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世界がほんの少しだけずれて見えた日

いつもと同じ、木曜日。いつもと同じ道を歩き、いつもと同じ信号で足を止める。目の前の横断歩道の、白い縞模様は規則正しく並んでいる。その白い縞模様が、ほんの少しだけ波打つ。

それは何の前触れもなく、突然やってくる。世界が、ほんの少しだけ、ずれて見えた日。

例えば、駅のホームで電車を待っている時。向かいのホームに滑り込んでくる銀色の車体。その窓の一つ一つに、乗客たちの無表情な顔が並んでいる。その顔がまるで、精巧に作られた能面のようだと思う。誰もが同じ顔をしている。同じ、疲れた顔。 もちろん、そんなはずはない。頭ではわかっている。でもその瞬間、世界は私だけを置いてきぼりにして、知らない俳優たちが演じる、壮大な演劇のように見えてしまう。

例えば、会社のデスクでキーボードを叩いている時。自分の指が、自分の意志とは関係なく勝手に動いているような、奇妙な感覚。画面に表示されていく言葉の羅列が、ただの黒い記号の染みにしか見えない。隣の席の同僚が私に何かを話しかけている。唇が動いている。でもその声は、分厚いガラスを一枚隔てた向こう側から聞こえてくるみたいに、ひどく遠い。

世界とのピントが、合わない。そんな日は無理に合わせようとはしない。ただ、そのずれた景色を、そのまま受け入れることにしている。

それはたぶん、疲れているだけなのだ。あるいは、世界の方が疲れているのかもしれない。いつも、完璧な「普通」を演じ続けることに。

ずれた世界は、少しだけ怖い。でも、ほんの少しだけ美しい、とも思う。普段は見えない、世界の継ぎ目や裏側が垣間見えるような気がするから。

信号が、青に変わる。私は、波打つ横断歩道を一歩踏み出した。大丈夫。たとえ世界がずれていても、私はまだ、ここに立っている。

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