全人口80億人を収容するためには、ノースロードと同じタイプの宇宙巡光艦ならば3200万隻必要となります。もちろん、避難船としての設備を持たせれば、ノースロード1隻にもっと大勢の人を乗せることも可能だと思いますが。
「つまり、迫り来る異星人と平和的なコミュニケーションが出来ない場合は、我々は、とんでもない決断をしなければならないのだ。正直なところ、どちらを選ぶにしても話がまとまらないような気がするんだな。それで、そのまま時間切れになってしまう。これが考えられる最悪のケースだろうな。」
ドミトリーさん、かなり深刻な表情です。時間切れということは、異星人の侵略に対して、地球人が何も対応できないと言うことを意味します。つまり、侵略者のなすがままになってしまうのです。
すべての地球人が、異星人の奴隷となってしまうのか、あるいは、異星人による地球の利用の邪魔になるとして、地球人は抹殺されてしまうのか。いずれにしても、地球人類の歴史は幕を下ろすのです。
「まあ、いずれにしても大変な話なのだ。もしも、例えば、家族とか知り合いの側に居たいというような希望があるなら、今からでもプロジェクトへの参加をやめるという選択も可能だ。私達も無理には引き止めないので・・・、」
その、布田さんの言葉を遮るように、小杉さんが話し始めました。
「いえ、大丈夫です。」
おっ、さすが小杉さん、と言いたいところですが、本当に大丈夫ですか?
「はい。プロジェクトには、むしろ、積極的に参加していきたいと思ってますし、ノースロードに乗り組んで宇宙に出たいという気持ちにも変わりはありません。」
ありがとうございます。なんか、ホッと出来そうな感じです。
「宇宙って今までは本とかネットで見るだけの世界だったんですね。読んでみて『ふーん』て思うだけの世界で、それ以上の関心はなかったんです。
でも、ノースホークで実際に宇宙に出てみて、その気持ちも変わったんです。
『宇宙って本当にあるんだ』、
『地球って本当に星なんだ』
っていう感じに。
特に、地球が宇宙の中にぽっかりと浮かんでいる姿を見た時には、自分の中のモチベーションが、今まで感じたことがないくらいに膨らんだんです。宇宙をもっと見てみたい、行ってみたいっていう気持ちが、いま、心に溢れてきてるんです。だから、僕は、むしろ、ノースロードで早く宇宙に行きたいんです。」
「そうか。そういうことなら、安心かな。」
布田さんとドミトリーさんは顔を見合わせて頷きました。
さすが、小杉さん。
私も安心しました。
何と言っても、日高プロジェクトは世間の方達からすると、間違いなく、荒唐無稽なプロジェクトなのです。現実問題として、なかなか信じてもらえないのが実情なのです。なので、私達としては、プロジェクトメンバーのオファーを出す時には、より丁寧な説明が必要になると思っているのです。また、プロジェクト内でも、常日頃から情報の共有を図って、メンバの方に安心して活動してもらえるように気を配る必要があるのです。
時計の針が12時を回りました。
ランチです。
社会の一般のサラリーマンの方々と同じように、日高プロジェクトでも、ランチタイムは、午後の作業に向けての休憩とエネルギーチャージのための重要な時間なのです!
小杉さんとライラさんも、基地内のレストランで食事をとっていました。
「それにしても、安心したわ。」
ライラさん、サーモンのステーキを食べながら小杉さんに言いました。
「何が?」
「さっき、布田先生とドミトリー博士と話をしたじゃない。」
先ほど、午前中の出来事ですね。お2人の前に、突然、布田さんとドミトリーさんが現れたのです。何しろ、布田さんは日高プロジェクトの責任者ですから。そんな人が突然目の前に現れたら、普通なら驚いちゃいますよね。
で、ライラさんは何を言いたいのでしょうか。
「あの会話の中で小杉が『不安がないと言えば噓になる』って言ったじゃない。」
「あーー、言ったね。」
「『えっ、やっぱり、小杉はプロジェクトをやめてしまうのかしら?』ってね、不安に思ったの。」
なるほど。私もちょっと心配しました。何しろ、小杉さんとライラさんは、プロジェクトに入る時にも、かなり、慎重でしたから。
「心配かけたのならごめんね。でも、その時も言ったと思うけれど、プロジェクトのメンバとして、ノースロードに乗り組んで、宇宙に行く、と言う気持ちには変わりはないよ。大丈夫。」
「良かった。」
私も、今はホッとしています。ていうか、小杉さん、大丈夫ですよ。
「ていうか、ライラこそ大丈夫なの? やっぱり怖くなってきたとか?」
「まあ、私だって不安はあるわよ。特に、この間の超光速航行試験。あれは怖かったわ。だって、この宇宙で、光速を越えるものは存在しないって信じられてきていたわけじゃない。それを覆すための試験だって言うのだから、もう、本当に怖かったわ。でも、結果的には成功したし、超光速を出しても何ともなかったし。それに、気の合う優秀な仲間と組んで仕事を出来るのが私自身にも刺激になるし、嬉しいことだと思うわ。」
「そうそう、そうだよね。」
小杉さんが気付いたかどうかは分かりませんが、ライラさんが言っていた、気の合う優秀な仲間って、きっと、小杉さんのことなんですね。小杉さんはそのライラさんの言葉に対して特に返事をしていませんが、そもそも、小杉さんは、ライラさんと一緒なら、プロジェクトでもやっていけるかもしれない、と言っていましたので、まあ、両思いなのかと。いいなあ、羨ましいです。
さて、小杉さんとライラさん、食事も終えて寛いでいるのですが。
「休憩中、申し訳ない。」
突然、2人の男性が、テーブルの横に立ち止まると、恰幅の良い方の男性が小杉さんとライラさんに話しかけました。
「小杉君と、ライラ君かな?」
単刀直入、ど真ん中のストレート、といった感じの問いかけです。小杉さん、ちょっと姿勢を正すとその2人の方に向き直りました。
「はい、僕が小杉ですが、」
「私がライラですが、」
2人の男性は笑顔になりました。
「正解のようだな。」
「はい、やっぱり、2人とも何か持ってるという感じがしますね。」
もう1人の少し背の高い男性が第一印象を言いました。
「うん、強い意志というか決断力を感じるよ。うん。確かに逸材だ。間違いない。ほんとに感心しているのだが、川崎君は人材発掘の天才だな。」
「はははは、そうですね。」
なんか、2人で話し始めてしまってます。小杉さんもライラさんも、ちょっと困惑気味の表情です。
「川崎君に頼んで、霞ヶ関の役人達も総入れ替えしてもらいものだ。」
「それは凄いですね。是非お願いしたいものです。」
どうも、2人だけで盛り上がってしまっています。戸惑い顔の小杉さんが思いきって口を開きました。
「あの、」
「何だね?」
恰幅の良い方の男性が小杉さんを見つめました。あくまで威風堂々としています。でも、威圧感は全然感じられません。むしろ、誰でも、何でも受け入れてしまいそうな、懐の奥深さを感じます。
小杉さん、率直に尋ねました。
「もしかして・・・、古淵さん、古淵総理でしょうか?」
その恰幅の良い男性は、やや驚いたような、不意を突かれたような表情になりました。小杉さん、今度は、もう1人の少し背の高い方の男性を見つめました。
「それで、稲田防衛大臣、ですよね?」
2人の男性は顔を見合わせました。
一瞬の沈黙。
そして。
「ハッハッハッハッ、さすがだ。」
「バレバレだったようですね。」
2人の男性は満面の笑みを浮かべて笑いました。そして、姿勢を正すと小杉さんを、そして、ライラさんを見て言いました。
「その通りだ。私は内閣総理大臣をさせてもらっている古淵正広だ。」
「そして、僕は防衛大臣の稲田大志だ。」
「ちなみに、お忍びだ。気は遣わないでくれ。」
小杉さん、ご名答です。そういえば、内閣総理大臣は自衛隊の最高指揮官でもあるんですよね。
小杉さんは以前、自衛隊の隊員だったのです。御殿場の演習場で行われた観閲式で遠くからでしたが最高指揮官である古淵総理を見たことを思い出しました。ちなみに、稲田さんの名前はすぐに分かりました。やはり、少し離れた場所でしたが、何回かその姿を見たことがあったのです。
「あの、それで、僕達に何か・・・。」
小杉さん、少し恐縮気味です。
「うん、すまなかった。実は、つい今しがたまで川崎君と話をしていたんだがな、まあ、打合せというやつだ。それで、強力なメンバーが新しく加わったと聞いてね、ぜひ会いたいと思ってお邪魔したのだ。」
古淵さんが満足そうな笑顔で小杉さんとライラさんに言いました。そうなんです。実は、古淵総理と稲田防衛大臣は、日高プロジェクトを支援してくれている仲間なのです。そして、その人脈を活かして、経済界とのパイプ役になってくれているのです。
「うん、特別な用があったわけではないのだが、一言だけ伝えたくてな。私達の願いは、あくまで、君たちプロジェクトのメンバーの諸君が、心おきなくプロジェクトに取り組んでくれることだ。それ以外の何物でもないのだ。」
古淵さんが明言しました。
「その他一切の面倒なことは僕らが引き受けるから、君たちは何も気にしなくていいんだ。とにかく、悔いが残らないように全力でプロジェクトに取り組んで欲しいんだ。」
稲田さん、右手を握って語りました。小杉さんも噂では聞いていたのですが、稲田さんはかなりの熱血漢のようです。
「もちろん、私達もプロジェクトの目的は知っている。大雪山系に落ちた物体のことも、そして、近い将来来るかもしれない危機のことも。」
小杉さんとライラさんも厳しい表情に変わりました。
「もちろん、僕達もです。」
古淵さんが大きく頷きました。
「そうだ。そうして敢えて危険に身を晒そうとしている人々がいるというのに、我々政治家が黙って見ているわけにはいかない。だから、我々も、我々の出来る方法でプロジェクトを支えることにしたのだ。裏方としてな。」
「君たちの手に余る仕事は全部僕らが引き受けるよ。だから、君たちにはとにかくプロジェクトの目的に向かって進んでほしいんだ。」
私達の星『地球』に迫りつつある『未来の異星人』の侵略。それを止めるためには、強力な戦力を持つだけではダメなのです。地球にいる様々な人達の協力が絶対に必要なのです。
「うん、大丈夫そうだな。頑張ってくれ。」
「じゃ、裏方は舞台裏に戻りましょうか?」
「そうだな。お邪魔して申し訳なかった。」
そう言い残すと、古淵さんと稲田さんはレストランの出口の方へと歩き始めました。小杉さんとライラさんもそれを見送りました。
が、突然、古淵さんが歩みを止めると、戻ってきました。
「ひとつ言い忘れた。ライラ君、」
「は、はい。」
ライラさん、びっくりしています。
「実は君のことはガーランド大統領からも頼まれているのだ。日本人に囲まれて不便することがあるかもしれないが、そんな時は遠慮せずに言って欲しい。その対応も、我々裏方の仕事なのだ。」
そうなんです。実は、プロジェクトのコミュニケーション網は日本国内に留まらず、海外にも広がり始めているのです。
「あ、はい。何かあったら、お願いします・・・。」
もっとも、ライラさんは日本への留学経験もあって、日本語も堪能なので、それほど苦労していないようですが。とは言え、嬉しい心遣いに違いはありません。
「うん、それでは、失礼するよ。」
古淵さん、悠々と歩いて行きます。
「頑張れ!」
稲田さんは一瞬、サムズアップして見せると、古淵さんの後について出口に向かいました。
それにしても、日本の顔である総理大臣と、防衛大臣の突然の訪問に、小杉さんとライラさんは驚きと緊張がなかなか収まりません。
「はい、コーヒー。」
「ありがとう。」
小杉さんは追加で注文したコーヒーの1つをライラさんの前に置いて、もう1つは自分の前に置きました。
「驚いたね。」
「そうね。しかも、アメリカの大統領も関係していたなんて。」
2人は心を落ち着かせるように静かにコーヒーを楽しみました。
その小杉さん、入口から入って来た2人の女性が入ってくるのに気が付きました。
「OLさんかな。ちょっと場違いな感じもするけど。」
「そうね、ここってエンジニアの人達の世界って感じだものね。」
2人ともスーツをバッチリと着こなしていて、オフィス街を颯爽と歩く、まさにOLなのです。
その女性達、店内を見回していましたが、小杉さんとライラさんの姿を見つけると、ヒールの音も軽やかに小走りで近づいてきたのです。
「あのー、すみませんー。」
少しだけ背の高い方の女性が話しかけてきました。
「はい。何でしょうか。」
小杉さん、再び緊張してきました。
「ここに、男性が2人来ませんでしたか?」
・・・どう考えても、古淵さんと稲田さんのことのような気がしますが。
「えっと、古淵さんと稲田さんなら、つい先ほど帰られましたが・・・。」
小杉さんは状況が飲み込めていない様子で答えました。
「あらっ、やっぱりバレますよね、お忍びだなんて言っておいて。わかりました。ありがとうございます。」
女性はそう伝えると出口の方に戻ろうとしました。それを小杉さんが呼び止めました。
「あのー、」
「はい、何でしょうか?」
女性2人はもう一度小杉さん達の方を向くと首を傾げ気味に尋ねました。
「お名前を教えてもらえませんか?」
小杉さん、正直なところ状況が飲み込めていなかったのです。とりあえず、誰が来たのかくらいは知りたかったのです。
「・・・そうですよね。名乗りもしないですみません。」
背の高い方の女性が小杉さんの方を向いて姿勢を正しました。
「私は内閣官房長官を務めています、喜多見里沙といいます。よろしくお願いします。」
もう1人の方も小杉さんとライラさんに一礼すると名前を伝えました。
「私は防衛政務官の鴨居えり、といいます。よろしくお願いします。」
やはり、ただの人ではありませんでした。官房長官と言えば総理大臣のサポート役とも言われている重要なポジションです。そして、防衛政務官も、防衛大臣を助ける重要な役職です。それぞれ、古淵さんと稲田さんをサポートされている方達なのでしょうか。というか、そんな重要なポストにいる方が東京から遠く離れた日高基地にいて良いのかと言う気もしなくはありませんが。
「それでは、すみません、」
「急がないといけないので、失礼します。」
2人の女性は丁寧に礼をするとレストランの出口の方へと小走りに戻っていきました。
「まったく、どこに行っちゃったのかしら。」
「ほんと、困りますよねー。」
グチをこぼしているのが聞こえました。どうやら、古淵さんと稲田さんに振り回されているようです。
「なんか、僕達ってそんなに有名人になったのかな?」
小杉さん、真剣な表情でライラさんに尋ねました。
「さあ。」
ライラさんは軽く両手を広げながら答えました。
後で聞いた話によると、喜多見さんと鴨井さんは基地のヘリポートでようやく、古淵さんと稲田さんに追いついたとか。しかしその時に稲田さんが一言、
「どこ行ってたの、遅いよ。」
などと口走ってしまったために、喜多見さんと鴨井さんにこっぴどく叱られたのだとか。もちろん、古淵さんもかなり強い調子で怒られたのは言うまでもありません。日本政界の知られざる日常、と言ったところでしょうか。
幸い、その後は予期せぬ訪問者は現れませんでした。
小杉さんは、食器を返却口に返すとキリッとした顔つきになりました。
「よし、午後もやるぞ。」
やや控えめながら力強い声で言いました。
「私も。」
それに応えるかのように、ライラさんも言いました。
お2人とも、午後は別のスケジュールのようです。小杉さんは、エレベータ乗り場に、ライラさんは建物の外に、第1格納庫に向かって歩いて行きました。
でも、私、目撃してしまいました。お2人が夕食を一緒に食べる約束をしているところを。
いいなあ、っていう感じです。
それでは、また、お会いしたいと思います。
みなさまと、星の海で。
(つづく)
はとばみなと
■宇宙巡光艦ノースポール
第1章 プロローグ
第6節 [補足] 知った者の責任
西暦2054年5月25日。
午前。
国会、予算委員会。
「回答を頂きたい。総理と防衛大臣のお2人が最近頻繁に、政府専用機で出かけているのは明らかなんです。一体どこに行っているんですか? 何をやっているんですか?」
質問に立っているのは、日本共明党の党首で相武美花さん。常に政府と与党を追及する、典型的野党の党首なのです。
「おことばだが、証拠を示してもらいたい。本当に私と防衛大臣が出かけているのか。」
実は、最近、古淵総理と稲田防衛大臣が頻繁に外出しているというのは間違っていないのです。
行き先は日高基地。
そう、ノースポール・プロジェクトのための訪問なのです。先日、小杉さんとライラさんの前に何の前触れもなくお2人が現れたことがありました。あの時も実は会議のために日高基地に来ていたのです。
もうお話ししたかと思いますが、ノースポール・プロジェクトの存在はまだ世間には公開されていないのです。一部の人だけが知っている秘密のプロジェクトなんです。
なぜ秘密にしているのか。
あまりにも世間から外れた荒唐無稽な内容のためです。何しろ、今から300年後の未来の地球が異星人による侵略を受けるのです。そして、その異星人と戦うために建造された宇宙戦艦の中の1隻が敵艦隊の集中砲火を受けた末に、300年の時を遡って現在に飛来して北海道に墜落したのです。
どうでしょうか。こんな話し、普通に公表しただけではとても信じてもらえないように思うのです。それに、今はまだ、私達人類は異星人と戦うことも逃げることも出来ないのです。今現在地球で使われている宇宙船、つまり、ロケットを見ればすぐに分かります。とても、異星人と戦えるとは思えないし、大勢の人を乗せて地球を脱出することも出来なそうですよね。そんな状況ですので、ひとまず、宇宙を自由自在に飛ぶことの出来る宇宙船が完成するまでは、ノースポール・プロジェクトの存在は公表しないことになっているのです。
そんな背景はおそらく知らないと思うのですが、相武さんは古淵総理の追求を続けました。
「少なくとも、政府専用機の運用費用は国民から集めた税金から支払われているわけです。だとするなら、その詳細な使い道を知るのは国民としての当然の権利ですよね? お答え頂きたい。何の目的でどこに行っているのか。」
相武さん、粘ってます。
「繰り返しになりますが、私と防衛大臣が出かけているというのなら、その証拠を示してもらいたい。それがないのなら、不毛な言いがかりは止めてもらいたい。審議時間の無駄遣いだ。」
「その指摘は認められないですね。自分に不利な指摘は封じれば良いとの考えがありありと見える。独裁政治がひたひたと近づいている足音が聞こえる。まさに、民主主義の冒とくに他ならない。」
「しかし、あなたの言葉を借りるなら、国会の審議にも税金は使われているのだ。こうしてあなたの言いがかりとも思える指摘を聞いているその間も税金が使われているわけだ。全くもって税金の無駄遣いだ。こんな状況が許されるのか?」
まあ、国会での論争なんてこんな物なのかもしれないですよね。いろいろ納得できないことも多いのですが。こんな感じで午前中の予算委員会は続けられて、そして、ランチタイムが来たのでひとまずお開きとなりました。委員会に参加した大臣さんと議員さん達はそれぞれ席を立ち委員会室から引き上げていきます。古淵総理と稲田防衛大臣も委員会室を出ると絨毯の敷かれた、ふかふかの廊下を戻っていきます。その周りをスタッフと警備員が取り囲んでいます。
稲田さんが小声で総理に話しかけました。
「相武君、だいぶ粘ってましたね。具体的な情報を掴んでいるわけではなさそうだったですが。」
「そうだな。だが、確かに最近出かけすぎたかもしれない。我々も気を付けないと。」
廊下を進む一団は角を左に曲がりました。ぞろぞろと歩いて行きます。
「そうですね。でも、あそこのみんなが活き活きと仕事に取り組んでいるのを見ると、私もモチベーションが上がってくるようで、行くのが楽しみではあるんですよね。」
仕事ぶりを褒めてもらえるのは素直に嬉しいことです。みんな、とにかく必死で取り組んでいるのです。
「そうだな。彼等がそうやって思い切り仕事に取り組めるように、我々も裏方としてきっちり仕事をしなければならないのだ。」
「もちろんです。」
2人は総理大臣の執務室に入りました。スタッフが静かにドアを閉じます。そのドアの前に警備員が立ちました。
稲田さんは座り慣れたゲスト用の椅子に座ると内ポケットからケータイを取り出しました。
「連絡が入ってますね。うん、順調そうだ。よしよし。」
そうなんです。同じ頃、シーライオンは北太平洋をキスカ島に向けて順調に飛んでいたのです。
「うん。そうなると、今後の計画がますます楽しみになってくるな。来月には・・・、」
古淵さんがそこまで言いかけた時、急にドアの外が騒がしくなりました。どうも、アポもなく突然訪れた訪問者と執務室のスタッフ、警備員が揉めているようです。
そして。
「失礼します。」
スタッフも制止することが出来なかったのでしょうか。半ば強引に女性が入ってきました。先ほどまで予算委員会で古淵さんを追及していた、共明党の党首、相武さんです。
「何か御用ですか?」
古淵さんはそう尋ねながら、手に持っていたケータイをそっとスーツの内ポケットに戻すと、椅子に軽くもたれ掛かるように座り直しました。
「先ほどの答弁、到底納得できません。」
相武さん、どうやら、予算委員会の延長戦を挑んできたようです。仕事熱心なのは良いのですがどうも根拠もなしに質問というのはどうなのかと。
「あなた方2人が影で何かを行っているのは確かなんです。何をしてるんですか?」
古淵さんの座るデスクに両手を突いて厳しい声で質問しました。しかし、古淵さんも動じません。
「繰り返しになるが、それなら証拠を出してもらいたい。でなければあなたの指摘はただの言いがかりだ。」
冷静な声ながら、古淵さんは少し見上げるように相武さんを見つめました。相武さんも負けじと古淵さんを睨み付けます。
その時、再び、執務室の外が騒がしくなりました。そして、今度は男性が1人、入り込んできました。
「お邪魔する。」
パッと見は紳士的な、スーツの似合うロマンスグレーの男性です。野党第一党、日本いっしょの会の党首である、堀之内大樹さんです。
「おや、お揃いで。相武さんもお仕事熱心のようですな。」
皮肉たっぷりな目で相武さんを見つめます。
その、相武さんも黙ってはいません。
「私達共明党は、あなた方のような、なれ合い合体、ご都合分離の政党とは違いますので。」
えっ? なんかのロボットアニメ的な決め台詞ですね。相武さん、もしかして、その方面の方だったりして。まあ、でも実際に日本いっしょの会は小さな政治グループがくっついたり離れたりを常に繰り返している政党なのです。その様子に対してマスコミの付けたニックネームが『日替わり弁党』。実際、昨日と今日で構成メンバーが大きく替わることもあったりするのです。まあなんとか、野党第一党としての人数だけは維持しているようですが。
「はははっ、その指摘はあなたの心の中にしまっておいた方が良いのではないですかな? 我々野党同士で互いのなじり合いをしたら、それこそ政府の思うつぼだ。」
堀之内さん、その皮肉に満ちた表情を古淵さんに向けました。しかし、その堀之内さんを遮るかのように相武さんが威嚇します。
「それで、あなたは何のために来たんですか? 今は私が話をしているんです。」
「あなたと同じだ。いや、あなたよりは突っ込んだ話が出来ると思ってるのだが。」
堀之内さん、そう言って相武さんを追いやると古淵さんのデスクの前に立ちました。
「どうぞ、お話し下さい。」
古淵さんは余裕の表情で、堀之内さんに先攻を譲りました。
「では聞くが、あなた方お2人が足繁く通っているのは、どうやら北海道のようだが、違いますかな?」
おっ、初めて北海道の名が出ました。今まで相武さんや他の野党の方が追求する時にも具体的な地名が出てきたことはありませんでした。これは手強いかもしれません。
「何か証拠でも?」
「まだシラを切るつもりか? ではこれを見てもらいたい。」
堀之内さん、得意満面の表情で持ってきた封筒の中からクリアファイルを取り出して古淵さんの前に突き出しました。あっ、日高基地の写真です。ついに来ましたか。
「これは?」
「北海道の襟裳岬の少し北の日高山系にある施設だ。一応、都内のある大学の研究施設ということになっているが、ここに、政府専用機がよくやって来ると聞いた。この通り、着陸しようとしている写真もある。あなた方が乗られているのではないのかな?」
堀之内さん、まるで王手飛車取りにでも持ち込んだかのような自信満々の表情です。しかし、古淵さんは相変わらず動じる気配すら見せません。
「ほおー、良くお調べだ。」
堀之内さんのクリアファイルを手に取ると、デスクの左側に追いやられていた相武さんに見せます。
「相武さん、あなたもこういうのを持ってこないとだめだな。」
その様子を見た堀之内さんが声を荒げました。
「そんなことはどうだっていい。一体ここで何をやってるんだ? 何を企んでるんだ? 答えてもらおうか。」
激しく古淵さんに詰め寄ります。古淵さん、鋭い笑みを浮かべると不敵な声で伝えました。
「確かに、我々は時々ここを訪れている。それは事実だ。」
「目的も聞かせてもらおうか!」
堀之内さん、もう押せ押せムードです。対する古淵さん、見せびらかすような余裕ある声で話し始めました。
「私は日本の総理大臣をやらせてもらっている。当然、我が国の平和を守る責任がある。」
「話をそらさないでもらいたいな。一体ここで何をやってるんだ?」
そんなつもりはないと思いますけどね。でも、堀之内さんは盛んに攻め立てます。一方、古淵さんも慌てる様子は全くありません。淡々と話し続けます。
「そらしてなんかいない。それと、私は日本だけでなく、世界の平和も守らなければならないと考えている。もちろん、国の垣根を越えた協力体制も作ろうとしている。」
堀之内さん、思い切り不満そうな表情で質します。
「わからんな。一体あなたは何を企んでいるのだ? 外国とも結託しているのか? まあ、妥当なところでアメリカあたりか?」
そうです。アメリカのザカリー・ガーランド大統領もノースポール・プロジェクトを支援してくれているのです。
「では聞かせてもらうが、あなたは日本だけでなく世界の平和を守ろうという気はあるんですか?」
古淵さんの問いに堀之内さんが一瞬たじろぎました。日本の選挙で当選した日本の政治家だというのに。一瞬、そんな考えが頭をよぎったのです。しかし、そんなことは口に出せません。政治家というより、人として失格です。
「・・・、当然だ。我々は政治家だ。日本だけでなく、ひいては世界平和にも貢献しなければならない。当たり前のことだ。」
堀之内さん、精一杯の反撃です。ですが今度は古淵さんが攻め始めました。
「本当ですか? 私達が取り組んでいる仕事は口先だけのやる気ではとても達成できないものです。ありきたりのやる気程度ではダメです。あなたにはそのための覚悟はあるんですか?」
古淵さん、凄みのある視線を堀之内さんに向けました。
「な、何を言っている、何を言いたいのだ、あなたは。」
堀之内さん、明らかに動揺しています。古淵さんは同じ視線を今度は相武さんに向けました。
「相武さん、あなたはどうですか? 政治家として、日本だけでなく世界の平和を守る覚悟と、決心はありますか?」
古淵さん、決して怒鳴っているわけではありませんが、聞く者の心を大きく揺さぶるかのような力強く、凄みのある声で相武さんと、そして堀之内さんをも質しました。
相武さん、自分なりの思いの丈を古淵さんにぶつけます。
「もちろんです。私達共明党は世界から核兵器が廃絶されて、平和が来ることを目指しているんです。むしろ、あなたがた民翔党のような軍拡路線を目指している輩に世界平和などと口走ってもらいたくないですね、不快です。」
確かにそれはそうなのですが、なんか、相変わらず発想の狭い、進歩の感じられないご意見のように感じてしまいます。事態はそんなレベルの認識を遙かに超えたところで動き出そうとしているのです。
ちなみに、相武さんのことばの中に登場した『民翔党』という政党が、古淵さんの率いる今の日本の政権与党です。前回の衆参同日選挙で過半数を軽く超える議席を確保する勢いを見せて、その後も世論調査が行われる度に支持率を伸ばしていて、一般の国民の方からも厚い支持を集めているのです。
古淵さん、鋭い笑みを浮かべると、相武さんと堀之内さんに伝えました。
「わかりました。百聞は一見にしかずと言いますからね。確かに、いつまでも隠しておくのは良ろしくない。ちょうど、よい機会なのかもしれない。ご案内しましょうか。」
古淵首相、ゆるりと立ち上がりました。そして、一瞬歩き始めようとしましたが、再び立ち止まり、堀之内さんと相武さんに鋭い視線を投げかけました。
「もう一度だけ言っておきましょう。生半可なやる気だけなら見ない方がいいと思いますよ。知ってしまった事実を前に、その重みと、知ってしまった後悔に耐えられなくなって気が狂うかもしれない。もしも、このあと私についてくるようなら、それほどまでに、これまでの常識を覆す事実を知ろうとしているのだと頭と心に叩き込んでおいてもらいたい。」
そうです。事態は私達の思考の遙か上を進もうとしているのです。
「面白い。構わないから案内してもらおうか。」
「私も、望むところです。」
引くに引けない堀之内さんめ相武さんはとりあえず強気を装いました。
古淵総理、悠々と歩き始めると、自ら執務室のドアを開けて廊下に出ました。堀之内さんと相武さんも負けじと強気の装いで続きます。その3人の後に稲田さんも続きました。
「あっ、総理。」
古淵さん、足を止めて後ろを振り向きました。官房長官の喜多見さんです。防衛政務官の鴨井さんもいっしょです。
「13時からの地域行政会議ですが・・・、」
喜多見さんが話すのを遮るように古淵さんが伝えました。
「すまないが、リスケして下さい。これから北海道に行くことになったんだ。」
喜多見さんの顔色が変わりました。
「えっ、でも、この会議、リスケ3回目ですよ。出席者の方が何と言うか。」
「いや、どうしても案内しなければならなくなったんだ。」
古淵さん、後ろにいる2人を見ました。喜多見さんもその2人を見ると小声で尋ねました。
「あの、よろしいのですか?」
古淵さんは小声ではなく普通に答えました。
「うん。いずれは知らせる時が来るんだ。それが今日になっただけだよ。」
「・・・わかりました。研究室には伝えますか?」
研究室。東京総合科学大学の柴崎研究室です。そこに、ノースポール・プロジェクトの責任者である布田教授と、テクニカルアドバイザーのドミトリー博士がいるのです。
「うん。伝えて下さい。お2人は研究室からリモートでも良いだろう。いや、今日はお2人も基地に詰めているに違いない。」
「そうですね、わかりました。」
喜多見さん、廊下の脇に避けるとケータイを取り出してダイヤルし始めました。
「僕の予定もキャンセルしてね。」
稲田さんも、鴨井さんに指示しました。鴨井さんもあきらめ顔でケータイを取り出すと連絡を取り始めました。古淵さんと稲田さんの行動はほんと読めません。
「では、行きましょう。」
そう言うと古淵さんは再び歩き始めました。エレベータで地下に降りると長い通路を歩き始めました。もちろん、公開はされていませんが、国会議事堂周辺の施設は地下通路でつながれているのです。一行は首相官邸に入ると今度はエレベータで屋上へ登りました。
「すまないが、頼みます。」
古淵さんが詰め所の職員に声を掛けました。
「はい、大丈夫です。」
どうやら、喜多見さんが連絡してくれていたようです。古淵さん、自らドアを開けて屋上に出ました。ヘリポートです。
「えっ!? そんな。」
相武さんが小さく呟きました。ヘリポートの中央に、午前の予算委員会でも取り上げられた政府専用機が待っていました。古淵さん、慣れた足取りでタラップを登り機内に入ります。堀之内さんがそれに続きます。そして、相武さんも。・・・何やら顔色が良くありませんが。最後に稲田さんも乗り込むとエンジンが始動しました。俄然、ヘリポートは賑やかになります。
さすがに政府専用機です。機内は質素ですが落ちついた色調の壁紙が貼られて、良い感じです。シートは布張りですがやや大きめでゆったり座ることの出来るタイプで、左右に1つずつ、5列設置されています。つまり、定員10人ですね。
古淵さんはさっそく、前から2列目の右側のシートに収まりました。
「よいしょっと、ふー。」
その反対側、左側には稲田さんが座りました。
堀之内さんと相武さんが迷っていると機内スタッフが案内してくれました。堀之内さんは古淵さんの2つ後ろ、相武さんは稲田さんの2つ後ろです。
「シートベルトをお願いします。」
スタッフが堀之内さんと相武さんに伝えました。相武さん、左手の窓から外を見ました。喜多見さんと鴨井さんが走ってきます。さらにその後ろから台車を押した職員が続きます。
「お願いします。」
喜多見さんと鴨井さんは、そう言いながら機内に駆け込みむと、一番後ろの席に座りました。
エンジン音が高くなりました。ふわりと浮かぶ感じがしたかと思うと、機はもう空中にいました。首相官邸が後ろに、下に遠ざかっていきます。天気は快晴。絶好の飛行日和です。
稲田さんが相武さんに話しかけました。
「すぐ着くから。1時間ちょっとかな。」
専用機は珍妙なご一行を乗せて、一路北を目指しました。総理と防衛大臣が支援しているという『何か』を視察に行くのです。まあ、ある意味で、予算委員会とその後の総理執務室での追求が実ったと理解することもできるのですが・・・、
「何で、この私がこれに乗るなんて・・・」
今回の訪問実現の立役者の一人であるはずの相武さん、先ほどから何やらご不満のようです。搭乗してからずっと、ブツブツと何やら独り言を言っています。その相武さんに稲田さんが満面の笑みを浮かべて尋ねました。
「どう、乗り心地は?」
相武さんがご不満な理由はなんとなく分かります。古淵総理や各大臣の移動用として政府が導入したこの機体は、アメリカのベル社とボーイング社が共同開発したV-25B、通称『オスプレイ2』なのです。自衛隊への配備と同時期に政府専用機として導入されました。
まあ、実を言うと、共明党は、相武さんの陣頭指揮のもと、この機体の導入に猛反対していたのです。相武さん、笑顔でこちらを見ている稲田さんをキッと睨んだだけで、何も答えませんでした。まあまあ、稲田さんも、そのくらいにしてあげて下さい。
何しろ、急な出発でした。昼食もまだだったのですが、喜多見さんと鴨井さんが気を利かせておにぎりと味噌汁を積み込んでくれていました。
「おー、昼抜きを覚悟してたんだがな。」
堀之内さん、おにぎりのパックを受け取ると早速開けて食べ始めました。紙カップのインスタントですが暖かい味噌汁も配られました。
「うん、白味噌か。私は赤味噌派なんだがな。」
そう言いながらも、堀之内さん、ご満悦のようです。次いでお茶も配られます。
ちなみに、ペットボトルではなく、スチールボトルです。実は古淵総理の肝いりで、ペットボトルからスチールボトルへの切換が強力に推し進められているのです。もちろん、使用後の回収キャンペーンも大々的に行われています。再利用のためですね。
何もしないでいるとちょっと暇ですが、食事を取ったのであっという間です。お茶を飲んでいると、専用機はもう大雪基地への着陸態勢に入っていました。
「お疲れ様です。」
「お待ちしていました。」
一行が機を降りると、日本人と外国人が出迎えてくれました。
「お2人ともご存じだろうか?」
古淵総理が、出迎えの2人に尋ねました。
「テレビのニュースで拝見しています。」
日本人の出迎えの方が答えました。
「はははっ、もしかしたら、私よりも有名かもな。」
堀之内さんと相武さん、複雑な表情です。古淵さん、すぐに真顔に戻ると紹介しました。
「日本いっしょの会党首の堀之内大樹君と、こちらが、日本共明党党首の相武美花君だ。」
「よろしく。お願いします。」
「はじめましてお目にかかります。」
続いて、古淵さん、出迎えのお2人を紹介します。
「布田英治教授だ。東京総合科学大学の柴崎研究室の主任教授であり、ノースポール・プロジェクトの総責任者だ。」
「よろしくお願いします。」
布田さん、少しかしこまって礼しました。
「そして、こちらが、ドミトリー・カバレフスキー博士。プロジェクトのテクニカルアドバイザーをしている。」
「よろしくお願いします。」
相武さんが質問しました。
「ドミトリー博士、もしかしてロシアの方ですか?」
「はい、ですが、30年前に故郷を脱出して、今はアメリカ国籍です。」
堀之内さんと相武さん、事情を察したようです。ちなみに、ロシアといえば、かつては共明主義のご本尊、・・・のはずなのですが、相武さん曰く、
「ロシアの共明主義は偽りの共明主義。私達日本共明党こそ、真の共明主義の実践者なのです。」
・・・ということらしいです。まあ、その辺りの話しは物語には影響ありませんので割愛させて下さい。ハハッ。
一行は布田さんとドミトリー博士を先頭に、早速基地に入りました。
「空から見た時は、ただの山だったのに。」
そうです。大雪基地は年間を通じて雪に覆われて隠されているのです。
エレベータで10階に上がります。ぞろぞろと壁沿いに設けられた通路に出ます。
「これが『未来の宇宙船』です。」
「・・・何だこれは?」
「船? でもなんでこんな山の中に?」
堀之内さんと相武さんは目を見張りました。
布田さんが説明を始めました。
夜空を横切る火球。
墜落した、物体との遭遇。
物体の調査。
物体の正体の判明。
「未来から来ただと?」
「異星人の侵略? な、何なのそれは。」
一行はゆっくりと格納庫内を一周しました。
深く傷ついた痛々しい船体。
くすんで、汚れた船体。
「ま、まさか、ハリボテではないだろうな?」
堀之内さんが、強気を装いつつも震える声で聞きました。布田さんは、一行を船内に案内しました。ブリッジに登ります。
「ここが・・・ブリッジ。」
相武さんが、傾いた床に耐えかねて、傍らのシートに掴まりました。
「本当に、本当の本物なの?」
布田さん、持ってきた写真を2人に見せました。
「うちゅ、いや、異星人・・・。」
「この点が全部、宇宙船・・・。」
『未来の異星人』。1万隻とも2万隻とも言われる艦隊でやって来るのです。想像を絶する巨大な母艦を伴って。
「うっ・・・、」
一行が再び外に出た途端、堀之内さんが壁際に駆け寄ると吐き始めました。『未来の宇宙船』の船内は空気も悪いので、そのせいもあったかもしれません。しかし、それ以上に精神的なダメージが大きかったのではないでしょうか。
宇宙からの侵略者。
敵を迎え撃つ宇宙戦艦。
撃沈された宇宙戦艦。
タイムスリップ。
ことばだけの説明なら否定するのも簡単ですが実物を見せられては、もはや、逃げ場はありません。どんなに信じ難い事実であっても、丸ごと受け入れる他ないのです。
堀之内さん、喜多見さんと鴨井さんに介抱されて、やっと落ちついたようです。
「医務室にご案内しましょうか?」
布田さんが尋ねました。
「いや、その必要はない。このくらいのことで・・・、」
堀之内さん、そう言いうと、フラフラしながらもゆっくりと立ち上がりました。
その様子を見た稲田さん、
「思い出すよ。僕もここで吐いたんだ。」
珍しく神妙な声です。
「人のことは言えないな。私もダウン寸前だったからな。」
古淵さんもです。
「あなたは、相武さんは大丈夫ですか?」
布田さんが尋ねました。
「ええ、なんとか。」
でも、顔色は良くありません。
「外に出ましょうか。」
そう言うと布田さんは壁のボタンを押してエレベータを呼びました。
「はー。」
外に出るなり、みんな深呼吸をしました。
さて、新鮮な空気も吸って気分も落ちついたはずなのですが、堀之内さんも相武さんも表情が冴えません。それはそうです。現実世界から余りにも掛け離れた、それでいて、紛れもない事実を突き付けられたのです。思考が追いついていかないのです。
「飲物、どうぞ。」
堀之内さん、両手をズボンのポケットに入れて俯いて立ち尽くしていましたが、ゆっくりと顔を上げました。
「あ、ああ、ありがとう。」
鴨井さんが缶の飲み物を段ボール箱に入れて配っているようです。堀之内さん箱の中を覗きました。違う種類の飲物が用意されています。
「レモンティーにしようか。ありがとう。」
そう言いながら、一本取りました。
鴨井さん、相武さんにも飲物を勧めました。
「すみません、じゃあ、コーヒーを。」
同じように、布田さんとドミトリー博士にも飲物を配ると、最後に、並んで立っている古淵さんと稲田さんの横に行きました。
「えっと、古淵さんはお茶ですよね。」
「うん、ありがとう。」
総理は緑茶派のようです。
「稲田さん、ココアどうぞ。」
「良かった。これが飲みたかったんだ。」
おお、稲田さんてココア派なんですね。
さて、一行はヘリポートで待機していた政府専用機こと『オスプレイ2』に再び乗り込むと、大雪基地をあとにしました。布田教授とドミトリー博士もいっしょです。もうひとつの視察先、日高基地に向かうのですが・・・。
「あれっ、海に出てる。」
相武さんが気が付きました。
確かに、専用機は太平洋に出ていました。大雪山系から日高山脈なら地上を飛ぶだろうと思っていたのです。
「あっ、大丈夫。いまねえ、ぐるっと回って海の上から襟裳岬の沖に向かってるんだ。」
稲田さんが教えました。
「もうすぐ見えると思うんだけど。」
相武さん、窓の外を見ました。
少しして、
「あ、何か見える。」
遠くに何かを見つけました。低くなり始めた陽光を受けて輝いています。
「お、来た来たっ。」
稲田さんも声を上げました。
「どこかな?」
古淵さんと堀之内さんも左側の窓の方に来ました。その、『何か』はどんどん近づいていました。
「四角いな・・・。しかも細長い。」
「でも、白い。真っ白。飛行機なのかしら?」
「いや、翼がないぞ。どうやって飛んでいるんだ?」
堀之内さんと相武さん、興味津々です。その、四角くて細長くて白い飛行物体は、翼もないのに空中に浮かんで安定して飛んでいるのです。
稲田さんが自慢げに話し始めました。
「あれは、シーライオン。今日、試験飛行で太平洋を一周して、ちょうど今、戻ってきたところなんだ。」
相武さん達一行の乗る専用機は、その、シーライオンの右舷側に並んで飛びました。
「戦闘機にしては大きいようだが?」
堀之内さんが不思議そうな表情で尋ねました。
「いえ、シーライオンは宇宙船です。ノースポールという、もっと大型の宇宙船に搭載される艦載艇なんです。」
布田さんが説明しました。
そう、一行は、日高基地でノースポールと対面するのです。
間もなく、専用機は日高基地のヘリポートに着陸しました。
「おお、確かに、うちの党が手に入れた写真と同じだ。」
日高基地のヘリポートに降り立った堀之内さんが声を上げました。古淵さんを問い詰める時に見せたあの写真ですね。
「じゃあ、早速、格納庫にご案内します。」
一同、布田さんについていきます。そして、堀之内さんが入手した写真にも写っていた巨大な建物に入ると、エレベータに乗りました。
「着きました。どうぞ。」
全員、エレベータを降りました。そこは、大雪基地の格納庫と似た構造です。巨大な細長い空間の壁に沿って通路が設けられています。そして、大雪基地の格納庫と比べて、非常に明るく、空気もかなり新鮮です。ただし、かなりうるさい騒音が満ちています。
布田さん、通路の端の柵に右手を掛けると、左手で格納庫の中を誇らしげに指し示しました。
「これが、宇宙巡光艦『ノースポール』です。」
「おお、でかいな。」
「すごい、それに真っ白。」
堀之内さん、相武さん、目を見張りました。まず、大きさに驚いています。そして、色。神々しいまでに白いのです。
「・・・、」
相武さん、何かを思い出したようです。
「一応、聞きますが、税金で作っているとか・・・?」
「いえ、違います。」
布田さんが否定しました。古淵さんが説明を続けました。
「うん、今のところ、これの建造には税金は一円も使われていない。ここの施設の建設費もだ。税金を使わせてもらっているのは、あなたも指摘していた、政府専用機の運用費用だけだ。」
相武さんが質問しました。
「オスプレイの、ですか?」
相武さん、それ以上は何も言いませんでした。
『未来の宇宙船』の時と同じく、船内にも入りました。その、超硬化チタニウムガラスを多用した、余りにも開放的なブリッジには歓声が上がりました。
「すごい。これが本当に飛ぶのか?」
堀之内さん、まるで子供のように目を輝かせています。
「はい。宇宙を自在に飛ぶことが出来ます。」
そう答えた布田さん、とても嬉しそうです。まあ、この時点ではノースポールはまだ浮上テストも行ってなかったんですけどね。ただ、ノースポールと同じVMリアクタとドライブパネルを装備したシーライオンが、見事に試験飛行を成功させて帰投していました。その情報は既に布田さんやドミトリー博士、そして、古淵さんと稲田さんにも伝えられていました。
一行は隣のドックにも行って体を休めているシーライオンも見学しました。
「確かに、これが飛んでいたな。」
「じゃあ、さっき見たノースポールも本当に飛ぶと言うことなの?」
堀之内さんも相武さんも、驚きっぱなしです。
一行は一旦外に出ると、別の建物の会議室に移りました。窓の外はまだ太陽が見えましたがもうすぐに山の向こうに沈みそうです。
「さて、以上が今日案内しようとしていたすべてだ。」
古淵さんが伝えました。堀之内さんと相武さんは顔を見合わせました。
「背景も説明したとおりだ。信じてもらえたかどうかは分からないが、しかし、紛れもない事実だ。我々人類は、歴史上初めて経験する危機に直面しているのだ。何もせずにその危機を迎えるわけにはいかない。その認識のもと、ノースポール・プロジェクトが進められており、そして我々周囲の人間はプロジェクトを支援する裏方として協力しているのだ。」
稲田さんも真面目な顔で説明しました。
「僕らは文系の人間で、科学者にも技術者にもなれないからね。だからせめて、いろいろな雑用を引き受ける裏方として協力しているんだ。」
「例えば、どんなことを?」
相武さんが不思議そうな顔つきで聞きました。
「まずは資金だろうね。僕らは経済界とのパイプは持っている。だから、協力してくれそうな、しかも、志のありそうな企業に接触して協力をお願いしてるんだ。もちろん説明もして大雪基地と日高基地も実際に見てもらっている。」
「『志のありそうな』と言っていたが?」
今度は堀之内さんが質問しました。でも、国会で政府を追求する時のような鋭い口調ではありません。はるかに穏やかな話し方です。
「うん、どこの企業でもいいと言うわけではないのだ。私利私欲のある企業ではダメなのだ。あくまでボランティアとして、裏方として働くという高い意識のある企業でなければダメだ。」
「なるほど。」
相武さんも堀之内さんも意図を察したようです。
「それで、私達はどうすればいいんです?」
相武さんが直近で問題となる疑問について質問しました。
「まずは、それぞれの党内でこのプロジェクトに対する支持を取り付けてもらいたいのだ。今はまだいいが、きっと近いうちに広く一般国民に事態を説明しなければならない時が来る。その時にまずは政治家が一致団結していなければならないのだ。それでなければ国民が一致団結できない。何しろ世界が、いや、地球が始まって以来の危機なのだ。今こそ、この地球に住むすべての人々が一つにまとまらなければならないのだ。まあ、他の国については、各国の政府に期待するしかないがわが国日本については、我々日本の政治家の手で意思を統一しなければならないのだ。」
「うーむ、」
堀之内さんも相武さんもうなり声を上げると黙り込んでしまいました。
「どうだろうか? 協力してもらえるかね?」
古淵さんが堀之内さんを見つめて問いかけました。堀之内さんは、だいぶ長い間を置くと、やっと話し始めました。
「はっきり言って・・・今は何とも言えないな。聞けば聞くほど、考えれば考えるほど、大変な話しだ。正直なところ、間違いであってほしいというのが本音だ。いや、だが少なくとも私は信じるよ。今日見て聞いたことを。党内の調整は・・・、考えれば考えるほど、自信がないが、行動は起こすと約束するよ。今日のところはそれで勘弁してくれ。」
古淵さん、事情を理解する目で軽く頷きました。そして、今度は相武さんを見つめました。
「あなたはどうですか、相武さん。」
「・・・、私も同じですね。まず、今日見聞きしたことは信じますよ、私も。でも、その先は・・・。余りにも道のりが遠い、と言うか、どこをどう進んでいけばいいのかさっぱりわからないというのが本音ですね。でも、私も必ず何かします。その点だけは約束しますよ。」
古淵さん、再び頷きました。稲田さんが再び口を開きました。
「それだけ言ってもらえれば十分ですよね。今日のところは。僕らだって最初は何をしたら良いのか何も分からなかったし。」
古淵さん、当時の苦労を思い出したかのように一瞬笑うと話し始めました。
「そうだったな。正直、一時は人間不信になってしまって誰も信じられなくなったからな。うん。そうだ。だが我々はそれでも進まなければならないのだ。我々は政治家だ。国民を守る義務がある。そして、他の国と協力して世界と、この地球を守る義務があるのだ。」
こうして、今回の大雪基地と日高基地の視察は終わりました。堀之内さんも相武さんも政府専用機に乗り、東京へと戻りました。ひとりではとても背負いきれない大きな宿題を抱えて。
(おわり - 第1章 プロローグ)
はとばみなと
