ホワイトノイズは、滝の音

さぁ、休もうと考えても、休みって?どうする?
都会の喧騒、駅を行き交う人波、絶え間なく鳴り響く人工ノイズ。
僕は診断を受けたわけじゃないんだけ、多分ADHDやASDなのかもしれないと感じ、それを補いながら行きています。
そっち側の特性を持っていると勝手に思っています。
そう、いわゆる「グレーゾーン」という類。
なぜなら、僕の脳のアンテナは、望むと望まざるとにかかわらず、常に全方位へと張り巡らされているからだ。
いざ「スイッチを切ろう」と思っても、空回りするモーターのように思考のスピンは決して止まってくれない。
世間一般が言う「休む(何もしない)」という行為は、僕にとってはただの“刺激不足”という名の拷問なんだと思う。というか何かしてしまう性?なのかも。。
「常に何かしていないと落ち着かない」 「何かすることはないか?」 「あ、あれをやろう!そういえば、これもやらないと!」
そんな風に、脳内は常に次から次へと湧き上がるタスクとノイズで埋め尽くされている。
でも、ふと気づいたんだ。
もしかしたら「ホワイトノイズ」って、人工的な音ではあるけれど、あれは僕らを大自然の「滝壺」へと連れて行ってくれる音なんじゃないか?と。
ノイズキャンセリングイヤホンを耳に押し込み、再生ボタンを押す。 鼓膜に流れ込んでくるのは、真っ白なホワイトノイズ。
それは「サーッ」という無機質な砂嵐の音でしかないはずなのに、目を閉じると、僕の脳内では轟々と音を立てて落下する「巨大な滝」の響きへと変換されていく。
今、僕は東京のど真ん中にいながら、巨大な滝の前に立っている。
そんな感覚に包まれる。
視覚が捉える無機質なアスファルトの景色と、聴覚を完全に支配する大自然の轟音。
この強烈なギャップが生み出す「感覚のバグ」の中に、僕は自分だけの完璧な聖域を立ち上げる。
河原に石を探しに行きたいと思ってしまっています。
そして、家でも公園でも石積み・ロックバランシングが出来るのではないかと・・・

視覚では決して捉えられない指先で感じる地球
石の重さがフッと消える、その心地いい瞬間を!
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