「辛い」感覚の時代差を知っておく
現代と昔の「辛さ」の差が及ぼした人間全体への影響についてのお話。
ちょっと小難しい一行タイトルにしていますが、話はそうややこしくありません。日曜の午後、本当は笑える動画集作って終わりにしようと思ってたけど(笑)、ある切り抜きを見てしまったので忘れないうちに残します。
見つけた動画は小林よしのり氏と岡田氏の対談の切り抜き。
たった1分の中にいろんなことが詰まっています。個人の考え方から社会問題にまでつながりそうな伏線が詰まった動画をまずご覧ください。あとで全文も引用・書き出します。
昔は貧乏だったら誰かに頼るしかないじゃないですか。
でも今貧乏でもなんとか誰かに頼らずにいける程度に一回豊かになっちゃったから、そこからお金が減ってきたときに、お金は冷酷に削られるんですけども、「誰かに頼らないで生きていく」というプライドだけが捨てられない。
なんか一億総サムライ状態になっちゃった後でサムライ階級がなくなったらみんな食えなくなっちゃいますよね。みんなその、一回、プライドの高いサムライになっちゃったんですよ。「俺貧乏人だから」という風に言える人がいなくなったんで貧乏は楽しめない。楽しめないというか貧乏の生活ができない。
貧乏だったら、貧乏なんだから一人じゃ食えないから二人で食おうというプロポーズがあるんですけども、今そのプロポーズして女の子ついて来てくれないですよね。
そこがなんか、現代の貧乏の辛いところ。貧乏の生き方っていうのをみんな失くしちゃってるから、貧乏なんだから寄り添って暮らそうとか、今貧乏なエリアにイケメンと美女いないですからね。
昔はいた訳ね?
いたんです。貧乏だからといっても身分が低いから多少美人でもイケメンでも上行けなかったじゃないですか。今顔が良かったら親も投資するし、本人も上昇志向持っちゃうんですよ。
顔で?
顔で。
この動画、「顔で」(*´▽`*)!、というワードで体言止めのように終わっているところが切り抜きの意図を感じでしまいますが(笑)、まぁそれはよしとしましょう。
これを考えていくと興味深い人間の本質…というか、やっぱり人間てこういう生き物だよねぇ、とか、人間に限らず動物ってこうなのかなぁとか、どんどん考える深さがマリアナ海溝ばりに深くなっていってしまうのを感じます。
巷ではよく、「一度経済的に豊かになったら生活レベルを落とすことは耐えられない」と聞きます。これはおそらく本当で、誰もが自分の年収が何らかの理由で減っていったときでも生活レベルは落とすことには躊躇いを感じる。一度サムライになってしまったあとでサムライが廃止されたときに(サムライだというプライドが邪魔して)食っていけなくなる、のと同じ。
ですから右肩上がりの年収アップを誰もが望むし、年収のアップダウンが激しいと安定した収入を望むようになるというのは、縄文時代から安定して食べていける環境を得ようとしてきた人間の本質のひとつ。生存本能の現れなのでこれは悪いことではない。
しかしこの動画にある「貧乏だから誰かに頼って生きていく」という考え方を失ってしまうこと。これはよろしくないな~と思えるのです。
これを失ってしまうと、
・自分のプライドが邪魔して「助けて!」を自分の外に簡単に出せない
・それを出させまいとする社会の風潮を生んでしまう
・楽しみを見出しながら生きるという選択ができなくなる
これらのようなことが起きてしまう。助けてを出すも、楽しもうとするのも自分のエリアの問題。自分が手を伸ばせるはずの問題にすら、手が届かなくなってしまうのです。
お金で得た存在するモノを失うことは物理的。対して、考え方を失うことは心理的。物理的に失ったものは物理的に取り返せる。しかし心理的に失ったものはそう簡単には取り戻せないんですね。
この動画の内容は、今の社会における貧乏の解釈を明らかにしつつ、忘れてしまった「貧乏すら楽しむ」という考え方を失ってるよ!、という警鐘に思えてなりません。
貧乏=辛い、という図式が前提にこの動画の話は進んでましたが、辛いというのは個人の感じ方。貧乏という状況も捉え方次第では「貧乏すら楽しむ」ということも可能だと思います。
でもそのためには、少なくとも昔の貧乏はこうだった。今の貧乏はこう。さぁ私たちはどうする?(どう考える?)、ということを私たちの頭に置いておかないと、貧乏という解釈が延々と曲がったまま時を重ねてしまうことになりかねない。
日本が一億総サムライ階級になってしまったとき、物理的な豊かさに一度は喚起するでしょうが、精神的な豊かさはその喚起に合わせて成長はしない。言い換えれば、精神的な豊かさとは何か?を考えることなく物理的な豊かさを手に入れてしまった、いわば子供の頭のまま身体だけが大人になってしまった状態とよく似ています。
それが今の日本の多くの場所での状態、多くの民がそんな状態。
さぁ私たちはここから、大人になってしまった身体で「子供の頭」を大人にすることができるのか?
それは「物理的な変化に精神的な変化も追従させながら時代とともに人間として成長していく」ことが必要ではないかなぁ。できるのか、本当に。でも生きていきたければ、これはやるしかない。
この現代から未来へ生き続けていくために。
#33日ライラン #生きる #豊かさ #ライフプラン #貧乏 #生活 #心理学 #15日ライラン #66日ライラン
