【創作大賞2025エンタメ原作部門】リビング・ブレインEXTRA③
あらすじ
メトロポリス国際万博2050の開会式まであと数十分。警備犬たちはグラウとフィーアを連れ首輪に搭載された転移装置を使い、佑や瀬名と博物館で合流したのちに万博の会場までワープする。会場ではRUJの真木が開会式のデモンストレーションのために透の機体が戻ってくるのを待ち構えていた……。
EXTRA「万博の日 後編」
警備犬たちの声に佑と瀬名が目を開けると顔になにか白いものがあたった。見上げると空は白く曇っており、白いものは万博の会場全体にひらひらと舞う花びらのように降っていた。手で触れると冷たく、佑や瀬名の肌の体温ですぐに溶けてしまう。
『……雪、か。今夜あたりひどく積もらないといいがね』
「雪?」
『ああ。佑は知らないか。昔は冬になると降ったんだよ。ほら、白くてふわふわしてて…………綺麗だろう?』
佑の肩でAlice.が首をかしげて同じように空を見上げる。雪の粒は次々に空から降ってきて佑の着ている服を濡らしていく。
『開会式の会場へご案内します。迷いやすいので我々から離れずについてきてください』
サモエドがそう言うと佑は簡易水槽を収めたリュックを背負いなおし、瀬名も先に立って歩いていく警備犬たちを追った。グラウはフィーアの様子を心配しつつも佑と瀬名に続く。3匹が向かったのは人ひとりが通れそうなごく普通のドアだった。たった今塗られたばかりのような白い塗料は光沢があり、佑が着ているシャツと似ていた。
『このドアは先ほどと同じように空間転移装置になっています。行き先はすでに指定してあるので参りましょう』
遅れて歩くグラウのそばで柴犬が寄り添い、背中のフィーアを気遣うように見上げてくる。
『グラウ様、フィーア博士はその……大丈夫でしょうか?』
『たぶん。手錠の重力が強くてかなり疲れたみたい。眠ってるだけだから大丈夫だよ』
『そうですか。すみません、他の者には止めるようにと言ったのですが』
『そう。気にしないで。あなたのせいじゃないから』
グラウと柴犬が遅れてドアに入るとドーム状の天井の下、並べられた観客席の奥に広がるステージが見えた。ステージの上には巨大な液晶モニターが設置されている。先に移動していたサモエドとシェパード、佑と瀬名がステージ右の舞台袖に入って行く。
『あそこは何?』
『関係者のみが入れるスペースになっています。今朝早くから真木博士が待ってらっしゃいます』
『ふうん。たしかフィーアの友だちだっけ』
『ええ、まあ……そんなところでしょうか。同じ職場の同僚というものですね』
柴犬は話しながらグラウの着ているスーツの袖をそっと咬んで引く。客席を半分ほど進んだ時、フィーアが目を覚ましたのか短く呻いた。
《……グラウ、ここは一体どこかね?》
『万博の開会式が行われる会場だよフィーア。今から真木博士に会いに行くところ』
グラウがそう返すとフィーアはそろそろ自分で歩けるから下ろしてほしいと頼んだ。
『気をつけてね。やっぱり僕が運ぼうか?』
《いや、いい。お前に背負われるなんて思ってもみなかったからな》
フィーアはしゃがんだグラウの背中から床に下ろされるなり、再び顔を苦痛に歪めた。遮断されていた手錠の重力発生が再開したのだ。ふらついた体をグラウと柴犬が支える。
『フィーア博士、よろしければ私の背中にお乗りください。手錠の影響は受けません』
《本当かね。そもそも……私の体重を君のその小さな体で支えられるのかが疑問なのだが》
フィーアがしゃがんで柴犬を見下ろすと威嚇された。柴犬はふん、と鼻を鳴らすとフィーアのほうに歩いてきてもう一度背中に乗るように言った。フィーアが仕方なく背中に乗ると柴犬は重さなど感じていないかのように普段どおり歩き始めたので、グラウは後を追った。
*
「真木博士、大変お待たせしてしまいすみません!」
「……瀬名くん、遅い。こんな時間まで何をしていたんだい君は。今からじゃ機体に小松博士の脳を組み込む時間もないぞ」
「そ、それは……。フィーア博士もいらっしゃいますし、急げばなんとかなるのでは……」
「無理だよ。最低でも機体との調整も含めて作業に2、3時間はかかる」
瀬名が弁解すると真木が珍しく即答した。顔は穏やかそうだが、目が完全に笑っていない。真木の内側に静かな怒りを感じとった瀬名は「すみません」と謝った。
「じゃあ、どうすれば」
「……僕に聞かないで少しは自分の頭で考えてくれ」
ぴしゃりとはねのけられた瀬名は沈んだ表情でうつむいた。そこへフィーアを背中に乗せた柴犬と透の機体を借りたグラウが入ってきた。フィーアは柴犬の背から下りると肩で息をしながら真木と対面する。
《瀬名さんをあまり……責めないでやってくれませんか。元凶は私なのですから。作業が間に合わないのならば今日のお披露目は延期されればいいのでは?》
「それだけは駄目です。絶対に成功させなければ意味がない。リビング・ブレインシステムを世界中に知ってもらえるまたとない機会なんですよ。あなたも研究者なら……今の僕のこの気持ち、分かりますよね」
真木は一気に言い切って、フィーアに歩みよる。真木の両目にはかすかに狂気が宿っていた。フィーアはその瞳に宿る狂気に向かって大きく頷いた。
《ええ勿論……痛いほどに。では、延期しない方法を今1つ思いついたのですがお話しても?》
フィーアがそう返すと、真木は続きを促すように頷く。
《小松博士の簡易水槽はそのままステージ上に設置して、グラウにはデモンストレーション中はあくまで小松博士のふりをしてもらいます。これなら見抜かれないかぎりは上手くいくはずです……いかがでしょうか》
『え、フィーア無理だよ。僕と彼じゃ話し方とかいろいろ違うし。それに……僕、人前に立つのって苦手で』
グラウがそこまで言った時フィーアが振り返ってぎろりと凄みをきかせて睨んだ。グラウが観念して頷くと、荒く息を吐きながら満足そうに笑った。
それから数時間後。メトロポリス国際万博2050は無事に始まった。開幕は明後日からなので、今日は万博の運営関係者や各メディアなどの記者たちで客席が埋まっていた。おそらく今夜のニュースのトップを飾るだろう。瀬名と佑とフィーアは関係者スペースに設えられた大型モニターで生中継の様子を見守っていたが、グラウは数分ほど透から自分の癖についての話を聞いただけなのに佑が驚くほど完璧に話し方や細かな仕草をマスターしていた。
「いや~……凄かったねえグラウくんの演技」
「そうですね。父さんにそっくりすぎて僕も二度見しました」
『……それは良かった。ああは言ってましたがグラウは本番には強いんです。俗に言うやればできる子ってやつなのですよ』
フィーアは観客がいなくなった会場を映すモニタ―を眺めながら言う。ステージ上では真木がグラウに礼を言っているところだった。
『……おい真木。開会式は終わったんだからもうその辺にしたらどうだい。この後RUJに戻って、私をその機体に戻すんだろう』
「そうだな、すまないねグラウくん。本当に助かったよ……ありがとう。フィーア博士にもお礼を言っておいてくれるかい」
『はい、必ず伝えます』
グラウは頷くと舞台袖から関係者スペースに戻ってきた。部屋を見回し、フィーアの姿がないことに気がつく。
『ねえ、フィーアは?』
不安そうに呟いたグラウに瀬名が近づいて何事か伝えると焦った様子でステージのほうに駆けていった。真木の呼びかけも無視して、会場からドアの転移装置を使って万博会場の出口付近まで戻る。遠くのほうに警備犬たちに付き添われたフィーアの姿を見つけると『フィーア!!』と叫んだ。
フィーアが振り返り、こちらに駆けてくるグラウを見て目を丸くする。グラウはフィーアに体当たりせんばかりの勢いで抱きついた。
《グラウ……それは腰を痛めるから止めろと言っただろう。なぜ追って来た》
『フィーアにお礼が言いたくて。あと……いなくなるから。もうあの家には戻って来ないんでしょ?』
《誰から聞いた。瀬名さんか》
フィーアが怪訝な表情をくずさずに問いかけるとグラウは何も言わずに頷いた。フィーアは手錠をはめた手首を脱力させたまま《まったく余計なことを》と舌打ちして低くつぶやく。
『フィーア、行かないで。僕と一緒にいて』
《……それは無理だ。この状況を見れば分かるだろう。そのうち帰って来るさ》
『それってどのくらい?』
フィーアはグラウにまっすぐ見つめられて戸惑った。すかさずサモエドが回答する。
『窃盗罪による刑罰は10年以下の懲役かもしくは50万円以下の罰金になります。フィーア様の場合は罰金が支払えないとのことなので、刑務所内での10年以下の懲役となります』
《……だ、そうだ。私は歳をとるがお前なら10年なんてあっという間だろう。それまで良い子にしているように。ああそれから、リラの命日には墓参りを頼む》
グラウは頷いた。両目から大粒の涙がこぼれて頬を伝っている。手の甲で拭いながらグラウはフィーアの後ろ姿を見送った。空からは来た時よりも勢いを増した雪が風にのって舞っていた。今夜は吹雪になるかもしれない。
【EXTRA 了】


