宇宙巡光艦ノースロード 第13章 冥王星 ~ 第14章 地球

■宇宙巡光艦ノースロード
第13章 冥王星

【あらすじ】

 私たち、

 ついに来たのです。

 ノースロードの試験航海、最後の訪問地。

 そして、かつての、太陽系第9番惑星、

 『冥王星』。

 ここは、太陽系の最果ての地であると同時に、外宇宙、銀河の大海原への入口でもあるのです。

 予定されていた探査活動を終えて、ここまでの航海を労うパーティーに向かう私たち。

 しかし、そこで、ひとり、思い悩む乗組員の方もいたのです。その方に急遽、小杉さんが渡したプレゼントとは?

 そして、気持ちは晴れたのでしょうか?

 それでは、物語を始めたいと思います。
 みなさまと、星の海へ。

はとばみなと

■宇宙巡光艦ノースロード
第13章 冥王星
第1節  最果て

「減速します。」

 ノースロードは速度を落としながら前方に見える星へと向かっていました。

 冥王星。

 かつては太陽系の第9番惑星とされていた星です。太陽系の最果てと考えられていた星です。もちろん、天文学者以外の一般の人々の中には今でもそう考えている人も多いことでしょう。

 でも、最新の観測結果から得られた事実によれば、ここはまだ太陽系の果てなどではないのです。

 冥王星の軌道の外側にも太陽系に属する星々が存在するのです。私達の太陽から放出される物質は冥王星の軌道よりも遠く、はるか彼方にまで達していることが判明しているのです。

 ここはまだ太陽系の果てではないのです。

西暦2055年9月10日
18時30分

「周回軌道に入ります。」

 ノースロードは、冥王星の周回軌道に入りました。当然、ここまで到達した地球の有人宇宙船はノースロードが初めてなのです。

 地球の宇宙船で初めて冥王星に到達したのは「ニューホライズンズ」探査機。2015年に冥王星まで到達して初めての探査を行いました。でも、周回軌道に入って、長期間、冥王星を観測したわけではないのです。『フライバイ探査』と言って、要するに、目的の星の近くを通過して、通り過ぎる、ごく短い時間の中で調査を行うのです。もちろん、ニュー・ホライズンズは、その短時間の間にも多くの貴重なデータを取得して、地球へと送信しました。

 そのようなわけで、冥王星の周回軌道に入った地球の宇宙船としては、ノースロードが初めてなのです。

「とうとうここまで来たんだ。」

 小杉さんは立ち上がると左舷側に見える冥王星を眺めた。

 ここ、冥王星は現在行っているノースロードの航海では最後の目的地なのです。

「オービットアイの投入準備を始めます。」

 ここ冥王星にもオービットアイが投入される。冥王星は非常に遠い位置に存在するため地球からの観測は困難なのです。冥王星の精密な観測が行われるのはニューホライズンズ以来40年ぶりとなります。

「あ、あれ。衛星です。」

 中原さんが冥王星の影から姿を表した天体を指差しました。

「カロンですね。」

 冥王星は5つの衛星を持ちます。その中ではカロンが最も大きい衛星です。

「冥王星は連星と言われる場合もあるって聞いたけど。」

 ライラさんは小杉さんの方を向きました。

「うん、日高基地の研修でもそう言ってたよね。」

 小杉さんは手元の端末上に冥王星のデータを表示させました。

 冥王星の直径は約2320km。最大の衛星であるカロンの大きさは約1186km。主星である冥王星の約半分ほどの大きさなのです。

「地球の月もかなり大きいよね。」
「地球の直径は12000km・・・」
「月は3500kmだから、月は地球の4分の1くらいかな。」

 自分でカバンを持ってその場で回転することを想像してみて下さい。そのカバンが軽ければ自分の立っている位置を変えずにその場で回転することができます。

 でも、カバンが重い場合はどうでしょうか。

 同じ場所で位置を変えないで回転することは難しくなってくるのではないでしょうか。カバンに振り回されるような状態になるのではないかと思います。

 カバンを持って回転する代わりに、友人と手をつないで回転する場合を考えるともっとわかりやすいかもしれません。互いに相手の回りを回ることになるでしょう。

 これが、星同士の間で起きると『連星』と呼ばれることになります。

 地球と月の場合は、地球は自分の位置を変えずに月が地球の周囲を回っています。これに対して冥王星とカロンの場合には、冥王星とカロンが互いの周囲を巡っているのです。

「もちろん、冥王星の動きはカロンに比べると小さいですけれどね。」

 オービットアイの準備を終えた鵜の木さんがメインディスプレイに表示した映像で説明してくれました。一見あまり見どころが少なそうに思える冥王星ですが興味深い点も多いのです。

「オービットアイ、放出していいですか?」

 技術コンソールに座っていた蛍田さんが鵜の木さんに尋ねました。

「あ、ごめん。頼むよ。」
「了解です。」

 鵜の木さんは右手に持っているケータイでメインディスプレイの表示を切り替えました。今まさにオービットアイはノースロードの艦底部係留ベイから発進しようとしていました。地球から遠いうえに無人探査機による探査もたった1回だけで、他の惑星に比べて大幅に遅れていた冥王星の探査活動もようやく本格化するのです。

「オービットアイの放出、完了しました。」
「ノースロード、軌道修正します。」

 ライラさんはノースロードの軌道を修正しました。エクスビークルの投下地点に向かうためです。進路が変わっても眼下に見えている冥王星の地表の様子はあまり変化がありませんでした。白や黒、灰色のモノトーンの世界が続いています。

「ここも寒い世界のようね。」
「そうですね。表面の気温は・・・マイナス200度以下です。」
「マイナス200度、まるで想像できないわね。」

 私達自身を含めて、この世界に存在する物はすべて何らかの物質から成り立っています。そしてすべての物質は分子から構成されています。それらすべての分子は温度が高い時ほど活発に運動をします。逆に温度が低いほど分子の運動は鈍くなってしまいます。

 例えば、私達にとって最も身近な物質の一つである水は温度が0度以下の状態では氷という個体の状態になります。温度が0度を越えると氷は解けて液体の水の状態となります。さらに温度を上げて100度を越えると水は沸騰して蒸発してしまいます。蒸発した水は消えてなくなる訳ではなく、水が気体の状態になったのです。水蒸気、ですね。

 この水の例で説明するなら、気体である水蒸気は分子の運動が活発な状態になっています。逆に、個体である氷は運動が鈍い状態です。液体の水はその中間の状態です。

 もしも温度を限りなく下げていくとどのような現象が発生するでしょうか。分子の運動はどんどん鈍くなっていきます。そして、ある温度に達した時に、すべての分子は運動を停止します。この温度のことを『絶対零度』と呼び、摂氏で表すとマイナス273度なのです。

 冥王星の表面の温度、マイナス200度とは、絶対零度も間近であり、分子の運動が非常に鈍くなるほどの低温なのです。

「とにかく寒い世界ということなのかしら。」
「まあ、そうですね。」
「・・・生き物もいなさそうね。」

 分子の運動が非常に鈍いということは化学反応のような現象も極めて起きにくいことを意味します。生物が誕生して生存するには化学反応が欠かせません。従って、冥王星のような極寒の地では生物は誕生する可能性は限りなく低い、のかもしれません。

「・・・地球って恵まれてるのね。」

 大森さんは冥王星を眺めながら呟きました。

「冥王星はもちろんだけど、水星にも住みたくないわ。やっぱり、地球が一番ね。」
「もちろん、基地ができれば地球と同じ環境で生活できますよ。」

 蛍田さんがまるで弁明するかのように大森さんに説明しました。

「ノースロードの中みたいにね。」
「ええ。」

 蛍田さんの説明に気を取り直したのか、大森さんは紅茶を一口飲みました。2人の会話を聞いていたライラさんが蛍田さんに話しかけました。

「エクスビークル投下予定地点まで3分きったわ。」
「了解です。」

 冥王星は地表のすべての場所が平坦な地形のようです。眼下に広がる冥王星の大地は最初に軌道に入った時以来、ほとんど同じ景色の連続です。そのほとんどの大地が窒素など何らかの物質の氷のようです。

「エクスビークル投下。」

 メインディスプレイはノースロードから離れてゆくエクスビークルの姿を捉えていました。

「コース、順調です。間もなくカメラが起動します。」

 ディスプレイの映像が切り替わりました。降下中のエクスビークルのカメラが撮影している映像です。もちろん動画ですが、映像が暗いのです。

「もともと、冥王星の表面が暗いものですから。」

 確かに暗いのです。ノースロードは冥王星の昼間の場所を飛んでいました。右前方には太陽も見えます。

「冥王星まで来ると太陽もあんなに小さくなるのね。」

 太陽からあまりにも離れすぎているのです。そのために太陽の発する光や熱も冥王星にはごくわずかしか届きません。メインディスプレイに表示されている画像も極めて暗い状態です。それでも、冥王星をこれだけ至近距離から捉えた映像は無人探査機ニューホライズンズ以来なのです。

「でも、その時は静止画なんでしょ?」
「もちろんです。」

 現在降下中のエクスビークルは暗黒の冥王星用に調整された超高感度のビデオカメラを搭載しているのです。暗黒の世界ながらもその映像は解像度も高く、緻密な物なのでした。

 エクスビークルは無事に冥王星の表面に着陸しました。

 なお、冥王星の本星だけでなくて、衛星のカロンにもエクスビークルが投入されました。これらの探査機により、これまで遅れていた冥王星系の調査体制を整えるためです。作業は全く問題ありませんでした。エクスビークルは無事にカロンにも着陸したのでした。

 ノースロードは再び冥王星の周回軌道に戻りました。冥王星はノースロードの今回の航海の最後の目的地です。なので、これまでにない計画が用意されているのです。

「小杉、」

 川崎さんが呼びました。何か、楽しみにしていたことが叶ったような笑みを浮かべています。

「はい。」

 川崎さんは小杉さんの提出したレポートを見ながら質問しました。

「参加者へのレクチャーは行ったか?」
「はい。全員終了しています。」

 これまでの航海の中でノースロードは船外活動も多く行ってきました。でも、それに参加しているのは、一部の乗組員だけなのです。小杉さんや中原さん達、統括部のメンバーと、技術部の一部のメンバーです。

えーと、もしかしたら、みなさんも覚えているかもしれませんが、水星を探査した時に、メンバーを募って、そのメンバーで水星の表面に降りたことがありました。合計24人の一般の乗組員と、統括部所属の27人、合計51人で水星表面に降り立ったのでした。

 実は、その後、そのイベントが艦内で評判になって、もう一度出来ないのかという希望が多く寄せられていたのです。

「参加者は何人になった?」
「えっと、125人です。」
「だいたい半分か・・・。」

 冥王星は生物の生存を拒絶する極寒の地です。でも、冥王星自身は安定した星なのです。木星の衛星イオのような火山活動も存在しません。金星の表面のような、高温高圧の環境でもありません。そういう観点で考えれば、冥王星ならば、比較的安全に船外活動ができるのではないか、という結論になっなのです。

 そこで、今回は、これまで船外活動に参加できなかった乗組員にも、冥王星に降り立ってもらうことにしたのです。それほど長い時間の活動ではなくて、ほぼ、記念写真の撮影だけの船外活動なのですが、何事も、まずは始めの一歩が肝心です。というわけで、ノースロードの、船外活動未経験の全乗組員を対象にして、冥王星の地表で、体験船外活動を行うことになったのです。そのために、ノースロード自身で冥王星の地表近くまで降下するのです。

 艦底部係留ベイに隣接した作業スペースに、船外活動に参加する最初のグループが集合していました。全員、既に宇宙服を着用しています。

 ちなみに、宇宙服は、すべての乗組員に支給されています。ノースロードへの乗り組みが決まった時に、全員、採寸して、専用の宇宙服を支給しているのです。また、自分ひとりでも着用出来るように、支給時に着用方法の講習を行うとともに、定期的に着用の練習をすることも義務づけられています。まあ、ノースロードは、曲がりなりにも、宇宙船ですので、そのくらいのスキルは持っていないと、もしもの時に大変なことになりますので。

「あっ、新田さんも外に出るんですか。」
「ああ、俺はいいって言ったんだけどさ。」

 艦内レストラン宇宙亭を支えている新田夫妻も夫婦揃って宇宙服を身につけて待機していました。

「そんなことないよ。こんな経験二度とできないかもしれないんだよ。」

 奥さん、すなわち、みなさんご存じの女将さんが、旦那さんの茂樹さんに強く言い聞かせています。

「こいつがこんなだし、川崎さんからも勧められてさ。」

 レストランのシェフが船外活動をするのは、間違いなく、史上初めてのことでしょう。

 ちなみに、『シェフ』というのは、その厨房で一番偉い、リーダーの『呼び名』なのだそうです。ですから、各レストランで、シェフは必ずひとり。もちろん、宇宙亭では、新田茂樹さんのことなのです。

「みなさん、ご覧ください。私も宇宙服を着ました。」

 艦内放送局のリポーターである関内さんも、さすがに興奮ぎみです。艦内放送局のスタッフはノースロードに乗り組む以前はほとんど全員が地上の放送局や番組製作会社で働いていた経歴を持っています。もちらん、様々な場所やシチュエーションでのリポートの経験があるのですが、
そんな彼らにとっても自ら宇宙服を着て宇宙船の外に出てリポートするのは初めての経験です。

「あとは、このヘルメットを被れば真空の宇宙空間に出ることができます。」

 関内さんは左手に抱えていたヘルメットを両手で持ち直してカメラの前に差し出しました。

「レオさんも準備は大丈夫ですか?」
「ハイ。私もこのトオリ宇宙服に着替エテテ、準備はオッケーです。」

 レオさんは艦内放送局のカメラマンです。トランペットの腕前はプロ並みの、陽気なイタリア人です。艦内放送局からはこの2人が参加して、船外活動の模様を自らリポートするようです。

 ノースロードは冥王星への降下を始めていました。既に眼下には冥王星の大地が迫っています。

「地表まであと5分。」

 地表は間近です。地球で言えば小型機やヘリコプターで遊覧飛行する程度の高度です。

「本当に平らなんだ。」

 小杉さんの言葉のとおりでした。もちろん、完全な平面ではなく、冥王星の表面にも山脈のような地形も存在します。でも、例えば、地球や火星で見られるような険しい地形は見つかっていないのです。

 地球は誕生後に激しい造山活動が行われました。結果として、現在見られるような、険しい山岳地帯が形成されました。アルプス、ヒマラヤなどに代表される山岳地帯です。

 地球以外でも、例えば、火星には地球にも勝る規模の険しい地形が存在しています。

 冥王星ではこのような造山活動は行われなかったのでしょうか。だとしたら冥王星は誕生してすぐに冷たく固まってしまったのでしょうか。

 そのような謎も今後解明されていくに違いありません。

 ノースロードは徐々にスピードを落とすと、高度50メートルほどの位置に制止しました。

「ノースホークを発進させろ。」
「了解です。ノースホーク、発進して下さい。」

 レオンさんはノースホークを発進させました。ノースロードとほぼ同じ高度で数十メートルほど離れた位置に静止させました。

「三田、監視をよろしく。」
「もちろんです。」

 三田さんもノースホークに乗り組んでいました。125人の参加者は4つのグループに分かれて船外活動を行うことになっていました。一つのグループは約30人です。不慮の事故を防ぐためにノースホークとワークベンチを総動員して支援活動を行うことになりました。

「ノースホーク、分離しました。予定の位置で待機しています。」
「支援活動用のワークベンチも配置に付きました。」
「よし、船外活動を開始しよう。」

 今回の船外活動をサポートする乗組員も、初めて宇宙を体験する乗組員の各々も緊張と期待感に包まれていました。

(つづく)

はとばみなと

■宇宙巡光艦ノースロード
第13章 冥王星
第2節  体験

「ノースホーク、分離しました。予定の位置で待機しています。」
「支援活動用のワークベンチも配置に付きました。」

 これまでの船外活動では一度に数人ほどでの活動でした。でも、今回は1回に30人ほどがノースロードの船外に出るのです。そのため、万が一に備えて、ノースホークとワークベンチを待機させるのです。

 ノースホークの指揮担当は三田さん。そして、ワークベンチの1号機を中原さんが、2号機を田浦さんが指揮します。これに、もちろん、ノースロードも加わり、4隻で、長方形のそれぞれの頂点に位置して、その内側で、船外活動を行う、という作戦ですね。

 船外活動する乗組員の送迎は、ワークベンチの3号機と4号機が担当します。乗組員を、ノースロードと、冥王星の地表の間で送り迎えします。ちなみに、もしもの際の予備としてワークベンチ5号機が待機します。

 んー、現在のノースロードとしては、持ち駒総動員の一大イベントという感じですね。

「よし、船外活動を開始しよう。」

 川崎さんが凜として指示しました。

「ワークベンチ第1便、出発OK。」

 小杉さんが、係留ベイで待機しているワークベンチに伝えました。

「了解、出発します。」

 最初のグループの30人を載せたワークベンチを固定するアームが解除されました。

「よし、降下開始。」

 第1便ワークベンチの操縦席に座る稲城さんが右足を踏みこみました。ワークベンチが降下を開始、開放された艦底部係留ベイの外に出ます。

「あっ、降下し始めました。いよいよ発進です。」

 関内さんの実況が始まりました。ワークベンチ上で乗組員が手を振っています。格納庫の技術スタッフも手を振ってそれに応えます。ワークベンチはゆっくりと降下を続けます。

「降下しています、降下しています。あっ、いよいよ・・・いよいよ・・」

 関内さんが実況を続けます。その様子をレオさんが撮影しています。

「あ・・・、たった今、私たちはノースロードの外に出ました。」

 レオさんが宇宙服の右肩に取り付けたカメラで他の乗組員の様子や、頭上に見えるノースロード、冥王星の地表の様子を撮影しています。

 この、テレビカメラマン用の宇宙服はノースロードの船内で開発が進められていたものなのです。

 カメラは地上のテレビ局でも使われる、取材用の小型カメラを使用しています。これを特製のケースに格納して宇宙服の右肩に固定してあります。操作に必要なスイッチは宇宙服の左腕に取り付けられています。なお、今回はズーム機能など一部の機能のみが操作可能となっています。カメラの映像は宇宙服のヘルメットの全面ガラスの内側に表示されます。

「もう間もなく着陸するようです。」

 ワークベンチはゆっくりと降下、着陸しました。

「今、たった今、冥王星の表面に着陸しました。」

 他の乗組員からも歓声が挙がります。

 操縦を担当していた稲城さんは手際よく計器の確認をします。同じく、稲城さんと参加者のサポートを行う香川さんはワークベンチから降りて船体に損傷などの異常がないかどうか点検しています。

「稲城さん、異常ありません。OKです。」
「了解。香川君はタラップの下で待機してね。」

 香川さんの報告を受けた稲城さんが立ち上がって説明を始めた。

「えっと、これから順番に降ります。私と香川君がサポートします。」

 稲城さんは右舷を向くと、少し離れた位置で待機するノースロードを指差しました。

「みなさん、ノースロードが見えます。」

 今度は左舷の方向を向きました。

「ノースホークはあそこで待機しています。」

 稲城さん、同じように、前方と後方で待機するワークベンチの1号機と2号機の位置も、参加者のみんなと一緒に確認しました。

「いま確認した4隻の船に囲まれた長方形の中が、今回の船外活動の範囲です。これよりも外には、絶対に行かないで下さい。」

 参加者全員が頷いた。

「それでは降りましょう。」

 ワークベンチの左舷側には乗降用にタラップが用意されていました。普段は梯子を使っているのですが、今回、特別に用意したのです。

 最初の一人が、ワークベンチの甲板上をゆっくり歩いてタラップに向かいます。右手を伸ばして手摺りを掴もうとしています。稲城さんがその手を取ってゆっくりと引き寄せると手摺りを掴ませました。

「今、最初の一人がゆっくりとタラップを降りています。宇宙亭の久地さんのようです。」

 新田夫妻と共に宇宙亭を支えるシェフの一人である。タラップの下にいる香川さんが左手を持って手助けをします。足元を慎重に確認しながら冥王星の大地に降ります。数歩、ゆっくりと前に出ると、後ろを振り向きました。ワークベンチの甲板を見上げて手を振りました。

 歓声が上がった。

「ご覧ください。今、久地さんが冥王星に降り立ちました。元気そうに手を振っています。」

 関内さんが興奮気味で実況を続けました。他の乗組員も同じ要領で冥王星の大地に降り立ちます。サポート担当の稲城さん、香川さんも含めると、33人の乗組員が無事に冥王星の大地に降り立ちました。

「すごい。」
「体がふわふわして変だよね。」
「かなり暗いんだ。」

 皆、互いに感想を話し始めました。

「みなさん、見てください。ついに私も冥王星に降り立ちました。」

 関内さんがレポートを続けています。

「まるで水中に立っているようですね。体がふわふわします。」

 関内さんがその場でほんの僅かに地面を蹴りました。すると、体がゆっくりと浮かび上がり始めました。関内さんにカメラを向けていたレオさんが慌てて関内さんの手をつかんで地上に引き戻しました。

「あまりハシャぐと危ナイですよ、関内さん。」
「すみません、つい、興奮してしまいました。」

 レオさんがその場でゆっくりと体の向きを変えました。カメラの捉える映像もその動きに合わせて変わっていきます。荒涼とした、動く物の存在しない世界が映し出されました。

「冥王星の景色をご覧ください。見渡す限りなだらかな大地が広がっています。」

 冥王星の薄暗い、そして起伏のほとんどない様子が映し出されています。次に、レオさんは上空の映像を捉えました。

「そして、あれが太陽です。地球に暖かい光を与えてくれる太陽。しかし、その太陽もここ冥王星ではあんなに小さな存在にすぎません。」

 もちろん、ここ冥王星でも太陽は全天で一番明るい星です。見失うことはありません。再びカメラの向きが変わりました。

「そして、みなさん、今、画面に映っているのがノースロードです。」

 ノースロードは静かに浮かんでいました。他の乗組員たちもノースロードを見上げています。普段は一般の乗組員が外からノースロードの姿を見ることはありません。もしもあるとするならノースホークへの搭乗経験者か、ノースロードの船体の補修作業に参加した技術部員だけなのです。

 意外なことですが、これだけ多くの乗組員が船外からノースロードを見るのは地球を出発して以来初めてのことなのです。

「久しぶりだよな。」
「うん、外から見るのは地球を出て以来かなあ。」

 皆、口々に久しぶりに見るノースロードの勇姿に感想を語っています。

「そういえばさ、あれ。」

 一人の乗組員が指差しました。

「月、冥王星の月だよな、あれ。」
「カロン・・・だよね、確か。」
「そう、カロン。」

 冥王星の衛星カロンが地平線上から半分だけ姿を見せていました。地球の月に比べると遥に大きく見えます。でも、非常に暗いのです。

「冥王星でも月の出って言うのかしら。」
「さあ。」

 その女性乗組員は地平線に姿を表しているカロンを眺めていました。

「でも、さっきからずっと動いてないような気がするんだけど。」
「そういえば。」

 これは見間違いではありません。実は、冥王星の自転周期とカロンの自転周期、そして、カロンが冥王星の周囲を巡る公転周期、この3つの時間が等しいのです。つまり、冥王星が1回自転する間にカロンも冥王星の周囲を1周回るのです。そして、カロンが冥王星の回りを1周する間にカロン自身も1回自転するのです。

 なので、冥王星上では、衛星であるカロンを見ることが出来る場所と、見ることの出来ない場所が存在するのです。しかも、カロンを見ることの出来る場所では、カロンは空のある一点に見えているのです。朝も昼も夜も、常に同じ場所に見えるのです。

 地球の衛星である月の場合は、月の自転周期と月の公転周期が等しくなっています。そのため地球上からは常に月の表側しか見ることができません。裏側を見ることはできないのです。

 でも、地球の自転周期は、月の自転周期とも公転周期とも異なっています。なので、地球上のすべての場所で月を見ることができる。

 ノースロードでは次に船外活動を行うグループが待機していた。

「第2グループの人、この位置で待機します。」
「この時間を使ってもう一度、各自で宇宙服の確認をしてください。」
「通信機の使い方と酸素の調整方法は忘れないようにお願いします。」

 ここは艦底部係留ベイに隣接する通路です。ここに係留ベイの入口を兼ねたエアロックがあるのです。現在、ノースロードの艦底部ハッチは開放されています。そのため、係留ベイの中は空気がない真空の状態となっているのです。また、重力装置も切られているので、この通路と壁で隔てられた反対側は、もう宇宙空間なのです。

 待機している乗組員たちの表情は様々です。期待感で興奮気味な顔、初めての体験に不安そうな顔。そうした乗組員たちの一人一人に対して統括部のメンバーが代わる代わる声を掛けて、説明と注意をしていきます。

(つづく)

はとばみなと

■宇宙巡光艦ノースロード
第13章 冥王星
第3節  休息

 予定していた、冥王星表面での船外活動は大きな問題もなく完了しました。ブリッジにも安堵感が広がっていました。

「冥王星での活動計画はすべて終了したのか?」
「はい。」
「そうか。」

 川崎さんは軽く頷くと大森さんに指示しました。

「艦内放送を頼む。」
「はい。」

 大森さんは端末の方を向いて座り直すと端末を操作しました。川崎さんは再度ブリッジ内を見渡しました。全員に笑顔です。

 航海の残りのスケジュールは地球へ戻ることだけとなったのです。

「では、諸君、いいかな。」

 全員、川崎さんを注視しました。川崎さんは席に戻りました。ただし、座らずに立ったままです。

「艦内放送の準備できました。どうぞ。」
「ありがとう、・・・諸君、川崎だ。そのままで聞いてくれ。」

 ノースロードの艦内に張りのある川崎さんの声が響きました。機材の整理をする者、オフィスでくつろぐ者、それぞれが作業の手を止めて川崎さんの声に聞き入りました。

「冥王星で予定していた作業はすべて終了した。そして、今回の航海で我々が予定していた作業もすべて終了した。もちろん、まだ我々には地球に無事に帰るという重要な予定が残っているわけであるが、今、この時が今回の航海の大きな節目であることに間違いないと思う。この場を借りて私から礼を言いたい。諸君、ありがとう。」

 川崎さんは一瞬視線を落としたがすぐに正面を見つめ直して話を続けました。

「それでは、諸君、地球に向けて出発しよう・・・、と言いたいところであるが、この節目の機会に乗組員全員でこれまでの疲れを労う機会を設けたいと思う。まもなく、宇宙亭の準備も整うようだ。手の空いている者は全員、参加してもらいたい。また、できるだけ多くの者が参加できるように各リーダーは配慮してもらいたい。私からは以上だ。」

 実は、冥王星に到着するよりも前から宇宙亭ではパーティーの準備が進められていたのです。食事はもちろん、普段は許可制になっている酒類についても、ビールやワインのボトルが各テーブルに十分に用意されました。なお、このパーティーを最初に発案したのは、実は、わたしなんです。

 やったっ!

 私は技術部のオフィスに戻ると、パーティーに行く準備をしました。

「さあ、あとは楽しむだけかな。」

 ノースロードは、冥王星の地表から50mほどの位置で静止していました。乗組員の船外活動イベントも終了していたので、ノースホーク、ワークベンチはノースロードに帰投していました。

 小杉さんはブリッジの統括席で、大森さんの入れてくれたダージリンティーを飲みながら寛いでいました。

 しかしっ!

 突然、鶴見さんの座るレーダーコンソールが鋭いアラートを発報しました。

「高エネルギー波接近! 真上で・・・」

 私が叫び終わるよりも前に、ノースポールを光の矢が襲ったのです。

「うわっ・・・、」
「な、なんだ?」

 目映い光に包まれるノースロード。ノースロードが浮かんでいた周辺全体が、眩しく輝く光に包まれてしまったのです。

 もしかして、ここ冥王星は、実は、とても危険な場所だったりするのでしょうか。

 ノースロードの現在地から見て、冥王星の裏側にほど近い地点。そこに、明らかに異星人が築いたと思われる大規模な基地が存在していたのです。

「ハッハッハッハッ! どうだ、見たか?」
「お見事です。この短時間に2隻の敵艦を葬るとは。」
「そうだ。どうあがこうと、奴らには我々にたてつけるだけの力などないのだ。」

 どうやら、この基地を拠点に活動を行っている異星人のようです。その彼らが言っている『たてつくことの出来ない奴ら』って、いったい・・・、え、まさか、地球???

「今朝方現れた1隻目の宇宙船は海の藻屑となり、今回の2隻目は我光線砲の直撃で撃破。お見事です、司令。」
「そうだな。まあ、この程度の戦闘ならば、我々にとっては、入隊したての新兵でも出来るがな。」

 よほど、自らの戦闘力に自信があるようです。やだーー、そんな異星人が、ここ冥王星に基地を作ってるなんて。

「しかし、今回の2隻目の艦は、先ほどの艦とはかなり違うようですな。先ほどのは赤なのかグレーなのかという中途半端な色をした戦闘艦でしたが、今回は全体が白。」
「それが、連中の未熟さなのだ。まだ、技術が十分に確立できていないがために、そのようなちぐはぐな状態が起きているに違いない。」

 自信満々に話す2人の異星人。2回目の攻撃のエネルギーがおさまって、着弾点の確認が可能となりました。

「た、大変です!」

 レーダー士官が慌てて報告を始めました。

「何事か?」
「敵艦は健在、損傷もないようです。」
「なに? 間違いではないのか?」

 どうやら、光線砲の直撃で破壊したと思っていた目標が無事だったようです。

 その目標とは。

「くっそー、あぶねーだろー。」

 ノースロードのブリッジでは、小杉さんの闘志が湧き上がってきているようです。

「バリアシステムの自動展開完了。」
「損害ありません。」
「うん。間一髪だったな。」

 天王星で起きた『未来の異星人』からの突然の攻撃に備えて、一定レベル以上のエネルギーの接近を探知したら、自動的にバリアシステムを起動する機能を追加していたのです。今回も、センサーが、高いレベルのエネルギーの接近を関知して、バリアシステムが自動起動されたのです。

「艦長、反撃しましょう!」

 小杉さん、闘志剥き出しです。

「しかし、敵の位置がわからないのだぞ。」

 そうなのです。今回、真上からの攻撃を受けたのですが、その方向に敵影は見られないのです。

 そこへ!

「また、高エネルギー波ですっ!」

 再び、ノースロードは、光の渦に包まれました。普段、ごく僅かの光しか存在しない冥王星の地表では、想定できないほどの明るさです。

「ふっふっふ。今度はどうだ。」

 不敵な笑みを浮かべる敵の司令官。

「照準は正常。間違いなく、敵艦を直撃したはずです。」
「ならば、撃沈だな。」

 が、しかし。

「くっそー、敵はどこにいるんだ。鵜の木さん!」

 小杉さん、鵜の木さんに助けを求めました。その鵜の木さんは、キーボードを叩き続けています。

「不動さん、これでどう?」
「はい、間違いありません。」

 ふふふふっ。そうなんですよね。さすが、鵜の木さん。

「よし。」

 鵜の木さん、後を振り向きました。

「艦長、」
「どうした?」
「前進しましょう。」
「前進する?」

 川崎さん、その先の答えを予想しているかのような不敵な笑みを浮かべています。

「はい。威風堂々と無敵さを見せつけながら前進するんです。」
「それは、敵に3発目を撃たせるということか?」
「はい。」

 鵜の木さんも川崎さんもさすがです。ノースロードの強さは伊達ではないのです。

 同じ頃。敵の基地。

「なぜだ? なぜ、奴は沈まんのだ?」

 敵の司令官、意外な展開に、混乱し始めています。

「わ、わかりました。」
「報告しろ。」
「敵艦はシールドシステムを展開して、我々の攻撃を無効化しているようです。」

 ノースロードのバリアシステムのことですね。ようやく気が付きましたか。

「シールドシステムだと? そんな馬鹿な!」
「いえ、センサーの観測結果に依れば、それ以外に考えられません。」

 遅いです。

 気付くのが遅いです。

「大変です。」
「どうした?」
「敵艦が、こちらに向かって前進を始めました。」
「ええーい、生意気な原始人め。第3弾を用意しろ。出力最大だ。」

 一方、ノースロード。

「小杉さん、」
「はい。」
「主砲、ハイパワーモードで待機して下さい。」
「それで?」
「私が照準データをセットするので、そうしたら、ただちに撃って欲しいんです。」
「わかりました。主砲、1番と4番、ハイパワーモードで待機します。エネルギー充填を開始。」

 そして、敵基地。

「攻撃準備完了。」
「よおし。これで最期だ。発射っ!」

 いよいよ、ノースロードが動く!

「来ました! 第3弾!」
「エネルギーが前回の10倍です!」
「大丈夫!」

 鵜の木さんがキーボードを叩きながら叫びました。

「第3弾、着弾!」

 三度、光の海に沈むノースロード。しかし、この時を待っていたのです。

「小杉さん、行きますっ!」

 真っ白い光の中、鵜の木さんが実行キーを叩きながら叫びました。その瞬間、小杉さんの見つめるノースロードの主砲の照準システムにデータが入力されました。

「よし、主砲発射!」

 まだやまない光の海の中から、2本の光の槍が撃ち放たれたのです。まっすぐに、直上を、敵光線砲弾の光跡を逆に突き進みます。

 まだ、正確には不明ですが、敵は、冥王星の地表に設置した強力な光線砲と、その撃ち出す強力なレーザー光線を自由に導く、ミラー衛星を使用して、ノースロードを攻撃しているようなのです。だから、攻撃の来た方向を探しても、敵の艦影は見つからないのです。

 しかし、ミラー、すなわち、鏡を組み合わせて、自分の放った光線を、敵に向けて導いているのなら、それを逆に辿れば、敵に到達するはずなのです。

「た、大変です!」
「何だ?」
「敵の反撃です!」
「そんなものが届くはず・・・、」

 その時、彼らの基地が激しい震動に襲われたのです。

「何事だ?」
「大変です。敵の攻撃が、我光線砲に直撃! 爆発を起こしています!」
「敵、第2弾、来ます。」
「ど、どういうことなのだ?」

 敵の光線砲塔を、ノースロードのハイパワーモードの主砲弾が2回にわたって直撃。敵砲塔を破壊しただけでなく、敵光線砲のエネルギーシステムをも爆発に巻き込んだのです。

 さらに。

「大変です。爆発が弾薬庫にも飛び火しました。このままでは危険です。脱出しないと。」
「お、おのれー、劣等種族め・・・!」

 間もなく、敵基地は大爆発を起こしました。巻き上がる巨大な炎。その炎の中から、十数隻の宇宙船が現れると、全速力で逃走していったのです。

「追撃します。ライラっ、」

 小杉さん、ライラさんに前進の指示を出そうとしました。

「まて、小杉。」

 小杉さん、艦長を見つめました。

「深追いはするな。」
「は、はい。」
「敵基地は消滅したのだ。もう、ここを拠点に地球が攻撃されることはない。」
「わかりました。」

 そうです。ノースロードは敵の一大拠点の破壊に成功したのです。そして、さらに先に進まなければならないのです。

 地球は、ノースロードの帰りだけを待っているのです。

 ノースロードの帰りだけを。

 急げ、ノースロード。

 人類全滅まで、あと354日。

 あと、354日なのです・・・

 ・・・って、あれっ?

 あのーー、

 なんか、違う物語になってませんか?

 台本がおかしいような気がするんですけど。

「いいんですかーー?」

「いいんですかーー、作者さん!」

「いいんですかーー、スタッフさん!」

「いいんですかーー?」

「いいん・・・

 ・・・

 ・・・ですかーー?」

「いいんですかーー、鵜の木さーん!」

「行っちゃいますよーーっ! 鵜の木さん。」

「・・・え、あ、あれー・・・、不動さん?」

 鵜の木さん、やっと気付きました。

「爆睡でしたね。大丈夫ですか?」

 小杉さんが心配そうに尋ねました。

「えっ・・・と、爆睡、ですね・・・。」

 鵜の木さん、何やら意味深な目覚めの顔です。
何か良い夢でも見ていたのでしょうか?

「あれ? 鵜の木さん、この画面は?」

 鵜の木さんの端末をのぞき込んだ中原さんが何かに気付きました。私も画面を見てみました。

「あ、これ、見てくれたんですね。」

 そう、私が、中原さんから教わって、鵜の木さんに、昔のアニメの作品を見てもらえるようにお願いしたんです。

 実は以前、小杉さんや中原さん達と雑談していた時に、中原さんがアニメの話を持ち出したのです。ケータイで画像データなども見せてくれたりして、中原さん、だいぶ力が入っていたのでした。

 が、しかし、その話を聞いていた鵜の木さん。

「でもさー、そもそも、宇宙船の艦尾についたロケットのノズルからの噴射だけで光速を越えるなんて、おかしくない?」

と、一刀両断。まあ、私はアニメオタクではありませんが、

「SFアニメを見て、宇宙に興味を持ってくれる人もきっと多いはずなんです。だったら、そういう作品を見ておくのも良いと思うんですよね。」

と、鵜の木さんをなだめて、しかも、アニメ作品を見てくれるようにお願いしてみたのでした。

「そうか、このあいだ、不動さんから聞かれていた、あの話しなんですね。見てみた感想はどうでした? 鵜の木さん。」

 中原さん、ここぞとばかりに猛ダッシュです。

「えっと、結構最初の方で寝ちゃったらしくてさ。」

 おっと、鵜の木さんから、やや逃げ気味の回答が。

「えっ、でも、ちょっとでも見てくれたなら、もう僕等の仲間ですよ~~。」
「僕等の仲間?」

 おお、鵜の木さんも、いよいよオタクの道に入って行くのでしょうか。私的にはそこまでの気持ちはなかったのですが、中原さん、すっかり、鵜の木さんがアニメオタクに目覚めたのだと喜んでいるようです。

 えっと、まあ、その件は、ひとまず、なるように任せたいと思います。

 さて、ノースロード艦内のすべての部署に宛てて、統括部を通じて宇宙亭からの案内が出されました。乗組員はぞくぞくと宇宙亭に集まってきました。椅子は片付けられて立食スタイルになっています。各自、テーブルの周囲に集まって賑やかに談笑し始めました。しばらくするとシャンパンの入ったグラスが配られます。

 中原さんがマイクを持って正面左手に立っていました。実は宇宙亭はノースロードの最後尾、艦尾の一番上のフロアにあるのです。で、その、艦尾側の面が、ブリッジのように全面ガラスになっているのです。そして、その、艦尾側のスペースに、一段高くなったステージがあるのです。そのステージの左端に、中原さんが立っているのです。

「みなさん、グラスの準備はいいですか?」
「いいよーー。」
「早く始めよーー。」

 中原さんの質問に、いよいよ、みんなの期待が高まります。

 乾杯の発声はもちろん、艦長である川崎さんです。その、一段高くなったステージに上ると中央に立ちました。

「諸君、つまらない話は抜きにしよう。」

 全員グラスを持って正面のステージを見つめています。川崎さんがスポットライトを浴びて立っています。

「今日は十分に楽しんでくれ。乾杯!」

 川崎さんが手に持ったグラスを眼前に掲げました。

「乾杯。」
「乾杯!」
「乾杯っ!!」

 宇宙亭内にグラスを合わせる優雅な音が鳴り響きました。

 グラスのシャンパンを飲み干します。

 拍手が沸き起こりました。

「みなさん、ここ宇宙亭は高級レストランにも負けないというのは皆さんが一番ご存知と思います。今日は普段は提供されていないメニューも用意されていますので、十分に堪能してください。」

 中原さんの説明を聞くまでもなく、各自取り皿を持って料理を取り分け始めました。

 何しろ、宇宙亭のシェフを努める新田さんは、ヨーロッパの高級レストランで修行を積んで、銀座や赤坂のレストランで働いた経歴も持つのです。

 その新田さんを筆頭に、宇宙亭のスタッフは大忙しです。これだけの本格的なパーティーは宇宙亭初まって以来なのです。新田婦人も厨房に入って調理を手伝っています。一方、フロア担当も普段のメンバーでは足りないので、統括部から応援に加わっていました。

 三田さんはワゴンを押して各テーブルを回っていました。フロア担当の手が足りないたので応援に来ているのです。追加の料理を配って、空いた皿を回収します。

「三田さーん。」

 艦底部係留ベイのオペレータ、馬込さんです。三田さんと同じ大学の後輩なのです。

「はい、ご注文でしょうか。」

 三田さんがわざとらしく答えました。 

「大変ですね、あとで代わりますよ。」
「お前できるのか?」
「学生時代に居酒屋でバイトしてたんですよ。」
「へー、そうなんだ。じゃ、あとで頼むよ。」
「了解でーす。」

 こういう時には手伝いは大歓迎です。ちなみに、学生時代の三田さんは牛丼店でバイトをしていたそうです。

「Ladies and Gentlemen!」

 私は、思い切り気張って、宇宙亭内に響く声で叫びました。みんなから拍手が沸きました。

「お楽しみ中にすみません。せっかくの機会ですので、ここで、私達技術部が開発した最新アイテムを紹介したいと思います。左手をご覧ください。」

 ステージの左手にスポットライトが当てられました。全員の視線が集まります。

 歓声が沸き起こりました。

 パーティションの影から池上さんがホウキに跨がって現れたのです。しかも、宙に浮いたままゆっくりと飛んでいます。

「ご覧ください。ワイヤーで吊っているわけではありません。」

 私は手に持った棒で浮いている池上さんの周囲を確認して見せます。何の支えもありませんでした。池上さんは本当に、ホウキに乗って宙に浮かんでいたのです。これこそ、日高プロジェクトで研究されている未来の技術を用いて作った、正真正銘の『空飛ぶホウキ』なのです。

「みなさん、もちろん、種も仕掛けもあります。」

 笑い声が起こりました。

 この『空飛ぶほうき』はノースロードと同じ原理で空中に浮かんで飛行しているのです。

 ノースロードの船体に埋め込まれているドライブパネル。ノースロードはこのパネルが生み出す力によって飛行しています。

 このドライブパネルはビーナスメタルと、地球でもよく知られている数種類の金属との合金なのです。この合金をパネル状に加工したのが、ドライブパネルなのです。今回はこの合金を、細い繊維状に加工したのです。そして、ホウキの形に束ねたのです。

 ほうきの柄の部分には、これも試作品なのですが、VMエネルギーを蓄える、つまりチャージしておくことの出来るVMパックが組み込まれています。

 説明を聞いてみんなから歓声が起こりました。

「もちろん、これは技術検証用に作られた試作品です。」

 今日のパーティーを教えられた鵜の木さんが、パーティーでの余興用に徹夜で作ってくれたのです。実は、私も直前になって見せられたのです。もう、びっくりです。

「こちらをご覧ください。」

 ステージ右端にスポットライトが当てられました。鵜の木さんが座って端末を操作しています。その横にはスーツケースほどの装置が置かれています。

「残念ながら、この『ホウキ』には、まだ、操縦する機能がありません。」

 飛行する機能とそのエネルギー源は備えているが、操縦する機能は持っていないのです。池上さんは単に乗っているだけなんですね。飛ぶ方向や姿勢はすべて鵜の木さんが遠隔操作していたのです。

「でも、みなさん、もう少し現実的な形で実用化できるように研究中です。」

 会場から驚きの声があがりました。

「できれば次の航海には、みなさんも使うことのできる装備としてノースロードに搭載したいと考えています。」

 拍手が起こりました。

 もちろん、『ホウキ』の姿ではありません。小型のバイクのような形状を考えています。

 例えば、ここ冥王星では小杉さん達は、ワークベンチを使って調査を行っています。もちろん、これは特殊な使い方ではありません。ワークベンチの性能と機能から考えても問題はありません。

 ただ、単に移動するだけならば、ワークベンチの甲板は広すぎるのです。無駄と考える程ではないですが、移動に適した小型の装備があると良いなと思っているのです。それが、技術部で開発を進めている宇宙空間用のバイクなのです。

「なかなか便利な装備ができそうですね。」

 荏原さんは水割りのグラスを傾けながら川崎さんに話しかけました。その隣には奥沢さんもいます。3人は一番後ろのテーブルでくつろいでいました。

「ええ。まだまだいろいろな発見やアイデアが出ると思いますよ。」

 川崎さんはワイングラスを持っていました。テーブルには今日のような特別な日のためのとっておきのボトルが置かれていました。

「そのおかげで、地球に帰ったら私は忙しくなりそうです。」

 奥沢さんがわざとボヤキぎみに言いました。実は、ノースロードのVMリアクターを地球に帰還後に新型に換装することになったのです。研究開発が進んで、現在と同じサイズで数倍の出力を出すことが可能になったのです。

「また、いろいろ勉強しないと。」

 ことばではボヤいていますが、奥沢さんの目は輝いていまし。新しい技術に触れる喜び、これは技術者にしか理解できない喜びなのです。

「そろそろ、バーラウンジに移りませんか?」

 荏原さんが川崎さんと奥沢さんを誘いました。

「いいですね。」
「行きましょうか。」

 バーラウンジは宇宙亭の真下に位置しています。宇宙亭の中にある階段で行くことができます。バーラウンジに入ると既に多くの乗組員が来ていました。窓際を見ると小杉さんとライラさん、大森さんが楽しそうに話していました。大森さんが川崎さんたちに気づいて近くに来ました。

「楽しんでいるようだな。」
「ええ。久しぶりに飲みすぎたかも。」

 そう言うと大森さんは小杉さんたちのいるテーブルに戻って行きました。

 あ、2つ向こうのテーブルでは、中原さんと鵜の木さんが、例の、アニメの話で盛り上がってますね。

「て言うかさーー、いくら何でも、あんなに仕掛けがすぐわかる武器なんてダメですよ。」

 おお、鵜の木さん、盛んに攻撃しています。

「えー、でもですね、あの話しに出てくる兵器は、アニメ史の中でも、とっても有名な兵器なんですよ。」

 どうも、そうらしいですね。いろいろな作品で同じ仕組みの武器が登場しているそうです。

「えー、あんな武器がですかーー? 僕なら一瞬でクリアできますよ。」

 おっと、鵜の木さん。超ドヤ顔です。

「す、すごい自信ですねーーー。」

 中原さん、タジタジです。

 確かに、鵜の木さんの夢の中では、鵜の木さんのアイデアで、呆気なく、敵の光線砲と基地を粉砕しました。まあ、あの、赤とグレーの戦艦が、ものすごい苦労をして、あの兵器と基地を殲滅したのに比べれば、鵜の木さんの夢の中のノースロードは、何の苦労もなく楽勝だったですよね。

 現実世界でも楽勝できることを祈りたいと思います。

 さて、三田さんオリジナルのカクテル、マーズレッドを飲みながら寛いでいた小杉さん。隣のテーブルに1人でいる乗組員に気が付きました。蛍田さんです。ちょっと考え込んでいるようですが、どうしたのでしょうか。

「蛍田君、1人なの?」
「あ、小杉さん。いえ、理由はないんですが、なんとなく。」
「ふーん、なんとなく?」
「はい。」

 蛍田さん、静かに何か考え込みながら、時々、グラスのカクテルを飲んでいます。小杉さんも同じテーブルの横に立ちました。

 ノースロードは、寒々とした大地が広がる冥王星の周回軌道を巡っていました。

 しばらく考え込んでいた蛍田さんが、突然、顔を上げると小杉さんに向かって話し始めました。

「小杉さん、」
「どうしたの?」
「僕は、僕は、やっぱり、男としてはまだまだですよね?」
「どうしたの、突然。」

 なんか、確かに、突然言われたら困る質問です。蛍田さん、何か悩んでいるのでしょうか。

「僕は、僕なりに、頑張ってトレーニングしたり、探査活動に参加した時には、他の人に負けないように一生懸命作業にも参加したし、小杉さんに稽古をしてもらったりもしてきました。でも、それだけ、頑張っているつもりなのに、小杉さんとか、三田さんみたいな、みんなから男らしいと言われている人には、全然近づけていないような気がして。ノースロードのテ試験航海ももうすぐ終わろうとしているのに、僕って、何も成長できてないのかなって思って。それが、それが・・・、」

 蛍田さん、再び考え込んでしまいました。

「それが、どうしたの?」

 小杉さん、続きを促しました。

「・・・それが悔しくて。」

 蛍田さん、言葉を絞り出すように静かに答えました。

 小杉さん、そんな蛍田さんを力づけるかのように言いました。

「そんなに謙遜することないよ。もっと、胸を張っても良いと思うよ。君は努力している。頑張って自分を鍛えているよ。」

 そう、実際、蛍田さんは努力家だというのがみんなの評判なのです。常に自分を鍛えて、自分を高める努力家。ストイックということば通りの努力家なのです。

「でも・・・、」

 納得できていない様子の蛍田さん。小杉さんが言葉を続けました。

「僕も三田も、君の頑張りには驚いてるよ。自分も、うかうかしてられないって。実際にさ、少し前に、急に、三田が僕のところに稽古をして欲しいと言ってきてさ。三田って以外とマイペースなところがあって、今までは、稽古をして欲しいなんて言ってきたことなかったんだ。どうしたのかなって思って聞いてみたら、蛍田君が頑張ってるのを見て、少し焦ってるって言っててさ。僕だってそうだよ。僕の場合、業務が忙しくて、なかなか思ったようにトレーニングが出来なくてさ。正直焦ってるよ。そのくらい、君の頑張りはすごいんだよ。」

 そう。蛍田さんて、私と同じ技術部の所属なんですね。なのに、厳しいトレーニングに取り組んでいるんです。しかも、技術部の仕事についての頑張りもすごくて、私や鵜の木さんも驚くことがしばしばなのです。そして、その頑張りが、他のメンバーにも広がっているというのがすごいところです。

 だというのに、まだ、蛍田さんは納得出来なそうな表情です。

「・・・そうですか。でも、僕は、僕は、もっと男らしく、もっとたくましく、もっと力強くなりたいんです・・・。小杉さんや三田さんのような・・・。」

 もっと男らしく、もっとたくましく。蛍田さんがよく口にすることばですね。蛍田さん、今のままでも十分に男らしいし、たくましいと思うのですが、こだわりがあるんですね。他の男性乗組員の方にはないこだわりを持っているのです。蛍田さんは。

 小杉さん、何か思いついたように、蛍田さんに伝えました。

「蛍田君、ちょっと待っててもらっていいかな?」
「えっ?」
「このテーブルから動かないでね。すぐ戻るから。」

 小杉さん、そういうと、小走りにバーラウンジから出て行ってしまいました。

 ひとり残された蛍田さんは、窓の外の冥王星を見つめながら、カクテルをひとくち、ふたくちと飲んでいます。

 んー、正直、格好いいですね。

 惚れちゃいそうな格好良さです。

 でも、実は、蛍田さん、宣言してしまったりしているのです。

 自分には、日高基地に、パートナーがいると。

 そんなわけで、女性乗組員の間でも、評価の高い蛍田さんですが、『惜しい』と言われてしまうことも多いのでした。

 と、そこへ、小杉さんが戻ってきました。

「お待たせ。」
「いえ。」

 小杉さん、持ってきた手提げ袋の中から、黒いバインダーのようなものを2冊取り出して、蛍田さんに手渡しました。

「はい、これ。」
「なんですか?」
「中身を見ようよ。」

 蛍田さん、一方のバインダーを開けました。

「・・・、こ、これって。」

 蛍田さん、驚きの表情に変わりました。

「君の、初段の認定証だよ。こないだの稽古の前に、ちょっと言ったの、覚えてる?」
「はい、お、覚えてますが。」
「うん。で、いま見てるのが柔道で、もうひとつの方が空手。」
「え、空手も。」

 なんと、蛍田さん、練習に励んでいた柔道と空手の両方とも、初段になることが出来たのです。

「ちなみに、今渡したのは、電子データを印刷したものなんだけど、本物もちゃんと日高基地に届いてるそうだよ。」

 なるほど。それは、地球に戻るのが楽しみですね。

「そ、そ、えっと、ありがとうございます。」

 さすがに、蛍田さん、笑顔です。

 なんか、笑顔が可愛いんです。

 それはそうです。蛍田さん、もともと、可愛いのです。

「うん。それで、これが、僕からプレゼント。」
「あ、はい。」

 小杉さんが、袋をひとつ手渡しました。袋自体は、宇宙亭の売店で使ってる袋ですね。何ですかねー、プレゼント。

「開けてみて。」

 その袋を開けて中を覗いた蛍田さん。またしても笑顔になりました。

「こ、これは。」
「うん。」
「黒帯!」

 おーー、そうですよね。初段と言えば黒帯。

「うん。これも、新品が日高基地に届いているそうだよ。でも、君も早く実物が欲しいんじゃないかと思ってさ。僕のお古で申し訳ないけど、もう使わなくなった奴なんだ。受け取ってもらえるかな? もちろん、ちゃんと洗濯してあるよ。」

 なるほど。これは嬉しいプレゼントですね。新品も嬉しいと思いますが、あの、小杉さんが使っていた黒帯ですからねーー。

「そんな、感激です。ありがとうございます。」
「うん。蛍田君が頑張っているのは、みんな知ってるんだ。もちろん僕も。だから、君の昇段を申請したんだ。」
「本当に、本当にありがとうございます。」
「次回の稽古の時には、黒帯、してきてね。」
「は、はい。」

 蛍田さん、元気に返事をすると、小杉さんから受け取った荷物を持って、いったん部屋へと戻っていきました。

「蛍田さんと何話してたの?」

 みんなのいるテーブルに戻ってきた小杉さんに、ライラさんが聞きました。

「うん、何か悩んでそうだったからさ。昇段試験の結果を伝えたんだ。本当は、日高基地に戻ってからにしようと思ったんだけどさ。」
「えっ、じゃあ、蛍田さん、黒帯なんですか?」

 そう尋ねた中原さん、驚きの表情です。

「もちろん。中原よりも強いしさ。」
「うーん、これは、僕も頑張んないとなー。」
「はっはっはっ。でも、無理はするなよ。できる範囲で良いんだから。」

 そうです。無理してトレーニングして体を痛めてしまうという話も聞きます。中原さんも気を付けて下さい。

「これで、蛍田さん、自身持ってくれると良いですね。」
「うん。でも、今までよりは自信を持ってもらえると思うよ。」
「それなら、大丈夫ですかね。日高基地にはパートナーさんもいるそうですし。」
「そうだね。」

 と、そこで、みんな、共通の疑問を持ちました。

「・・・っていうか、誰なんだろう。蛍田君のパートナーって。」
「そう、それですよ。女子の間では、結構、もちきりの話題なんですよね。」
「日高基地に帰ったら、紹介してもらえるといいね。」

 さて。

 宇宙亭もかなり落ち着いた雰囲気に作られていますが、バーラウンジはさらに落ち着ける空間となっています。立ち席のみで小ぶりな丸いテーブルが置かれています。室内の中央部分は一段低くなっていてグランドピアノも置かれています。宇宙船の中とは思えない空間なのです。そのグランドピアノが、いまは、ジャズの名曲のメドレーを自動演奏しています。

「あ、鶴見さんだ。」

 鶴見さんは川崎さんたちのいる一つ向こう側のテーブルで窓の外の冥王星を眺めながら水割りを飲んでいました。

「私、まだあまり話したことないのよ。」

 ライラさんはグラスを手に持つと鶴見さんのところに行こうとしましたが、ちょうどその時、川崎さんが鶴見さんを呼びました。ライラさんは再びグラスをテーブルに置きました。

「鶴見さんて、確か鵜の木さんと不動さんと同じ大学の出身て聞いたけど。」

 小杉さんがグラスを持ったまま呟いた。

「ええ。でも私も鵜の木さんも鶴見さんとは面識なかったんですよ。」

 私は答えました。私は鵜の木さんの後輩で、同じ研究室にいたのですが、学生時代には鶴見さんのことは知らなかったのです。

「あれ、明るくなった。」

 ちょうど、ピアノの自動演奏が終わったところで照明が少しだけ明るくなりました。見るとグランドピアノの椅子に鶴見さんが座っていました。

「鶴見さんが何か弾いてくれるのかな。」

 私は鶴見さんを見つめました。何が始まるのでしょうか。鶴見さんはピアノの上に楽譜を広げると一度座り直しました。鶴見さんは、地球に戻れば、引く手あまたのプロのピアニストなのです。その一挙手一投足が、プロのピアニストの振る舞いなのです。

 鶴見さんは深呼吸をしました。そして、弾き始めました。

「すごい・・・」

 華やかなファンファーレ的なフレーズで始まった曲は軽快ですが力強い旋律を奏で始めました。

「これってジャズとかポップスじゃないよね。」

 黙って聞いていた小杉さんがつぶやきました。

「そうね。」

 ライラさんも小さく頷きました。ここ、バーラウンジで演奏するには、やや、似つかわしくない曲のようにも思えました。

「マーチ・・・コンサートマーチかなあ。」

 私は中学、高校時代には吹奏楽部にいました。同じような曲は色々聞いたことがありますが、鶴見さんの演奏しているこの曲は私も知りませんでした。中原さんはグラスを置いて壁に寄りかかって聞いていました。

「でも、なんか格好いいですね。こういう曲、いいな。」

 全体に明るさと力強さ、躍動感に溢れる曲です。途中で一度ゆったりとしたテンポに変化したかと思うとやさしく語りかけるのようなメロディーも奏でられました。

「この曲、もしかして。」

 私、思いついたように呟きました。

「そう、そんな気がする。」

 曲はもう一度スピード感あふれるメロディーに戻って、そして最後は体操競技のフィニッシュのごとく、力強いフレーズで締めくくられました。
鶴見さんが立ち上がろうとした時には、バーラウンジは拍手に包まれていました。

 この場には場違いな曲にも思えましたが、全員、この曲を気に入ったようです。アンコールの声も聞こえました。川崎さんが歩き始めました。ピアノの横に鶴見さんと並んで立ちました。

「突然で申し訳なかった。」

 川崎さんはワイングラスを持ったまま話し始めました。

「この曲を知っている者はいるか?」

 誰も答えません。たぶん、当然です。この曲は・・・。

「この曲は、ここにいる鶴見君に、このノースロードのために作ってもらった曲だ。」

 そう、この一見場違いなこの曲は、

「いわば、ノースロードのテーマ曲だ。」

 バーラウンジ内がどよめきました。

「曲名は『ノースロード・マーチ』。」

 一瞬の沈黙の後に、大きな拍手が沸き起こりました。私達の船、宇宙巡光艦ノースロードのテーマ曲、『ノースロード・マーチ』。

 ノースロード・マーチは非常に好評でした。アンコールに応えてもう一度演奏されました。

 何の前触れもなく、みんなに知らされた曲でしたが、とても好評で、あっという間にノースロードの乗組員誰もが知る人気曲となりました。艦内放送局でも毎日のようにオンエアされるヒット曲となったのです。

 楽しい時間は過ぎていきました。

 地球を遠く離れた冥王星で、このような時間を過ごせることを誰が想像したでしょうか。しかし、それはノースロードの出現によって現実となったのです。

 近い将来、人類の行動範囲は宇宙にまで広がっていくに違いありません。多くの人々が宇宙に出て活動する時代が来るに違いありません。その時に人々は何を考えて何を思うのでしょうか。

 地球にいるよりも宇宙で過ごす方が良いと考える人々も現れるのでしょうか。

 宇宙に出たまま地球に帰らずに生涯を過ごす人々も現れるのでしょうか。

 宇宙で生まれてから、地球を訪れることなく、生涯を宇宙で過ごす人々も現れるのでしょうか。

 自分が地球人であることすら忘れてしまう人々も現れるのでしょうか。

 そのような時代が本当にやって来たら、その人々は自分が地球人であるとは名乗らないに違いありません。自分がその時に過ごしている星や星域こそが自分の故郷だと考えるに違いありません。

 その一方で、地球に残る人々もいるのではないでしょうか。現在と同じように地球で過ごして宇宙に出ることなく地球上だけで過ご人々もいるのではないでしょうか。

 人類はさらなる多様化の時代を迎えるのかもしれません。

 宇宙に出た人々は自分たちの生活、習慣、文化などを各々の生活環境に適した形に変化させていくことでしょう。人類の文化から派生した新しい文化が誕生するのです。

 もちろん、地球上で暮らす人々も時代に合わせて少しずつ変化していくことでしょう。

 これから先、人類はどのように変わっていくのでしょうか。

 どのような新しい文化が生まれるのでしょうか。

 今はまだ誰も予想できないのです。

 ノースロードの乗組員のみんなも、今はまだそこまで考えていませんでした。

 冥王星での時間がゆっくりと過ぎていきました。

「おはよう。」
「やあ、おはよう。昨日は何してたの?」

 実はパーティーの翌日は休日になったのです。全艦規模で休暇を取るのはノースロードが地球を出発してから初めてのことです。

 小杉さんもライラさんもすっかりリフレッシュできたようです。

「私は一日中映画を見てたわね。」

 艦内放送局には映画チャンネルもあります。また、ライブラリシステムにも多くの映画や音楽データが保存されていて各個室の端末やケータイからアクセスすることが出きるのです。

「小杉はどうだったの?」
「うーん、結局、起きたのが昼頃で、午後はジムに行ったよ。」
「さすがね。」

 全員、それぞれに休日を楽しんだようです。

 小杉さんは艦内各部署の状況を確認しました。

「機関室、異常ありません。」
「艦内システム、すべて正常です。」

 小杉さんは右隣の席のライラさんを見ました。聞かれる前にライラさんが答えました。

「航行システム、異常なし。いつでもOKよ。」
「了解。」

 小杉さんは後ろを振り向きました。川崎さんはいつものように黙って座っていました。

「艦長、準備完了しました。」
「うん。発進してくれ。」

 小杉さんは再びライラさんの方を向きました。

「行こう。」
「了解。ノースロード発進します。」

 ノースロードは冥王星の周回軌道を離脱しました。速度を上げます。

 目指す目的地は地球。

(おわり - 第13章 冥王星)

はとばみなと

■宇宙巡光艦ノースロード
第14章 地球

【あらすじ】

 そして、

 私たちは、帰って来たのです。

 私たちのふるさとに。

 私たちの、かけがえのない星に。

 太陽系第3番惑星『地球』へ。

 幸い、地球は輝いていました。

 9ヶ月前。

 私たちが旅立った時と同じように

 青く輝いていました。

 でも、私たちは、まだまだ多くの問題を抱えていたのです。

 解決しなければならない課題が、たくさん残っているのです。

 それでは、物語を始めたいと思います。
 みなさまと、星の海へ。

はとばみなと

■宇宙巡光艦ノースロード

第14章.地球

「・・・!」

 ライラさんは進路前方に見え始めた明るく輝く点に気がつきました。はやる気持ちを抑えながら落ち着いてサブコンソールで座標を確認します。

 そして報告しました。

「前方に地球です。」

 ブリッジにいる全員が顔を上げて前方を見つめました。その輝く点は少しずつ大 きくなっています。ほどなく、その地球に寄り添うように月も確認されました。

「地球って、こんなに、青かったんだ。」

 小杉さんは前方を見つめたまま呟きました。これまでの航海でノースロードは太陽系のすべての惑星を訪れました。でも、それらの、どの惑星と比べても、地球の姿は異なっていました。

 青い星、地球、
 太陽系第3番惑星。

 直径約1万2千キロメートル。太陽からの距離約1億5千万キロメートル。自転周期は1日。また、公転周期は1年である。窒素、酸素、二酸化炭素などから構成された大気に覆われていて、豊かな自然、生物が育まれている。

 その美しく輝く姿は、長い旅から帰ってきたノースロードの乗組員の心を癒しているかのようどす。誰もがその姿に見入っていました。ライラさんは、隣に座る小杉さんを見た。地球の姿を見つめています。珍しく、穏やかな表情を浮かべています。

「聞いてもいい?」

 小杉さんは、我に返ると、照れくさそうにライラさんの方を向きました。自分があまりにも穏やかな気持ちになっていたことに気づいたのでしょうか。

「いいよ、何かあったの?」

 ライラさんは少し笑っていました。

「うん、珍しいなと思って。」

 小杉さんは怪訝そうな顔をしています。

「小杉がいつになく優しい顔をしていたから。」

 小杉さんは少し不満そうな顔をしました。

「そんなに、変かなあ。」

 ライラさんは再び笑いました。

「大丈夫よ。この地球の姿を見たら、誰でもそういう気持ちになるわよ。」

 2人はもう一度前方を見ました。地球は先ほどよりも、もっと大きく見えていました。

「そのうちさ、誰でもこの景色を見られるようになるんだよね。」

 小杉さんが呟きました。

「そうね。宇宙旅行も一般的になるはずだし・・・」

 そうしている間にも地球はどんどん大きくなっていきました。間もなく、月の軌道を通過しました。ほんの数ヶ月前まで、人類にとっては月に来ることさえも非常に困難な大事業でした。十年単位の長い歳月をかけて準備をしてやっと達成の可能な大事業なのでした。

 でも、それも、もう今は昔なのです。もう人類はいつでも宇宙に出ることができるのです。

 ライラさんはシートに座り直すと深呼吸をしました。サブコンソールの表示を確認すると、凛とした声で報告しました。

「地球の周回軌道に入ります。」

 西暦2055年10月1日
 15時00分

 それを聞いた小杉さんも自分の席の端末の表示を素早く確認して報告しました。

「全艦異常なし。」

 ノースロードは減速しながら反時計回りで地球に回り込むコースを進みました。手の空いている乗組員はみな左舷側の窓に集まりました。その顔はみな笑顔です。

 大森さんの席で電子音が鳴りました。大森さんは手慣れた手つきでキーを叩くと応答しました。

「はい、ノースロードです。」
「こちらは日高基地。ミスターカワサキはいますか?」

 大森さんは振り返って川崎さんに伝えました。

「日高基地からです。」
「うん、つないでくれ。」

 川崎さんは立ち上がると手を後ろで組みました。

 メインディスプレイには基地司令官であるニコラさんの姿が現れました。安堵の表情を浮かべています。それを見た川崎さんは、逆に、冷静に報告しました。

「ノースロード、間もなく帰還します。」
「元気そうで。良かった。安心しました。」

 あとで聞いた話によると、この直前まで、ニコラさんは珍しく落ち着かない表情で、管制室内をうろうろと歩き回っていたそうなのです。最後の最後、ノースロードと乗組員の無事を直接確認するまでは安心できなかったのでしょうか。

 ニコラさんは一度咳払いをすると、ことばを続けました。

「受け入れ準備はできてます。あと少しです。気をつけて帰って来てください。」
「ありがとう。では、のちほど。」

 川崎さんは、にこやかな表情で席に座りました。

 ノースロードは既に地球の周回軌道に入っていた。青い海と白い雲が手を伸ばせば届きそうな位置にあった。そのまま2周半ほど地球を回る。

「大気圏への突入準備完了しました。」
「よし、降下開始。」

 川崎さんがいつもと同じ、低い、しかし張りのある声で指示しました。

「了解。」

 ノースロードは周回軌道を離れて降下を開始しました。間もなく、微かに赤い炎に包まれて白い光跡を引き始めます。この程度の熱であればノースロードは全く問題ありません。バリアシステムを展開しているからですね。

「結構きれいなものなのね。」

 大森さんは微かな炎を通して見える外の光景を見つめています。

 念のため、アラートレベル2が発令されていました。すべての乗組員は、シートに座って、シートベルトを着用しています。しかし、心配するまでもなく、ノースロードは滑るように静かに降下して行きました。

 間もなく、ノースロードを包んでいた炎は消えました。

 眼下に大西洋が広がりました。洋上は風もなく静かなようです。時刻は既に正午を過ぎていました。強烈な午後の陽光を浴びて海面は眩しいほどに輝いています。ノースロードは抜けるような青空に包まれながら、見渡す限りの青い海原の上を飛行していました。

「綺麗・・・」

 ライラさんは、操縦桿を握ったまま外の光景をじっと見つめていました。しばらくして、隣の席からの視線に気がつきました。小杉さんの方を見ました。

「さっきの小杉と同じね。」

 ライラさんは照れくさそうに笑いました。小杉さんも笑いました。

「お互いさまだよ。」
「そうね。」

 他の乗組員もみな外の景色に見とれながら同じように感じていました。ある人はバーラウンジで休息をとりながら、ある人は作業をする手を止めてオフィスの窓から外を見ながら、またある人はディスプレイに映されている外の景色を眺めながら思いました。

『地球はこんなに綺麗だったんだ。』

 地球を出発する前には考えたこともありませんでした。地球で生活している時には、あまりにも当たり前だったからです。当然のように存在しているために、その本当の良さに気づかなかったのです。

 ノースロードとその乗組員のみんなは人類の歴史に残る偉業を成し遂げて地球に戻ってきました。太陽系のすべての惑星を訪れて、そこに足跡を残してきたのです。かつては、高度な文明を持つ異星人が存在すると考えられていた火星。巨大な木星と今なお活動する火山を有する衛星イオ。以前は第9番惑星とされていた冥王星にもノースロードはその足跡を記したのです。

 でも、太陽系のそれらの星々は、いずれも、生命の存在を拒む、人類の生存は許されない厳しい自然環境を持っていました。最も地球に似ていると言われている火星でさえ、人類は宇宙服なしでは生存できないのです。

 果たしてこの宇宙に生物の生存できる場所はどれだけあるのでしょうか。

 生命が存在する惑星、地球。

 この宇宙の中でも地球は、まさに、奇跡の星、なのかもしれません。

「アフリカ大陸に入りました。」

 ライラさんが報告しました。眼下にアフリカの広大な大地が広がっています。小杉さんがライラさんに話しかけました。

「・・・でも、地球の自然環境が良くなってるわけじゃないよね。」
「そうね。砂漠は少しずつ広がっているし。」

 ノースロードの眼下は、地平線まで広がる砂の海、砂漠に変わっていました。

 地球は奇跡の星かもしれません。でも、その奇跡が永遠に続くのかどうかは保証されていないのです。ここアフリカだけでなく、世界の各地で大地の砂漠化は進んでいます。かつては人々に潤いの水を供給していた湖が干上がって、砂漠と化して町や村を飲み込んでしまうという状況も起きているのです。もちろん、環境対策も以前より盛んに実施されていますが、まだ結果には結びついていません。

 間違いなく、これまでは、数多の生命を育んできた地球の自然環境は、失われつつあるのです。

「前方の都市で爆発反応です。」

 鶴見さんが報告しました。進路前方の地上で小さな炎が上がるのが見えました。炎は断続的にいくつかの場所で上がっています。ここアフリカ大陸でも紛争は絶えないのです。そして、多くの人々が飢えや貧困に苦しんでいるのです。

「ノースロードの飛行に影響するものではありません。」

 鵜の木さんが補足しました。確かに、その報告の通りです。

 でも。

 ノースロードのような超未来的な宇宙船が実用化されて、いよいよ、人類が一丸となって宇宙探査を開始しようとしているこの時になっても、地球上では紛争、戦争が絶えないのです。もちろん、その背景には複雑な問題が隠されています。貧富の差、宗教、思想の差。地政学的制約から来る不公平感。どれをとっても短期間での解決は非常に困難なのです。そして、解決が長引いていること自体が、さらなる反目や混乱を呼び起こしているのです。

「地球は、これからも今のままなのかしら。」

 ライラさんは憂鬱そうな表情をしています。

 なお続く世界の混沌。人々の争い。

 それでも、確実に新しい時代は始まろうとしているのです。

 人類の活動場所が宇宙にまで広がる新たな時代の幕がいままさに上がろうとしているのです。

 ノースロードはその新しい時代に向かって力強く航海を続けているのです。

「インド洋に出ました。」

 アフリカ大陸を横断したノースロードは再び海上に出ました。インド洋です。でも、辺りは既に夜の帳が下りています。夜間飛行です。航行灯を点灯して、夜のインド洋上空を進みます。左舷の彼方の水平線上に黒い影が見えます。インド亜大陸です。

「日高基地には明朝の到着だな。」
「はい。予定通り着けそうです。」

 川崎さんの確認に、小杉さんが答えました。

 早くも、東の空が白んできました。

 ノースロードはインド洋から東南アジア上空を通過して、太平洋に出ていました。台湾の東から、南西諸島、日本列島に沿って北上します。

「なんか、懐かしく感じるよね。」
「そうね、9ヶ月ぶりだものね。」

 ちょうど、日本の領空に入った頃に、東京の総理大臣官邸から通信が入りました。

「みんな、やったね! おかえりっ!」

 第一声は稲田防衛大臣です。もちろん、サムズアップしての決めポーズです。そしめ、思い切りカメラに寄って、どアップなのです。

「みなさん、よく、ご無事で・・・。」

 国会での勇ましい追求とは全く逆の、しおらしい声の、日本共明党党首、相武美花さん。

「みんな、お疲れ。何よりも、無事で良かった。」

 ガッツポーズで出迎えてくれたのは、日本いっしょの会党首、堀之内大樹さん。

 そして。

「まずは、無事の帰還でホッとしているよ。話したいことは山ほどあるが、まずは、あともう少し、日高基地への無事の帰還を目指して頑張ってくれ。」

 内閣総理大臣、古淵正広さんです。この4人が中心となって、日高プロジェクトの運営と、ノースロードの航海を、舞台裏から支えていてくれたのです。

「10時の方向に日高基地を確認。」
「進路変更ポイントまで3分。」

 三陸海岸からかなり離れた沖合を通過すると進路を西に変更して、北海道に向かいます。

「減速します。」
「前方海上に船舶です。漁船の船団ようですね。」

 その、漁船の船団に追いつくと、速度を思い切り落としました。眼下に漁船の船団を伴って、日高基地に向かいます。

「大森君、漁船の無線の周波数に合わせてくれ。」
「はい、どうぞ。」
「みなさん、出迎えありがとうございます。」

 川崎さん、無線で呼びかけました。漁船はみな、大漁旗をはためかせています。

「突然なんでね、びっくりしたけど、無事で良かったよ。おかえり。川崎さん。」
「だいぶ、ご心配おかけしてしまいましたが、こうして、無事に帰ってくることが出来ました。また、しばらく、お世話になります。」
「おれ等は大歓迎だよ。また、一緒に飲もうや。」
「はい、是非。」

 そんな会話をしていると、もう、陸地が目の前です。

「日高基地の格納庫にアプローチします。」

 ライラさん、低速で、目黒漁港を越えると、そのまま慎重に、日高基地に接近します。

 基地のほぼ中心に位置する巨大な格納庫の屋根がゆっくりと開き始めるのが見えました。ノースロード専用の格納庫です。ライラさんは端末で格納庫の位置を確認しながら慎重に速度を落としました。進路を微調整します。

「右に2度修正。停止位置まで300メートル。」

 動いているかどうかもわからないほどの速度です。それでも、操縦桿のサブコンソールでは目標地点までの距離が正確に表示されています。少しずつその数時は小さくなっていました。

「・・・10メートル、停止します。」

 ノースロードは格納庫の上空に停止しました。先程まで距離を刻んでいた画面は全体が青い表示に変わっていた。表示されている数値はゼロである。

「位置、確認しました。降下を開始します。」

 周囲の景色が再びゆっくりと動き始めます。ライラさんが画面を見ながら高度を読み上げます。小杉さんも自分の席の端末で艦の姿勢を確認しています。前後左右共に水平を保たれています。

 徐々に地上は近づいていました。

 ついに、ノースロードの姿が格納庫に隠れ始めました。非常にゆっくりとした速度で降下を続けます。地上では技術者と作業員が上を見上げて待機しています。時々隣の者同士で話し合ったり手に持った端末で表示を確認しています。

 ノースロードはゆっくりと降下を続けます。速度がさらに遅くなりました。

 そして、次の瞬間、わずかに振動を感じた。

 ノースロードは完全に停止しました。ライラさんは手順どおりに確認をします。そして、報告しました。

「日高基地、格納庫へ着陸しました。」

 小杉さんもモニター画面で確認します。

 西暦2055年10月1日
 18時00分

「位置、姿勢共に正常です。全艦、異常ありません。」

 川崎さんはそれを聞くと立ち上がりました。

「うん。ごくろうだった。」

 私は立ち上がって拍手をしました。宇宙巡光艦ノースロードの試験航海が、いま、完了したのです。

 鵜の木さんと大森さんも立ち上がって拍手をしています。ライラさんは両手にしていた手袋を外すと、シートに深くもたれかかって目を閉じました。

 小杉さんは立ち上がると、ライラさんの横まで行きました。

「おつかれさま。」

 ライラさんは目を開けて小杉さんを見ました。小杉さんは右手を差し伸べていました 。

「ありがとう。」

 ライラさんも右手を差し出して握手しました。

 ノースロードはその画期的な試験飛行を終えて、無事に地球に帰還したのです。

 気がつくと川崎さんもライラさんの席まで来ていました。

「2人ともごくろうだったな。」
「ありがとうございます。」

 小杉さんとライラさんは声を揃えて答えました。

「あの時に君たちを警備隊に引き渡さなくて正解だったな。」

「君たち2人にドタキャンされたと聞いた時にはこの先どうしようかと困ったがな。」
「そうですよ。まさか、その2人が店長さんの店にいるなんて思わなかったですよ。」

 小杉さんとライラさんは顔を見合わせました。

「あ、あの時ですか。」

 2人は、日高プロジェクトからのオファーに応えて北海道の帯広まで来たものの、何かおかしいと感じて、お迎えに行った私との待ち合わせをすっぽかしたのです。そして、2人だけで日高基地の偵察に来たものの、帰ることが出来なくなって、基地の近くの居酒屋に駆け込んだのです。そこで、川崎さんや私達と出会ったんですね。

「まあ、結果オーライだ。これからも頼むよ。」

 そう言うと川崎さんは2人と握手しました。

「中央管制室から通信が入っています。」

 大森さんが川崎さんに伝えました。

「うん、つないでくれ。」

 川崎さんは席に戻りました。ブリッジのメインディスプレイに映像が映されました。基地司令のニコラさんと、布田さん、ドミトリーさんです。

 川崎さんは、妙に畏まって報告しました。

「ノースロード、ただいま帰還しました。」

 川崎さん、直立不動で敬礼しています。

「おつかれさま、乗組員諸君。そしてカワサキ。」

 まずは、基地司令のニコラさん。

「私は、航海中に君たちと会っているからね。でも、プロジェクトとしては君たちとノースロードが主役だ。あかえり。」

 そう。ドミトリーさんは、輸送船アントノフを指揮して、ノースロードに補給物資を運んでくれていたのです。

 そして、最後に。

「とにかく、無事の帰還で何よりだ。この瞬間が本当に来たことが、信じられないよ。とにかく、おかえり。お疲れさま。」

 布田さんです。とにかく、うれしそうです。何しろ、日高プロジェクトの総責任者は布田さんなのです。布田さんの指揮の下、ノースロードの試験航海も行われていたのです。

「まあ、挨拶はこのくらいにしましょう。」
「そうだね。ノースロードの諸君には、とりあえず、ゆっくり休んでもらいたい。」

 格納庫ではノースロード着陸後の作業が始まっていました。

「係留作業完了。異常ありません。」
「よし、格納庫の扉を閉鎖しろ。」

 ノースロードの格納庫の屋根がゆっくりと閉じ始めます。

 作業員は上を見上げてそれを見守りました。

 小杉さんはノースロードのブリッジからそれを見守ります。

 頭上に開けていた北海道の青空が徐々に隠されて屋根に覆われていきます。

 そして。

「格納庫、閉鎖完了しました。」

 日高基地周辺は、再び、普段の静けさを取り戻しました。静かな、いつもと変わらない夜のとばりが訪れていました。

 ノースロードでは手の空いた乗組員から下船作業が始まっていました。左右両舷の搭乗口が開かれています。みな、外に出ると後ろを振り向いてノースロードを見上げました。

 ところどころに細かな傷は見られますが、大きな損傷はありません。

 でも、船体の塗装は初めて見た時と比べると明らかに色あせています。逆に、真新しい部分も存在します。航海の途中で破損して、ドライブパネルの組み込まれた装甲板ごと取り替えた場所です。

 乗組員たちはノースロードの姿を見ながら、初めての宇宙での生活を思い出して笑顔を浮かべました。

 みんな、同じことを考えました。

「また、行くぞ。」

 そして、思い思いに宿舎に向かって歩いて行きました。

「お疲れさまです。」

 小杉さんとライラさんも、だいぶ遅れて搭乗口に姿を見せました。ノースロードの整備と管理作業について基地の技術者と作業員に引き継いでいたためです。2人は下船手続きを終えるとノースロードの外に出ました。そして、他の乗組員と同じように、後ろを振り向きました。

「信じられないよ。」
「そうね。」

 格納庫にたたずむノースロードの姿を見つめます。

「お疲れさまでーす。」

 声は頭上から聞こえました。10メートル程の高さまでせり上がった作業台の上から、数人のエンジニアが手を振っていました。全員顔なじみなのですが、地球を出発してからは会っていないので久しぶりです。

「ただいまー。」

 小杉さんとライラさんも手を振って応えました。

「ゆっくり休んでくださーい。」
「そうさせてもらうよー。」

 小杉さんが大声で答えました。

「行こうか。」

 2人は宿舎に向かって歩き始めました。

「今度はどこにいくのかしら。」

 ライラさんは笑顔を浮かべながら尋ねました。

「決まってるよ。」

 小杉さんはまるで知っているかのように答えました。ライラさんは小杉さんを見ました。

「どこなの?」

 小杉さんは歩きながら顔だけライラさんの方を向いて答えました。

「もちろん、太陽系の外さ。」

 ライラさんも笑みを浮かべました。そして答えました。

「そうね。」

 太陽系の外の宇宙。そこはまだ人類にとっては想像することさえできない世界です。ノースロードはそんな銀河の只中を旅するのでしょうか。いえ。ノースロードなら銀河系の外に出ることさえ可能かもしれません。

 銀河系宇宙。

 無限の時が流れる悠久の宇宙空間。

 進んでも進んでも景色の変わることのない星々の海。

 そして、進めば進むほど遥か彼方に離れてしまう母なる太陽系。

 2人は思い浮かべました。

 それでもなお広大な宇宙空間を目指すノースロードを。

 そして、そこで出会う未知なる出来事を。

 そこで待っている未知なる世界を。

「それじゃ、ここで。」
「うん。また明日。」

 ライラさんは手を振りながら、右手の階段を登って行きました。

 小杉さんはそのまま進むと次の角を曲がって最初のドアを開けました。

 この部屋に戻るのも久しぶりです。

 シャワーを浴びると窓の外を見ながら体を拭きます。

 それほど疲れは感じませんでした。

 そのまま起きて仕事を続けようかとも思いました。

 気持ち的にはかなり余裕があるように感じました。

 ・・・でも、気がつくと、小杉さんは布団に潜り込んでいました。

 まどろみながら思い出しました。

「夢じゃない。また、ノースロードで・・・」

 無事に地球に戻ることができて緊張の糸が切れたのかもしれません。

 気がつかないうちに疲れがたまっていたのかもしれません。

 小杉さんは眠っていました。

 他の乗組員のみんなも。

 ノースロードも格納庫に静かに横たわっていました。

 一時の休息を取るために。

 次の航海に備えるために。

(おわり - 第14章 地球)

(おわり - 宇宙巡光艦ノースロード)

はとばみなと

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